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2-12話

蹂躙回。

side:ライニー・フォン・シュベルトヒルト



異界が展開されてから1つ悲しいことがある。それは幻素が全く吸収できなくなっていることだ。


あれほど体内で作られる魄気とのバランスを気にしていたというのに、今は全く吸収できず、そのせいかはわからないけれど、いつも以上に魄気の生成速度が上がっている気がする。


けれど、早い話。魄気と幻素の混合によるドーピングができないということだ。


「こんのっ!」


ガキンッ!


『あー弱いぞ弱っちいぞへぼ過ぎるぞ』『優等生だもんなぁ机上の話だもんなぁ』『実戦に使えてこその戦力だよな優等生』『つーまーりーはーなー』

『『俺様こそがやはり最強であり神に選別された特別な存在ということだよなぁ!!』』

「しかもうるさい!」


【Donner】の2重ではギリギリ追い付けるぐらいだったために、さらに【Donner】を重ねること1分。"影身"を振るう腕はカグチ・ナラクの物理的な(・・・・)速度に対して負けず劣らずついていけている。結局のところ、あっちも本気ではなかったわけだ。今も本気とは限らないけれど。


カグチ・ナラクが振るってくる手を"影身"で反らしながら体も回避方向に移動。そこから攻撃の隙間を見ては"影身"で斬りにかかっているけれど、甲高い音が鳴り響くだけで手応えは一切ない。【Echt】か【Gewight】、"真なる斬れ味"か"重みのある剣"を追加で付与すればマシになるだろうけれど、手応えのなさから言って3重以上重ねる必要はあると思う。現状【Donner】による加速を3重にしている時点で術の制御はいっぱいいっぱい出し、短時間でできても、もう1つ重ねられるぐらいだ。


ガガキンッ!


故に、私は意味のない攻撃を仕掛けているわけだけど、この手を休めることもできない。こちらの攻撃が何も意味をなさないものと油断してもらっていないと、一瞬で殺されかねないからだ。


『≫この黒き焔を見よ』『≫憎悪に染まった色を見よ』『≫祖は消えることなく燃え続く』

『『≫【黒き焔の呪縛】』』

「>瞬時に舞う!」


カグチ・ナラクの全身とその中心に旋回する10個の目玉から紡がれた10以上の同じ幻法が放たれた直後に、4つ目の【Donner】を重ねて全力で避ける。普段から使ってこなかった3重には慣れてきてはいるけれど、4重は初めてで脳味噌が蕩け出しそうなほど痛いし熱いけれど、こうでもしないと逃げられないし、これでも逃げ切れない。体に触れそうになる【黒き焔】は"影身"で斬りつける。炎とは思えないほどの粘着質のあるそれは"影身"に纏わり付く。こうなってしまえば持ってるだけで術の効果にさらされるだけなので、身近にいた狼系の魂澱種とゴーレムに投げ放っておき、すぐさま新しい"影身"を作る。


ちなみに、私が投げ放った呪われた"影身"は狼とゴーレムに刺さり、呪詛と炎で苦しめられながら、今まで以上に発狂しながら塵も残さず燃え尽きた。


「ヤバっ!」

『そうだろうほいプレゼント『『≫【黒き焔の呪縛】』』』


再度放たれたのは先程の倍以上の【黒き焔】。一瞬だけの加速に止めて【Donner】を1つ解除しようとしたのにできない。それどころか、今の速度をもってしても避けきれないほど、嫌味な感じに術が放たれている。


「>骨骼成して縫い止めろ!」


【黒き焔】の射線上に"影身"を配置。どうしても対処が難しい14個の【黒き焔】を"影身"で防ぎ、他のものは全力で避ける。そして、避けきった瞬間にもう1つ魄式を唱える。


「>ぶっ飛べ!」


【Fliegen】、飛翔の魄式を"影身"に付与し、予め切っ先を向けていた方向のままに放つ。その先にはこれまで同様に他の魂澱種がいて、同じように叫び狂って燃え尽きていく。それを視界の端で捉えながら、脳が限界を超えたと感じて思わず、【Donner】を1つ解いてしまう。


『はい隙あり』

「ぐっ!」


それを見逃さないカグチ・ナラクが私の右の脇腹を思いっきり蹴ってくる。いや、思いっきりというのは私が感じただけだろう。蹴り飛ばされて床を転がりながらも、私は骨が折れていないことをかくにんする。手加減されて助かったと思いながら床を殴って跳ね上がり、足でしっかりと着地。ついでに、手短にいたスライムに"影身"を差し込む。スライムは極小の核さえ潰せば死んでくれるし、発狂しているからか、核だけが明滅しているから分かりやすかった。


カグチ・ナラクとの距離も離れたし、少しぐらいは休憩したいものだけど。


『≫数多の苦しみを知れ』『≫俺の感じた絶望を理解しろ』『≫この世の全てを俺は憎んだ』

『『≫故に俺以外は塵と化せ』』

「言ってることが自己チュー過ぎるよ!」


休む暇なんてくれるわけもなく、カグチ・ナラクは別の幻法を唱えている。ここがカグチ・ナラクのための異界であるために、その内容から何が起こるかはわからないけれど、感じる不吉さ辺り一面から感じる。


つまりは、逃げ道がわからない。なら!


「>【Klinge】!

>【Klinge】!

>3度重なれ刃の体!」


【Klinge】は体を変質させるものだからあまり重ねたくはなかったけれど、私が扱える魄式の中で、防御として使えるのはこの術だけしかない。そのため、硬くなりすぎて動けなくなるのも覚悟の上でしゃがみ、その場で耐えることを選ぶ。


『『≫【怨嗟が引き裂く竜巻】』』


起こったのは私を中心にした竜巻だった。すぐさま目を閉じたから規模はわからないけれど、風の音は相変わらずの怨念や憎悪の声であり、体だけでなく心も削りにきていた。今いる位置がシリウスさんからは離れたところになるけらど、影響を受けていないかが心配である。


1分かそこら続いた【竜巻】は私の体を削りに削ったが、その端から魄気で治癒していったから表面的には怪我がないように見えるだろう。しかし、【竜巻】が終わったと同時に【Klinge】を解けば、服も皮膚もボロボロの私が現れる。といっても、ジャケットが分厚かったためにインナーシャツは大丈夫だし、しゃがんでいたからズボンも足の付け根から下がダメになっただけだ。恥ずかしいとか言ってる場合じゃないとは思うけれど、カグチ・ナラクなんかに裸を見られたくない。


「>【Donner】

>【Donner】

>重ねて【Donner】!」


すぐさま加速の効果を3重に付与して何があっても動けるように整える。両手に"影身"を作り出すけれど、やはり攻める手立てが足りなさすぎる。こちらの攻撃は一切通らず、あちらの攻撃は遊び半分でも必殺の一撃になってしまう。


『生き残るのかいきのこれるんだ』『すげぇすげぇさすがユートーセーは違うなぁ』『といっても俺様も本気でない上に出力落としてやってるしぃ?』『ちょっと構ったら絶望してくれるんだと思ってたから敢えてではあったんだけど全然絶望してくれないよなぁ』『諦めが悪いっつーか現実が見えてないというべきなのか』『俺様との力の差は歴然なのによくもまぁ頑張るもんだと感心するな』『無駄な努力なんだからやめちまった方が速いのに』

『『まっ、そろそろ楽になれや』』

「好き勝手言ったあげく、勝手に終わらせないでくれるかな?」


あと少しでも力を入れられたら確かにこっちの死は確実なので、反論はしても冷や汗が浮き出てくる。


本格的にヤバくなってきた。手加減されまくった状況で、どうにか指先だけ引っ掛けて断崖から落ちるのを堪えていたというのに、今からはその指を引き千切りに来ようとしているのだ。向こうは元気が有り余っていて、こっちは疲労困憊。頭は痛いし、体も痛い。術の行使の度に気を失いそうになってきているし、魄気だって残り2割を切っている。これで幻素が吸収できれば、脳が壊れるのを覚悟の上で、この≪蒼天司りし魔女の塔≫に穴を空けたように、魄気と幻素を混ぜた術で一撃にかけるのだけど、それもできないから決定打が何もない。


「さて、どうしたものか」


カグチ・ナラクに聞こえないように呟く。繰り返すのは自問自答だ。どんな手が残っているか。起死回生の方法はないか。せめて逃げれる手段はないか。諦めることなく考え続ける。


『『≫祖は憎悪の具現』』『『≫憎しみこそが正しく』』『『≫嘲笑う者に刃を刺した』』『『≫憎しみの刃こそ』』『『≫この世においては全て切り裂くのだ』』『『≫故に黒の刃は止められぬ』』『『≫【漆黒の処刑】』』


グサッ


「・・・え?」


カグチ・ナラクが詠唱に入り、一か八かで【Donner】をさらに2つ重ねようとしたところで、私の耳には何かが刺さった音と胸に痛みを感じた。油断など全くしていないにも関わらず、視線を下げた先には柄のない黒い刀が胸を貫いていて、次第に力が抜けてくる。


唱え始めた一瞬後に詠唱が終わっているなんて予想できるか、なんて思いながら意識が消えていく。


口がいくつもあるのだから、同時に違う節を唱えてしまえばいい。しかも、ここはカグチ・ナラクのための異界。唱える節の順番が変わったところでカグチ・ナラク(・・・・・・・)本人が(・・・)理解できて(・・・・・)いれば(・・・)良かったのだ(・・・・・・)


最後に、シリウスさんに逃げてと祈りながら意識は完全に途切れた。


ライニーは死んでませんよ。

主人公だし。

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