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第8話 ノルク村の困りごと

遠くでカラスが鳴いていた。


空は地平線へ向かうにつれて、青からオレンジ、オレンジから赤へと色が移ろい、グラデーションが見事である。


相変わらずの田園地帯を進むアルベル達調査隊は、遠くに小さな黒い点を見つけた。


その黒い点は歩みを進めるにつれて、だんだんと大きくなり次第に家々へと姿を変えていった。


今日の目的地であるノルク村であろう。



「やあーっと着いた。」


レイリスが伸びをしている。


「まずは今日の宿探しだな。」


俺は馬車から降りて辺りを見渡した。


もう夕暮れの村には人通りがなく閑散としており、夕食の準備であろうか家々の煙突からは煙が立ち昇っていた。


「なんか…こんな時間とはいえ、寂しい村ね。」


姫様がそう言うのも無理はない、普通は夕暮れ時とはいっても、仕事帰りの人や足りない食材を買いに出る人など、それなりに人通りがあるものだ。


とはいえ、田舎の小さな村である。


こんなものなのかも知れない。


少し歩いたところでようやく道行く人と発見し、村の宿について尋ねると思いのほかあっさりと見つけることが出来た。


小さな村なだけあって、宿は一軒しかないようである。


パンを焼く芳ばしい匂いが漂う中、皆を連れて紹介された宿屋へと歩みを進めていく。


村唯一の宿は、意外にも2階建てで素朴な作りではあったが、掃除が行き届いており清潔感がある。


部屋を2部屋借りて男女で分かれることとなった。


すると宿に泊まれるのが余程嬉しいのかエスナが騒ぎたてる。


「じゃあ、今夜は女子会だにゃ!さ、姫様レイリス、お部屋へ行こー!」


「「「…えっ?!」」」


レイリスと俺、姫様は思わず顔を見合われる。


…そういえば、言ってなかったかも知れない。


「ん?」


「…?」


エスナとバインズが訝しげにそんな俺たちを見ている。


「あのな、エスナ。レイリスは俺たちと同じ方の部屋だよ。」


姫様とレイリスに促されて俺が仕方なく説明する。


「…??レイリスがだけ男子部屋?」


エスナが首を傾げている。


「いいか、落ち着いて聞いてくれ。レイリスは男だ。だから男部屋。」


「…?レイリスは男だから男部屋?アタシはおんなだからおんなべや???」


完全に混乱しているエスナであった。


「そそ、ボク男!」


レイリスが親指を立ててエスナに頷く。


「………。……んっ?!…ん、にゃーーーっ?!!!!!」


全てを理解したエスナの驚きの声がノルクの村中へと響き渡った。



ひと騒動あったものの、無事に(?)部屋割りも決まり、夕食のため1階の食堂に集まっている。


吹き抜けになっている食堂の壁側には大きな暖炉があり、それを囲むように木製のテーブルと椅子が何組かおいてあった。


お待ちかねのノルクのパンである。


食堂には他に客がいないところを見ると、今日の宿泊客は俺たちだけなのかも知れない。


席に着いてしばらくして運ばれてきたのは、村中で漂っていたのと同じ芳ばしい香りをまとった大きなパンと、干し肉とジャガイモが入ったシンプルなスープである。


「あれ、これだけ?」


レイリスが訝しげに首を傾げる。


確かにレイリスが言うように、宿で出される夕食にしてはかなり質素である。


しかも、パンに干し肉にジャガイモ、保存食ばかりだ。


スープにしても冬であれば保存の効く干し肉とジャガイモのみという具材もわかるが、今はもう春である。


冬眠から覚めた動物たちが動き出すため新鮮な肉も手に入れば、春野菜も取れ始めるだろう。


「まあ、この後も出てくるかも知れないし、とりあえず食べようか。」


俺がみんなを促す。


少し茶色みがかった円形のパンは焼たてなのかまだ温かい。


カリッとした表面をつまんで、2つにちぎると中からは湯気と共にふっくらとした白い内部が顔を覗かせた。


パンを一口かじると、表面部分の芳ばしさに加え、中からはほんのりとしたミルクの甘みが感じられる。


名産と呼ばれるだけあって確かに美味しい。


一方で、スープの方は干し肉でダシを取っているのだろうが、塩辛くジャガイモしか入っていないためやはり味気ない。


少しがっかりしていると、厨房から宿の女将が出てきた。


「お客さん、その制服からすると王宮の人だろう?すまないね、こんな夕食しか出せなくて。ここのところ訳あって外をあんまり出歩けないんだよ。だから色々と仕入れが出来なくて。」


「出歩けないって、一体何があったんです?」


「うーん、それがねぇ。最近、ようやく雪解けしたかと思ったら、山の方からオルトベアが降りてきたみたいで、食べ物を求めてときどき村まで入り込んで来るんだよ。だから、畑はもちろん、村の中でも危なくて。しかも、こんな状態だから他の村からの行商人も恐がって来てくれないんだよ。あなた達も気をつけなさいな。」


…なるほど、そう言うことか。


だから宿泊客も他にいなければ、食事は保存食ばかりだったのか。


「でもそうしたら、冒険者ギルドに依頼するとか何か対策は打ってないんですか?」


「こんな小さな村だろう?冒険者ギルドもなければ、腕の立つ人間もいなくて…。一応、村の自衛団で追っぱらおうとはしたんだけどね。失敗した上に怪我人まで出しちまって、ホント困ってるんだよ。今度、隣町の冒険者ギルドに依頼を出そうかって話もあるんだけど、それ以来みんな怖がっちゃって、隣町への使いすら引き受けてくれる村人がいないのさ。」


クラウベール姫が小声で耳打ちする。


「ねぇ、アルベル。オルトベアってそんなに危険な魔物なの?」


「高ランクの魔物ではないですけど、気性が荒くて村の自衛団程度だとちょっと厳しいですかね。…って、ダメですよ。今回の目的は人助けじゃなくて、虹色草ですからね。そんな危ないことに姫様を巻き込むわけにはいきません。」


姫様は俺の方を向き直り、俺の目をまっすぐに見つめた。


「聞いて、アルベル。あなたが言うように、国のトップに立つ者としては“一国民のために身の危険を冒すべきではない”というのは正しいと思うわ。でも、人間として目の前で困ってる人がいるのに、それを見捨てることなんて出来ない。しかも、その問題を解決する力を自分たちが持っているのならなおさら。私はそんな人間にはなりたくないし、そんな人間がこの先より良い国を作っていくことなんて出来ないと思うの。だから…。」


―――――だから、助けたい。


「アルベル。」


レイリスが懇願するように俺へ視線を向ける。


エスナも心配そうに俺を見つめている。


…はぁ。


俺は一つため息をつく。


全く…みんなお人好しだ。


「…わかりました、姫様。オルトベアなら俺たちで十分安全に駆除することができます。でもその代り、姫様は俺たちが討伐している間は宿で待っていてください。そうすれば、姫様の安全を確保しつつ、困っている人も助けられます。」


俺の数多ある座右の銘の1つは“一石二鳥”である。


みんなの顔がぱぁっと明るくなる。


「みんな、それでいいな?そしたら、レイリスとエスナは姫様の護衛として宿に残ってもらってもいいか?そしてバインズ、悪いが俺と一緒にオルトベアの討伐についてきてくれ。」


俺はバインズの方に視線を向ける。


「…ああ、わかった。」


バインズが言葉少なく了承する。


俺は再び宿の女将の方を向きなおす。


「…ということで、俺たちが明日オルトベアを討伐してくるのでもう大丈夫ですよ。」


「オルトベアを倒してくれるのは嬉しいんだけど…姫様???」


女将は驚いた表情で、まだ現実を飲みこめていないようであった。


「ああ、実はここにいらっしゃるのが、ローカディア王国第三王女のクラウベール姫。訳あってお忍びで遠征中だ。だからこのことは今のところはこの宿だけで、内密にお願いします。」


こうして、明日は魔物の討伐に出かけることとなった。


ちなみに――――


この後には宿の主人が挨拶に来て、「こんなつまらない物しかないのですが…」と言って、(気にしなくていいと言う俺たちの制止を振り切り)オルトベアの討伐の前祝いということで特上のワインを振る舞ってくれた。


次話は魔獣討伐に出かけます。

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