2-09話
どんなに準備をしても
どんなに心掛けても
どんなに傷付いて頑張ろうとも
現実は甘くない。
side:ライニー・フォン・シュベルトヒルト
頭蓋骨を失ったアイスドラゴン・ボーンリバイヴがバラバラと砕ける。魂澱種となっても、頭を失って死んでくれるならまだ増しな堕ち方だ。厄介なのは生物としての急所を捨て、意外なところに弱点を持つタイプ。残りの3体がそのタイプではないことを祈るばかりだ。流石に、全身の骨を浸食弱体・崩壊促進を行うのは骨がいる。
「あ、今おもしろおおおお!?」
あぶなっ!残ってた1体が振り回した尻尾に殴られ掛けた!しゃがんだから大丈夫だったけど。
まったく。良いタイミングで攻撃しないで欲しいものだ。
とにかく、気持ちを切り替える。大規模な術を使わなくても工夫次第で倒せることがわかった。シリウスさんやニフィルさんがどんな術を使えるのか、大まかにしか聞いていないけれど、恐らくなんとかなるのではなかろうか?
いざとなったら、凍ってる他の魂澱種を一気に燃やすつもりで、炎系の術を使えばいい。3体とも氷を吐いているってことは、炎に耐性があるわけじゃないだろうし。数を減らすか、ダメージを与えられるのならば何でもいい。ついでに言えば、周りの凍った魂澱種が邪魔で動きが制限されそうで嫌だ。
とはいえ、魄気も5割りを切ったし、溜まってた1割未満の幻素も再度すっからかん。仲間の所に戻らないと。
そう思ってロンさんたちの方を向くと、何やら後ろ私のを指差して叫ぶ仲間たちの姿。竜がこちらを向きながら威嚇するように吠えるので、何を言っているかまでは分からない。けれど、焦り具合はわかったので、力一杯前に跳ぶ。竜がいる方向に跳ぶことになり、これはこれで危険だと思うけれど、視界内のロンさんたちもしゃがんだから、まぁ、正解なんだと思う。
思った直後に、世界が裂けた。
「ーーーっ!」
唐突に膨れ上がった殺気に、頭上を通り過ぎた何か。1階にはアイスドラゴン・ボーンリバイヴよりおかしな存在はいなかったはずで、実力はおおよそ測れていた。厄介だと思えるアイスドラゴン・ボーンリバイヴの魂澱種でさえ、工夫で倒せることがわかったところなのだ。
だから、私は頭上を通り過ぎた不可視の斬撃の発生源に嫌な想像しかできない。上の階はどうなった?
竜の骨が砕け落ちる。工夫を凝らしてようやく倒した竜が何かの一閃のみで崩された。その1体だけでなく、離れた位置で戦ってた残り2体と回避が間に合わなかっただろう冒険者全員が両断されていた。軽く後ろを見た直後に骨だけのバラバラと崩れ、冒険者の首から上だけが地面へと落ち、切断面からは勢い良く血を噴き出す。つまり、先程の斬撃は円形に一閃されたものであり、その範囲がとてつもなく広いことが言える。
そんな斬撃を行ったのは、
『あーくそ。なんで俺様が逃げなきゃなんねぇんだよ。なんだよアイツら。強すぎだろチートだろクソが』
人の魂澱種カグチ・ナラク。最悪なことに、3階で戦ってるはずの討伐対象で、私の実力ではどうにもならない存在だった。
『しかもなんだよ』
さらに、重ねて最悪だと思えることに。
『不意打ちすら学園のユートーセーに避けられるとか草生えるな。俺様弱いなぁ』
私は覚えてなくても、向こうは同じ学び舎にいたことを覚えてるらしかった。
いくらなんでもこの状況は想定できないよ。
† † † †
「>重なれ>【Donner】!」
『久しぶり死ね』
魄気を強引に注ぎ込み、「重なれ」と「【Donner】」の言葉で2重に魄式【Donner】を発動させる。カグチ・ナラクの攻撃は見えていないけれど、感じた寒気と直感で体を反転させて前方に、両手の剣を私とカグチ・ナラクの間に構える。
ガインッ!ゴスッ!
「グフッ」
瞬間、お腹に激痛が起こった上に意識が途切れた。その瞬間に意識を取り戻したけれど、視界に映るのは遠ざかる地面と、その上に落ちかけている折れた2本の剣、そして、カグチ・ナラク。その魂澱種は片足を上げており、私を蹴りあげたことがありありとわかった。しかも、表情からしてつまらなさそうである。
ああ、あの顔はこう語っているんだろうね。"弱っちぃ"と。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
じょおとおおおおおお!
「>骨格をぉぉぉおおおおお!!」
相手が人型の魂澱種で?明らかに私よりも強くって?Sランクでも倒すのは厳しいから?私は街を護るために?他の雑魚っぽい魂澱種を殲滅する?それが父様の決意も街の皆の覚悟も誇りに思うから?護るための強さを誇る戦闘狂を理想とする?
全くもってなってない!そんなの逃げだ。別に強敵を倒した勲章が欲しい訳じゃないのは変わらない。求めるのは格上すらをも凌駕する戦闘力と精神力。護るためなら笑って逆境を乗り越えれるだけの狂気だ。だから、魔神なる存在に挑むことを心に留めた。
なのに、それより格下だろう敵がいるのに相手にできないと言って逃げた。挑む前から諦めていた。そんなの私じゃない!
狂え!
笑え!
誇れ!
挑む前に負けているとわかっていても挑むのが私でしょ!だから、宙を滑り、ロンさんたちの方に蹴り飛ばされながら、私は魄式を編み、一度に制御できるだけの魄気を注ぐ!。
「>示せぇぇぇえええええ!!」
着地のことも気にせず叫び生み出した"影身"の数は十数本。1度に作れる最大数よりも少ないけれど、その代わりに強度に重きをおいた。そして、作れた瞬間にもう一度叫んで【Fliegen】、剣を飛ばす魄式で"影身"を放つ。私の心臓を中心にした座標で生み出した"影身"が私から離れ、カグチ・ナラクへと飛んでいくが、それを見ることができたのは最初だけ。
「≫ワーテルッ!」
ニフィルさんが空気中に水の塊を生み出し、勢い良く私が突っ込んだから、"影身"がどうなったかは見えなかった。ついでに言えば、水の表面にぶつかった背中が痛い。
生み出された塊の大きさは分からないけれど、水の塊から抜ける頃には速度は大分収まっており、がしっ、と背中から抱き止められた。
「大丈夫か?」
「吐きそうだけど、そんなの言ってられないね」
抱き止めてくれたロンさんに軽口を返してカグチ・ナラクを見る。
『はぁなんで俺様がこんな弱っちぃユートーセーに劣等感抱いてたんだろ?俺様の方がすげぇのになぁ』
カグチ・ナラクは"影身"を避けたようで、その向こう側に地面に刺さる"影身"が見えた。とりあえず、どれくらいの威力で攻撃が通るのか見たかったのだけど、避けられたらそれが分からない。いや、"影身"を放った速度くらいだと当てられないとわかった、と思っておく。
『上の奴らも追ってくるんだろうなぁはぁめんどくさ。つかずりぃだろこっちは1人なのに向こうは大人数とか。しかも何人かチートいるし転生した俺様の立場であるべきだろ』
何やら訳の分からないことを言っているけれど、上の人たちが存命なのは確認できたから良しとしよう。あとは、
「逃げに徹するか、逃亡を妨害するか。今の僕たちでは両方とも厳しいですね」
シリウスさんがこちらに近づきながら言い、ニフィルさんも近づいて、仲間が同じ場所に集まる。
「体力的にも実力的にも、ですね」
「ライニーさんの【ケラウノス】が当てることができれば、あるいは、ですが?その辺りはどうお考えですか?」
ははっ!そんなの。
「幻素すっからかんだから無理だね。さらに言えば、こんな状態で2回目放とうとしたら、術の詠唱中にしんじゃうよ」
怪我は7割回復していたけれど、さきほどの蹴りで内蔵にダメージが入ったと思う。吐き気は収まらないし、塞いでいた傷口も幾つか少し開いた。
「つまり、俺たちには上の奴らが来ない限りは何もできないわけだ。できれば、何も触れずに隠れていたいが・・・」
「無理でしょーね」
カグチ・ナラクはなぜか私のことを覚えている。そして、私を優等生、自分が劣等生であったという認識がある。如何にも私のことなどもうどうでもいい、という感じはするけれど、視界に映る以上、何かしらのアクションはあるだろう。魂澱種であるのなら、なおのこと、情緒不安定になっていても不思議ではないのだから。
「じゃ、とりあえずは上が来るまでは全力で生き残ることを目標に」
ロンさんが剣を構えて魔力を通し、【斬印】を起動させる。
「逃げようとしたらどうにかして足止めをしまして」
シリウスさんが杖を構えて、ポケットからニフィルさんが持っていたのと同じ携帯貯蔵庫を取り出す。
「向かってきたら撹乱して時間を稼ぎ」
ニフィルさんが弓を構えながら、強化系の幻法を自身にかける。
「経験値として強くなろう!」
「挑む姿勢はいらねぇよ!」
「挑む姿勢はいりせん!」
「挑む姿勢にならないで!」
あれ?
締まらなかったけれど、私も"影身"を折れた剣の代わりとして構え、カグチ・ナラクを注意深く見た。
『こんなすげぇ俺様なんだからさっきの奴らに負け掛けたのも調子が悪かっただけだな!』
そして、私たちは急展開に急展開を重ねられ、絶望のどん底に叩き落とされることになる。
ってことで、今までの頑張りを土台からひっくり返されるライニーたちです。




