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第4話 漆黒の少年

今日の山場を越えたところで、俺は少し遅い昼食を取るため、城の1階にある食堂へと足を運ぶ。


――――それにしても疲れた。


どさっと食堂の椅子に座り、目の前に並べられた硬く冷たそうなパンと、塩辛いだけのスープになかなか手が出ず、思わずため息を漏らす。


「ふぅ…」


すると後ろから、本来こんなところでは絶対に聞くはずのない声に呼ばれ、俺は眉をひそめる。


「あら、奇遇ね。アルベルじゃないの。」


慌てて振り向くと、そこには意外すぎる人物が立っていた。


その人物は人目を気にしてか、地味な服装をしていたが、顔だちや所作などから高貴なオーラまでは隠しきれていない。


意表をつかれた俺は思わず変な声が漏れてしまう。


「へっ!?姫様?」


それもそのはず、王族は暗殺の危険があるため、通常食事は一般人とは別に用意された個室で、特別な料理を何人もの毒見を経てから食べるのだ。


このような、料理に毒を入れ放題な一介の食堂で、王族が食事を取ることなどまずあり得ない。


そんな俺の驚きなんてどこ吹く風。


「虹色草の計画の方は順調に進んでいるの?」


姫様はいつも通りのトーンで俺に話しかけてくる。


「まあ、ぼちぼちと…じゃなくて、こんなところで何やってるんですか!?」


「何って、食堂へ来たらすることは1つしかないでしょ?お昼ご飯を食べに来たのよ。」


クラウベール姫が何食わぬ顔で答える。


「いやいや、王室で出される美味しい料理があるじゃないですか!?それにこんなところで食べて毒でも盛られたらどうするんです!?」


思わず突っ込む。


「アルベルは心配性ね。逆にこんな食堂で毒を入れる暗殺者なんているわけないじゃない。」


…笑っている。


「それもそうかも知れないですけど、やっぱり王室に戻って食べてください!」


「私はこういう素朴な味が好きなのよ。そんなに言うなら、今アルベルが食べようとしているのをよこしなさい。あなたなんかに毒を盛る暗殺者なんていないでしょ?」


クラウベール姫はいたずらっぽい笑顔を浮かべながら、俺の食事を手元に引き寄せる。


「まあ、俺なんかを殺しても得をする人間なんて、全くいないですけどね。」


ちょっと複雑である。


確かに、姫が食堂に来る前に出された食事であれば、毒が入っていることはまずあり得ないだろう。


お姫様の頭の回転の速さには感服する。


さすがは“とんでも姫”である。


言い負かすのは諦めて、しぶしぶ俺の分をお姫様へ渡し、新しく食事をもらってくる。


多少緊張しながらも、気を取り直して昼食にありつく。


話を聞けば、この時間の食堂はほとんど利用する人がいないため、時々こうやってお忍びで昼食を食べにくるらしい。


まあ、今日の場合は俺の進捗状況を抜き打ちでチェックしにきたようではあるが。



腹ごしらえをした後は、諜報部所属の“あいつ”のところへ向かう。


諜報部とは国内外の様々な組織の情報収集や情報操作、そして暗殺までを行う隠密部隊である。


危機管理室の下部組織であるため、執務室は危機管理室と同じく城の中央棟におかれているのだが、俺が向かったのは中央棟ではなく宿舎脇の中庭であった。


中庭では赤やピンクなど色とりどりの花々を、優しげな日差しが包んでいた。


その周りを白や黄色の蝶たちが元気よく飛び回っている。


そしてその奥にはこの時季にもかかわらず、赤く熟した果実を重たそう抱えるリンゴの大木が1本だけひっそりと立っていた。


俺はリンゴの樹のところまで歩いていき、声を掛ける。


「レイリス、今年のリンゴの出来はどうだ?」


なぜかこの木だけは毎年この時季にリンゴの実を付けるのだ。


しばらくすると、右腕に大きなリンゴを2つほど抱えた華奢な少年が木の上から飛び降りてきた。


黒髪に黒い瞳、中性的な顔立ち。


腰には大きめのダガーを2本携えている。


諜報部所属“黒曜のレイリス”である。


「やあ、アルベル。ボクがここにいるなんてよくわかったね。ちなみに今年のリンゴは例年になくみずみずしくて美味しい。食べてみなよ。」


そういって、無造作に束ねられた黒髪を揺らしながら、俺に向かってリンゴを1個放り投げる。


俺はリンゴを受け取ると、皮ごとそのままかじりついてみた。


シャキッという音とともに、甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。


直後、かすかに柑橘類を思わせるような爽やかな香りが鼻を抜けた。


「ほう、確かにこれはいい出来だ。これでシードルでも作ったら美味いかもしれない。」


黒髪の少年は笑顔で「だね!」と一言つぶやき、リンゴの木を背もたれにするように座り込んだ。


「それはそうとレイリス、やっとこっちに戻って来たっていうのに、もうサボってるのか。」


「失敬な、これはサボってるんじゃなくて充電してるの。いろんなところに行って、変装したり、暗殺したり、裏の仕事ばっかりやってるとこういう時間てのが大切なんだよ。」


この華奢で童顔な少年の口から「暗殺」などといった、物騒な言葉が飛び出すことに違和感を感じながらも、俺は本題を切り出す。


「そんなものかな。だったら、明後日からクラウベール姫たちと虹色草の観察旅行に出かけるんだが、気分転換がてらお前も一緒についてこないか?」


レイリスは少し考え込むそぶりみせつつ、笑顔で答える。


「うーん。お姫様のお守りかー。ただ行くだけじゃ割に合わないかなー。」


「そうか。もし一緒に来てくれたら今夜は城下で美味いモノを奢ってやろうと思っていたんだが、それは残念だ。」


「いや、やっぱ行く!交渉成立!!」


満面の笑みだ。


「どうせ最初から行くつもりだったんだろ?」


「ん?まあね。バレてたか。」


俺は苦笑いを浮かべつつ、事前に作成していた派遣同意書をレイリスに渡す。


レイリスはいたずらっ子然りといった顔でそれに応じる。


ここで誤解が無いように言っておくが、レイリスは極端な童顔なだけで、年齢的には俺よりも2つほど上である。


そんなわけで諜報部隊からも1人を確保し、残りは1人だけである。


ちなみに、これらの派遣証や派遣同意書は最終的に危機管理室へ提出しなければならないのだ。


王宮勤めはこの辺の手続きが煩雑なのである。



俺は危機管理室へ書類を提出する前に同じフロアにある国家構想計画室を訪ねた。


「ルークス、ちょっといいか?」


「おう、どうだった?しっかりと人材を確保してきたか?」


カウンターに俺を座らせ、コーヒーを出してくる。


「半分成功、半分失敗ってとこかな。戦管では1人しかもらえなかった。…で、そのことでちょっと相談なんだが。」


「なんだ俺へのお礼じゃなくて、そういう話か。」


ルークスは苦笑いを浮かべる。


「あのさ、お前の伝手で誰か1人都合してもらえないか?」


出されたコーヒーに口をつける。


丁寧に抽出されたコーヒーの香ばしさが疲れた心に染みわたる。


「ところで、他のメンバーはどんな奴らを確保してきたんだ?」


俺はそれぞれからもらった派遣証を渡す。


するとそれらの派遣証を見ながら、ルークスは短いため息をついた。


「“飛竜殺し”に“双薙の槍”、おまけに“黒曜”まで…。お前、これだけ揃えば姫様を入れても5人で充分だろ。それでもお釣りがくるぞ。」


呆れ顔でつぶやく。


「レイリスは知り合いだが、その…“飛竜殺し”だとか、“双薙の槍”だとかってのはすごいのか?」


「すごいも何も言葉の通りだよ。1人で飛竜を倒しやがった。“双薙の”も似たようなもんだ。それぞれの局で売り出し中の若手だよ。よくこんな奴らを派遣してもらえたな。」


ルークスが答える。


飛竜といったら、普通は腕の良い弓隊で追い込んで、その後数人の魔法使いが取り囲むように上位魔法を連続詠唱して倒すのが定石だ。


それを一人で…。


「はは…それはすごいな。」


窓から真っ赤に染まった夕日がちょうど差し込み、俺の顔を照らした。

次話はアルベルが約束通りレイリスを飲みに連れて行きます。

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