第15話 制約の宝玉
翌日、俺は姫様とともにザルース執行部のジルー支部へと指定された時間に足を運んだ。
支部の正面で警備をしている兵士へ接見承認書を手渡すと、兵士は厳しい表情を崩さぬまま俺達を建物の中へと促した。
建物内は壁や柱に豪奢な装飾がなされていたが、置かれているテーブルや棚、調度品などは落ち着いたものが多くあまり嫌みのない執務室となっている。
豪華な建物をそのまま利用し、新しく購入するものは質素に。
この街の政治が腐敗していない証拠である。
一方、職員たちはまだ午前中の早い時間だというのに慌ただしく動いており、何かの対応に追われているようであった。
案内の職員に通された会議室のドアを開けると、そこにはなんとジルーの最高責任者が座っていたのである。
「私はジルーの運営責任者、支部長のコライ=クーシェルです。どうぞお座りください。」
「どうも、私は王国直轄調査隊隊長のアルベルです。こちらは…」
まさかジルーの最高責任者が出てくるとは思ってもいなかった俺は、言いよどんで姫様の方を見る。
「私はローカディア王国第三王女のクラウベールです。」
そう言って姫様は王家の人間であることを証明する、紋章入りの首飾りを見せた。
高々、一調査隊の接見にジルーの最高責任者が出てくるという、ただならない状況を鑑みて姫様は身分を明かしたのであった。
「んなっ!?…こほん、まさかクラウベール様がお越しになっていたとは知らずに、これは失礼いたしました。」
「いえ、今回はお忍びで来ていますのでお気になさらずに。それよりも、あなたがこの場にいらっしゃるということは、検問や街の警備のことといい、何か重大なことが起きているのでしょう?話を聞かせていただけますでしょうか。」
「は、はい。私も近いうちにローカディア王国の方にはお話を伺いたいと思っていましたので…。」
クーシェルは一瞬戸惑ったような表情を見せながらも話を続けた。
「実は…先日、ザルース領執行本部へ『ローカディア王国が秘密裏に“制約の欠片”を領内に持ち込もうとしている』との匿名の文書が届きまして…。」
「なっ、うちの王国が!?しかも制約の欠片って言ったら下手に扱えば街の1つや2つは簡単に吹っ飛ぶ代物だぞ。」
俺は思わず声を上げる。
“制約の欠片”とは太古の時代――――まだ魔王と呼ばれる存在がいた頃の話。
暗黒世界にとどまっていた魔族たちは光の世界、すなわち我々が暮らしている世界を手に入れようと、密かに魔界である儀式を行っていた。
天地反転。
我々の住んでいる光の世界と魔族たちが住んでいる暗黒世界を反転させる超巨大魔法である。
紆余曲折あり、その企みを知った5大陸の英雄達が力を合わせて超巨大魔法を封印したのだった。
このときの憑代として使われていた巨大な宝石が”制約の宝玉“である。
しかし、制約の宝玉はその超巨大魔法のエネルギーに耐え切れず、封印と同時にその場で砕けて世界中に爆散した。
……と言い伝えられているが、真実のほどは定かではない。
世間ではその砕け散った1つ1つの欠片のことを”制約の欠片“や”宝玉の欠片“、また単に”欠片“などと呼んでいたりする。
唯一確かなことは、高密度のエネルギーを不安定な状態で凝集された欠片が、現実として世界各地に点在しているということである。
そして、この欠片は下手に刺激を与えると途端にエネルギーが解放され、一瞬のうちに辺り一面を無に変えてしまうほどの危険物であるのだ。
実際、約30年前には制約の欠片を悪用しようとした盗賊団が、エネルギーを暴発させ周辺2kmに渡って、何もない真っ新な大地へと変えてしまったという事件も発生していた。
その一方で、制約の宝玉にはそれぞれ特徴があり、それが原因となってダンジョンが形成されたり、天変地異が起こったり、はたまた国のエネルギー源として利用されていたりもする。
利用といっても暴発の危険性を考えると、欠片から湧き出す熱や水を使う程度しか利用できないのが現状ではあるが…。
いずれにしても、ザルース側からすればそんな物を秘密裏に領内へ持ち込もうとするなど、テロを疑っても当然である。
そう考えれば、水際で阻止するため、急きょ検問を設置したり街中における警備の強化も納得がいく。
「そうなんです。こちらとしてもその匿名の文書の真偽も含め、お話を伺いたいと思いお越しいただいたということなのですが…。まさかクラウベール様がこちらに来られているとは思いませんで、とんだご無礼をいたしました。」
「いえ、私の方も何も連絡せずにこちらへ来てしまいましたから。こんな、国家間の信頼を揺るがせかねない事態になっていたなんて…。この件については王室を代表して正式に回答させていただきます。全くこのような事実はありません。ローカディアとザルースの関係を悪化させようとする何者かの画策でしょう。」
「やはりそうでしたか。王室の方が自ら国を代表してお答えいただいたということは、何もないということが事実なのでしょう。ザルース執行本部へこの件について通知を出したいのですが、内容についての記載と署名をいただいてもよろしいでしょうか?」
「私の単独署名で国印がなくてもよろしければ。」
国の正式な意思決定であれば、本来は国王の署名に加え、国印が押されるのである。
しかし、今回のような緊急の事態であれば省略することもある。
「もちろんです。同席者として私の署名も入れさせていただきますので、全く問題ありません。しかし、そういうことであれば…。」
――――妙な話だ
俺は首捻った。
「もし国家間の仲違いが目的ならこんな回りくどいことをしなくとも、もっと簡単な方法ならいくらでもあるはずだ。」
「では、やはり来週開催される春市でテロでも画策しているのでしょうか?」
「いや、それであればこんな怪文書を送ってまで、わざわざ警備を強化させる理由がないわ。」
「であれば…。こちらに警備の目を向けさせているうちに別の街から何かを盗み出そうとしているとか。」
俺が指摘する。
「こちらの警備が強化されることで逆に手薄になるのは、応援を頼んだ隣街のマクイですけど…。そんなリスクを冒してまで盗み出す程、あの街には価値のある宝や情報なんてありませんよ。第一マクイでは先日の盗賊団一掃作戦で、やつらのNo.2の幹部が捕縛されたばかりです。なので、盗賊団としても当分は動けないと思います。」
「そうか…。」
俺達は行き詰まってしまい、沈黙が押し寄せる。
「…いや、そうとは限らないかも知れない。もしかして、その盗賊団のNo.2って、まだマクイに収監されているんじゃないのか?」
「は、はい。よく分かりましたね。仰る通りマクイに収監中で、首都ザルースへの護送は来週の春市が終わって落ち着いてからになる予定です。……ま、まさか?!」
「あぁ。マクイの警備が手薄になっている、その隙に盗み出すのは…。」
「盗賊団のNo.2ね。」
姫様が俺の言葉を補う。
「ということは、春市の混雑に紛れて収監所を襲うと?!」
クーシェルは声を上げる。
「いや、いくら警備が手薄でも春市が始まれば、この辺だけでなくマクイにも人が増えるはずだわ。そうすれば、自ずと仕事はやりずらくなるはず。襲うとすれば……春市が始まる直前。」
「ジルーの春市はいつから始まるんだ?」
「明後日です。」
「だとしたら、俺達の考えが間違っていなければ収監所が襲われるのは、今夜か明日の夜だ。」
クーシェルが慌てて立ち上がる。
「すぐにザルースの本部へ連絡して警備の配分を変えてもらうよう要請します!!」
「いや、本部の判断を仰いでいたら間に合わないだろう。」
俺は姫様の顔を伺う。
「これはローカディアに対する敵対行為と同じだわ。私達もこのまま放っておくわけにはいきません。アルベル、ザルースの応援が到着するまで私達、王国直轄調査隊が対応することにするわ。すぐにマクイに行く準備を整えて!」
「し、しかし…ローカディアの方にそこまで甘えるわけには…。」
「いや、ローカディアの名を勝手に語った以上、どんな目に合うか思い知らせてあげるわ。」
クーシェルはこの“とんでも姫”に唖然とした表情を浮かべていたのであった。
次話は休憩回です。アルベル達がジルーの幹部におもてなしされます。
5/15の更新予定です。




