第5話 罠
4人で丘の上へと上がり、それぞれが武器に手を掛け砦の様子を伺う。
ここから見る限りゴブリンやオークの姿は確認できない。
さらに近づいて観察すると、砦の周囲には色とりどりの花が植えられており、さらにはご丁寧にベンチまで置かれていた。
「…ん、なんだ?とても魔物が棲みつくような雰囲気じゃないが…。」
俺はいぶかしげにルークスの方へ意見を求める。
「確かにな。俺も花を育てるゴブリンなんて聞いたことがない。」
警戒しつつも門の前まで近づくと、そこには一枚の看板が置かれていた。
“砦のレストラン、戦士の休息へようこそ”
「あの…」
おずおずとテルファが手を上げる。
「そういえば、この街道沿いに最近おしゃれな砦のレストランが出来たって聞いたことがあるんですけど…まさかとは思うんですが…」
「はぁ!?砦のレストラン?」
俺達3人は思わず顔を見合わせる。
そのまま門をくぐり砦の表玄関を開けると、中には綺麗な赤いじゅうたんが敷かれおり、武器に手を掛けた俺達を燕尾服姿の若いウェイターが出迎えた。
剣を抜いていなくて良かった…。
外交団が盗賊にでも間違われたら洒落にならない。
「いらっしゃいませ。ご来店ありがとうございます。4名様でよろしいですか?」
「えっ、あっ、はい。4人で。」
――――反射的に答えてしまった。
武器を持っての入店など明らかに周囲からは浮いていたが、そのウェイターは表情一つ変えずに窓際のテーブル席へと俺達を案内する。
さすがはプロである。
「思わず入ってしまったが…」
「まあ、たまにはこういうのもいいんじゃないのか。経費で落とそう。」
するとテルファがギロリと睨む。
「何言ってるんですか、先輩!この場合は経費では落ちませんよ!経理規定読んでないんですか?」
テルファが納得いかないといった表情でルークスを見て指摘する。
「これじゃさすがのルークス外交官殿もお手あげだな。ところでテルファ、なんでここの店のこと知ってたんだ?」
「あ、はい。最近女の子に人気の情報紙の中で、クラウベール姫の新規政策として“無人建造物の活用推進でおしゃれなレストランを臨時開店”ていう特集が組まれていたんですよ。」
…はは、あのお姫様はそんなことにまで手を出していたのか。
店内を見渡せば街道沿いにもかかわらず女性の姿も少なくない。
どうやら王都からの定期馬車も出ているようだ。
メニューは魚料理と肉料理の2種類から選ぶようで、最初にウェイターから注文を取られた。
席についてしばらくすると、色彩豊かな様々な野菜をゼリーで固めた料理がテーブルへと並べられる。
「あ、あの…。これってどうやって料理を食べればいいんですかね?」
ユーズネルが本格的なコース料理を前にキョロキョロと周囲を見渡し、綺麗に盛り付けられた皿に手を出せずにいた。
「全くユーズは…。これはね、ここにあるナイフとフォークで切り分けて食べればいいのよ。で、次に来る料理はこっちのを使って食べるのよ。」
テルファが子供に教えるかのようにユーズネルへと説明していく。
「ユーズネル、もしかするとバレルシアナでもコース料理が出されるかも知れないから、テルファからしっかり習っておけよ。」
俺もルークスも少なからずコース料理を食べる機会があるため、この手のマナーについては慣れたものだ。
騎士団といえども立場によっては、お偉方と相対することもあるため、このようなマナーが要求されるのである。
料理の方は、ゼリー自体も鳥肉から取ったであろう出汁の味が感じられ、色鮮やかな野菜と合わせて実に繊細な味付けとなっていた。
続いては出されたのはスープだ。
ジャガイモをすりつぶして丁寧に濾したものへ、濃厚なミルクを加え、先ほどの料理と同様に鳥や香味野菜から取った出汁を加えているのであろう。
口当たりが非常になめらかで、まろやかな味付けとなっていた。
その後、パンと一緒に運ばれてきたのがメイン料理のようである。
魚料理は白身魚にホワイトソースが掛けられたもの、肉料理はわずかに山いちごの風味がする茶色いソースが掛けられたものであった。
最後にデザートまでつき、どれも文句なしに美味しかった。
…だが、これからの遠征では味気ない食べ物ばかりが続くことを覚悟していた俺達は、少々拍子抜けしてしまった。
「うーん。どれも初めて食べた料理ばかりで美味しかったんですが…。コース料理ってそれ以上に疲れますね…。」
ユーズネルが人生初めてのコース料理で疲れを癒すどころか、逆に疲れ切ってしまったという表情をしている。
「まあ、これも少数護衛の一環だと思って慣れるんだな。」
俺は笑いながらユーズネルを励ます。
「はあ、すっかり少数護衛って襲い掛かってくる魔物とか盗賊を倒せればいいとばかり思ってました。」
「まあ、護衛相手に恥をかかせないのも重要な任務だからな。」
「なるほど…勉強になりました。それにしてもコース料理は強敵でしたよ…はは。」
馬車に戻って、砦のレストランでもらってきたミルクをククルの皿に注いでやる。
「くるーーぅ」
ククルは嬉しそうに羽を一回ばたつかせ、ミルクに飛びついた。
馬の方もしっかりと休めたようなので、移動を再開する。
街道の周りには少しずつ木々が増えていき、森特有の湿った匂いが辺りを漂っている。
一行は薄暗い林道を進んでいた。
すると不意に馬車が停止する。
「ん、なんだ?!何かあったか?」
俺が声を掛けると、御者は後ろを振り返り「こりゃ落石ですね。今どかすのでちょっと待ってもらえますか。」と 御者台から降りていった。
「落石か。」
何気なく声に出してみたものの何かが引っかかる。
――――そうだ、近くには落石があるような山も崖もない。
「待て、外に降りるな!」
御者へ叫ぶと同時に外から悲鳴が上がった。
俺はすぐさま剣を手に馬車から飛び出す。
「行くぞ、ユーズネル。俺は前、お前は後ろを!」
「はい!」
ユーズネルもすぐさま反応し、馬車の後ろから外へと飛び出した。
「前方はオークが2体。棍棒1、槍が1!」
俺が叫ぶと、同じく後方からはユーズネルの声がかかる。
「後方はオーク3。棍棒のみです。」
「わかった!一人で持ちこたえられるか?」
「問題ありません!」
ユーズネルの実力であればオーク3体程度なら問題にはならないだろう。
御者の男へ今にも振り降ろされようとしている棍棒を、鞘に入ったままの剣で受け止め、オークの腹に蹴りを撃ち込み距離を取った。
「大丈夫か?取りあえず馬車の方へ。」
「はい、助かりました。」
俺はそのまま敵に立ち塞がるように御者の正前へ立ち、剣を抜く。
槍を持ったオークの突きを、下から右上方へ切り上げる形で弾き返す。
そして、そのままバランスを崩したオークを右から水平に薙ぎ払った。
続いてもう一体のオークが振り回す棍棒をかわしながら、相手の懐まで距離を詰め、その勢いのままに剣を突き刺す。
俺は相手の腹に刺さったままの状態で剣を軸に身体を反転させ、背負い投げのような格好で無理矢理剣を切り上げた。
オークは腹から上部へと切り裂かれ絶命する。
最後に槍を持った個体へとどめを刺し、すぐにユーズネルが戦っている後方へと移動した。
後方ではちょうど一体のオークを切り伏したところであった。
ユーズネルは続いて、棍棒を振り上げて向かってくるオークの攻撃を半身になってかわすと、間髪入れずその腕へと剣を振り下ろす。
腕を切断され怯んだオークへ、すかさずひと薙してとどめを刺した。
そしてユーズネルが最後の一体に対峙したそのとき――――
ズサッズサッズサッ!
突如、オークの身体を3本の氷の刃が貫く。
オークは最期の断末魔を上げてバタンと倒れた。
「テルファ?!」
ユーズネルが振り向き声を上げる。
「どうですか、先輩!私だって魔物を倒すことくらい出来るんです。」
そう言ってテルファは馬車から降り、倒れたオークへと近づこうとする。
その姿を見たルークスが叫ぶ。
「バカ、不用意に動くな!」
――――そのとき
テルファの後ろ。
木々の茂みから黒い影が突如として姿を現わした。
「危ない!」
俺の叫び声を聞いてテルファが振り返る。
そこで目にしたのは先程のオークよりも一回り大きく、無骨な牛刀を振り上げたナニカ。
「えっ?!」
テルファは全く反応出来ず、ただ立ち尽くしていた。
――――俺が動くのより先
いち早く反応したのはユーズネルだった。
剣を逆手で持ち、テルファに右肩からタックルするような形で飛びつく。
ドンッ!
テルファはもの凄い衝撃とともに後方へ倒れ込んだ。
――――何が起こったのか?
テルファは訳も分からず視線を移すと、そこには右肩から血を流したユーズネルの姿があった。
「!?」
次の瞬間、ユーズネルは右肩など全く気にも留めず剣を逆手に持ったまま、後方のナニカへと振り返りざまに剣を突き立てる。
――――そしてほぼ同時
もう二本の剣がナニカへと突き刺さる。
俺とルークスの剣だ。
腹を3本の剣で貫かれたナニカは、そのまま糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
後ろではテルファが地面に膝をつき、がたがたと震えている。
倒れたナニカ…オークキングであった。
「大丈夫だった?テルファ?」
右肩を抑えたユーズネルが優しく尋ねる。
「…なんで。」
テルファが泣きながらユーズネルにすがりつく。
「ユーズネル、大丈夫か?いい判断だったぞ。」
俺が労いの声を掛けると、ユーズネルは笑顔で頷いた。
幸いユーズネルの傷は浅かった。
止血を行い、再び馬車へと乗り込む。
皆、無言だ。
テルファはユーズネルの左腕をしっかりと掴み、まだ震えていた。
「テルファ、そんなにくっついたら痛いよ。」
ユーズネルが笑いながらテルファから腕を引き抜こうとする。
「いや。」
テルファはユーズネルの左腕をまたガッチリと抱きしめた。
「………ごめんなさい。ありがと。」
「ん。」
ユーズネルは降参したように苦笑いを浮かべ、テルファへと腕を預けた。
何か言いたげなルークスだったが、2人の姿を見て思い直したようだ。
両肩をすぼめ”敵わない“と俺へ無言のサインを送ってきた。
俺も首を捻りサインを返す。
今日の出来事は2人にとって、きっと大きな経験となることだろう。
そんな俺たちの姿をククルが不思議そうに見つめていた。




