2-14話
伏っ!線っ!!回っ!!!
side:カグチ・ナラク
ドクンッ
その鼓動は突然だった。上の階の生き残りを片付けようとした俺様には、全身に痛みが走った。痛みといってもピリッとしたもので大したもんじゃねぇけど、不快にはなる。俺様の世界【怨み辛み多言の呪界】に皹が入ったのだからなおのこと。それをやったのが、あと数分で死ぬだろう死にかけた奴がやったのだから、輪をかけて腹立たしい。
『はぁ?』『なんだこりゃ?』『俺様まだ何もやってねぇぞ』『つーか』
『『何しやがるこの死に損ない』』
パッと見は何も変化無い・・・いや、違うな。呪いが消えた?それに威圧感も感じてきやがる。この状態の俺様が息苦しさを感じるほどに、雑魚のはずの優等生から圧迫感が染みでていた。
「彼女は私、私は彼女。今一時のみの憑依をってね」
そう言いながら両手をついてゆっくり立ち上がる優等生。そして、俺様が刺した【漆黒の処刑】をあっさりと胸から引き抜いた。さっきまで、間違いなく意識を失い死にかけていた。もし、起きたとしてもこれほど何もないように立ち上がれるものじゃねぇはずだ。それに『私は彼女』とか言ってたな。
『なるほどな二重人格かよ流石異世界何でもありだな』
「残念ハズレ。今の世界でこの子が一番適合しただけの話。だから、二重人格じゃないね。まっ、私のことは気にしなくていいよ。ちょっと、"この子"にお願いを叶えるために起きただけだし。すぐに沈むから貴方が気にすることじゃない」
ガラッと雰囲気を変えた優等生はそう言って、俺様から視線を外す。そして、端っこで縮こまっている雑魚の方を見た。
「・・・ここまで似るもんかなぁ?まぁ、今は仕方ないんだろうけど」
『ワケわからんことを言うなつかムシかもこのアマ死ねよ』
俺様は全く此方を見ず、さらには隙だらけの目の前の女に向かって飛び出す。いや、
飛び出したはずだった。
ーーお主は邪魔じゃの
そんな声が響き渡り、
『『があああああああああああああああああああああああああああ!』』
激痛が全身を支配した。
† † † †
side:???(ライニーの憑依者)
やっぱり気づくか。
【創造幻法】の中、目の前で宙を旋回していた目玉の口と全身の口から血の泡を吹き出す姿を少しだけ見た後、私はそのまま視線を上にあげる。
視線の先には数十もの尾をゆらゆらとさせながら、胡座をかく狐系獣人の少年もどきが空中に浮いていた。
「なんじゃだらしないの。ワシ、来ただけじゃろーに」
宙に旋回していた目玉は地に落ち、10個同時に砂へと徐々に変わっていく。そして、その中心で倒れている"汚染者"も四肢の端から砂へとなって消えかけていた。そして、私は宙の少年もどきが"汚染者"に対して何もしていないことはわかっている。
「これが"魂澱鬼"とは。こんなのが対象じゃと、子らが成長できんじゃろ」
「いや、今の人たちには十分、脅威だからね?そりゃ、簡単に倒せる人たちもいると思うけど」
それでも、一瞬で殺しきれる存在はまだ少ないとは思うけど。
「というか、"刻印"?誰が"魂澱鬼"なんて大層な名前で呼んでるの?」
「他の大陸で最近じゃよ、"剣舞"の。鬼とは思えん弱さじゃがの。まぁ、んなことはええんじゃ」
そういって、少年もどき、"刻印の魔神"は宙から増したへと降りてくる。その下には"汚染者"がいるのだけど、"汚染者"はそれに気づいて残った手足で懸命に避けた。
「久しいの、"剣舞"の。《深層》の居心地はどうじゃ?」
「暇なだけね。だって代替りを待つだけだし。だからといって、こうして表には出てくることはなかったんだけどね」
「それでけその娘が適合してるわけじゃな?」
「まぁね」
『『なんなんだよてめええええええ』』
と、"刻印"と会話している最中に吼える馬鹿な"汚染者"がいた。こっちは時間がないんだから邪魔はしてほしくないんだけど。
"汚染者"カグチ・ナラクが唐突に死にかけたのは簡単な理由。彼の世界が"刻印"に耐えられなかった。ただそれだけの話。
"汚染者"が作り出したのは自身が内に秘める自分の世界を現実化したようなもので、自然と自分が有利な世界が作られる。しかし、世界というのは風船のようなもので、あまりに膨れすぎると破裂する。それは世界の崩壊でもあり、"自分"というものの存在崩壊にも繋がるのだ。そして、崩壊に至った原因は私や"刻印"の生み出すエネルギーだったりする。私の場合はこの体の子の呪いや傷を治すために過剰に作り出したため、抱えられる限界のエネルギーを越えたのだろう。
もっとも、"刻印"なんて意識してないだろうけど。あれは存在の仕方からして違うし。
「見苦しいだけじゃの」
そう言って"刻印"が尾の1本を高速で振るう。そして、まばたきをする暇もなく、遺言すら残せず、"汚染者"は叩き潰されてあっさりと死んだ。証拠として世界が変わり、見覚えのある《塔》の内部に戻った。
「悪いの。その子の獲物じゃったろう?あまりの煩わしさに潰してしもうた」
「別に。どうせこの子もすぐに動けないしね」
今も試練に耐えている最中だけど。
「ふむ。その娘の歪みならワシが治すが?」
「それはダメだよ。代償はちゃんとしてこそ、生きていられる価値があるんだから。この子も納得してたしね」
「なるほどの。それにしても・・・お主と適合するだけはあるの。あやつらはその子の仲間じゃろ?」
そういって、尾の1本が指す方向には気を失っている3人がいる。1人はあの異界でも平然としていたけれど、"刻印"がやって来たためあてられたのだろう。
「みたいだね。まっ、まだ触れる状況じゃないよ」
数百年前、私たちはあることを決めた。その決めたことが成就するまで、私たちは世界に触れないようにするとも決めたのだ。
「貴方たちは《天上》で時間を稼ぎ、私たちは《深層》で代替りの準備をする」
「それに異論はないんじゃよ。ワシも兄上たちも姉上たちも、その為に《天上》にいるのじゃから」
「そっか、ありがとう」
そう言った所で、この体の持ち主が急激に浮上してくるのを胸の奥から感じた。解呪もしたし治癒もした。魄気やら幻素やらと呼ばれているものも大分と体内に蓄積できた。
「そろそろみたい。まだしばらくはよろしくね、"刻印"」
「座してゆるりと待っておれ、"剣舞"の。ワシら兄弟姉妹は最強じゃから」
その言葉を最後に、"刻印"は尾を複雑に動かして消えた。そして、私もこの子の仲間たちの下まで歩き、そばで座り目を瞑る。
本当は言いたいことはいっぱいある。《深層》や《天上》、この《塔》の意味、魄気や幻素の成りたち。そして、この世界の現状とか。
でも、今の世界の人たちにそれを教えても意味がない。成長したその果てに理解し、悩み、対応するのが必要だから。
「だから頑張れ、私の後継」
そして、私は意識を落とした。
† † † †
報告書。
人型魂澱種カグチ・ナラクの殲滅に向かった冒険者の生き残りの情報から対象を殲滅したと報告あり。殲滅したのは報告者でも、挑んだ者たちではないものの、落ちていた核の幻素パターンがカグチ・ナラクと判断できたため、殲滅完了という判断に至ったこと。
多くの犠牲を払った上に討伐者が不明ではあるが、リデオーラ王国ホルニヒス、シュベルトヒルト領を中心に騒ぎが落ち着きつつあることから、殲滅できたことを喜ぶべきと判断。
以後、戦闘場所となった《蒼天司りし魔女の塔》の調査は王国へと引き継ぐこととする。
また、近年各大陸でも人型の魂澱種が確認されており、その脅威度が高いことから別名で"魂澱鬼"と呼ぶこととする。
活動報告に年内予定を書きましたが、この物語は人物などの纏めのあとは、修正と書き留めを行っていきます。
3章は来年、2018年からとなります。




