2-04話
side:ライニー・フォン・シュベルトヒルト
冒険者たちがギルドに集まった翌朝。私たちは集合時間の10分前に広場に到着した。既に大半の冒険者が集まっており、装備の確認やウォーミングアップなどしている様だ。ちなみにいえば、私、ロンさん、シリウスさん、ニフィルさんの準備は万端である。
ニフィルさんは黒色の革の胸当てや肘当てといった軽装備。最近の女性の冒険者がやたらと可愛いを重視して肌を露出させた物が多いけれど、ニフィルさんはほとんど露出を抑えていた。肌が見えるのは顔と首のみ。持っている武装は弓で、キズがいくつかあることから使い込んでいることがよくわかる。スタイルとしては、幻法で強化した矢で攻めつつ、味方の回復・強化を行う。私みたいな魄気頼みの強制治癒ではないため、後遺症や感染症、傷痕などの心配はないとのこと。
シリウスさんは白い刺繍の入った黒色のローブ、といった術師の格好。刺繍は【図式幻法】で苦手な幻法の補助と幻素の吸収速度を高めるものだとか。得意な魄式方面の強化グッズは衣類ではなく、手に持つ杖がそうらしい。黒色で硬質感のある杖で特殊な木から作られたそうだ。髪も黒いため、全身が黒くなってしまっている。
ロンさんは胸当てや肩当ては鉄で作られたものを、腕や足には革製のものを装備している。力よりも速さを重視した近接スタイルであるため、軽くした結果とのこと。ただし、身を守る鉄製のものも革製のものも、さらには腰に備えている剣すらも【刻印魄式】の文字が刻まれており、見た目以上に軽くて丈夫だったりする。【刻印魄式】が刻まれた装備はそれなりの値段がするのだけれど、シリウスさんに作ってもらったらしいから、懐は痛くなかったとのこと。代わりに実験に付き合わされたらしい。御愁傷様。
私はというと、身軽も身軽で当たらないことを前提にしていて、胸当てや肩当てもない。赤白色のジャケットに灰色の長ズボンのみ。近接スタイルで“舐めている”と言われる格好だけれど、下手に防具を付けると動きが鈍くなるしなんとなく自分のスタイルに合わないのだから仕方ない。武器としては腰に備える左右の剣。
以上が《天の郡星》の準備した結果である。回復薬は一切持たず、全て戦うことに向けた状態だった。それは回復薬を忘れたわけではなく、そんな暇はないだろうという意味と長期戦は不利になる意味の2つがあるからだ。致命傷を負った時は・・・その時考える。
「まぁ、私とシリウス君が治癒術使えるからある程度魄気幻素の配分間違えなければなんとかなると思うよ。とはいえ、ライニーちゃんもロイマン君も気を付けてね?」
「俺よりこいつな。特攻娘」
「私は魄気で治せるから、どちらかと言うとロンさんの方が問題だからね?」
そんな軽口を叩き合っている内に全員が集まって出発。道中に襲ってくる魂澱種はカグチ・ナラク殲滅班が連携を確認するために討伐し、ほとんどペースを落とすことなく半日で《蒼天司りし魔女の塔》へと到着したのだった。
そして、先に来ている調査隊に話を聞くと、魂澱種の殆どは1階と2階に集まっており、カグチ・ナラクは3階に登ったとのこと。目的は知らないけれど、カグチ・ナラクも遺跡の攻略を目指しているようだった。とりあえず、それは目的は気にしないとしても、他の魂澱種が厄介だった。かなりの数が集まっている上に、1、2階に留められたことでカグチ・ナラク殲滅班が通る隙間がないらしい。
順調には行かないとは思っていたけれど、入る前に蹴躓くとは思わなかったようで、司令塔となったSランク冒険者“憤怒粉砕”も頭を抱えていた。
外からの入り口は1階のみ。外から壁を壊して3階に入ろうとしてもその壁が壊せない。だからと言って、1階から入っても魂澱種相手に時間がかかり、カグチ・ナラクに準備期間をさらに与えることになる。何より、魂澱種もさらに集まるために乱戦・消耗戦になり、カグチ・ナラク殲滅の力が削られるかもしれない。
“憤怒粉砕”が頭を抱えたのは大方そういった理由だろう。2つの組に分けたのに分けた意味がなくなるし。
けど、まぁ。たぶんなんとかできるはず。かなりの力技だし、それをやったら、後々しんどいけど。
「ここで膠着してるよりマシかな?それに、あっちの不意を突けるかもしれないし。うん。その方がいいはず。ってことで、ロンさん、ちょっと一緒に来てくれない?」
「1人で納得してたから何が何だかわかってないぞ?」
「大丈夫大丈夫。昔の証人が欲しいだけだから」
「昔のって・・・ああ、なるほど。マジか」
「私はいつでもマジっすよー」
理解できていないシリウスさんとニフィルさんが首を傾げているけれども、2度も説明するのは面倒なので一緒に来てもらう。“憤怒粉砕”に提案するのは単純で難解で、でも経験があるから可能だと思える策。
正道として進むと魂澱種の群れ。
邪道として壁を怖そうにも壊せない。
ならば、こういうときの王道をすればいい。
そう、天井貫いて3階へ。
† † † †
幼い頃、ロンさんと一緒に魄気・幻素の使い方を学んでいたときのことだ。1度最大出力の術を撃ってみたい、と思った私は2人で《蒼天司りし魔女の塔》に1度だけ来たのだ。といっても、この時点で攻略するつもりは全然なく、遺跡はどのような感じなのか見たかったというのと、遺跡は頑丈だから私程度の全力で壊れるなんてないだろう、と思ったのだ。
魂澱種が出たときにいつでも逃げれるように1階入り口に立った私は、一番近く柱、それでも20メルドは離れていたけれども、その柱に手を伸ばし、幻語を口にした。【史実語式幻法】。当時の私は【史実語式幻法】の意味も思いも知らないまま唱え、不完全な状態でその術を発動させることができた。とはいえ、それは成功とは言い難く、失敗にしては馬鹿げていた。
幻語を間違え、魄気を混ぜてしまい、制御仕切れずに全身に怪我を負った。散々な結果だったけれど、1つの偉業を失敗の下に成し遂げたのだ。今まで誰も傷すらつけられなかった《蒼天司りし魔女の塔》の壁や柱。その1部を砕いたのだ。
もちろん、その時は私の大怪我でそれどころではなかったし、私もロンさんもこってり親に怒られたため、その時からそんな危険な行為はしていないし、その時の話を蒸し返したりもしなかった。けれども、私もロンさんも柱の1部を砕いたという事実を覚えている。
そして、ほら。
入り口に立った私は過去の失敗と偉業の痕跡がしっかりと目に映っている。何かに抉られた柱が20メルド先にあるではないか。
「≫セ ペルソン イー オーベイ マイ キング(我は王に服従する者)
≫セ ペルソン イー ブレアック ア ヂフフィクルティ オブ マイ キング(我は王の障害を壊す者)」
ならば、やることは過去の再現。当時よりも制御は上手くなった。【文化語式幻法】であればおおまかではあるけれども、制御できるようになったからこそ、きっと幼い頃のような馬鹿げた威力は出せないと思う。
「≫ピエルセ(貫け)、ピエルセ(貫け)、ピエルセ(貫け)、ピエルセ(貫け)
≫イー ブレアック ア ヂフフィクルティ アンド マーケ ワイ フォル マイ キング(壁を壊して王の進む道を開けるのだ)」
だから、まだ制御仕切れない【史実語式幻法】を使う。幼い頃とは違う“人物史”の術をここで再現する。必要なのは3階までの道を作ること。そのうってつけの人物を私は歴史で知っている。
「≫マイ スーンデール(我が雷よ)
≫ブレアック マニー ヂフフィクルティ(あらゆる障害を突き破れ)
≫シーネ マイ キング ロアド ウィス セ リグヒト(輝きを持って王の道を照らせ)」
その人は私の憧れの人とよくチームを組んでいた雷撃の暴君。“雷獣の戦姫”の異名を付けられた戦乱の騎士。神の魂を宿していたのでは、と言われるほど、凄まじい雷を扱ったという。そして、その人物の最優先は王道の整地だった。
「≫マイ スーンデール カン ブレアック アルル シング(我が雷に壊せぬものな無し)
≫ベ アフライド オフ ティス アトタクク(この一撃に恐れるがいい)!」
ちゃんと制御できたとしても、その人物の出力には届かないだろう。けど、制御しなければ、昔のように全力を出すことだけを考えれば、その人物の威力に指先ぐらいは届かないだろうか?
腰に構えた右手から膨大な幻素からなる雷が生まれ、今には放たれんと荒れ狂う。回りの壁や床は傷つかないけれど、私の体は徐々に焼かれ、切り裂かれていく。こんな制御できないものをさらに制御できなくする。
魄気を注入。さらに、荒れ狂う雷。鳴り止まない轟音。視界が赤く染まる。地の味がする。頭痛が激しい。黄色かった雷も赤く染まり始める。遺跡内の魂澱種がすぐそばに。
離れた位置でロンさんが心配してくれている。
--さあ、私の雷轟電撃の一端を掴んでみるがいい。
「≫ヒストリ レペアテッド(史実再現)!
≫【ファッケ ケラウノス ランセ(疑似・ケラウノスの槍)】!」
誰かの声が聞こえた気がしながらも、右手を突き出し雷を解放する。赤き雷撃は近づいてきていた魂澱種を蹴散らし、私を後方へ弾き飛ばし、天井に向かって突き進んだ。
幻法の詠唱を幻語(英語のローマ字っぽい読み方)にするか普通に日本語にするか悩んだ結果、とりあえずは幻語にしてみたり。
英語力の無さを少しでも隠せればーーーっ!
ちなみに、詠唱内容は公表してない自分の小説の騎士。設定は王女大好きな戦闘狂。




