1-10話
side:ライニー・フォン・シュベルトヒルト
幻法は大きく分けて4種類存在する。さらに、2種類にに関しては3種類に小分けすることができる。
1つ。単語、文章を発言して術を行使する【語式幻法】。小分けすれば、単語の羅列のみの【単列語式】、文章化された【文化語式】、過去の偉人を語る【史実語式】。
2つ。文字、図を描くいて術を行使する【図式幻法】。小分けすれば、丸や三角など単純な図のみの【単形図式】、単純な図を図の中に重ねて複雑にした【重複図式】、文字と図を含みて1つの印とした【刻印図式】。
3つ。言葉と記号の複合にて術を行使する【複式幻法】。つまりは【語式幻法】と【図式幻法】を混ぜたものだ。
そして、最後の4つ目。自分が思い描く理想の法則を絶対とした世界を自身、又は空間に構築する【創造幻法】。
これだけだけれども、3つ目はかなり難易度の高い術の制御が必要で、4つ目に至っては世界中でもほとんどおらず、“賢者”とか“超越者”とか“神”とか呼ばれて崇められ、恐れられている。
私の適正的に言えば、魄式も幻法も同じようなものだけれど、使い勝手としては魄式の方が良いため、あまり幻法は使わない。何より、制御が下手くそなので、幻素吸収効率が高いことをいいことに大量の幻素を利用して大雑把に術を発動している。
故に、まぁ、ちょっと危なかった。
イーセ。幻法を扱う言語、幻語をで“氷”を意味する【単列語式】を馬車の上を飛び越えると同時に使ったのだけれど、範囲が大雑把過ぎて馬車を巻き込みかけたのだ。結果として、馬車は凍らず、魂澱種だけを足止めできたから良かったのだけれど。
「まっ、逃げてくれてるし気にしなくていっか」
気持ちを切り替えて魂澱種を見る。大きさや形が変わっているものの、恐らくはチェイサーウルフという狼の一種だろう。名前の通り、獲物を追いかけることに特化した狼で、何も追いかけずに走るよりも、追いかけて走る方が何倍も早いという不思議な生体の動物だ。恐らくは魄式か幻法で“追いかける”ということを強化しているのだろう。おかげで、馬車は酷い目にあったようだけれど。
チェイサーウルフの平均的な大きさは60セルメルドぐらいだけれど、目の前のチェイサーウルフは300セルメルドはある。種類的には明るい系の茶色の毛並みが多いのだけれど、それも黒く染まってしまっている。何が言いたいのかと言えば、見た目が残念なことに凶暴になっているということだ。角なんか生えてるし。
とりあえず、動きは止めた。馬車を逃がすことを優先し、自分の体で釣って道から外そうとしたけれど、チェイサーウルフの魂澱種は氷から抜け出せそうになかった。
ロンさんたちが来るのを待たずして決着が付きそう、と思いつつ、チェイサーウルフの特徴を思い返す。この狼は群れで行動するのではなかったか、と。
なので、私はローブを外した。このローブは街から出る際には必ず身に纏っているもので、体から漂う魄気や幻素の気配を隠してくれる効果がある特殊なもの。体外から吸収する幻素を止めてはくれないけれども、旅には結構重要なものだったりするのだ。
というのも、魂澱種は高密度の魄気や幻素を好むのだ。故に、魄気や幻素の適性が高ければ高いほど、魂澱種からは上物に見えるらしく、狙われやすくなるのだ。なので、私みたいな魄気も幻素も適性が高い塊は涎が出るほど食べたいものとなる。だからこそ、私が釣り餌になると言ったのだ。ローブを纏うことで幾らか緩和するはずだけれども、それでも、そこらの人や物なんかよりも美味しく見えるはずだ。
で、ローブを脱がないでもそんな状態なのに、ローブを外せばどうなるか?
ドバァンッ!
「「「グゴォォォォオオオオ!」」」
結果は見ての通り。隠れていた魂澱種が餌に釣られて姿を見せた。地中に隠れているとは思わなかったけれど。
地中から飛び出してきたのは氷に囚われているのとあまり変わらないチェイサーウルフの魂澱種。数は5。体格も変わらず、私をひと飲みできるだろう。されないけどね?
「>剣と共に舞い踊ろう
>【Donner】」
慌てることなく剣を鞘から抜いて魄式による加速を付与。大きく一歩後ろに飛び、いた場所に魂澱種が集ったのを見る。仲間を踏み潰すのもお構い無しらしい。一番下の魂澱種の頭が踏み潰されている。
「≫フレエゼ ≫フレエゼ ≫フレエゼ
≫ビンドー、イーセ」
【単列語式】は同じ単語を重ねるだけでも効果が増す。違う単語で増幅を狙った方が効果は大きいけれど、その分制御も難しくなる。そのため、私は“凍れ”という幻語を3回重ね、“縛れ、氷”と幻語を続けて、地面に剣を当てる。剣先から冷気を襲うのをイメージして放った幻法は、それに沿って効果が現れた。
剣先から氷が魂澱種に向かって走り、バランスを崩していた全ての魂澱種の下に到着。頭の潰された魂澱種に触れた瞬間、先程と同じように、しかし、規模は段違いに。魂澱種を覆うように氷が咲き乱れ、氷の岩に封じ込められることになった。
「まっ、こんなもんかな。あとは・・・」
動きさえ止めてしまえばただの的。試し斬りには都合良く、ギルドに持ち込む売却品にもなる。背後を見ればゆっくりと近づく2台の馬車がある。つまりは時間はあるということだ。
私の戦い方は魄式を用いた近接戦闘がメインである。その魄式の名称は【魂源魄式】。魂の性質、魄式の専門用語で“魂性”と呼ばれるものをそのままに、その性質に繋がる願いや思いを具現化する魄式である。
よく使う【Donner】は『速く振るえば斬れぬものなどない』という信念から加速効果を。
卒業試験で使った【Klinge】は『我が身が剣であれば自由自在に扱えるのに』という渇望から身体変化を。
同じく卒業試験で使った【Echt】は『剣は折れず斬れることに意味がある』という基本思考から斬撃強化と硬質化の効果を。
それぞれ“剣”に関することから派生させた魄式である。もっとも、この効果に関しては【魂源魄式】において2段階目の魄式であり、基礎的な【魂源魄式】があったりする。切り札とか緊急時を考えて滅多に使わないけれど。
今から使うけれどねっ!
「>|Zeiger Knochen《骨格を示せ》」
【魂源魄式】の1段目、基礎術を行使するのに必要なのは自分の魂の性質、魂性を自覚すること。その自覚した魂性をイメージしながら魄気を流せば、はい、出来上がり。
「>“影身”」
左手に作り出されるのは黒い剣。形はいたって普通だけれども、これは魄式による魄気の塊。魂性は言わば自分の一部であるため、私はそう名付けている。大きさは右手にもつ普通の剣と同じ大きさで、重さは少しだけ軽め。形大きさ重さは思いがままに変えることができるけれども、だいたいいつも同じするか、今より少し小さいくらいか。
“影身”を軽く振るって完成度を確かめ、問題なさそうなので、右手に持っていた剣を鞘にしまい、同じように右手にも作り出す。1本作り出せれば後は複写作業なので2本目以降は結構楽だ。もっとも、その一本目が私の場合、比較するために普段使っている剣を握らないとうまく作れないけれど。
・・・これでも速く作れるようになったのだ。前は比較しても同じように作れなかったし、複写も全然できなかったのだから。
右手にも作り出された“影身”振るい、問題ないことを確かめる。そして、ここからが本番。
ロンさんに【魂源魄式】の基礎を教わり、体内に魄気が溜まる問題が解決できたのは、この“影身”作成のお陰であるけれど、これを戦闘ができるほどには慣れていない。理想としては戦いながら作り出せること。それも、手からではなく、何処からでも。それを可能にするには、まずは理想の形の影身を素早く作れることが重要。
ならば、その練習をするしかない。目の前には的がある!
「ってことで、息の根を止めるついでに的よろしく」
魂澱種は凍っている段階で死んではおらず、なぜか、そう、なぜか、目の前に氷付けされたチェイサーウルフの魂澱種たちは許しを請うような目をしている気がしたけれど。
「せいっ!」
問答無用で、私は左の“影身”を投擲。氷ごと一匹の胴に突き刺さるのを見つつ、左手は新たな“影身”を作り始めている。
「ほいっ!」
今度は右手の“影身”を投擲。おなじような光景が見えつつ、右手に“影身”を再生成開始。“影身”を投げた頃には左手に作っていた“影身”は完成。
故に、
「よっ、ほいっ、とっ、せいっ、はっ!」
左右交互に、タイミングを少しずつ速くしながら投げていく。剣を投げるのは慣れているので、上手く飛ばないものは複写の失敗として、気合いを入れ直す。それを私は続けるのだった。
ちなみに結果として。
近づいても大丈夫だと判断したロンさんが到着した頃には100本近く投げることができていて、かつ、私も魄気を使いきっていた。
そして、“影身”の刺さったオブジェクトをずっと見ている者はいなかった。
ライニーが強く見えるのは相手が雑魚だから。
戦い方が大雑把なため、格上には粘れても負けます。




