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第7話 バインズの隠された特技

遠く東の空が薄っすらと赤く染まり始めている。


昨日の雨でため込んだ湿気が、静まり返った城下を白い霧となって漂っていた。


ここはローカディア城の城門である。


物資が詰め込まれた馬車の周りには今回の調査隊のメンバーが並び、数人の幹部が見送りにきていた。


「それでは、みなさん私がいない間は頼みましたよ。」


軍服姿のクラウベール姫が幹部たちに声をかける。


「姫様もくれぐれと無理をなさらずに、お気を付けて行ってらっしゃいませ。」


直属世話役であるヒラティスが頭を下げる。


昨日のガイダンスでは本筋とは全く違うところで大いにもめてしまった。


それは遠征中のお姫様の服装についてである。


クラウベール姫はレイリスの女性用軍服姿を見て感化されたのか「明日はどうせドレスなんて着ていけないし、私も軍服を着ていこうかしら。」と呟いたのだ。


すると世話役のヒラティスが「何を言っているのです姫様。そんな一般人が着るような下世話な服装を姫様がしていては王国の権威に関わります!」などと余計なひと言を発してしまった。


もちろん噛みついたのはレイリスである。


「下世話とはなんですか!あなたたちはそんな下世話なものをボク達に着させてるんですか?せっかくこんなに可愛いのに!」


その後はお姫様も加わり泥沼の言い争いとなった。


俺が折を見て「姫様が調査隊として出向いていることは秘密事項なので、目くらましも含めて今回は姫様も軍服で行ってもらいましょう。」となだめて何とか収まった。


本当にこういう関係のないところでエネルギーを使わせるのは勘弁してもらいたい。



かくして王国直轄調査隊は王都を出発した。


まず目指すのは“コンドイの森”ルートと“イレメーヌ川”ルートのちょうど分岐点に付近にあるノルク村である。


小さな村ではあるが良質な小麦が取れることから、村で作られるパンが絶品で、周辺の貴族たちはパーティを開く際などにはたびたび早馬を走らせて出来たてのパンを買いに来るほどである。


王都からノルク村までは半日ほどかかるため、今からだと夕方までには到着できるだろう。


事前調査ではタチの悪い魔物が出るとの報告もなく、また王都周辺ということもあり盗賊の類も心配する必要はない。


ただひたすら続く平和でのどかな田園地帯をのんびり進んでいると、姫様が口を開く。


「私、ノルクのパンて食べたことないのよね。楽しみ。」


「何を言ってるんです姫様、りょ……いえ、なんでもありません。」


俺はそこまで言いかけて口をつぐむ。


――――旅行じゃない


普段から王宮で公務に追われ、旅行などはなかなか行けない身なのだ。


たまに王都から出たときくらいは、羽を広げて楽しんでもらうのもいいのかも知れない。


それによくよく考えてみれば“王国直轄調査隊”とはいえ、このお姫様が言い出した趣味のようなものなのだ。


旅行といっても差し支えないのかも知れない。


「なによアルベル。言いたいことがあるならはっきり言いなさい。」


「い、いえ…えーっと…」


ちょうどそのとき隣に座っていたエスナのお腹が、ぐーっと盛大な音を立てて鳴り響いた。


エスナが少し恥ずかしそうに視線を外へと向ける。


「…“りょうり”。そう、料理。エスナのお腹も訴えているように、そろそろお昼時なので料理でもしないといけない時間だと思いまして。そんなときにノルクのパンの話なんてしたら、お昼ごはんがわびしく見えちゃうじゃないですか。」


ちょっと苦しかったが、その場のでまかせで何とかごまかす。


エスナが抗議の目を向けてくる。


―――すまんエスナ。


「…それもそうね。楽しみは夜までとっておきましょう。」


姫様は少し怪しむそぶりも見せたが、思い直して同意する。


「あそこのところにちょっとした林が見えるので、そこでお昼にしましょう。」


御者をしているバインズに声を掛ける。



目当ての林まで到着すると、俺が皆に指示を出す。


「俺はかまどと料理の用意をするから、レイリスは林から薪になりそうな枝を拾ってきてくれ、ついでに水辺があったら水の確保も頼む。」


もちろん水や薪は物資として積んではいるが現地調達できるのであれば、可能な限りストックしておきたい。


それにレイリスはお菓子作りは得意なようだが、料理の方はイマイチなのだ。


食事に関していえば、食べる方が専門なのである。


「ほーい。」


自分の役割を理解しているレイリスが返事をする。


「あと…エスナ、俺と一緒に料理を手伝ってもらえるか?」


「うぇ!?アタシ?」


エスナが変な声を漏らす。


「料理…やってもいいけど、死人が出ても知らにゃいよ!?」


料理で死人!?


一体、どんな料理を出してくるのだろうか?


後ろではレイリスがブンブンブンと首を振り、必死にバツマークを作ってみせていた。


個人的には多少興味があったのだが、調査隊初日で死人が出てもどうしようもないのでエスナにはレイリスと一緒に行ってもらうことにする。


「じゃ、じゃあレイリスと一緒について行ってくれ。」


「わかったよん!」


レイリスがほっとした顔で、胸を撫でおろしていた。


…もしかすると諜報部にはそんな情報さえも入っているのかも知れない。


俺も変な情報が諜報部へ流出しないよう気をつけよう。


すると俺の背後から声がかかる。


「…だったら俺がやろう。」


バインズの声である。


見た目とその無口さから料理の候補からは外していたが、確かに普段からソロの冒険者として活動しているようなので、素朴な男の料理くらいはできるのかもしれない。


「じゃあ頼むよ、バインズ。あと姫様は食べるときの食器を用意しておいてもらえますか。」


いくらお姫様とはいっても調査隊に来た以上は、特別扱いするわけには行かない。


俺の数多ある座右の銘の1つは“旅は道連れ世は情け”である。


姫様といえどもしっかり働いてもらう。


それが旅をするうえでメンバーの不満を溜めさせないためにも大切なのである。


もちろん俺も宮使いであるため、雇用主にあまり大変な仕事は押し付けられないわけではあるのだが…。


「わかったわ。ありがと。」


特別扱いされるのが嫌だったのだろうか、姫様の顔がパッと笑顔になる。



それぞれが持ち場につき、バインズと2人残された俺であるが、彼の意外な料理の手際に目が釘づけとなってしまった。


今はちょうど人参をみじん切りにしているところだが、半端な速さではない。


今あったはずの人参が一瞬で皮を剥かれ、次の瞬間には細かく大きさの揃ったみじん切りの山となっているのだ。


続いて玉ねぎ、葉菜と刻まれて行く。


それらを軽くオリーブオイルを引いたフライパンで炒め、水を少量加えながら弱火で煮詰めていくと、みるみるうちにかさが減りドロドロに溶けていった。


それを丁寧に布で濾すとややトロミがかった液体が流れ出し、その中へバターと赤ワイン、調味料を入れて再度火にかける。


途中で香草と塩コショウを揉みこんだ鴨肉の表面を軽く焼き、先ほどのソースに入れてさらに煮込んでいく。


肉の内部まで火が通り食欲をそそる香りが漂い始めたところで火から外し、フライパンの上に皿で蓋をして黙々と次の料理に取り掛かる。


結局俺は終始バインズの料理に目を奪われてしまい、使い終わった調理器具の片付けくらいしか手を出すことができなかった。


今日の昼食は、白パンに鴨肉の赤ワイン煮と野菜のスープである。


白パンについても、表面に水を振ってから火にかけることで中はもちもち表面はカリカリに仕上げるという徹底ぶりだ。


「すごいな。ありがとう、バインズ。」


俺が思わず声を掛ける。


「…。」


バインズが無言で頷く。


美味しそうな匂いに誘われて、林に入っていったお子様2人が戻ってきた。


「なになにこの美味しそうな匂い!」


レイリスが目を輝かせている。


2人の手には大量の薪と水が入っているであろう皮袋、柑橘類と思われる赤い果実を抱えていた。


「あそこで果物もとって来たよー。って、あー!なにこの豪華な食事!!」


エスナが声を上げる。


「バインズが作ったんだよ。俺が手を出す隙なんて全くなかった。さあ、温かいうちに食べよう。」


料理の方は筆舌に尽くしがたく美味かった。


切り分けた鴨肉の内部は薄っすらとピンク色をしており、肉汁が滴っていた。


肉は驚くほど軟らかく、野菜から取ったソースは赤ワインの甘酸っぱさと絶妙に絡み合い上品な味わいとなっている。


正直とても遠征中に食べる食事とは思えなかった。


遠征に慣れていない姫様のことを考えてこのメニューにしたのかもしれない。


(まだ戦っている姿は見たことがないが)強くて無口で、料理に、そして気遣いまで出来る…バインズ、謎の男である。


俺の中の彼へのイメージを改めることになりそうだ。


「これは美味しいわね。王室でもここまでの料理はなかなか食べられないわよ。あなたが冒険者じゃなかったら王室料理人にスカウトしたいくらい。バインズ、料理はどこかで習ったの?」


姫様が感嘆の声を上げる。


「…いや、旅の中で。」


相変わらずのバインズである。


全員が夢中でバインズの料理を口に運ぶ。


エスナが名残惜しそうに「美味しかったにゃー。」と恍惚の表情を浮かべ、皿に残ったスープをスプーンですくっている。


するとバインズが再び口を開く。


「さっきの果実を見せてみろ。…赤ライムだな。」


そう言うと、バインズは1人林の中へ消えていった。


「どこ行ったんだろ?トイレかな?」


「レイリス、そういうことは食事中に言うもんではないぞ。」


姫様の手前もあって俺がレイリスに注意する。


しばらくすると林の中から手に何やら持ったバインズが戻ってきた。


手にしていたのはスライムである。


するとバインズはスライムを切り刻んで、少量の沸かしたお湯の中へと放り込む。


少ししてから鍋のふたを開けると放り込んだスライムは跡形もなく溶けていた。


赤ライムの皮を軽く剥き、鍋の中にその搾り汁を入れる。


「…エスナ、氷魔法はできるか?」


バインズから話しかけられたエスナは少し驚いた表情を見せながら答える。


「う、うん。できるよー。」


すると無言で頷き、鍋を火から外して砂糖とはちみつを少量加えてかき混ぜた。


その後、先ほど剥いた赤ライムの皮を細かく刻んでさらに加えたところで、エスナに氷魔法で鍋をゆっくり冷やすように指示をする。


冷やしている鍋をバインズがスプーンでゆっくりかき混ぜると、少しずつ鍋の液体が粘性を帯びてくる。


そして完全に固まったところで、無言のままエスナに氷魔法を止めるようジェスチャーする。


全員が注目していると、バインズが鍋から皿によそり、それぞれに配った。


渡された皿を見ると、どうやら作っていたのはゼリーのようである。


透明なゼリーの中に、刻まれた赤ライムの皮がちりばめられて華やかである。


また、ゼリーの上に添えられている緑色は、林に自生していたミントであろうか。


「…デザートだ。」


バインズがいつもの調子でつぶやく。


名づけるとすれば“赤ライムスライムゼリー”といったところであろうか。


赤ライムの爽やかな酸味の中に、細かく刻まれたライムの皮が軽い苦みを与えて良いアクセントとなっている。


また、添えられたミントもライムの風味を邪魔をしない程度に爽やかさを与えている。


「こ、これは!!」


お菓子やデザートに目がないレイリスが声を上げる。


「バインズ先生!他にも色々と作れるんですか!?今度お菓子作りを教えてください!!」


「せ、せんせっ!?…あっ、ああ。まあ構わないが。」


バインズに一瞬戸惑った表情が浮かび、レイリスに押し切られる形で答えた。


思いも寄らないところで人間らしさをみせるバインズであった。


「やったー!」


なぜかこんなところで、お菓子作りの師弟関係が結ばれたようである。


そんな微笑ましい光景を目にしつつ、俺が口をはさむ。


「ところで昨日もレイリスから水スライムの話を聞いたんだが、スライムを料理に使うって一般的なのか?」


「…世間ではあまり知られていないが、ダンジョンに潜ったり食材を現地調達する冒険者の中では割と一般的だ。種類にもよるが今回みたいに溶かして使ったりそのまま食べたりもする。」


バインズは自らは喋らないだけで、こちらから話題を振れば思いのほか話すのかも知れない。


メンバーの意外な一面を知った初日の昼飯であった。


次話は調査隊がノルク村で面倒事に巻き込まれます。

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