2-07話
side:ニフィル・カド・バーン・メディカルト
ロイマンさんとシリウスさんが、《蒼天司りし魔女の塔》に向かうのを見送った私は、ライニーちゃんに治癒術をかけながら、周囲に気を配ります。たくさん集まっているのは《塔》の中ですが、今も集まっているだろう魂澱種に注意する必要があります。
「うーん。やっぱり治癒の術は覚えた方がいいのかなぁ。効き目が全然違うね?」
「普通は魄気の循環だけで治そうとはしません!」
治癒術で出血を止めたライニーちゃんの顔色は随分良くなってきています。さらに、言えば動こうとしていますが、それはさすがに無茶です!
「動かないでくださいっ!」
「いや、だいぶ良くなったし。少しぐらいならいだっ」
「腕を軽く握っただけで痛いのにですか?」
表面上だけが良くなっただけで、皮膚の内側はまだボロボロのはずなのに、ライニーちゃんが動こうとしている理由がわかりません。そもそもとして、こんなになる術を放てること自体異常なことだと思います。
通常、魄式も幻法も集中力やイメージが必要となります。特に、魄式は詠唱が曖昧な分、確固たるイメージが必要となります。幻法も世界的に共通化された詠唱である程度は術の形にはなりますが、威力の調整、効果範囲、持続性、貯蓄幻素の消費量などはイメージによるところが強かったりします。なので、余計なことに気を取られれば術は失敗し、失敗による反動が返ってきます。戦いながら術を発動できる方々はそれだけ、慣れている、イメージ力が強いと言うことになります。
今回のライニーちゃんは、詠唱の時から体に異常をきたしていたはずです。右手がボロボロなのは幻法を放ったからでしょうが、体内に関しては幻素が力を帯びながら循環したのではないかと思われ、それは詠唱して力を一点に集めるまでに起こったのだと予想できるのです。さらに言えば、ライニーちゃんへの反動はありますが、それは失敗によるものではなく、成功した上で扱えるレベルを遥かに超えたもので、それだけ、気をそらしていなかったことになります。
あんな威力の幻法、Sランクの冒険者でも出せない指向性を持った幻法が、失敗したものだとは私は思えません。
「じっとしてる間に種を教えてください。【擬似ケラウノス・ランス】。初見ではありますが、聞いていた威力と桁違いなのですが?ライニーちゃんは何をやったんですか?」
「う~ん。特別、ってことでもないけど?昔に失敗と聞いた話から導きだした威力強化?」
「いえ、私に聞かれても・・・」
聞いているのは私ですよ?
「えっと・・・ほら、魄気と幻素が混じったら爆発するでしょ?小さい頃はそれで毎日死にかけてたし」
・・・一定空間における魄気と幻素の質量割合比が3対7より比率の差がなくなれば、爆破現状は確かに置きます。それを意図的に起こしたということでしょうか?
「つまり、魄気と幻素が混じればエネルギーが相乗されるということでしょ?割合の話は単に爆発が起きるってだけだし。だから、3割ギリギリまで魄気を幻法にぶちこんでみました♪」
・・・はぃ?
「な、なにを」
コノコハナニヲイッテイルデスカ?
「昔、ここで幻法最大出力を試してみたとき、魄気が混じっちゃって。それから、幻法の最大出力を試しても同時ほどの威力が出たことなかったから。
だから、考えたの。魄気と幻素を混ぜた術は威力が上がるって」
「危険過ぎますっ!」
周囲の警戒すらも忘れ、私は思わず叫んでしまいます。叫ばずにはいられなかった。それほどまで、生きている人として理解し難いことをやったのですから。
この子の考えはこれまでの魄式・幻法の歴史とは真反対。魄式に如何に幻素を混ぜないか、幻法へ魄気を混ぜないにはどうするか、というのを突き詰めてきたのが、今日の術です。そして、制御が甘いというのは術を組むのが下手というのとは別に、魄気と幻素を混ぜてしまって暴発させてしまう、というのも含まれています。それは、この子は自ら暴発させることで威力を高め、その上で制御仕切ったのです。
正直に言って異常。脳が壊れると思えるほどの狂気の沙汰です。ひとつ間違えれば、魄気を混ぜた時点でライニーちゃんの体は粉々に爆散していました。
「まぁ、現にこんなんになったんだけどね」
「それどころではすまないかも知れなかったんですよ!?」
魄気と幻素を混ぜた術の研究は、実のところ、世界中で密かに行われています。が、行っている人はかなり少なく、シリウスさんも私も理論だけで実験はしたことがありません。死ぬような実験はさすがに行いません。ましてや、あんな高等な幻法でなんて・・・。
「まっ、でもさ」
ライニーちゃんが何かを言おうとした瞬間、2つのことに気づきました。1つはいつの間にか狼や猿、蛇などの魂澱種がかなり数近づいていること。もう1つはライニーちゃんの体から魄気が漏れていること。
「私はまた強くなったよ?」
魄気を体外に出すメリットはほとんどありません。魄式は体内で編んで体外に出すので、魄気を外に出す必要がないのです。メリットがあるとされば、相性の良い相手に魄気を供給するぐらいですが、それでもかなり相性の良い人同士、同じ魂性を持った親子や双子の場合です。体外に出してしまえば、魄気の認識することが・・・いえ、【魂源魄式】の1段目【Zeiger Knochen】ならどうでしょう?魂性の具現化。あれは体外に排出した魄気を魂性にそった形に集めるものです。
それでも、排出したすぐであり、体からほとんど離れていないですが。
ライニーちゃんの頭上に上った魄気は次々に黒い剣に変わっていきます。その数は10を越えて、20も越えます。
「>祖は飛ぶ剣なり
>間合いが遠いならば投げ放とう
>【飛翔】」
ライニーちゃんの号令の下、50にも膨れ上がった黒い件は扇状に鋭く飛び、忍び寄ってきていた魂澱種に突き刺さっていきます。頭を射抜かれたモノはその場で動かなくなり、胴を貫かれたモノは地面に縫い止められてもがくことしかできなくなりました。
「少し幻素を混じらしただけでも、10本分ぐらいの魄気でこんなに沢山1度に作れるんだよ?今は動いてないから集中できたってのもあるけどね。実際、魄気だけ、幻素だけの術にあれてるから、少し混ぜるだけでも一苦労だね」
平然とやってのけて難しいと言う少女は一体何者なのだろう、どこに向かっているのだろう、と思わずにはいられません。ですが・・・うん。ちゃんと制御できれば凄いことになるのはわかりました。
自分がボロボロになる行為をまたもやってのけたことには起こりますが。
「ラ、イ、ニー、ちゃ、んー!」
「えっ!?何っ!?なんでまだ怒ってるの!?」
「貴女はもっと自分の体を大事にしなさいっ!」
痛みに耐性があるからと言って、魄気で怪我を直せるからと言って、だから無茶をしてもOKというわけではないのです。そんなことをしていたら、いつか取り返しのつかないことになるのは確かです。なので、ここは年長者として怒ります。当然ですよ?
「練習して慣らすまで戦闘でその技術を使うのは禁止です」
「・・・それ、練習という名の実験に使おうとか思ってないよね?」
「勿論使い慣らす意味での練習です」
観察とか制御法とか感想とかは聞くつもりですが。
「・・・約束はできないよ?余程の危機的状況だったら私はなりふり構わず使うから。今はさっきので幻素空っぽだからできないけど」
「それで構いません。私もシリウスさんもロイマンさんも、みんな心配してることをわかって頂けるなら」
「わかった」
そう言ったライニーちゃんは立ち上り、首を動かしたり、背筋を伸ばしたりして体の調子を確認し始めました。ずっと治癒術をかけていましたが、本調子が出るほど回復できていないはずです。時々顔をしかめています。
「7割完治ってところかな?これだけ治ればじゅーぶん。ありがと、ニフィルさん」
「どういたしまして。と言いたいところですが、まだ安静にしていた方が良いのではありませんか?」
「まぁ、状況が許すのならね」
ライニーちゃんは《蒼天司りし魔女の塔》に視線を向けます。私も感じてはいましたが、ライニーちゃんも気づいていたようです。中の2人がピンチになりつつあることに。
「ロンさんとシリウスさん助けに行かないとね。ニフィルさんは幻素大丈夫?」
「はい。まだまだ蓄積残っていますし、携帯貯蔵庫も幾つかありますから」
「ナニソレハツミミ」
あれ?話してなかったでしたか?
「ライニーちゃんこそ大丈夫ですか?」
「さっきも言った通り、こんだけ治して貰ったら大丈夫だよ。んじゃ」
ライニーちゃんは地面に縫い置いてあった剣を手に取り、両腰のに1本ずつ携えました。
「たかが骨蜥蜴。気合いと根性でどうにかしようか」
「作戦があるわけじゃないんですね」
どこから湧いたか分からない強気の笑みを浮かべて駆け出したライニーちゃんに苦笑しつつ、私も弓を携えて駆け出しました。




