2-11話
side:ライニー・フォン・シュベルトヒルト
カグチ・ナラクが展開しただろう異界【怨み辛み多言の呪界】。
その瞬間に、私は何もかもを気にする余裕がなくなってしまった。
――なんで俺がこんな目に合わなければならないんだ。
――少しの幸せも願ったらダメなのか。
――毎日忘れずに神に祈ったのに。
――誰も救ってくれない。
――誰も助けてくれない
――誰も俺を見てくれない
脳へと直接、大音量で紡がれる怨念の言葉。あまりの煩さに耳を塞ぐけれど、ちっとも音量は下がらず、絶えず一方的に語られる恨み言に脳がイカれそうになる。
――苦労したのに報われない
――努力したのに結果にでない
――誰よりも頑張ったのに
――どうして
――どうして
――ドウシテ!
「碌な【創造幻法】じゃないね!」
声に出してみるものの、自分の声さえまともに聞こえない。さらには、精神的に来る。本当に自分勝手な異界である。
「>【Klinge】
続けて、>【Echt】」
異界化と同時に解いてしまった【Klinge】をもう1度発動し、その上に【Echt】を重ねて自分自身を刃に近づける。【Echt】は真実の意味を指すため斬れ味を上げるのによく使うけれど、"人"から"刃"に近付ける、つまりは人としての感覚を薄くさせることも可能だ。普段はあまり行わない解釈ではあるけれど、イメージさえあれば魄式は如何様にでも変えられる。
"刃"に近付けたことによって、怨み辛みの発狂ものの声が遠ざかる。まだ聞こえてはいるけれど、先程に比べれば大分マシ。感情に鈍感なほど効き目が薄いということもこれでわかった。そういう意味では魂澱種にはあまり効果がないように思えるのだけれども、襲ってこないということはガッツリ影響を受けているということなのか?
とはいえ、まずは仲間のことが第1優先だ。環境への余裕ができた私はロンさんたちの方を見る。ロンさんとニフィルさんは耳を大きく押さえて踞っており、シリウスさんはニフィルさんの看病をしている感じだった。おや?
「シリウスさんは平気そうですね?」
「まぁ、赤の他人のことを気にする性分ではないので」
・・・それでいいのか?王族。いや、そうだから王に成る気はなくて冒険者をやっているのかな?まっ、今考えることじゃないか。
「ロンさん!聞こえてる?」
「か、微かに」
「聞こえてくる声は一切合切無視して!無視できないなら気絶させるから!」
「無視って、どう、やって」
ガッツリと怨み辛みに飲み込まれてらっしゃるご様子ですねぇ!ってことで、
「気絶させるね」
首裏叩いて気絶させる方法がわからなかっため、首裏に触れて"意識"を斬る。基本的に【Klinge】は触れたものを物理的に斬るけれど、練習で炎とか風とか斬るようにしてたら、人の意識も斬れるようになっていた。これも解釈の違い、イメージの仕方によるものだ。もちろん、弱っている人限定だけど。ちゃんと後から起きるのは既に学園で実験済みだから心配ない。
夢見は悪くなるかもしれないけれど、起きながら聞くよりはマシだろうと思い、ロンさんを気絶させ、肉体を斬らないように【Klinge】の効果を抑えながら少し引きずって運ぶ。シリウスさんもニフィルさんに対して同じ対応をしたようで、気絶していた。ニフィルさんの隣にロンさんを並べて一段落。と言っても、全く状況は良くなっていないけど。
「とりあえず、2人はこれでいいとしても、安全圏の概念すら無さそうだしなぁ」
「私が壁まで運んで一緒にいますよ。魄気の携帯貯蔵庫もまだ少し残っていますから」
「攻撃には?」
「心許ないですね。ゴーレム以外ならまだ対処できますが、数が多いと厳しいですね」
「・・・いつこっち来るかもわからないしね」
カグチ・ナラクはこちらを見続けていてまだ動いていないけど、【ゴード スーンデール ドウン、ゴード ヂサステル(天雷降りし、神の災害)】で生き残った他の魂澱種たちは、異界の影響で発狂していた。ゴーレムまでも手当たり次第に暴れているのは驚きだけど、氷が溶けて解放されたモノ共が壁や床、同士討ちなど見境なく暴れている。
というか、よくこっちに襲ってこないね。
「さて、つまり戦えるのは私だけっと。上からの助けはあると思う?」
「望み薄でしょう。直感ですが、この異界、上の階にも影響出てると思いますよ?」
「穴あけは失敗だったかなぁ?」
今更悔いてもどうしようもないけれど。まぁ、高ランクの冒険者だったら、これくらいの怨み辛みなんて素で弾き返してくれるだろう、と期待しておく。カグチ・ナラクの姿もなんか変わってるから、パワーアップしてるのは確かだろうし、本気で助けに来て欲しい。今すぐにでも。
「ライニーさん」
「何?」
と、淡い期待を抱きながら、体の調子を確かめるために動かしていると、シリウスさんが改まった様子で声をかけてきた。
「お気づきでしょうが、カグチ・ナラクの狙いはあなたです」
「あ、うん。嫌っていうほどわかってる」
だって、こっちを見てるくせに襲ってこないし。あれ、明らかにこっちの準備待ちでしょ。もう私を叩き潰す満々なのが見て分かる。
「つまり、助けが来てもあなたは前に出て戦う必要があります。そうしないと、他が巻き込まれます」
「まっ、そうだろうね。でも、それ、巻き込まないでくれ、って意味で言ってないでしょ?」
そう返すと、シリウスは不敵な笑顔を向けてきた。
「お気づきですか?」
「ロンさんと組んでたなら、これほどの逆境でも笑ってくれないと」
「いえ、流石のロイマンでも笑いませんよ?それはともかく、カグチ・ナラクという強敵と戦う必要があるあなたにお願いが2つあります」
「おおー!なかなかのスパルタ!」
「1つは、あの浮いている目を1つでもいいので、確保してください。研究材料にします」
無視された。しかも、シリウスさんもシリウスさんで全く芯がブレていない。
「もう1つは?」
「他の魂澱種も殺していってください。僕たちへの脅威が下がります」
「そこはもうちょっと頑張ってよ、先輩冒険者さん」
「あなただからこそお願いできるのですよ、戦闘狂な後輩」
でも、まぁ、そうだよねぇ。
ぶっちゃっけこんな状況で生きることに諦めず、逃げようとする人はそれなりにいると思うけど、戦意を失わない人は結構少ないのではなかろうか?だって、明らかに戦力差がはっきりとしている。しかも、見せつけられている状況だ。油断があっても覆せないほどの差が私とカグチ・ナラクの間には存在する。
けど、まぁ、やっぱり私は私だ。どれだけ困難であろうとも、どれほどの乗り越えるのが困難な壁であろうとも、
壊してしまえばいいのだ。
「りょーかい。1つ目はともかく、2つ目には細心の注意を払うよ。だから、シリウスさんは2人を連れて壁際に離れてて」
「むしろ、1つ目をお願いします」
「実は余裕か、アンタ」
実際平然としているのだから、本当に異界環境に対しては問題ないんだろう。ただ、術を扱って戦えるだけの魄気と気力がないだけで。
「ライニーさん」
1歩踏み出した私にシリウスさんが再び声をかけてくるけれど、私は歩みを止めない。
「御武運を。まだ冒険してないのですから」
「当たり前だね」
歩みを止めないけれど、声はちゃんと返す。
「私、生き抜くことに関しては自信があるから。もっとロンさんとイチャイチャしたいしね」
【Klinge】解除。術の展開に使っていた魄気を体内に還元する。
聞こえてくる大音量の憎悪には強い意志を持って、狂うほどの戦意を持って弾き返す。
左目に嵌まる義眼『エクスマキナ』から体内へと溜めていた魄気を流していく。体内貯蔵の2割ほど回復できた。
"影身"を作成。両手に1本ずつ。近づいてきた猿系の魂澱種を一閃のうちに斬り裂き滅する。
「さて、学園の先輩かもしれないけど後腐れもなく斬らせてもらうよ」
『殺れるもんなら殺ってみな雑魚。この環境で死なないからって勝てるだなんて淡い期待を抱いたまま俺様の偉大さにひれ伏して死ね』
ここが正念場っ!
自己中満載のカグチ・ナラクの世界。
でも、誰しもが考えたことある感情ではないでしょうか?




