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第12話 漆黒の舞

次の目的地はイレメーヌ川の上流側に架かるグリテート橋だ。


ローカディア王国領とザルース領の境界となっている橋である。


昨日の宴で深夜まで飲んでいた俺たちは遅めの朝食をとり、ノルクのパンを大量に購入して昼前には村を出発した。


村長や自衛団、その他村人たちが集まり、盛大に見送られ何とも言えない気分でノルクを後にした。


このような旅では、道中でどのようなアクシデントがあるか分からないため、目的地がどれだけ近かったとしても本来であれば早朝には出発して早めに到着するのが一般的なのだが、グリテート橋――――すなわち、ザルース領へは王国直轄調査隊の通行という公務であるため、午前中に到着して正式な事務手続きを取る必要がある。


このため道中で一泊して時間を調整しなければならないのだ。



出発して数時間。


調査隊は草原地帯を進んでいた。


辺りの景色が村周辺の田園風景からすぐに草原へと変わった後は、人工物などは全く見られなくなった。


周囲には無骨な岩や手つかずの林をときどき目にする以外は、ほとんど変化のない風景である。


俺は思わずあくびをする。


こうも景色の変化がないと春の気候も手伝って、周期的に睡魔が襲ってくるのである。


しかし、人の手が加わったものが一切ないということは、この辺りには魔物が発生する可能性があるということであり、おちおちと眠っているわけにもいかない。


すると、俺と同じく睡魔に襲われ、こくりこくりと舟を漕いでいたエスナがあくびを噛み殺しながら話しかけてきた。


「う~、眠いにゃー。あのさ、アルベルぅ。昨日ってオルトベアじゃなくって、結局グレーホーンベアだったんだよね?グレーホーンベアって言えば、たしかAランクの魔物じゃなかったっけ?」


「ああ、いきなり目の前にグレーホーンベアが現れたときには、もう死んだと思ったよ。短い人生だったなって。…はは。」


俺は苦笑いする。


「あはは、だよねぇ。でも、あいつって体毛と外皮が硬くて剣だと刃が通らないんじゃなかったっけ?確か、普通は魔法を打ちまくって倒すんだよ。どうやって倒したのかにゃ?」


「それは…」


俺はバインズの方をちらりと見る。


バインズは無言で頷く。


どうやら話しても良いということらしい。


「まあ簡単に言えば、俺が電撃で足止めしてその隙にバインズが貫いたんだよ。」


「えっ、電撃ってアルベル、魔法も使えるの?」


「ん、まあ、魔法ではないんだがな。」


「降魔術…でしょ?ボクも実際には見たことないけど。」


御者をしているレイリスが先頭から声を掛ける。


さすがは諜報部、情報は筒抜けのようだ。


――――そう、あのとき使ったのは魔法ではなく降魔術だった。


降魔術というのは、物や場所に宿る神、すなわち八百万の神に力を借りる技術である。


昨日はちょうど雷が鳴っていたためその力を借りて、やつに電撃を食らわせたのである。


「ああ、その通り。俺が使ったのは降魔術ってやつだよ。だから、同じことを今やれって言われてもできないんだよ。」


俺は両手を挙げて降参のポーズを作る。


「へぇーにゃるほどねー。噂には聞いたことあったけど、本当にあったんだね。アタシも見てみたかったにゃー。それでそれで、貫いたってことはバインズの刺突を見られたんだ!?」


「バインズの刺突って、そんなに有名なのか?」


「そだよ。で、で、どうだった?」


「どうだったって、そりゃ凄かったよ。一瞬、時が止まって次の瞬間にはグレーホーンベアが倒れてた感じかな。突きが貫通して後ろの木にまで穴が開いてた。」


「へぇ~、アタシも魔獣退治について行けばよかったー。」


魔法師が武術にも興味があるものか、と首を傾げつつ、目をキラキラさせているエスナを見る。


すると突然、前のレイリスから声がかかった。


「前方からゴブリンが5体。どうするー?ボクが片付けちゃってもいいのかな?」


「え~っ、ずるい!久しぶりにアタシも体動かしたいしー。」


「じゃあ、じゃんけんね!ボクはパーを出すから。せーの、じゃんけーん…」


エスナに有無を言わせずじゃんけんを始める。


「「ぽい!」」


エスナがグー、レイリスがパー。


「ほら、ボクはパー出すって言ったじゃん。」


「ぐぬぬー。」


駆け引きにはめっぽう強いレイリスなのである。



しばらく馬車を進めると100mほど先にゴブリンが確認できる。


相手も俺たちに気づいたようでこちらに向かってくる様子である。


「じゃ、行ってくるからちょっと待っててね。」


そう言って先頭で御者をしていたレイリスが右手を挙げて、ウィンクをしながら馬車から飛び降りる。


そのまま右手で腰のダガーに手を掛けると、レイリスもゴブリンへと向かって走り出した。


こん棒やナイフ、弓などを持ったゴブリンが計5体。


ゴブリン達は走ってくるレイリスを確認するや否や、弓を持った個体がレイリスに向かって矢を放つ。


レイリスはそれを難なくとかわす。


すると、そのゴブリンはさらに近づいたところでもう一度矢を放った。


さすがに避けきれる距離ではないと判断したのか、レイリスは右手を掛けていたダガーを引き抜く。


鞘からは姿を現したのは禍々しい漆黒の刀身であった。


次の瞬間、矢が弾かれ、そのままの勢いでゴブリン達に襲い掛かる。


――――蝶が舞う


そう形容するのが一番近いだろうか。


先頭のゴブリンにダガーを振るうと、そのまま回転しながら逆側にいた2体目を切断。


後ろからこん棒を振り下ろそうとしたゴブリンをさらに反転して倒すと、残りの2体もすれ違いざまに首を落とした。


華麗。


レイリスが腕を振ったのは最初に矢を弾いたのを含めて6回。


そしてレイリスの後ろにはゴブリンの首が5つ転がっていた。


つまり、レイリスはゴブリンの首だけを的確に切り落としたのである。



「たっだいまー。んー、あんまり運動不足解消にもならなかったなー。」


息も切らさずいつもの調子でレイリスが戻って来た。


「お疲れ様、レイリス。」


戦いの様子を見ていた姫様がねぎらいの声を掛ける。


あれだけの光景――――生首合わせて5個を見ても臆した様子もないところは、さすがは1国の王女である。


「あっ姫様。ありがとうございます。」


「それにしても綺麗に頭だけ切り落としたわね。」


何か言いたげに眉をひそめながら呟く。


やはり姫様も1人の女性といったところか。


さすがに、あれだけのものを見たら気分は良くはないだろう。


「えへへ、それはどうも。」


レイリスが照れくさそうに頭をかく。


…いや、レイリス、それは褒められていないぞ。


「……あれだけ切断面が綺麗だったら、本当は時間があれば解剖してゴブリンの構造を調べたかったのだけれど。」


…ん?


「残念ね。」


……褒めてたー!!!


やっぱりこの人、ダメな人だー!!!!


…とんでも姫ハンパねぇ。


心の中で一人呆れていた俺であった。


次話はバインズの飯テロ&新たなトラブルの香りがプンプンします。

5/10更新予定です。

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