第13話 グリテート橋の行列
ゴブリンとの戦闘を終えてからは、魔物と遭遇することなくのんびりとした旅路が続いていた。
辺りは徐々に切り立った岩が目立ち始め、遠くからは幽かに水の流れる音が聞こえてくる。
さらにしばらく進むと、突然目の前に巨大な大地の割れ目が姿を現した。
イレメーヌ川である。
西日を浴びて赤く輝く谷の遥か下方には、激しく流れる渓流が確認できる。
恐らくは長い年月をかけて水が大地を削り、侵食することで深い谷を形成したのであろう。
先を見渡すと谷に沿うような形で街道が延々と続いている。
ここまで来ればザルース領まではもう目と鼻の先であるため、今夜はこの辺りの岩陰で野営することとした。
夕食を終え、皆で焚火を囲んでいる。
ゆっくりとした心地よい時がただただ過ぎていく。
夜空に冷たく輝く月を眺める者、愛用の武器を手入れする者、ただじっと火を眺める者、それぞれが思い思いの時間を過ごしていた。
すると静寂を打ち破るかように、姫様が口を開く。
「ノルク……良いところだったわね。私、あれだけはしゃいだのは生まれて初めてよ。」
「王女という肩書きがあると、なかなかああはいかないですよね。」
俺は相槌を打ち、姫様の言葉を待つ。
「そうね。本当、楽しかったー。」
姫様は昨日の出来事が夢ではなかったか確かめるように視線を上げ、夜空を眺める。
「そうだ!」
皆が姫様に視線を向ける。
「王女なんて辞めちゃおうかしら!そうすれば自由に研究ができるし、時々こうやって騒げるし。」
――――とっ、とんでもねぇことを言い出しやがる。
「…い、いや。勘弁してくださいよ、姫様。今回の調査隊のせいで王室辞められちゃったら、それこそ俺が責任取らされて処刑されちゃいますよー。」
みんなニヤニヤと俺ととんでも姫のやり取りを見つめていた。
「それもそうね。アルベルが死刑にされた上に、そのあとで私まで王室に連れ戻されちゃ元も子もないし…。そうしたらアルベルが処刑損よね。」
処刑損て…
思わず苦笑いを浮かべる。
「…そういうことではなくてですねぇ。」
「じゃあ、レイリス。」
「なんですか、姫様。」
「アルベルが処刑は嫌って言うから、時々レイリスが私の替え玉でお姫様を交代してくれないかしら?そうすれば、どのドレスでも好き放題着られるわよ。」
笑顔でさらりと恐ろしいことを言うクラウベール姫である。
「えっ!本当ですか!?そしたらボクいつでも替え玉やりますよー!変装とか入れ替わりとか得意なので、ぜひぜひ!!」
レイリスもまんざらではない様子である。
「あはは、楽しそうだね、それー。そしたらレイリスは髪の毛染めにゃいとねー。」
エスナも話に加わり、その後も王宮に戻ってからの替え玉作戦について、夜遅くまで3人で話していたようであった。
翌日は朝日とともに川の流れる音で目を覚ました。
空には薄っすらと雲がかかっているものの、ところどころ青空も覗かせて気持ちの良い目覚めである。
火を起こそうとテントの外に出ると、すでにバインズが火を起こし何やら焼いているようであった。
「よう、朝早いな、バインズ。何を焼いてるんだ?」
「…ちょうど下に川が流れていたからな。川魚だ。」
「えっ、川魚ってわざわざ谷の底まで降りて魚を取って来たのか!?」
「…ああ。」
俺は思わず谷の底を眺める。
谷底からここまでは切り立った崖が4、50mはそびえ立っていた。
とはいえ、ところどころに足場となりそうな岩があるため、下まで降りることは不可能ではないが、一般人にはまず無理だし、訓練を受けたものでもかなりの危険が伴う。
たかだか朝食のためにそこまでするだろうか?
謎である。
…いや、コイツなら朝食のためにこれくらいはするか。
気にしないでおこう。
「ところで、何が捕れたんだ?」
「イワナとニジマスだ。脂がのっていて塩焼きにすると美味い。」
腹を割かれ表面にはびっしりと塩が振られたそれらからは、火で炙られ余分な脂がぽたぽたと滴っていた。
すると、バインズが枝で串焼きにされたイワナを無言で差し出してくる。
表面には軽く焦げ目がつき、熱せられた脂がジュージューと音を立てていた。
中からは白いふっくらとした柔らかそうな身が湯気を上げている。
一口齧るとホロホロと崩れるように身がほぐれ、表面に降った塩が身の中まで浸透し、旨味と混じり合って口いっぱいに広がった。
どうやら臭みを抑えるために魚の腹には薬味が挟まれているようで、香りとともに味のアクセントにもなっている。
辺り一面には焼き魚の芳ばしい香りが漂い、その匂いに誘われたのかテントからはエスナが目をこすりながらひょこりと顔をのぞかせていた。
「美味しそうな匂いがするぅ…。早い者勝ち?」
「…お前らの分もちゃんとある。呆けてないで顔でも洗って目を覚まして来い。」
その後も姫様、レイリスと匂いに誘われて続々とテントから起きだし、みな心の中でバインズに手を合わせながら焼き魚を頬張った。
出発した俺たちは谷沿いの街道を暫く進むと、程なくして無数の石のブロックで造られた重厚なアーチ橋が姿を現した。
グリテート橋である。
グリテート橋は数年前までは木造の吊り橋であったが、ザルース領側からの要請もあり、共同工事としてここ数年で石造りのアーチ橋へと架け替えられたのだった。
さらに橋へと近づくと、姫様が指を差して呟いた。
「あれ、何かしら?」
差し示された方向には何やら行列のようなものが続いている。
さらに歩みを進めると、それは橋を渡ろうとする旅人や商人達の行列であった。
古い橋である場合は安全性を考えて、一度に渡る人数や重量を制限することもあるのだが、このグリテート橋はまだ建設から数年である。
また、仮に重量制限をしていたとしとも、まだ午前の早い時間であるため、ここまで混雑することなど普通であれば有り得ない。
俺達は橋の袂にある王国側の詰所へ行き、常駐する兵士へ調査隊の承認証を見せた。
「あっ、王国直轄調査隊の方でしたか。ご苦労様です。」
兵士は姿勢を正し、俺を見て敬礼する。
「仕事中にすまないな。この行列のことなんだが…。」
「ああ、これですか…。実は先日くらいからザルース領の方で勝手に検問を始めまして…。」
「向こう側に抗議の文書は送ったのか?」
「送りはしたんですが、領内の警備を強化する必要ががあるとかなんとか。ただ…どうも内容が的を得ていないというか。」
確かにおかしい。
ザルース領は正面を“イレメーヌ川”、背後は切り立った山々に守られている。
このため外部からの進軍などについて、ここに来て急に警戒を強化する意味はないはずなのである。
また、近年はローカディア王国とザルース領の関係も比較的友好であり、そちらの面からしてもグリテート橋の警備を固めることには首を捻らざるを得ない。
「わかった、俺が話してみよう。念のため調査隊の通行手続きの他に、ザルース領の執行機関へ接見文書を作成してもらえるか?」
「はい、了解しました。最優先で作成しますので、完成したらお呼びします。少々お待ちください。」
次話はみんなでジルーの街を観光します。
5/12の更新予定です。




