1-03話
初の連日更新
前話の途中からとこの話は過去編です。
三人称視点は
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でくくっております。
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ーー10年前。
その日、ロイマン・ウェン・ブレイリードは驚きを隠せなかった。家族や他の貴族に『お前はいつも死にそうな顔をしているな』と言われ、鏡を見るたびにその言葉に納得していた彼は、客間の扉が開いて現れた姿を見て本当に死にそうな顔というのも見た気がした。
当時のライニー・フォン・シュベルトヒルトは6歳。灰色の髪に赤黒い瞳。顔立ちは整っていて美人に育つことは間違いなかったし、本来であれば可愛らしい少女だった。だが、その髪は長さがバラバラで乱れており、目の下には深い隈、唇は渇いてカサカサ。6歳にしては小柄で、指は老人のように痩せ細っていた。手足は服で隠れているが、恐らく骨と皮だけなのだろうと、誰もが予想できた。顔を俯かせて此方を見る様は、まるで地獄へ引摺り混もうとする亡者の目付き。
ひっ、とロイマンの弟が恐がるがそれを咎めることが誰にできよう。例え爵位が上だからといって、初対面の女性に対して恐がるなどあってはならないことだが、ロイマンたちの側にいる執事自信が驚いていてそれどころではなかった。むしろ、ライニーの側にいたメイドが『お嬢様』と嗜めるほどだった。
メイドに嗜められたライニーはため息をつき、「緊張せずに座って下さい」とロイマンたちに言う。その声は見た目の印象よりは女の子らしい声で、そのギャップがあってロイマンは我に返った。ライニーに挨拶するためにソファーから立ち上がっていたロイマンはしがみつく弟を落ち着かせつつ座らせ、自身も座る。そして、その向かいにライニーは座った。扉からソファーまでの間をふらつきながら。
「わざわざ来て頂いたのにごめんなさい。私の面倒を見て欲しいって父様にお願いされたのでしょう?こんな姿の女の子の面倒見ろだなんて、父様の無茶を謝らせて下さい」
「いえ・・・」
身体の割にしっかり話すライニーにロイマンは返答を困らせる。そして、それ以上は何も言葉が出てこない。正直に『なぜそんなに痛々しい姿なのか』としか頭に浮かばず、親しくもない少女に言う言葉ではないから、何も言えなかったのだ。
その様子にライニーはクスクスと笑う。
「別に聞いて下さっても構いませんよ?別に虐待を受けている、とかではないのですから」
「・・・では、失礼を承知で聞かせてください。なぜ貴女はそんな・・・あー」
「『死にそうな姿なのか?』ですね?そういう貴方も年の割に疲れきった顔をしていますよ?」
放っておいてほしい、とロイマンが内心思った。思ったがために一言余計なことを言ってしまう。
「子供らしかぬ言動ですね」
「そっくりそのままお返しします」
「・・・・・・」
ライニーに言い負かされるロイマンという稀有な状況が成立してしまった。
「失礼しました。こうやって話している方がいろいろと楽なので。私も私自身を奇妙な6歳児だとは思っています。まぁ、その話は一旦置いておきましょう。
そうですね・・・貴方たちは私が世間から何と呼ばれているかご存じですか?」
「・・・“魔女”」
「正解」
ライニーの質問に言葉を返したのはロイマンの弟だった。小さく呟かれた言葉に対し、ライニーはニコリと笑いながら正しいと返す。
「本来、魄気保有量と幻素保有量が反比例的なもの、というのはご存知ですか?どちらかの保有量が大きければ、もう一方は小さくなる。両立していれば、どちらも中途半端、大きくもなく小さくもない。それが一般的な在り方ですが、私の場合は珍しいことに、魄気保有量も幻素保有量も大きいのです」
貴族間の噂で聞いていたことが事実であることに、ロイマンは頷く。
「魄気の生成速度、生成した魄気の体内蓄積量、幻素の吸収速度、吸収した幻素の体内蓄積量。これらに対して、幸運なことに。そして、不幸なことに。私の資質は全て高いのです」
本来、魄気と幻素は相性が悪い。魄気は体内で作られ、幻素は世界が作り出す要素だ。理由は不明だが、それらは交わることがなく、お互いに排斥し合う関係なのだ。
魂澱種の発生原因を調査した際、研究者が狭い容器に密度の濃い魄気と幻素を閉じ込める実験を行った。魄式使い10人と幻法使い10人が、1人ずつ容器に魄気と幻素を閉じ込める。それをさらに小さい容器に混ぜ込める実験だ。10人分かける10人分の計100通り。
全てにおいて、予想を超える爆発が起こった。
魄気や幻素だけでは術式を組むことができない。予め術式を定めていない限り、誰かが干渉して術式にしない限りは爆発など起きない。だが、この実験によって覆された。そして、この実験により1つの懸念が上がる。つまり、程度はあれ、魄気と幻素を体内に持っていて、どうして人は、生き物は無事なのか?
実験はさらに行われ、下記の結論に達した。
1つ。魄気と幻素の質量割合比が3対7以上の差があれば爆発せず、比が揃うほど爆発が大きくなる。
2つ。密度が一定以上高くならなければ爆発はしない。
3つ。爆発後は密度が低下する。
これらの結論が出たために、人々は安心した。魄式関係や幻法関係の資質が両方ともAランク、爆発するラインを超えるものなどほとんどいないから。さらに、解決策は単純に排出すれば良いのだから、対策も万全と世間は決めてしまったのだ。
そのほとんどいない存在の1人がライニーだった。
ロイマンも魄式と幻法を学んでいたために魄気と幻素の爆発現象のことは知っていた。そして、読んでいた教材には例え話も書かれていた。
「私が読んだ本にはこう書かれていました。『もし、魄式と幻法の適性、その両方が高かった場合、人の器では耐えることができないだろう』と」
実験に使われた容器は対爆仕様。その容器を壊すほどの爆発は最悪の場合は起こしてしまう。だからこそ、ロイマンが読んだ本の著者はその例えを書いたのだ。その例えの回答をライニーが言う。
「私の魄気生成速度と幻素吸収速度はそれぞれAAランク、蓄積量はそれぞれSランク。割合は5分。これが今の私の原因で、ロイマン様が読んだ本の著者が知ろうとした答えです」
「・・・・・・」
ロイマンは何も言えない。資質が高いことは羨むところだろうが、それは一方が高ければだ。両方ともが高いということは・・・。
「まだ魄式も幻法も上手く制御ができなくて、定期的に無理やり発散させるしかあらりません。自傷覚悟で拙い術式を使って。初めはそれこそ死地をさ迷いましたけれど。後、完全に幻素や魄気を吐き出しても、2時間も経てばおおよそ回復してしまいます。なので、発散させずに寝過ごしてしまったときには身体の内側から弾けてしまいます。呪いの原因はこれですね。起こしにきてくれたメイリンやシェデフに怪我を負わせてしまいました」
「私たちは軽症です。お嬢様の方が酷い有り様でした」
そばにいるメイドが返答するが、それよりもロイマンはライニーの言葉を聞いて戦慄する。実際に見たことがなくても、想像できてしまう。魄気も幻素も取り込めば身体中に行き渡る。それはつまり、身体のどこが弾け飛んでもおかしくない、ということに他ならない。
「幸いなことに、魄気の巡りが良いおかげで失ったのは左目だけ。身体中に跡はありますけど、怪我は完治しています」
そこまで話して、ライニーは「さて」と一度目を閉じて言ってから、目を開いてロイマンを見た。身体がぼろぼろである以上に、その死んだ目の印象をロイマンは何年も覚えることとなる。
「ロイマン様。貴方はどうしてそのような目をしているのでしょうか?」
問われたロイマンは一瞬だけ言葉を止め、しかし、すぐに語り始める。如何に自分勝手な想いで鍛えてきたか。ライニーを前に自分の夢見の悪夢など、どれほど容易い話なのかを。自虐しながらもロイマンは語り、そして、しかし、ライニーは一言だけ告げる。
「貴方も大変ですのね」
自分の身に起こっていることの方が大変でありながら、ライニーはロイマンにそう告げた。
ロイマンが救われた瞬間がいつかと言われればこの時だろう。そして、ライニーが魄式を身に付けるのはロイマンとの出会いがあってこそだった。
つまり、この邂逅こそが二人が救われる運命の分岐点だった。お互いがお互いを支え合うパートナーの誕生である。
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初対面だから貴族に相応しい口調で話す6歳児。




