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第14話 鉄器の街ジルー

「お待たせしました。両方の書類作成が完了しましたのでお持ちください。」


先ほどの兵士の上官であろうか、顎髭を生やした落ち着いた雰囲気の兵士が俺のところまで書類を届けにやってきた。


「ああ、忙しい中早急に対応してもらって悪かったな。」


「いえ、我々も今の状況は何とかしたいと思っていたところですので。」


書類を受け取った俺はその足で、すぐ向かいにあるザルース領の詰所へと向かった。


グリテート橋のように領境が橋である場合には、よほど隣接する領地間の仲が悪い場合を除いて、対岸にも詰所を設けて橋を渡る前に、領内へと入る人間の審査を行うのが一般的である。


「ローカディア王国の王国直轄調査隊の通行許可をいただきたい。」


ザルース領の担当者は受け取った書類に目を通し、俺の方を一瞥すると事務的に答えた。


「わかりました。ザルース領の通過については積み荷の確認をさせて頂いたうえで受理いたしますので、こちらから別途お通りください。」


「その積み荷確認のことなんだが…。ここ数日で急に始まったと聞いたが、なぜなんだ?」


「それは警備を強化する必要が生じたからです。」


「俺はそういうことを聞いているんじゃない。具体的になぜかを聞いている。」


「それは安全機密上のことなので、お答えできません。」


「そうか。だったら、ザルース領の通過に加えてこちらもお願いしたい。」


俺は先ほど詰所で作成させたザルース領執行機関への接見文書を取り出し、担当者に渡した。


担当者は少し驚いた表情を見せたが、すぐに平静を装い書類を受け取る。


「わかりました。接見についてですが、所長の承認が必要となりますので本日の夕方、ザルース領側の詰所へお越しください。」


「わかった。では、よろしく頼む。」


公的な用務での橋の通過は、一般人の検問とは別に許可されるため俺たちは優先的にザルース領へ入領することができた。


グリテート橋を渡るとすぐにザルース領第二の都市である “ジルー”が広がっている。


ジルーはもともと軍事都市であり、ローカディア王国とザルースが争っていたころは最前線の防衛の要を担っていた。


友好関係が結ばれた現在は軍事の要から貿易の要といった役割が色濃く、活気のある街である。


だが、その友好関係に水を差すかのように、街中には警備と思われる兵士の姿があちらこちらに見られ、戦争中かのような物騒な雰囲気が漂っていた。


今回の入領は調査隊という正式な任務であるため、今日の拠点はザルース側から宿を手配されている。


宿へと向かう道中の馬車で、今回の顛末についてクラウベール姫へと報告した。


「確かに妙ね。ついこの前のザルースとの国土運営会議のときには友好的に終わったし、そんな素振りなんて見せてなかったのだけど…。執行部への接見は私もついていくことにするわ。」


「えっ、でも、姫様がこの場にいることは内密になっていますし…。そもそも安全の確保が。」


「…わかったわ。じゃあ、私は名乗らずその場について行くだけ。それなら問題ないでしょ?それにもし、私の顔を知っている人間が出てきたら、どちらにしてもあなたでは対応できないでしょうし。そのときは私が話をするから、それまでは大人しくしているわ。」


「はっ、はぁ…。」



ジルーは元々軍事都市であったため、街中は周辺から切り出した強固な岩のブロックで形成されている。


俺達が連れてこられたのは街の中心付近、小高い丘にある3階建ての城のような砦のような外観の宿だった。


もしかすると昔は本当に砦として使用されていたのかも知れない。


ところどころに剣や矢などでつけられたと思しき跡が生々しく残っている。


宿の中へ入ると、正面は受付となっており赤いじゅうたんが敷かれていた。


エントランスの右側には大きなレンガ造りの円形の暖炉があり、それを取り囲むように椅子が並べられている。


左側にはバーカウンターがあり、夜になれば酒が飲めるのであろう。


俺達は受付でザルース領からの通行証書を提示すると、宿の受付嬢は目をパチクリさせてすぐに3階の部屋へと案内した。


受付カウンターの両脇から延びた階段で2階へと登り、さらにその奥の階段から部屋のある3階へと上がる。


どうやら公的な客人や大商人などが泊まるビップルームなのであろう。


3階には3部屋しかなく、そのどれもがジルーの街を一望できる景観となっていた。


もちろん(生物学的な)男女で別れて2部屋借り、荷物を置いた後に姫様の部屋に集まっている。


「夕方にザルース側の接見日時を聞きに行くまでに時間がありますね。」


「そうね。ジルーって何が有名なのかしら?ちょっと街の中を歩いてみたいわ。」


するとエスナが声を上げる。


「ジルーといえば鉄器産業と金属加工業かにゃ。色々な鉱石を含んだこの辺の岩石と、もともと軍事都市だったってこともあって武器とか防具とかとか?ここのところは調理器具や食器も人気があるみたいで、つい最近だと包丁だとか急須っていう薬缶の小っちゃいやつなんかが有名みたいだよ。」


「そうだったな。たしか、ジルーの鉄器やら金属加工品は厳しく輸出規制がかかっていて、販売目的の取り引きが出来ないんじゃなかったかな。それに後継者不足で年々生産量が低下しているとか。ローカディアや他のところじゃなかなか手に入らないし、今のうちに買っておいた方がいいんじゃないか。」


その言葉にバインズがぴくっと反応したのを俺は見逃さなかった。


「…特に仕事がないのなら俺はちょっと外を見回ってくる。」


そう言ってバインズは部屋を出て行った。


「私も食器とかを見てみたいわ。」


ということで、姫様の提案通り夕方まではバインズ以外の4人でジルーの街を見て回ることになった。


街中を歩いているとエスナが言うとおり、武器や防具類を売る店も見かけるが、やはり調理器具や食器類を売る店の方が圧倒的に多い。


これはローカディア王国との国交が安定しているおかげで、比較的平和であるということが要因なのであろうが…。


そう言った意味からすると、この警備兵の数は尋常ではなく、あきらかに異常である。


そんな雰囲気に違和感を覚えつつも、姫様がご所望の高級金属食器を売る店へ入ると、そこには殺伐とした外の空気とは打って変わり、繊細で優美な模様を施された銀食器が整然と並べられていた。


貴族がパーティを開くときなどに使用する大皿から、普段の食卓に並ぶであろう小型の食器まで充実している。


姫様が目を輝かせながら夢中で品定めをしている。


「わぁー、これいいわね。」


そう言って姫様が手に取ったのは、銀製のティーセットであった。


ポットには持ち手やふたの部分に“蔦”を模した細工が施され、ティーカップ自体は陶器で作られているが、それを囲うように同じく“蔦”がデザインされた銀細工がはめ込まれ一体化している。


「本当だ!これ可愛いですねー。このティーセットでお城のバラ園とかで紅茶でも飲みたいなぁー。」


レイリスが目を輝かせている。


「そうね、決めたわ。これ買いましょう!そのときにはあなたたち2人も招待するから、おめかしして来てちょうだい。」


「「わーい、やったー」」


レイリスとエスナが声を合わせてハイタッチしている。


そう言うと姫様はこちらを向いて、満面の笑顔で俺にも同じように尋ねてくる。


「アルベル、あなたも来たければご招待するわよ。私専属のスタイリストがあなたでも綺麗に着飾ってくれるわよ。」


「…いっ、いえ。遠慮しておきますよ。はは…。」


「そう、残念ねぇ。」



続いて向かったのは、ここ最近有名だという“急須”のお店である。


エスナが話した通り薬缶を小さくしたような形状をしているのだが、とても重厚感がある。


これで湯を沸かすと、鉄分が溶け出すことでお茶などを入れた際に、わずかに味わいが変わるとのこと。


お茶を入れるのも良いが、これで沸かしたお湯で酒を割って飲むのも良いかもしれない。


俺は迷わず購入する。


今度、ルークスに頼んでお湯で割って飲むような強めの酒持ってきてもらおう。


その後も何軒か店を回り、気づけば日が傾きかけていた。



オレンジ色に照らされ長細い影を落とすジルーの街中を、俺は姫様とともにザルース領側の詰所へと向かっていた。


もともとは俺一人で行くつもりであったのだが、「何かあるかも知れない」と言って姫様が頑として一緒に行くことを譲らなかったのである。


むしろ、一緒に来た方が“何かあったとき”に危険なのではと思ったのだが…。


詰所に到着すると、担当の兵士が胡散臭そうな顔で俺達を見て、不愛想に書類を手渡してきた。


「明日の10時にザルース領執行部ジルー支部に来てください。それにしても、ローカディア王国の人間が、ザルース領執行部に接見したいだなんてよく言えましたね。」


「どういうことだ?」


「どういうことって、こちらが聞きたいですよ。まあ、明日執行部でお聞かせいただけるんだとは思いますけど。」


そう言うと担当の兵士は奥へ引っ込んで行ってしまった。


宿への帰り道。


「何かしら、あの失礼な態度は!ザルースへ抗議の文書でも送って、あの兵士を処分してもらおうかしら!」


普段の王宮生活ではあのような態度を取られることのない(むしろ、あってはならない)姫様は、かなりのご立腹であった。


「まあまあ。確かにあの兵士は失礼でしたけど、まさかあの場に姫様がいるなんて思ってもいないでしょうし、何かあんな態度取った理由があったのかもしれませんし。とにかく明日執行部に行って話を聞いてみましょうよ。」


「わかったわ。アルベルがそこまで言うなら今回のところは抑えておくわ。でも、明日もあんな態度取ったら承知しないんだから。」



その夜はみんなでジルー料理を堪能した後、俺は一人夜の街へと繰り出し、近くの酒場へと足を運んだ。


さすがにここ数日間姫様のお守りをしていたため精神的には疲れていたのだ。


ここは、いわゆる下町の古き良き大衆的な酒場である。


俺はエールを注文するとジョッキの半分まで一気に飲み干す。


ふぅ、慣れない隊長なんかやらされて、最近気疲れがひどかったからな。


たまにはこういうのもいいだろ。


周囲を見渡すと、そこには街で働く人や冒険者など様々な人間が好き勝手に飲み、騒ぎ、とてもにぎやかだ。


そのまま、ぼーっと酒を飲みながら人間観察をしていると、俺はある一角に目が釘付けとなった。


一番奥のテーブル席に帽子を目深にかぶったエスナが、周囲を気にしながら男と親密そうに話しているのだ。


まあ、普段はあんなに騒々しいから意識はしないが、確かに可愛らしい顔をしているし、年齢的にも仲の良い男の一人や二人くらいいてもおかしくはない。


声を掛けようかとも思ったが、帽子まで被り健気に変装(…しきれていないが)までしているのだから、さすがに空気を読んで今日のところは退散することにした。


まあ、取りあえずは今回の任務を無事に終わらせて、いつか機会があったらそれとなく聞いてみようか。


そんなことを考えつつ、まだまだこれから盛り上がるであろういくつもの酒場が並んだ夜道を、宿へと向かい歩いて行った。


次話はアルベル達がジルー支部に突撃します。

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