第5話 レイリスの秘密
危機管理室へ書類の提出を済ませ、夜は約束通りレイリスを城下の酒場へ連れて行く。
城門の前でヤツを待っていると、正面から黒いゴシック調のドレスを身に纏った黒髪の少女…
否、少年…否、青年が長い髪を揺らせながら駆けてきた。
レイリスである。
「ごめん、ごめーん!ちょっと遅れちゃった。」
レイリスは胸の前で両手を合わせ、片目をつぶって謝ってみせる。
その姿は完全に可愛らしい少女だ。
「いんや、大丈夫だ。それにしても今日もかなりめかし込んできたな。」
不意に冷たい風が吹き抜ける。
明るいうちはだいぶ暖かくなってきたとはいえ、夜はまだまだ冷え込みが厳しい。
「せっかくアルベルから誘ってくれたデートだからね。ついつい気合が入って遅くなっちゃった。」
いつものいたずらな笑顔で応じる。
「よく言うよ。この前は雑貨屋の女の子に振られたとか言って、荒れてたっていうのに。」
そう、彼の心は女の子。
…ではなく、単純に趣味でこのような格好をしているだけなのだ。
本人曰く、普段から自分を偽る仕事ばかりしていると、社会的な性別や年齢などは大した意味など持たないらしい。
そんな、端から見たら少女のレイリスを引き連れ、お目当ての酒場へと歩みを進める。
夜風と同じくらい道行く人の視線が冷たい。
細い路地を何筋か抜けて辿り着いたのは、俺が最近見つけたお気に入り酒場だ。
店の正面には異国の文字で何やら書かれた大きな看板が掲げられている。
引き戸の前に下げられた短いカーテンのようなものをくぐり店内へ入ると、店の中央には調理場があり、その周りを取り囲むようにして“コ”の字型にカウンターが配置されている。
落ち着いた店内の右手側にはちょっとした展示スペースがあり、淡いピンク色の花を咲かせた一輪の桜が、陶器でできた蒼く細長い入れ物に生けられていた。
それを見たレイリスが声を上げる。
「わー、綺麗。おしゃれで可愛いお店だね。」
俺たちは異国風の民族衣装を着た給仕の女性に案内されて席につく。
「あっ、キモノだ!いいな、いいなー!」
給仕の装いを見てレイリスが目を輝かせている。
「知ってるのか?どこの国の民族衣装なんだ?」
「東方諸島のベルーチェって国。あれ、キモノっていうんだよ。前に諜報活動で近くまで行ったことがあるんだ。」
まずはエールを注文する。
すると間もなく、透き通ったガラス製のコップに注がれた、琥珀色の液体が運ばれてきた。
透明なコップの周りには細かい水滴がびっしりとついており、冷却魔法によってしっかりと冷やされていることがうかがえる。
待ちきれないとばかりに、慌てて乾杯して一気にのどへと流し込む。
「「ぷふぁー、美味い!」」
レイリスと声がシンクロする。
こんな恰好をしてはいるが、中身は俺と変わらないことを思い出し笑いをこらえる。
「料理は適当に注文しちゃってもいいか?」
レイリスに尋ねる。
「うん、お任せで。あっでも、ボク辛いものは苦手。」
それを聞いて、給仕の女性に“季節野菜のテンプラ”と“魚のニツケ”ほかに何品か注文する。
厨房からはカラカラと一定のリズムを刻む心地よい音が響いてくる。
白い衣をつけられた春野菜が、黄金色の油で揚げられているのだ。
まず運ばれてきたのは、丁寧に盛り付けられたテンプラという料理である。
この店では「箸」と呼ばれる2本の細く短い棒を使って料理を食べるのが習わしだ。
もちろん、箸で食べるためには技術が必要なので、使えない者は頼めばスプーンやフォークを用意してもらえる。
かく言う俺も最近ようやく箸を扱えるようになったばかりなのだが。
小皿に盛られた塩を少しだけつけて食べる。
これは、ふきのとうであろうか、サクッという音とともに、口の中に仄かな苦味が広がる。
隣を見ると、レイリスも箸でテンプラを器用に挟み、小さな口へと放り込もうとしている。
諜報部にいるだけあって、何事も卒なくこなすようだ。
「うわ、苦っ!」
レイリスが声を上げる。
「これはふきのとうかな。お前さっき辛いものじゃなきゃ平気って言ってなかったか?」
「うん、大丈夫だよ。でも、普段の仕事で毒の調合とかもしてるから、苦味には少し敏感なんだよね。予想外だったからちょっと驚いただけ。」
そう言って、その後は美味しそうにテンプラをカリカリとほう張っていた。
その姿はさながら、どんぐりを食べるリスのようである。
「なあ、レイリス。お前諜報活動で色んなところに遠征に行ってるだろ。やっぱりその土地土地の美味しものとか珍しいものとかたくさん食べてるのか?」
「そうだねー。」
一本だけ突き出した右手の人差し指を頬に当てて、考え込む。
「水スライムの刺身とかは美味しかったなー。スライム自体には味がないから黒蜜をかけて食べるんだ。もう歯ごたえが最高!」
「へぇ、スライムも食えるんだな。黒蜜ってことはデザートなのか?」
スライムなら手頃だ。俺も今度作ってみようか。
「うん、デザートとかおやつとかだね。あとは…あっ、そうそう、珍しいものだとスケルトンピッグを丸3日間煮出して出汁をとったスープとか。」
スケルトンピッグとは豚の死骸に魔力が宿ってアンデット化し、さらに時間を経て骨だけ残った魔物だ。
普通、アンデット化した魔物は汚染されているため、口にすることはできない。
スカル化して骨だけの状態であれば無害になるのだろうか?
「スケルトンだったら食材に使えるのか?!てか、普通に豚骨で出汁を取ったものとはどう味が違うんだ?」
「んー、普通の骨より熟成されて濃厚なスープが取れるみたいだよ。ちょっと前までアンデットだったかと思うとグロいよね。」
レイリスが眉をひそめる。
その後も“魚のニツケ”、“湯ドウフ”と東方料理が続き、俺たちは大満足で店を後にする。
「あー美味しかった。今日はありがと、アルベル。」
レイリスも満足気である。
「おぉ、明後日からの調査隊の方、よろしくな。」
「うん、わかってるって。これだけ美味しいものご馳走してもらったから、ボク頑張っちゃうよ!じゃあ、またねー。」
手を振るレイリスとはここで別れ、俺は夜道を1人歩いて宿舎へと戻る。
明日は調査隊の顔合わせに、調査行程や役割分担のガイダンス…いろいろと忙しそうだ。
今夜も月が静かに輝いていた。
次話は調査隊メンバーが顔を合わせます。