第2話 エリートの部屋
開け放たれた窓から外を眺めると、ちょうど雲の間から綺麗な満月が顔を覗かせていた。
最近になり少しづつ暖かくなってきた夜風が部屋を吹き抜け心地よい。
ここはルークスの部屋である。
部屋には透明なグラスに水とともに入れられた魔光石が、暖色系の淡い光を放っている。
魔光石とは内部に蓄えた魔力を、水を触媒として光に変換する魔石であり、水の中に入れて使う。
魔力は石を水から出せば自然界から常時吸収するため、半永久的に使用することが出来る。
このため高価な魔道具ではあるが、どの一般家庭にも1つは備えてある。
最近手に入ったというラムーニャ地方の上等なワインに2人で舌鼓を打っている。
赤というより茶色味がかった色。
うっすらと藁のような香りがするところをみると、長時間熟成された高級なワインなのだろう。
「それにしても…このワインはかなりの甘口だが濃厚で美味いな。さすがお前が国家構想計画室からくすねてきたワインだ。」
昼間のお返しとばかりにいじってやる。
「なに人聞きの悪いことを。こんなのどうせ余しても倉庫行きになるんだ。それとも、正義感にあふれたお前はいらないのか?」
これまたいやらしい顔で応戦してくる。
ぐっ、若手ナンバーワンのブレーンに口で挑むのは無駄なようだ。
それにしても酒を人質にするとはなんとも卑怯な…。
「すみませんでした。いただきます。」
俺の数多ある座右の銘の1つは“長いものには巻かれろ”である。
変わり身の早い俺なのだ。
「はは、素直でよろしい。まあ、飲まなきゃ倉庫の奥深くに放置されて、次に発見されたときには化石になってるさ。だったら、俺たちがしっかり味わってあげた方がこのワインのためだろ?」
「ちがいない。」
ルークスがいる国家構想計画室は王国の中枢を担うエリート集団であり、様々な交渉事も請け負っている。
このため、国内外の色々な名産品が集まってくるのだ。
こういった名産品はしっかり帳簿をつけて管理するのが正式だが、食べ物や飲み物などはたいして保存がきかないため、計画室の人間が持って帰るのが通例である。
実際、それに見合った仕事をしているため誰も文句を言わないし、それが暗黙の了解となっている。
互いにワインの品定めが終わったところで、ルークスが口を開く。
「虹色草…ライトリーブの現場視察だって?」
虹色草の正式名称はライトリーブといって、春に白い花を咲かせる希少な植物である。
しかし、特徴的なのはその白い花ではなくて、葉の方だ。
花が咲く直前になると、それまで細長かった葉が急激に成長し、楕円形へと変化する。
そして、花が咲くまでの1週間だけ葉に光が当たると、その光の角度によって様々な色に輝くのである。
このため、虹色草と呼ばれているのだ。
ちなみに、葉は花が咲くと同時に枯れてしまうため、葉が虹色に輝くところを見られるのはこの1週間だけに限られる。
「ああ、たぶん花が咲く直前の七色に輝く葉っぱを見に行きたいんだろうけど、その群生地ってのがまた…」
「どこにあるんだ?」
「…ルール海岸。」
それを聞いたルークスが顔をしかめる。
ルール海岸、ローカディア王国の西に位置し断崖絶壁の海岸である。
「ルール海岸ていや、最近海竜の目撃情報がある、あそこだろ。」
「…ああ、そうなんだよ。それにしても海竜って言ったら中位の騎士団が対処するレベルだぜ。しかも、海岸まで行く途中でザルース領の街道を通らなきゃならないから、ぞろぞろと騎士団を連れていくわけにもいかないし。」
「確かに、いきなり騎士団を連れて行ったら戦争と勘違いされて、それこそ国際問題だ。勘弁してくれ。」
ルークスが苦笑いを浮かべる。
「笑い事じゃないぞ。こっちはお姫様連れだから安全の確保は絶対遵守。しかも3日後に出発して開花の1週間前までには到着しなきゃならないから、ザルース領へ騎士団通過の交渉もできないし。」
うなだれながら、俺はグラスに残った赤ワインを飲み干す。
「まあ、そう言うなって。お姫様の安全はお前がいれば大丈夫だろ。ここで任務成功すればお前の評価もうなぎ上りで、念願の出世に1歩近づくかもしれないぞ。」
そう言って空になったグラスにワインを注ぎ、生ハムが乗った皿を俺の前によこしてくる。
「おまえ、俺がこれ以上は出世に興味ないことをわかってて言ってるだろ。」
恨めしそうな顔でにらんでやる。
そう、俺は出世にはあまり興味がなく、むしろ早いところ王宮務めをやめて適度な田舎でスローライフを送ることが夢なのである。
とはいえ、ルークスは別格としても、この若さで地区隊の副長という俺の今の地位は十分異例なのだ。
こんな俺が自ら言うのもなんだが、これでもなかなかのエリートなのである。
俺がここまで頑張って出世した理由、それはもちろん夢のスローライフに関係している。
ローカディア王国では、地区隊副長以上の職にあれば、王都郊外の土地を格安で購入することができるのだ。
すでに目をつけた土地があるため、これまでがむしゃらに努力を続けてきた。
あとは金が貯まり次第、いち早く購入するだけである。
購入後は生活できる程度に働けば良いとさえ思っている。
「まあ、お前自身の望みと、お前に周りが求めることは違うってことだな。…それと姫様の護衛もあるってことだから、念のためこれを持って行け。」
そう言って、小さなクリスタルがついた首飾りを差し出してくる。
「これは?」
「ああ、干渉系魔法を封じるクリスタルだ。要人護衛の場合だと幻惑魔法とかで混乱させてその隙に暗殺してくることがある。そういったものを無効化してくれる。魔法を使えるやつらなら魔力の乱れで、こんなの身に着けてなくても分かるんだろうが、お前は魔法は使えないだろ?親衛隊の奴らとか機密にかかわる人間、暗殺される恐れがある人間なんかは必需品だ。」
「そうか、悪いな。出来ればこんなものにお世話にならずに、平和に帰ってこられればいいんだけどな。考えるだけで気が重いよ。」
「まあ、つべこべ言ってないで、食え食え!これは半年前の遠征中に俺が狩ってきたオークブルの生ハムだ。自家製だがワインに合うぞー。」
そうは言っても美味しい酒と美味しい料理にはあらがえないのが人間の常である。
勧められるがまま、口に放り込む。
「お、確かにこれは旨い。」
塩味は強いが、肉自体の熟成された旨味がとげとげとした塩辛さをまろやかにしている。
世間一般の生ハムといえば大抵は生臭さも感じるものだが、これは肉がまだ新鮮な状態で丁寧に下処理をしたのだろう、まったく臭みを感じない。
しかも、食べた後には仄かにハーブの香りが鼻を抜ける。
「だろ。仕留めたその場で解体して、塩とハーブで包んで下処理までしたんだ。」
このエリート、お堅そうに見えて意外と料理が上手いのだ。
「…よく任務中にそこまでしたな。護衛達だって連れて行ったんだろ。」
呆れ顔で俺が言うと、ルークスは至って真面目な顔で答える。
「美味く食べられるはずのものを、みすみす逃すなんて選択肢があるのか?だいたい護衛なんていっても、オークブル一匹ろくに仕留められない連中だ。反論はさせないさ。」
「…お前が一人でやったのか 。」
オークブルといえば中級の冒険者が2~3組のパーティで狩り取る魔物だ。
このエリート、料理が上手いだけじゃなく、文武両道なのである。
「ああ。俺は美味いモノを食べるために働いているようなもんだからな。」
自分で狩って最高の状態で食す。
こいつと気が合うのは同期と言うこともあるが、ともに酒と料理のこだわりが合うということが大きいのかもしれない。
そんなことをふと思いながら、夜が更けていく。
次話はアルベルが調査隊メンバー集めに奔走します。




