2-10話
カグチ・ナラク、チートアップ中
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『≫この世の全ては道化なり』
幻法。
それは星から生み出された幻素を体内に溜め込んでから使用する術である。体内に溜め込んでも"星から生み出された"ことが根元となり、術として扱うには決まった詠唱を必要とする。それは世界が認識した形でないとダメであり、その最も一般的なのが幻語、幻法使うために開発された言葉をもって術を行使することだ。
幻法を使うに当たって、第1段階は言葉を理解すること。単語の意味を知り、文章として扱えることで【語式幻法】は極めることができる。第2段階は図形を意味を知ること。言葉だけでなく、図形や模様にも意味が示されるため、それを知ることで【図式幻法】を極めることができる。第3段階は言葉と図形を混ぜ合わせること。言葉だけでは表せず、図形だけでも難しいなら、合わせて分かりやすく簡潔に知らしめれば【複式幻法】を極めることができる。
『≫我は神の声を聞いた
≫すなわち、我こそが特別な存在なり』
そして、第4段階。
言葉も図式も極めた先にあるのは"独自性"の浸食だ。認識から外れた言葉や図形は到底理解されない。理解されないということは、世界の浸透しないのがほんらいだが、必ずしもそうとはならないのが世界というものだ。
例えば、先駆者。
例えば、カリスマ性。
独特な感性で行動していても、時には周囲の人々が、つまりは、世界の方が共感することがあり、それはすなわち、世界への浸食と言える。幻法の第4段階はつまるところそういうことだ。
自身こそが絶対の方という世界を構築する。
『≫故に、我が声こそが真実なのだ
≫我の言葉にこそ価値がある
≫我の言葉にこそ正義である』
世界を構築すると言っても星を全て飲み込むほどではないが、一定範囲を支配内に飲み込まれた者からすれば、絶望でしかない。なぜなら、今までいた場所から別の法則が働く場所に来てしまったのだから。何をすればどうなるか、が分からない未知の世界なのだ。
そして、自分こそが特別だと、この世界における主人公だと思い込んで過ごしていたカズ・カグチは、周囲の人々に話を聞いてもらえず、誰からも理解されなくなったその転生者は、1つの願望を抱いて墜ちた。
『≫老若男女厭わず聞け
≫我が言葉を聞いて理解しろ
≫理解できぬ者は絶望に果てに死ね』
子供のような我が儘な渇望。"自分の言葉が正しいのだと信じて欲しい。ちゃんと聞いくれる人以外は消えてしまえ"というものであり、幻法の第4段階、【創造幻法】は、
『≫神に認められし我こそが中心であるっ!
≫異界構築っ!申請っ!』
――申請受理――――認可
『≫承認得たり!
≫展開!
≫【怨み辛み多言の呪界】!』
常に発狂するレベルの憎しみや恨みが大音量で盛大に吐かれる世界と化したのだった。
『あっはっはっはっはっ!』
【創造幻法】を発動したカグチ・ナラクの姿も変わっていた。
青黒く染まった皮膚は変わらない。しかし、赤黒い皹のような模様は幾つもの口と化し、全身を口で纏う姿と化した。額や目に口があるのは変わらず、直径3セルメルドほどの目と口の付いた球体がカグチ・ナラクの周囲を旋回しているのは同じだが、その数は2個から10個へと数を増やしていた。
人からさらにかけ離れ、もはや人にはあらず。ここまで姿を変えた人型の魂澱種は今まで確認されたことはなく、後に人型の魂澱種のことを"魂澱鬼"と呼ばれることになる。
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side:ライニー・フォン・シュベルトヒルト
カグチ・ナラクが詠唱を始めた時点で嫌な予感がしたため、一旦距離を置こうとした。時間稼ぎとか逃がさないようにとか、考えていた直後だったけど、私を含めて4人全員が前言を撤回したのだ。けれども、最初の1節で出口を見失った。それで気付いた。
カグチ・ナラクが行おうとしているのは幻法を極めた術、異界構築だと。
それに気付いた瞬間には逃げることを放棄。逃げられないなら術を止めるしかないと、私とロンさんは全力で駆け出し、シリウスさんとニフィルさんは高速で詠唱を始めた。
「>【Klinge】!
>【Donner】!」
「>【斬印】起動!
>【Donner】!」
構えていた"影身"の魄気を体内に戻した私と、剣を構えるロンさんはかつてないほどにスムーズに魄式を起動させる。私の体は刃と化し、剣の速度を高める魄式で一気に加速し近づく。ロンさんは手に持つ剣に斬撃強化と加速を付与し、私と少しずらしてタイミングを狙う。
もちろん、残り2人も既に詠唱を終えかけている。
「ーーー>刻印よ!
>これらの意味を成せ!ーーー」
「ーーー≫イー ブンドレ ゾウサンド スーンデール(千の雷は束られ)、
≫イート デストロイ マニー ソルヂエル(万の兵を滅ぼし尽くす)!」
シリウスさんの詠唱は【刻印魄式】の複数同時起動のためのものようで、空間に幾つもの【刻印】がお椀を描かくように並べられている。そして、ニフィルさんは【複式幻法】の広域殲滅術の準備をしているようで、予め準備していたらしい図形を描いた紙を周囲の空間にばら撒いて固定、詠唱を行っている。
ニフィルさんが放つ広域殲滅術をシリウスさんの【刻印魄式】で纏めて圧縮し放つ予定だろう。当たれば大きいとは思うけれど、1つ間違えれば私たち丸ごと焼け死ぬことになるのだろうけれど、まぁ、カグチ・ナラクに殺されるよりかはかなりマシだと思う。
もっとも、邪魔が入らなければ失敗することがないとわかっているけどね!
「っら!」
素早く近づき、カグチ・ナラクに殴りにかかる。詠唱していて避ける素振りもない、カグチ・ナラクの顔面に当たると思ったが、その数セルメルド手前で何か硬いものに阻まれた。触れたことによる斬撃効果も発生しない。詠唱しているのだから、幻法ではないはず!
「ならっ!」
私の拳が当たらなかったのを見たロンさんが左下に剣を構える。それを見た私は地面を蹴って右へズレる。と同時に左足でカグチ・ナラクの顔面目がけて蹴り上げる。もちろん、またもや阻まれることはわかっているが、多少でも視界を遮ればいい。
蹴り上げた一瞬後、ロンさんが左下から右上へと斬り上げた刃がカグチ・ナラクへと迫る。しかし、やはりというべくか、残念なことに数セルメルド手前で何かに止められてしまう。何がどうなっているのか。
「幻素の壁なんて言わないないよねっ!」
「というより!異界構築の影響だろっ!」
なるほど!それか!
確かに、術によっては詠唱の影響によって防御的なものが発生する術がある。すっかり忘れていたけど、異界構築レベルになればそれぐらいは発生するよね!ってことは、それを剥がさないとシリウスさんたちの術も通りにくいんじゃ・・・。
「とは言え、防御を剥がす手段もないけどっ!」
試しに何発か殴って蹴ってみるけれど、びくともしない。ロンさんも何度も剣を振るっているが、やはりびくともしていない。故に、詠唱は止めることができず、徐々に自分たちのいる空間が異界化してきている。このままだとヤバいけど、何も手が打てない。
頼みの綱は、シリウスさんとニフィルさんの連携技に期待するしかない。
「2人とも離れて下さいっ!」
思った矢先にシリウスさんの声がして、私とロンさんはすかさず左右へ跳ぶ。瞬間、
「≫【ゴード スーンデール ドウン、ゴード ヂサステル(天雷降りし、神の災害)】」
ニフィルさんから空間を埋め尽くすような雷が放たれる。その雷はシリウスさんの構築したお椀状の【刻印】に集められ、光量も熱量も全てが一点に集められて、その端から威力が増された上でカグチ・ナラクに向かって放たれる。放たれた術はカグチ・ナラクの手間で術の防御にぶつかり、強烈な光を出して見えなくしてしまう。どうなったのかはわからないけど、術が収まるまでは確認できない。
「というか!私のより強くない!?」
「2人かつ残っている魄気、幻素を全部注いでるからですよ!」
「制御で頭が割れそうです!」
「今までこんな威力出すこともなかったしな!」
術の影響を受けないようにしながら、シリウスさんとニフィルさんの近くに戻りつつ聞くと、苦しい様子ながらも答えを返してくれた。ロンさんも戻ってきている。
5秒よどの射出が終わり、あまりの熱量に凍っていた魂澱種のうち大半が自由を取り戻している中、煙の中にいるだろうカグチ・ナラクの動きに注意する。倒せているとは思わないけれど、せめて詠唱だけでも終わって、
ーー申請受理ーーーー認可
「これでもっ!?」
唐突に降ってきた天からの声は異界構築、【創造幻法】を発動する際に降ってくる謎の声だと私はなぜか知っていた。他の3人は【創造幻法】を知っていても、謎の声を聞いたことがなかったようで、その声に対して驚いている。そして、私は、あれほどのエネルギーのある攻撃でも術の詠唱を止められなかったことに驚いている。
つまり、
『≫承認得たり!
≫展開!
≫【怨み辛み多言の呪界】!』
ここはカグチ・ナラクのための異界と化したということだ。
ちなみにですが、詠唱内容は神話などを用いていません。
効果は前から考え、詠唱は執筆中に即興で作る。
(申請、受理、承認は詠唱の最後の方で使う予定はしていましたが)
そのうち、神話をかじった詠唱を作る予定です。




