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第15話 封印の触媒

翌朝は首飾りの鑑定結果を受け取るため冒険者ギルドを訪れていた。


「これが依頼された簡易の鑑定結果になります。それで…」


ギルドの受付嬢が鑑定結果の報告書を手渡し、おずおずとこちらの顔を伺いながら続ける。


「この件について、ギルドマスターからお話があるとのことなんですが…」


やはりあまり良い類のものではなかったようだ。


俺達は顔を見合わせる。


「ユーズネル、テルファ。あまり大勢で押しかけるわけにもいかないから、お前たちはミルンの護衛とローカディア王宮へ書簡を届ける依頼の手続きをしてきてもらえるか?ガルドさんは俺達と一緒に来てください。」


そうして俺達はギルドマスターの部屋へと通された。


部屋の中には会議用のテーブル、壁にはギルドマスターが現役時代に狩ったのであろう様々な魔物の牙や爪、さらには使い古した剣の数々が飾られている。


そして正面奥の机には、細身だが服の下には明らかに鍛え抜かれた筋肉を隠した壮年男性が座っていた。


「ああ、これはこれは。ご足労いただき感謝します。私はピエトン冒険者ギルドのギルドマスターでトルケラといいます。」


そう言ってトルケラは手を差し出す。


筋骨隆々のその腕は、現役時代は明らかに歴戦の冒険者であったことを物語っていた。


「俺はバレルシアナ遠征隊のアルベル。こちらが臨時外交官のルークス、そして今回フテイ山のガイドを頼んだガルドさんです。」


俺に続いてルークス、ガルドと握手を交わす。


「それでご用件というのは?」


「まあ、立ち話もなんですからこちらのテーブルにおかけください。」


そう言われてテーブルに着いた俺達の前には、2つの金属片が置かれた。


「わざわざここまでお呼びしたのは、もちろん先の鑑定結果のことです。まずはこちらを見てください。こっちはあなた方が倒したゴーレムの破片としてギルドに持ち込まれた金属です。そしてこれがその破片に類似した金属。」


並べられた2つの金属を見ると色や艶などは似ているが、微かに輝き方が異なっている。


「何というか、ゴーレムの破片の方が輝き方が鈍いような気がしますが…」


ルークスが指摘する。


「はい、2つの金属は組成的にはよく似ていますが、決定的に異なる部分がありました。ゴーレムの破片には魔力が残存していたのです。そしてこちらの似ているもう一つの金属の方ですが、これは……ミスリルです。」


「はっ、てことは魔力を含有したミスリル?!」


思わずルークスが声を上げた。


ミスリルとは鋼よりも固いとされる金属であるが、その特徴は魔力収容性があることである。


つまりミスリルには魔力を溜め込む性質があり、このことから自然界に存在する魔石の原料となっているのではないかと推測されている。


これがなぜ推測かと言えば、魔石のように魔力を自然界から常時吸収させることについては再現出来ていないからである。


ミスリルへ魔力を込めることでさえ、かなり高度な技術と莫大な魔力が必要となるのだ。


「その通りです。……そしてさらに驚きなのが、こちらの首飾りの方。」


俺達はテーブルの上に置かれた首飾りを見る。


首飾りは金属の鎖で連結され、中央の飾りにはとても小さい宝石がはめ込まれていた。


一見、普通の首飾りに見えるが、降魔術を扱う俺には、この中にかなりのエネルギーが渦巻いてていることがすぐに分かる。


「この周りの鎖ですが、銀で作られたものでしょうが、熱によって成形された痕迹がありません。つまり純度の高い1つの鉱石から直接鎖を切り出して作ったものだと思われます。さらに全ての鎖にはびっしりと古代文字で術式が書き込まれているようです。」


「銀。1つの鉱石から切り出した鎖。古代文字で書き込まれた術式…。まさか……。」


「そう、中央の飾りにはめ込まれているのは……制約の欠片……で間違いないでしょう。」


魔王がいた時代に5大陸の英雄が封印したとされる超巨大魔法――――“天地反転”。


この封印に憑代として用いられたのが“制約の宝玉”で、それが砕け散ったものが“制約の欠片”である。


そして、このときに触媒として用いられたのが、一つの銀鉱石から削り出された鎖で、その表面には古代文字でびっしりと術式が書き込まれたと言い伝えられている。


「し、しかし…それだけじゃ、まだこの宝石が制約の欠片だという証明にはならないはずでは?!」


俺は虹色草の調査での盗賊団の一件を思い出し、思わず声を荒げる。


「もちろんその通りです。これに関しては魔法学会の関連施設等でもっと詳しく調べてみないと確定はできません。ただ…先ほどのゴーレムを形成していたミスリル。これが魔力を帯びているということは、ゴーレムを作り出す過程で“欠片”から高密度の魔力が漏れたのだろうと推測できます。」


トルケラの口ぶりからするに魔法学にもそれなりに精通しているようであった。


もっともギルドマスターにまで上り詰めるためには、冒険者としての経験だけでなくありとあらゆる知識が必要とされるのかも知れないが。


「わ、分かりました。ありがとうございます。」


俺はゴーレムの破片と首飾りを受け取り、皮袋へ丁寧にしまう。


「ところで、その首飾りと破片ですが、この後はどうなさるおつもりですか?」


「ああ、これはローカディア王宮に戻ったら魔法管理局で詳しく鑑定してもらう予定です。」


「それは良かった。それが本当に制約の欠片だとしたら一大事ですからね。こちらとしても放っておくわけにはいきません。それに個人的な勘ですが何か嫌な予感がする。イーザスの冒険者ギルドとも連携してうちからも調査隊を出しましょう。あなた方が倒したというゴーレムをこちらで回収してもよろしいですか?もちろん調査後に素材はお返しいたしますので。」


この先を急ぐためゴーレム本体を回収出来ない俺達にとって、これは願ってもいないありがたい申し出であった。


「もちろん。協力頂けるのであればこちらとしてもぜひお願いします。」


再度、トルケラにお礼を伝えギルドマスターの部屋を後にする。



ギルドの待ち合わせスペースではユーズネルとミルンがククルと一緒に遊び、テルファやポーター達がそれを眺めながら雑談していた。


ユーズネルは子供の世話もなかなか上手いようである。


将来、テルファに子守を押し付けられるユーズネルの姿が目に浮かび、俺は思わず苦笑いする。


もっとも本人達は()()()()()付き合ってすらいないようであるが…。


するとこちらに気づいたユーズネルが不安そうな表情を浮かべ、俺の顔へ視線を向けつつことありげに話しかけてきた。


「アルベルさん、調査結果はどうでした?魔物の異常発生と何か関係がありそうでしたか?」


「ん、ああ。まだはっきりとは分からないが、関係している可能性が高そうだな……。ただ、もしかするとゴーレムを倒したことで改善されるかも知れない。」


「そうですか。さっきミルンからも話を聞いたんですが、異常発生のせいでお客どころか物資すら届かないとか…。これでなんとか改善してくれればミルンの宿もまた通常営業に戻れるんですけどね…。」


「ああ、そうだな。まあ取りあえず、今回のゴーレムの件についてピエトンの冒険者ギルドが調査隊を派遣してくれることになったから、そのときにミルンの宿へ物資の輸送と、あとメインキャンプとして使ってもらえるようにお願いしておいた。だから、当分の間は問題ないだろう。」


「おお、さすがアルベルさん!その辺のこともしっかり考えてくれていたんですね。」


ユーズネルのぱっと表情が明るくなった。


「そこまでしてくれるなんて、本当にありがとうございました。」


ミルンが頭を下げる。


「いやいや、山の中で遭難しかけた俺達をここまで連れてきてくれたのはミルンなんだから、こちらこそありがとう。本当助かったよ。」


そして俺はルークスとともに皆を見る。


「では、ガルドさん、ポーターのみなさん。お世話になりました。ミルンを家までよろしくお願いします。あと王宮への調査依頼についても。」


するとガルドが珍しく微かな笑顔を見せた。


「こちらこそ世話になったな。久しぶりに山へガイドに入って楽しかったよ。ミルンのことと調査依頼はしっかり届けるから安心してくれ。それにピエトンの冒険者ギルドからもイーザスの冒険者ギルドへ協力依頼を出しに行くとのことだから、俺達はこれに便乗させてもらおうと思う。」


「なるほど、だったら安心ですね。では、くれぐれもお気をつけて。またイーザスに行ったときは顔を出しますので。」


それぞれと握手を交わしガルドやミルン達と別れた。



北の空を眺めると一面に青い空が広がり、ところどころに白い雲が浮かんでいる。


山からは乾いた風が絶えず吹き降ろされていた。


ここからはいよいよ中央大平原である。

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