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第21話 ベネト橋の陰謀

翌朝、出発のために馬車へ荷物を積み込もうと表玄関へ出ると、そこにはアスナの姿があった。


「おお、アスナか。おはよう。出発前にエスナに会いに来たのか?あいつならまだ寝てるから部屋の方に行ってみるといい。」


「おはようございます。いえ、姉さんとはローカディアに戻れば、いつでも会えますから。」


そう言うと、アスナは少しうつむいてもごもごと口を動かしている。


「…あの。……アルベルさん、まだ脇腹を痛めているのであまり無理をしないでください。積み込みはわたしが代わりに。」


「はは、アスナは心配性だな。一晩ゆっくりしたらだいぶ痛みも落ち着いてきたから大丈夫だよ。あっ、それと昨日芋の酒貰ったよ。ありがとな。逆に気を使わせちゃったみたいで悪かったな。今度ローカディアに戻ったらお礼に飯でも奢るよ。」


「えっ、あ、でも…わたしなんかとお食事なんて…そんな。」


そのとき俺達の話し声で起きてきたのであろうエスナが、寝起きのぼさぼさ頭を掻きながら玄関から出てきた。


「ふぁー、みんなおはよ。アスナも見送りに来てくれたんだ。せっかくだからアルベルに超高級なもの食べさせてもらいなよ。」


「ねねね、姉さん。な、何言ってるんですか!?わたしはただお詫びに来ただけなのに、連れて行ってもらうだなんて…。」


「ん?そういう話してたんじゃないの?ねえ、アルベル?」


「はは、まあそうなんだが。超高級か…まいったな。」


俺は苦笑いを浮かべる。


「そそ、そんな高級なものじゃなくて、アルベルさんの普段の行きつけのお店とかでいいですから。」


「わかった。なら、ローカディアの城下に美味しい店を知っているから戻ったら連れて行くよ。」


「………あっ。」


思わず行くことを肯定してしまったアスナが真っ赤になって下を向く。


「は、はい。そしたら、そのときはお願いします。」


またもごもご言いながら返事をする。


「ところで、アスナはこの後はどうするんだ?ローカディアに戻るのか?」


「はい。わたしは任務も終わったので、ジルーの冒険者ギルドに報告してからローカディアに戻ります。」


「そうか、気を付けてな。」



アスナやマクイの幹部、ジルー支部長など錚々(そうそう)たる面々に見送られ、俺たちはジルーを出発した。


御者は体力的に一番余裕のあるバインズが担当していたが、その隣にはなぜか姫様が座っていた。


「なあ、あの組み合わせって、昨日何があったんだ?」


最もあり得なそうな2人が並んでいることに驚き、思わずエスナへ尋ねた。


「んー、なんか昨日の夜にバインズから旅の話とか、旅での技術とかについて色々聞いたみたいで、興味深々なんだよ。」


「あー、そういうことか。バインズのやつ余計なこと話して、これ以上俺の仕事を増やしてくれるなよ。………まぁ、王室料理人の勧誘とかじゃなくて良かったが。」


俺は思わず苦笑いを浮かべる。


「ところでエスナ。」


「んにゃ?」


「お前らって、なんでエスナが魔法管理局で魔導研究してて、アスナが冒険者やってんだ?見た感じ逆な気がするんだが…。」


「なんでって、アタシの方が研究が得意で、アスナは猪突猛進タイプだからだよー。」


――――嘘をつけ!!!


それを耳にした瞬間、姫様とバインズがピクッとこちらを二度見したことを俺は見逃さなかった。


「それ嘘じゃないかもよ。エスナの魔導基礎論に関する論文って結構評価高いんだよね。ちなみに、アスナに関しては学術はからっきしだけど、何となくで出来ちゃうタイプみたい。見かけに寄らないよねー。」


レイリスが笑いながら話す。


「何さ、見かけに寄らにゃいって!失礼な。今度“魔法による温度変化に関する基礎応用論”について骨の髄まで説明してあげようか!」


「あら、なにかしら?面白そうな話をしているのね。私も聞かせてもらおうかしら。」


御者台にいた姫様がいつの間にか前から身を乗り出して目を輝かせている。


ちなみに、この後は馬車を凶悪な睡魔が暴れ回り、(諜報部式睡眠耐性があるはずのレイリスを含め)大惨事になっていたとか、いなかったとか。



そうこうしていると、前方からはイレメーヌ川の下流側に架かる吊り橋、ベネト橋が見えてきた。


こちらはグリテート橋とは異なり、馬車が一台通れる程度の古い木製の吊り橋である。


ベネト橋を渡れば海へと抜けられるのだが、ルール海岸を始めとした周辺の海岸線は切り立った断崖絶壁が入り組んでおり、港の建設を行うことができない。


このため、貿易路としてはほとんど活用されておらず、利用者が極端に少ないことから橋の架け替えは行われていないのだ。


また、橋を渡れば再びローカディア王国となるが、その利用者の少なさから領内側にザルースの詰所が一箇所あるだけで、ローカディアの詰所は設置されていない。


「じゃあ、ちょっと詰所に行ってくるよ。」


そう言って俺は詰所のドアを開けて、受付けで声をかける。


「すいませーん。」


「…。」


――――利用者が少な過ぎて撤退したのか?


ガタンッ!


するとカウンターの奥から何やら物音が聞こえる。


――――なんだ?


「おーい、誰かいるのかー?」


ガタンッ、ガタンッ!


やはり中には誰かがいるようである。


「中に入らせてもらうぞー!」


不審に思った俺は大きな声でそう叫ぶと、カウンターをくぐって中へと入った。


受付けの奥には簡易な作業テーブルが置かれているが、詰所を撤退したにしては埃1つ被っていない。


また異様なことに、誰もいない部屋につい先ほどまで作業していたかのような様子で開かれたノート、飲みかけのコーヒーなどが雑多に置かれていた。


そして微かではあるが、ツンと鼻をつく刺激臭がする。


ガタンッ!


さらに奥の部屋から物音がした。


俺は剣を抜き、辺りを警戒しながら奥のドアノブに手をかける。


ガチャッ


そして剣を構えながらゆっくりとドアを開く。


ギィーーィ


先程よりも強い刺激臭が鼻をつく。


しかし、何者かが襲いかかってくることはなく、中はがらんとしていた。


「誰もいないのかー?」


俺は口元を抑えながら再び声をかける。


「…んん。」


すると今度は、応接用ソファの辺りからくぐもった声が聞こえた。


警戒しながらソファの後ろを覗き込むと、詰所の兵士と思われる2人が口を塞がれ縛られていた。


「おっ、おい。大丈夫か?!」


慌てて縄を解いてやる。


「俺はローカディア王国直轄調査隊のアルベルだ。一体、何があった?」


「さっき剣を持った男が押し入ってきたかと思ったら、いきなり妙な臭いのする袋を投げつけられて…。それを嗅いだらそのまま気が遠くなってしまったんです。」


兵士は悔しそうに俯きながら話した。


と、ちょうどそのとき外から叫び声が聞こえた。


何かあったのだろうか、ざわざわと騒がしい。


すると兵士の一人が何かに気づいたかのように、はっと顔を上げて俺の方へ向きなおす。


「そうだ!今、ローカディアの方って言ってましたよね?!奴らもローカディアの調査隊がどうのこうのって。」


「なんだって?!外に調査隊のメンバーが待ってるんだ!ちょっと様子を見てくるが、このままにしても大丈夫か?」


「は、はい。気にせず急いで行ってください!我々もすぐに向かいます。」


次話は外で起こっていたことが明らかになります。

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