第11話 喜びの宴
村の広場では中央に巨大な薪が組まれ、轟々と赤い炎を上げていた。
それを囲うように皆が集まり宴が取り行われている。
宴は春の訪れを祝う祭も兼ねているようで、集会所ではなく村の広場を使って大々的に催されたのだった。
魔獣討伐の話を聞きつけて、急いで畑まで行って収穫してきたのだろう。
豪華な食べ物や酒が振舞われ、村人達は魔獣の脅威や冬の寒さから解放された喜びを存分に分かち合っていた。
中央の炎に照らされ、地面に映る彼らの影からも、その盛り上がりの様子が伝わってくる。
そんな中、突如村長に呼ばれ俺達は宴の中心へと連れてこられた。
「皆のもの、すでに知っているとは思うがオルトベア…実際はグレーホーンベアであったが、奴はこのアルベル殿率いる王国直轄調査隊によって駆除された。村を代表してわしから感謝申し上げる。村を救って頂き本当にありがとう。」
姫様の身の危険を考え、村人達には調査隊にクラウベール姫がいることは伏せてある。
そのためリーダーである俺の名前が呼ばれたのであった。
「いえ、我々も王国に使える者として、皆さまのお役に立ててありがたいです。」
俺は王宮勤めとしての定型の挨拶をする。
「そして…小さな村なのであまり多くはないですが、これはお礼です。どうぞ受け取ってください。」
そう言って、村長は俺達の前に皮袋を差し出す。
「アルベル!」
わかってるわね――――姫様が俺へ視線を送って釘を刺す。
「わかってますって。」
軽く頷き小声で答える。
「ごほん、我々は王国の調査隊です。なので国民を守るのが当然の勤め。お金なんて受け取れません!」
…と、これまた王宮勤めの定型句を述べる。
ローカディア王国では国に使える者が国民から個別にお金を受取ることを許していない。
そんな事を認めると兵士や騎士団が勝手に国民から金を搾取するなど、内部の腐敗が進んでしまう可能性があるからだ。
「ほ、本当によろしいのですか?!」
「ああ、今回のことで怪我をしたり、畑をやられた人とか、被害にあった人のために使ってやってくれ。」
「おぉ!」
村人達から驚きの声が漏れる。
俺達へ惜しみ無い拍手と喝采が送られた。
こういうのも悪くないかも知れない。
…と感じたのも束の間、その後は酒を手にした村人達からひっきり無いし感謝の言葉を送られ、ゆっくりと飲んでいる暇がない。
やはり静かに大人しく過ごすのが一番だとすぐに思い直す。
感謝を言いに来た村人の中には、先ほど憧れの眼差しで俺達を見ていた自衛団の青年もいた。
「ああ、君は自衛団の、ええっと…。」
「僕はノルク村自衛団のグルーレです。僕も将来は王国の騎士団に入ってアルベルさん達みたいに活躍するのが夢なんです。どうしたら皆さんの様に強くなれるんですか?」
このくらいの年齢というのは強さに憧れを持つのだろう。
「君たちだって十分に強いだろう。あのグレーホーンベアを相手に怪我人は出たにしても、1人の死者も出さずに戻って来たんだ。」
「いえ、そんな事はありません。あのときはたまたま奴が野生の猪を夢中で喰らっていたときで…。それを後ろから切りかかったんですけど、全く歯が立たなくて。そしたらグレーホーンベアが邪魔そうに振り回した腕が団員に当たって怪我をしたってわけなんです。」
俺はグレーホーンベアと対峙したときの圧倒的な威圧感を思い出し、眉をひそめる。
「そういう事だったのか。とは言っても、あれと向き合って重傷者が出なかったのはかなりの幸運だったな。」
「まあ、結果的にはなんとか戻って、そのあとアルベルさん達が来てくれたお陰で奴を退治出来たんですが…。もしあのとき奴が猪に夢中になっていなかったら、そしてアルベルさん達がこの村を訪れていなかったら…。そう思うと僕なんか全然ダメです。」
「まあ、そう悲願することもないさ。これからいくらでも強くなる事は出来る。それに本当の強さってものは、何も魔物を倒す事だけではない。もしこの先、君が努力して王国騎士団の入隊試験を受けることがあったら、そのときは俺を訪ねに来てくれ。美味しいものでもご馳走してやる。」
「はい!」
俺の言いたかったことが彼にどれだけ伝わったかは分からないが、良い眼をしていた。
これから先いつかグルーレと一緒に仕事をすることがあるかも知れない。
これからの彼の成長が楽しみだ。
宴はその後さらなる盛り上がりをみせ、場が温まってきたところで、いよいよお待ちかねのバインズによるグレーホーンベア料理のお披露目である。
ぱちぱちぱち。
集まっている村人たちから拍手が送られる。
するとバインズは愛用の包丁を手に、手際良く適当な大きさに肉を切り分けると、その部位によって様々なスパイスや薬味、俺が名前も知らないような調味料を使い分けながら味付けをしていく。
そして村人に用意させた金串に肉を刺し、中央の焚火にそれらをくべる。
革手袋をして、そのまま暫く火の様子を伺い静止する。
――――――と、次の瞬間。
全てを見切ったバインズが動く。
肉の部位ごとにタイミングを見計らい、次々と火から金串を引き上げ始めた。
その姿を固唾を飲んで見守っていた俺達はもちろんのこと、村人達さえも声を上げる。
「「「おぉ~!!」」」
辺りはスパイスのエケゾチックな香りに包まれていた。
グレーホーンベアの肉などという高級食材は一般庶民が口にする機会などまず有り得ない。
それがバインズの料理ともなれば(俺たちにとっては尚のこと)期待が膨らまないわけがない。
全員に肉がゆき渡り、いよいよ口にする。
俺が食べたのは軽い霜降りがある部位なのか、口に入れ軽く咀嚼するだけで崩れるように肉がほぐれ、甘みを帯びた脂が口中へ溶けるように広がった。
微かにニンニクを加えているようで、疲れた身体に染み渡るようであった。
周りを見渡すとあまりの美味しさに目を潤ませる村人までいる。
バインズ曰く、このように上質な肉は下手に手を加えず、下味のみで単純に焼いた方が素材の味が活きて美味しいらしい。
「これうまー!」
横を見ればレイリスやエスナも夢中で肉にかぶりついていた。
「あら、ホントこれは美味しいわね。」
どうやら姫様もお気に召されたようである。
「ねえ、バインズ。やっぱりあなた王室専属の料理人にならないかしら?王室の調理場だったら設備も食材も最高級のものが使い放題よ。」
「…そうだな、ちょっと考えさせてくれ。」
バインズが答える。
「いやいやいやいや、こんなところで何言スカウトしてるんですか!?しかもバインズも考えさせてくれって!」
俺がツッコむ。
「あはははー。そしたらお昼はボクも王室へご飯食べに行きますねー。」
「あっ、アタシもー。」
「たく、レイリスにエスナまで。」
思わず顔を抑える。
「そうね、そうしたら2人ともお昼は遊びに来てね。」
「姫様ぁ…。」
普段とは違い肩ひじの張る必要がない宴に姫様も心置きなく楽しんでいるようである。
最後まで笑いの絶えない宴となった。
その後も深夜まで盛り上がり、皆で喜びと自然への感謝を噛み締めたのだった。
次話はレイリスが華麗に舞います。




