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第10話 想定外の激闘

現れたのはオルトベアではなく、その上位種。


グレーホーンベア。


俺は心の中で舌打ちする。


確かに村人なら見間違えることもあるだろう。


そのリスクを考えてはいなかった。


グレーホーンベアは高ランクの冒険者が対処するレベルの魔獣である。


「どうするよ、バインズ。こいつはかなりの想定外だぜ。」


「…やるしかないだろ。そう易々と逃がしてくれるタマじゃないだろうからな。」


「だな、俺も同感だ。」


すると突然グレーホーンベアは走りだし、バインズに向かって右手を振り下ろす。


バインズは何とか剣で受け止めたものの、その衝撃は凄まじく、ゆうに2メートルは後方へと跳ね飛ばされた。


その隙を見て俺が左側から、奴が振り下ろした右手を狙い剣を振るう。


ゴッ。


何か堅いものを切りつけた感覚。


堅い灰色の体毛と分厚い皮下脂肪で刃が通らないのだ。


続いて体勢を整えたバインズがグレーホーンベアの胸元へ逆側から飛び込み水平に切りかかる。


しかし、先程の俺と同様に刃が入らない。


グレーホーンベアは俺が切りつけた右手をそのまま振り上げ、俺を弾き飛ばすと、左手で水を掻くようにバインズを爪でなぎ払う。


上手く身を返して勢いを殺したバインズであったが、腕には3本の爪痕がくっきりと刻まれ、真っ赤な鮮血が滴っていた。


「バインズ、大丈夫か?!」


「…ああ、軽く掠っただけだ問題ない。」


――――軽く掠っただけであれ程の威力。


血を見て興奮したのか、息つく暇も与えずバインズへと襲いかかる。


下から上へと振り上げられるバインズの一太刀を、左手の爪で受け止めると、勢いそのまま噛みつきにかかる。


鋭い牙がバインズの喉元に迫り来る。


ガキッ!


俺はギリギリのタイミングで飛び込み、横から奴の口へと剣を叩き込んだ。


剣の刃を垂直に立て、上下の牙に挟まれる形だ。


――――なんとか間に合った。


噛み付こうとした勢いで剣が上下の顎に食い込み、グレーホーンベアの動きが一瞬止まる。


「バインズ、俺と逆側に飛べ!!」


俺はそう叫ぶと、剣をグレーホーンベアに預けたまま、奴の肩を蹴って三角飛びの要領で後方上部へと跳び退いた。


…“印を結びながら”


「怒れる神々よ、その力を雷鳴と共に一筋の光となって示し給え!ライジングライン!!」


その刹那、もの凄い雷鳴が轟きグレーホーンベアの口に食い込む剣へと一筋の光(というには荒々しい稲妻)がほとばしった。


同時に凄まじい衝撃が周囲を包む。


稲妻が直撃したグレーホーンベアは身体の内部から煙りを上げ、辺りからは肉の焦げたような臭いが漂う。


意識を失ったのか、その大きな身体がふらふらとよろめく。


しかし次の瞬間、再び意識を取り戻したグレーホーンベアが雄叫びを上げながら俺よりも近くにいたバインズへと襲いかかる。


不味い!


慌ててバインズへと視線を上げると……


剣を構えたバインズが口を開く。


「…こういう、普通には刃が通らないヤツには力を一点に集中させて貫く。」


バインズは逆刃の状態で切先をグレーホーンベアに向け、顔のすぐ横で剣を握る。


刀身が地面と平行になるようにして腰を落とした。


そして――――


一瞬の静寂。


まるで時が止まったかのようだった。


“何か”真っ直ぐな軌跡がグレーホーンベアを貫いたのだ。


その軌跡は後方の大木まで届き、幹には直径5cm程の穴を開けていた。


グレーホーンベアはつい数秒前の雄叫びが嘘だったかのように音を無くし、後方へと倒れた。


さすが、“双薙ぎの槍”と異名がつくだけのことはある。


槍で突いたような鋭い一撃であった。


双薙ぎということはもう一つ必殺技があるのだろうか。



その後、簡単に止血したバインズはいつもの調子で黙々とグレーホーンベアの解体に取り掛かっていた。


「…なあ、アルベル。」


珍しくバインズから話しかけてくる。


「なんだ?」


「お前、魔法も使えるのか?」


「ああ、さっきのか。あれは厳密に言うと魔法じゃない。ちょうど雷が鳴っていたからな、天候の力を借りたんだよ。」


「…なるほど。」


俺はわざとあまり詳しくは話さなかったがバインズは納得したようであった。


いつの間にか雨が止み、雲の間からは薄陽が差している。


解体した肉はバインズが丁寧に血抜きをし、ハーブで下処理までしている。


俺はその姿に呆れつつ、思わず声を掛ける。


「おい、バインズ。あれだけの戦いがあったんだ。肉を持ち帰らなくても誰も怒りやしないさ。」


「…グレーホーンベアの肉なんて滅多に食える物ではない。ここに捨て置くなんて選択肢などない。」


俺は軽い既視感に襲われる。


「そ、そうか…。」


何故だかこいつとルークスは気が合いそうな気がする。


「なあ、俺の知り合いに酒が好きで料理にも特別こだわるやつがいるんだが、今度王都へ戻ったら飲みに来てみないか?」


バインズは少し考える素振りを見せてから、一言呟いた。


「…そうだな。」


グレーホーンベアは角、牙、毛皮を解体して持ち帰ることにした。


また、肉の方は俺の雷撃によって片半身が焼けてしまっていたものの、2人で持ちきれるちょうどギリギリの量が残っている。


もちろん事前にもらっていた皮袋には入りきるはずもなく、バインズが即席で枝を組み立て背負子を作る。



重い身体と重い荷物を引きずって村へ戻る頃には、すでに日が傾いていた。


先ほどまで降っていた雨の水滴に夕日が反射して、辺りはルビーを散りばめたかようにキラキラと輝いている。


村では帰りの遅い俺たちを心配して自衛団の数人が入口まで迎えに来ていた。


「無事でしたか!?心配しました!」


今朝、オルトベア(実際はグレーホーンベアであったのだが)の目撃情報を説明してくれた自衛団の青年である。


姫様達まで出迎えに来ている。


「ああ、ちょっと想定外はあったが何とか駆除してきた。ほら、約束の肉だ、レイリス。」


背負子に山積みになった肉の塊を降ろしてみんなに見せる。


「「おぉ~!にく~!!!」」


レイリスとエスナが声を揃えて喜んでいる。


「想定外って!?アルベルもボロボロじゃないの。それにバインズ、怪我をしているみたいだけど大丈夫なの?」


自分が言い出したせいで俺たちに怪我をさせてしまったと思い、姫様が今にも泣きだしそうな顔で俺たちに声を掛ける。


「心配しないでください、俺もバインズも大丈夫です。もともとオルトベアを想定していたんですが、実際に出てきたのがその上位種のグレーホーンベアでして…。」


俺たちが戻ったことに気づいて集まってきた村人たちがざわつく。


「す、すみませんでした。俺たちはすっかりオルトベアだとばかり思っていて…。まさかグレーホーンベアだったなんて。アルベルさんたちにさらに危険を冒させてしまいました。」


先ほどの自衛団の青年を中心に村人たちが律儀に謝ってきた。


「い、いや。ほら俺たちも無事に駆除して帰ってこられたことですし。それに、グレーホーンベアなんかがこの周りにいたらもっと危ないですから気にしないでください。」


「そう言ってもらえると…。それにしても、たった2人だけでグレーホーンベアを駆除するなんて、お2人ともとってもお強いんですね。」


自衛団の青年が憧れの眼差しで俺達のことを見つめていた。



その後は部屋で少し休んでから、今回の獲物であるグレーホーンベアを頂くことにする。


とは言え、持ち帰った肉の量を考えると、俺達だけでは到底食べ切れる量ではないし、もちろん肉の鮮度を考えるとこの先の調査へ持って行くわけにもいかない。


また、ちょうど村人達が駆除のお礼にと村を上げての宴を開いてくれることとなったため、肉は鮮度が保たれる数日分だけを確保して、残りはその場で振舞うこととした。

次話はアルベル達が宴で浮かれます。

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