第6話 調査ガイダンス
冷たい春の雨がしとしとと降っていた。
ここは国家戦略執務室である。
王国直轄調査隊の顔合わせ兼ガイダンスのため、眠い目を擦りつつこんな朝早くから出勤しているのだ。
集合時間よりも少し早く着いた俺は、卓上に資料を並べてメンバーが集まるのをぼーっと待っていた。
部屋の窓から外を眺めると、いく筋もの雨粒が絹糸のように細い軌跡を描き地面を濡らしている。
不意に部屋のドアが開かれる。
「よう、朝早いな。」
同じフロアに執務室を構える国家構想計画室のルークスの声だ。
「明日から出発だからな。それにしても今日が初顔合わせなんてギリギリにもほどがある。この先が思いやられるよ。…あぁ、気が重い。」
元々、魔物の討伐や護衛任務などの遠征は、色々な土地を訪れることができるため割と好きな方なのだが、それはグラビエ隊長が指揮を執っているからこそだ。
今回はいつもならいるはずのグラビエ隊長が同行しない。
すなわち、俺が隊長なのだ。
「今回の経験はこの国の将来を担っていくお前にとって良い糧となるはずだ。頑張れ!」
ルークスはうんうん、と頷きながら俺の肩をポンと叩く。
笑いを堪えてやがるな。
「若手ナンバー1エリートのお前に言われたくないぞ。」
俺はわざと微妙な顔で返す。
「…そんなことはないさ。実際お前の能力を一番評価しているのは、この俺なんだ。」
ルークスがいつになく真面目な顔で言ってくる。
「…。」
俺は意外な言葉にどう反応して良いか分からずしばらく黙っていると、ルークスはフッと薄い笑みを浮かべた。
「じゃ、またな。戻ってきたらまた飲もう。」
ルークスはそう言ってドアに手をかけ、背中越しに片手を挙げると、部屋を後にしていった。
ドアが閉まるとほぼ同時、ルークスと入れ替わりで誰かが入ってくる。
「おっはよーさんです!国家何とか何とか何とか室ってここで良いのかにゃ?」
背が低く赤い髪色に赤い瞳の元気な少女だ。
グレーのローブを羽織り、杖を手にしているあたりからすると魔法使いなのだろうか?
しかし、その杖は普通の魔法使いが持つそれと比べて、異常に長く少女の身長を超えるくらいはありそうだ。
そして、上から下までびっしりと装飾が施されているところを見ると、かなりの業物であることが見受けられる。
しかし、術式解読が進んでいる現在、魔法使いが杖を持つなんて時代遅れになりつつあるのだ。
一昔前までは、杖を触媒としてイメージから術式の未解読部分を補うことで高度な魔法を使用していた。
現在ではそういった必要のある古代魔法を使用する場合でも、ブレスレットやネックレスなど触媒は小型化されている。
杖なんていうものは一昔前の代物なのである。
「もしキミが探しているのが国家戦略執務室でよければここだが。」
俺は苦笑いを堪えながら少女に応える。
「てことは、お兄さんが何とか調査隊の隊長さん?」
「ああ、もしキミが言っているのが王国直轄調査隊でよければ。調査隊隊長のアルベルだ。よろしく。」
やたら“何とか”が多い少女だ。
またも苦笑いを浮かべ、右手を差し出す。
「魔管から派遣されてきたエスナだよ。よろしくぅー!」
てことは、(全くそうは見えないが)こいつが “飛竜殺し”か?
エスナは俺の手を両手で握り、ブンブンと振り回すように握手をする。
「ところで、あちらのお兄さんも調査隊のメンバーなのかにゃ?」
――――ん?あちら?
俺は慌ててエスナが指さす方に視線を向ける。
すると先ほどまで誰もいなかったはずの部屋の片隅に、腰に剣を携えた一人の男が立っていた。
…全く気配を感じなかった。
一体いつこの部屋に入ってきたんだ?
「や、やあ。君も調査隊のメンバーかな?」
「…。」
男は鋭い視線で俺を一瞥する。
「…えっと、戦管から派遣された。俺は今回の隊長をやらせてもらうアルベルだ、よろしく。」
言葉をつくろうように俺は手を差し出す。
「…ああ、バインズだ。」
バインズと握手をする。
それにしてもこの完璧な気配の消し方、只者ではないだろう。
そして何より虚をつかれたのが、バインズが“2本の槍”ではなく剣を手にしていたことだ。
すると何故に“双薙ぎの槍”などと呼ばれているのだろうか。
俺は首をかしげた。
しばらくするとまたドアが開かれる。
「うー眠いよー。おはよう、アルベル。」
軍服を着て、ぼさぼさの黒い髪を後ろで一つに束ねたレイリスが大きなあくびをしながら部屋へ入ってきた。
レイリスは朝が弱いのだ。
そして集合時間に少し遅れてクラウベール姫が直属世話役のヒラティスを連れて入ってきた。
これは単に集合時間に遅刻したわけではなくクラウベール姫の気遣いである。
王族が出席する会議に一般人が遅れた場合、下手をすれば犯罪者となってしまうからだ。
「アルベルご苦労様。そしてみなさん、ごきげんよう。」
その洗練された所作には見とれてしまう。
「おはようございます。」
俺が答えると、それにつられるようにしてその場にいた者たちも慌てて挨拶をする。
「あら、レイリス。今日は女の子モードなのですね。女性用の制服も似合うわね。」
「ありがとうございます、姫様。今日は姫様と一緒の会議って聞いてたのでこっちで来ちゃいました。姫様が着ている春色のドレスも素敵ですね。こんどゆっくり見せてくださいよ。」
レイリスが笑顔で答える。
そう。昨日の昼間とは違い、今日はミニスカート仕様の女性用の軍服で来ている。
「ごほん。」
話がそれそうだったので、俺はわざとらしく咳払いをする。
「あら、失礼。女の子の話題で盛り上がってしまったわ。本題に入ってちょうだい。」
話の主導権を取り戻し、本題を切り出す。
「それでは明日から出発する王国直轄調査隊のガイダンスを始めさせていただきます。」
これが初顔合わせとなるので、まずは自己紹介である。
「改めて俺が今回の調査隊、隊長を務めさせていただくアルベルだ。よろしく頼む。そして皆知っていると思うが、こちらが今回の調査隊に同行するローカディア王国第三王女のクラウベール姫だ。」
「今回は急な調査ということで、私が無理をいって集まってもらいました。道中の安全も含めてみなさんに汗をかいてもらうことになります。お願いしますね。」
クラウベール姫が軽く挨拶する。
その場にいた誰しもが、その青い瞳に吸い込まれそうになる。
「…じゃ、じゃあ、レイリスから順に軽く自己紹介を頼む。」
「ボクは諜報部のレイリス。今回は調査中の周辺監視やトラップの確認、その他バックアップを中心にお手伝いさせていただきますね。よろしく。」
レイリスが敬礼のポーズを取りながら、ウィンクする。
――――お前は魔性か!
続いて赤髪の少女が一歩前に出る。
「魔管から派遣されたエスナだよ。どんな奴が相手でも、アタシがどっかーんってやっつけちゃうから大船に乗った気でいてね!」
――――泥船にならなきゃいいが。
「…バインズだ。」
――――もっとしゃべれ!
今回は子供2人に無口が1人、とんでも姫が1人の俺を入れて合計5人。
みな腕は確かみたいだから、お守りが中心になるかも知れない。
…先が思いやられる。
外を降る雨がザーッと強くなった気がした。
次話はついに調査隊が出発します。