2-05話
side:ロイマン・ウェン・ブレイリード
「もう、2度と、や、らない!」
「前も言ったからな、それ。つか喋んな」
ライニーの目論見は見事に成功。いや、想定以上の成果を出している。斜め上に向かって放たれた雷撃は1階の天井を突き破り、恐らく4階まで届いたと思う。外に聞こえたのは轟音に混じって硬い板を突き破る音が3回。床や天井が二重構造になっていなければ4階に届いたことになる。
「すげぇ!遺跡の天井に穴開けやがった!」
「充分通れる大きさだな!誰か!通路作れねぇか!」
「あたしが氷で!」
「露払い組は魂澱種狩ってくぞ!」
「半分は一緒に3階へ登れ!残りは通路を死守しろ!」
冒険者たちが一斉に動き出す。ライニーの心配をしていないように思えるが、通りすぎ様に頭を下げて感謝しているのはわかったので、何も言わないでおく。表情や動きの高ぶりを見ても、ライニーの働きを無駄にしないようにしていることがわかるしな。
ただ問題なのはライニーだ。幼少時代に見た怪我は今でも精細に覚えている。流れる血は止まらず、しかし、怪我にはなれていたせいか、ライニーは歩くことはできていた。立っていることができたのだ。しかし、今のライニーはその時よりも酷い。幻法の威力で吹き飛ばされて仰向けに倒れ、そこから体を起こせないでいる。
すぐさまライニーの下に駆けつけた俺はライニーの体を起こし、ニフィルが幻法の治癒術をライニーにかける。その間、シリウスは魂澱種が襲ってきた時ように魄式の準備を始めていた。
「すぐにでも医者に」
「それは、却下」
ニフィルの提案を1拍も否定する。喋るのも辛いだろうに、ライニーはそんなことは些細なことだと笑みを浮かべた。
「今、魄気、で、体内の、怪我、を、治してる、から、ニフィル、さんは、表面を」
「そんな無茶な治し方してるんですか!?」
「・・・あまり体に良い方法とは言えませんね」
驚くニフィルと苦い顔をするシリウスだが、ライニーにだけ関して言えば、無茶でも無謀でもなかったりする。
「幼少期から怪我の賜物だよ。昔っから魄気で治してるせいで、下手な治癒術より効果が高い。入学前に確認済みだ」
「・・・なるほど。そう言われれば納得ですね。常人では発狂してるでしょうが」
それも恐らく慣れだろう。初めて会ったときからライニーは怪我で泣いたことがない。ライニーの家族にでも聞けばいつから泣かなくなったかもわかるだろう。
「とは言え、ニフィルの治癒術は受けとけ。後、これも飲んどけ。気休めぐらいにはなるだろ」
「うぐっ!」
左腰の袋から小さな瓶を出し、蓋を開けてライニーの口に突っ込む。薄赤色の液体はすぐになくなり、それを見て瓶を抜いてやった。
「治癒促進剤と増血剤の薬だ。魄気の効果も増すだろ?」
「・・・持って、たんだ」
「馬鹿なことする恋人がいると心配事が尽きなくてな」
自分で言って少し恥ずかしいが、心配しているのは本当だ。飲ませた薬も、1ヶ月ぐらいは遊んで暮らせるぐらいの高めのものだが、冒険者として怪我せず稼げばあまり苦労せず溜めることはできる。現に、シリウスやニフィルたちと依頼をこなして2ヶ月ぐらいで溜めれたしな。あと、5本あるが。
「まっ、少し大人しくしてろ。1番大きな仕事をしたんだからな。しばらくはお兄さんたちを頼っとけ」
「・・・いつも、頼りに、してる」
それは怪我で喋れないからか、それとも恥ずかしいからか。ライニーの声はか細く、チラリと見ると顔を隠していた。まぁ、耳がすげぇ赤いけど。
「・・・いいですねぇ~」
「・・・この状況で惚気ることができるのもおかしいですか」
「「ほっとけ」」
とりあえず、切り替えよう。現状、確認できる所で言えば、《蒼天司りし魔女の塔》1階で戦っているのは12、13人ぐらいか。残りは上に上ったのだろう。魂澱種はどうだ?まだまだいっぱいいる。背後に回り込まれないように冒険者らが立ち回っている。
「それでも、竜は殺せてないな。翻弄させて他の魂澱種を巻き込んでるのはわかるが」
アイスドラゴン・ボーンリバイヴの魂澱種は見える限りで5体。1体につき冒険者1がつく形で回避優先で動いている。竜のブレスを回避し、他の魂澱種を凍らせているのはいいが、障害物にもなってしまう。そう長くは回避し続けることはできないだろう。
「ってことで、先に行く。シリウスも来い。今のライニーなら動けなくても魄式で迎撃できるしな」
「当然。私は日々成長するよ」
笑みを浮かべたまま、ライニーは誇るように言う。大分良くなってきたのか、話し方もマシになったな。
「ニフィルはもう少しだけライニーの治癒を頼む」
「任されました」
「いざとなったらこの辺りの陣を使ってください。迎撃用の【図式幻法】です。使い方はいつも通りで」
地面に仕掛けた幻法を指してシリウスはニフィルに伝え、その後、共に《蒼天司りし魔女の塔》の入り口へ向かう。その頃には1階の魂澱種の殆どは凍っており、凍っていないのは冒険者とアイスドラゴン・ボーンリバイヴ5体、それにブラッディスライム数体ぐらいだった。
「厄介なのだけ残ってるな!」
つまり、この竜を倒さないと生き残れないわけだ。
† † † †
竜が恐れられる理由として、まずあ挙げられるのは体の大きさだろう。卵から出てきた時点で人の大人ほどの体長。そこから成長して家を超してもまだ巨大となる。その大きさにちっぽけな人の大半は恐れるだろう。
次に挙げられるのは保有する魄気の量だろう。ギルドのランク付けはあくまでも人のためのもので、それに当てはめれば竜の魄気貯蓄量はX(10)ランク、つまりは最高ランクを軽く超えるとされている。そんな魄気を持つ竜が魄式を使えるのだから、人は一溜まりもなく、呆気なく死ぬだろう。
最後に挙げられるのは鱗の硬さか。どんなに攻撃しても通らなければ意味がない。つまりは倒せない。柔らかいとされる眼ですら透明の鱗に覆われていて、半端な攻撃は通らないだろう。
これらの恐れられる理由がある中で、目の前の竜は2つ欠けていた。1つは大きさ。《蒼天司りし魔女の塔》に収まるためか、体長は3メルドほど。それぐらいの大きさであれば、ちょっとした大型動物と変わらない。大きさだけの話だけれど。もう1つは硬さ。鱗無きボーンリバイヴ。骨だけで動くそれは骨自体は硬かろうとも、骨と骨の繋ぎ目はそう硬くない。
故に、冒険者たちは諦めていなかった。
「雑魚が凍ってる間に竜を倒せ!」
「「おうっ!」」
ここにいるのはCランク以下の10数名だが、指揮する冒険者は周りにそう言って鼓舞する。10秒ぐらいしか経っていないが、遺跡の中に入った頃にはブラッディスライムは氷付けにされていた。
「んじゃ、いっちょやるか」
「そうですね。いつも通りに狩りをしましょう」
シリウスに声をかけ、そして、頼もしい返事を聞きながら近い1体に向かって速度を緩めず走り寄る。竜の凍りつく息吹に、数名の冒険者が攻めあぐねていた。
「おい!隙を作るぞ!」
聞こえているかはわからないが、とりあえず声をかけておく。1人はこっちに視線を向けたから気づいてはいるだろう。聞こえてなくてもやることは変わらないがな。剣を鞘から抜き、魄気を流す。
「>斬り裂く
>斬り裂け
>断ち斬らん
>【斬印】起動」
刀身に刻まれた【刻印魄式】の1文字が青色に光。俺自身が術を編むこともできなくはないが、効果としてはシリウスに刻んでもらった【刻印魄式】の方が高い。さらに、魄気を流すだけでいいのだから楽でもある。
それに、シリウスと組んだ時にはさらなる仕掛けもあるのだ。
「>友の剣に栄光を
>導きたまえ自然の風よ
>我が意を風に乗せて伝われ
>上乗せ【倍印】【硬印】
>送れ【付加の息吹】」
シリウスが扱う【刻印魄式】。ゆびさきに魄気を集め、空中に描いた効果向上の【倍印】と剣を維持するための【硬印】が、【魂源魄式】で産み出された風によって俺の剣に送られる。それによって産み出される斬れ味は、俺らが扱える中でも最高のもの。
「おらっ!」
脚に力を込め更に加速。ブレスを避けていた冒険者とすれ違い、顔を戻そうとしていた竜のそばを通りすぎる。その際に胴を、肋骨のした辺りの骨の隙間を一閃。
「手応えあり!」
斬った音もなく、しかし、斬り裂いた手応えを感じて止まりながら体を反転。すぐに飛び出せる体勢で竜を見ると、上と下でズレつつある骨の竜がいた。
顔だけで動かれてもこまるので、さらに細かく切り分けようと、
「>ゴガアアアアアア!」
走り出す前に竜が吠えた。そして、俺が斬った場所が凍りつき、ズレが強制的に止められる。
まっ、そんな上手くはいかんわな。
アイスドラゴン・ボーンリバイヴの顔が此方を向く。目玉も瞼も無いくせに、俺を睨んでいるのがわかるが、俺はそれを鼻で笑ってやる。
「睨まれても怖くねぇよ」
なぜなら、俺が真に怖いと思うことはただ1つだけなのだから。ライニーを失う。それ以外は全くもって怖くない。
「斬り刻んでやるから覚悟しろ」




