2-03話
side:ライニー・フォン・シュベルトヒルト
私が知恵熱を出した翌日。私たちはクラン《天の郡星》として広場に来ていた。シュベルトヒルト領にある広場の中でも1番の広さがある場所で、月1で大規模な市場を開催するのだ。誰でも売れるし、誰でも買える。参加費はなく、街の人々だけで試行錯誤して開催する市場は、周囲の領や街からも人がやってくる。
そんな広場には現在100名を超える冒険者が集まってきていた。全員が武装しており、緊張した表情を隠せずにいるのが大半だ。それもそのはず。今回自分達が相手にするのは人が堕ちた存在とそれに集う堕ちた生き物たち。それに対し、集まったのは希望したよりも少ない戦力なのだから。
Sランク冒険者1名
Aランク冒険者5名
Bランク冒険者20名
Cランク冒険者63名
Dランク冒険者27名
Eランク冒険者3名
元冒険者5名
合計にして124名
クランとして参加している者が多いけれど、それでもそのクランはBランク以下。とてもじゃないけど、カグチ・ナラクを相手取るには向かない戦力だ。いや、Sランク冒険者とAランク冒険者を中心に、他の冒険者がサポートに徹すれば、カグチ・ナラクだけならなんとかなるかもしれないという考えか。あくまでも予想で、他の魂澱種を無視すればだ。
「シリウスさんはあのSランクの方は知ってる?」
「“憤怒粉砕”の異名で呼ばれるソロの冒険者ですね。得物はハンマー。【大罪魄式】の【憤怒顕現】のみで成り上がった実力者です」
王族だから知ってるだろう、と思い聞いてみるとやはり知っていた。ついでにと、Aランクの人たちのことも聞いてみると、5名全員の異名と主要武器、術を教えられた。さすが王族。ただの研究馬鹿ではなかった。
「この戦力なら案外なんとかなる・・・か?」
「さあ?」
ロンさんの呟きに私は思ったままの言葉を返す。報告書を見る限り、カグチ・ナラクの力量は不明。なら、どんだけ戦力を整えたとしても“確実に勝てる”なんて希望を抱かない方がいい。油断になるし、ちょっとした返り討ちで絶望感に襲われる。
「うちの領だとニフィルさんとこの王国近いけど、ニフィルさんはなんか知ってる?」
「冒険者になったことで、王族の伝はほとんど捨ててきたので詳しくは知りませんね。ただ、カドバーン王国は騎士団の派遣を決定したそうですね」
「今からだと・・・急いでも3日後ぐらいか?」
「身軽であればそうかもしれませんが、治療薬や食料なども運ぶとなると5日はかかるかと」
ニフィルさんがどこからどうやって情報を仕入れているのか、気になるところではあるけれど、騎士団を派遣してくれるのは有難い。けれど、カグチ・ナラクが魂澱種を集め続けている以上、ロンさんが予想した3日すら待てないだろう。
† † † †
ロンさんたちと雑談していると、冒険者ギルド・ホルニヒス支部のギルド長が冒険者たちの前にあった台の上に乗り、状況とこれからの話を始めた。現状分かっているのは事前に配布していた報告書レベル。魂澱種が増え続けていること以外は冒険者全員が分かっている内容だった。
そして、これからの予定。ギルドもカドバーン王国からの騎士団の派遣は既知であった。到着はニフィルさんの予想よりは早い4日後。また、リデオーラ王国の騎士団も2日後には到着するらしいけれど、ギルドとしてはそれらの到着を待たずに《蒼天司りし魔女の塔》に入ることを決めたようだ。
理由としてはスタンピードが起こる可能性が高いため。周囲からやって来る魂澱種に関しては1部の冒険者が率先して討伐していたけれど、遺跡内や近場で生き物を魂澱種にしている分までは対象できなかった。そのため、《蒼天司りし魔女の塔》内部は魂澱種で溢れていると予想。このまま2日も待てばスタンピードが起こるとギルドは判断したのだ。
しかし、だからといって、遺跡に入ってカグチ・ナラク以外の魂澱種ばかりを討伐していても埒があかないし、根本を叩かなければ増えていってしまう。そこで、集まった冒険者を別けて露払い組と根を刈る組にわけるとのこと。大半を根を刈る側、つまりはカグチ・ナラクの討伐に回すつもりであることもギルド長は言った。ここに集まった冒険者もそれに異論はないらしく、誰も声を上げない。
ならば、私たちにとって都合がいい。
「Eランククラン《天の郡星》4名!率先して露払いを担う!」
手を挙げて大声で宣言する。といっても、私の身長じゃ手を挙げても回りの冒険者に隠されてしまうけどね。静まり返ったところたな大声を出したからか、私たちの周りにいた冒険者たちが少し離れたことで、私もようやくギルド長を見ることができた。今まで顔すら見えてなかったのは内緒である。
「じゃあ、俺たちも露払いするか。Dランククラン《闇夜の雫》6名だ」
「大規模な連携なんて無理だしなぁ。Eランククラン《モーディオ三人衆》3名も露払いに回るから」
私の発言を皮切りに、2つのクランが露払い、カグチ・ナラク以外の魂澱種を率先して討伐する役に名乗り出る。これで、13名。そして、ソロの冒険者も名乗りを上げていき、最終的には30名近くが、露払い担当となった。全員がCランク以下、ほとんど、DやEランクといったカグチ・ナラク討伐に補助すらできないと思って名乗った者もいるだろう。
露払い組が《蒼天司りし魔女の塔》に先に入り、集まっている魂澱種の排除。その数に応じて露払い組は対処に残り、それ以外露払い組と根を刈る組が隙をついて遺跡の奥へと向かう。露払い組だけで対処できない場合は根を刈る組も臨機応変に魂澱種を討伐する。
そんな流れをギルド長が説明し、最後に明日の朝7時にこの広場に集合・出発することを伝えて解散となった。バラバラになっていく冒険者たちを見ながら、私はロンさんたちに話しかける。
「これからどうする?装備も道具も整えてあるから何も準備することないよね?」
「だな。後は心構えだけだが、新人のはずのライニーが平然としてるしそっちも問題ないだろ」
「さすが、ライニーちゃん。戦闘狂に怖いものはないのですね♪」
ニフィルさんに酷いことを言われたけれど気にしない。約1週間の付き合いでわかったのは彼女は悪気なく思ったことを口にしているだけ、ということだから。研究馬鹿に天然混ぜこんでるのだから、ニフィルさんの質の悪さはクランで1番ではなかろうか?
「シリウスは何かすることあるか?」
「そうですね・・・明日までにやらなければならないことはありませんが、やりたいことはありますね」
そう言ったシリウスさんは私を見て、
「例えば、ライニーさんの体内の魄気と幻素バランスの調査とか」
「あっ!私も気に」
「却下!」
何をされるか分からなかったけど、いや、分かりたくもないんだけれど、シリウスさん要望をバッサリ切っておく。ニフィルさんも乗っかろうとしたからなおのことバッサリと。
「では、同じ効果のある魄式と幻法を同時に使った場合の効果検証はどうですか?ライニーさんとは違って、適正が違うとこういう実験はなかなかできないので」
「どちらとも使えたとしても、適正の低い方の術が飲み込んでしまう、までは分かっているんですよ。他者にかぶせて貰った場合は効果の弱い方が飲み込まれてしまいます」
「なので、ライニーさんのように1人の人が魄気幻素揃って適性が高い方でないと実験が完成できないのです」
シリウスさんとニフィルさんはそういうけれど、今やることじゃないよね?明日のために英気を養わないとダメなのに、それだとつかれちゃうよね?まぁ、その実験は試したことあるけど。
「上手くいけば倍以上の効果は得られたと思うけど・・・」
「「その話詳しくっ!」」
ポロッと口にした瞬間、2人揃って私に掴みかかってきた。そんな様子をロンさんは呆れていた。同じ系統の術の重ね掛けなんて私以外にもできる人はいるはず。いや、確かに難しくはあったと思うけど。
「シリウスさんやニフィルさんもできるんじゃないの?」
「比較できる対象というのが重要なのです!」
「私たちは2人以上でやらないと無理なのに対して、ライニーちゃんなら1人で可能なのですよ!?初めてのケースなのです!」
「勿論、魄気と幻素を混ぜてやれ、なんて言いませんから!」
むしろ、そっちの経験の方が鮮明に覚えていたりするんだけど、それを言ったら燃料投下にしかならなさそうだから黙っておく。
カグチ・ナラクという最悪な存在を討伐するための戦い前日だというのに、私たちは全く緊張していなかった。
というか、ロンさん助けて。




