1-09話
side:ライニー・フォン・シュベルトヒルト
恥ずかしい思いをするのを終え、昼休憩を挟んでシリウスさんたちと馭者を交代する。馬車を引くのは2頭の馬でフィジックホースという、種類の動物である。元々気性の荒い動物だそうだけれど、一度屈服した相手には従順になるという性格のようで、在学中の遠征訓練の際に従えてしまったのだ。フィジックホースは普通の動物なのだけれど、魂澱種のように被害をもたらす動物のため、大人しくさせたことには感謝された。そして、感謝次いでにそのまま引き取って欲しいとも言われたのだ。屈服させた人がフィジックホースに『この人の言うことを聞くように』と言ったところで、ストレスが溜まれば再び暴れるだけ、という厄介な面もあるから、そこは仕方ないとは羽毛けどね。
在学中は学園の馬小屋を借り、卒業後はギルドに預かって貰っていた。毎日見に行ってギルドに迷惑をかけないように心掛けていたのだけれど、馬車を購入した際に従えたフィジックホースに引いてもらうことにしたのだ。フィジックホースは力も忍耐も強いために馬車を引くには最適だけれど、やはり性格がものを言って馬車を引かせる人は滅多にいない。そのため、ロンさんたちには苦笑されたけれども、暴れないなら問題ないということに落ち着いた。
茶色のフィジックホースをルディス、黒色のフィジックホースをカークスと、と名付けている。
「平和だねぇー」
「まっ、この辺りだったらフィジックホースがいる時点で野生の動物は襲ってこねぇよ。野盗ぐらい来てもおかしくないんだけどな」
「・・・魂澱種も見ないしねぇ」
魂澱種。幻素を過剰摂取したり、何らかの要因で魂が汚染されたりして、変質した生き物や物体の成れの果て。幻素は体内に蓄積し、それを幻法として使うけれど、それは魂にとっては毒にしかならない。魄気と幻素の密度、割合で爆発現象が起きるけれど、幻素が魂そのものに影響を与えた場合は爆発ではなく、侵食となる。つまり、本来あるべきものが変えられるのだ。魂があるからこそ、その存在はその存在として、在り続けられるのだけれども、魂が変わってしまえば、その存在は別の存在になってしまう。
私も小さいときは一時期危なかったらしいけれど、今は問題ない。未だ体内で蓄積される魄気や幻素の密度や割合は気にしなければならないけれど、これは一生背負い続ける問題なので仕方がない。
そんな魂澱種は同じ種類の生き物や物体がなったとしても、強さや変質の仕方が異なる。これは結構厄介な話なのだ。なぜなら、姿を一目見て、経験的に『この魂澱種の弱点は○○だ』と判断できないから。下手をしたら、弱体化を狙った術が強化することになる可能性があるのだ。最近では、魂澱種の性質や強さを測る機器が作られてきているという話だけれど、値段が高い、もしくは、率先して国の警備隊や軍に回される、という理由で冒険者の手に渡ることはあまりない。
そもそも、正確性はわからないし?
「まっ、面倒がないことには違いねぇし、いいんじゃねぇの?」
「そうなんだけどねぇ~」
「・・・」
「・・・」
「暇だけどな」
「暇だけどね」
ルディスもカークスも賢くてほとんど操作する必要ないもんで、普通の馬車よりさらに暇だと思う。後ろでは、シリウスさんとニフィルさんが弟に何か聞いているようだけれど、たぶんろくなことじゃないと思う。
「なんか話題ある?」
「ずっと一緒に暮らしてるからなぁ。新鮮な話題はほとんどないわな」
「だよねぇ」
「・・・後ろは盛り上がってるけどな」
「私は気にしないことにした。う~ん。隙だし『エクスマキナ』の練習でもしておこうかな?」
「・・・そういや、その義眼、何ができるか詳しく聞いてねぇな」
旅に出るまでの数日間での義眼の慣らしはずっと一人でやっていた。というのも、機能の1つに“遠近調整”があって、うまく扱えずに百面相をしていたからだ。いくらよく知る間柄でも変な顔は見られたくないのです。女の子だし。
「マニュアルなら後ろの鞄の中だよ」
「いや。使ってる本人いるんだから説明しろよ」
「使える範囲少ないから、まだ全部は覚えてないんだけど・・・」
そう言いながら、『エクスマキナ』を“通常モード”から“距離調整モード”に切り替える。何かボタンがあるわけではなく、『“距離調整モード”に切り替え』と念じれば、『エクスマキナ』に組み込まれた魄式が起動して切り替わるのだ。さらにこれ、他の機能と並行して起動できるらしい。かなり頭使うらしいけど。
「普通に見るのと魄気の蓄積放出は前の通りとして、幻素も溜めれりるようになったのと、遠近切り替えできるようになった」
「ほう。遠近切り替えは狙撃手には欲しい機能だな。どこまで見えるんだ?」
「近くだと顕微鏡みたいになってダニとかよく見えちゃうね」
「・・・前の悲鳴はそれか」
義眼を付けた次の日の話だけれど、上手く調整できず、朝起きて寝ぼけて“距離調整モード”にしてしまっていたらしく、ロンさんの洗濯物に集うダニたちを見てしまったのだ。悲鳴を上げて幻法を放って燃やしてしまい、ロンさん服の何着かダメになった。だいぶ古くなって捨てる予定だったらしいけど、ボヤ騒ぎになる前にロンさんが火を消してくれたから助かった。
「遠くなら・・・2キルメルド先から魂澱種に追われてこっちに向かってくる馬車が見えるね」
「おお、結構見えてるな。んじゃ、馬車を脇に避けとくか」
「だね。ルディス、カークス。ちょっと止まってね?」
「「ボフッ♪」」
まだ距離が遠いからか、それとも度胸があるからか、馬車を引くフィジックホースは落ち着いた様子でゆっくりと止まる。その間にロンさんさんは荷台の3人に魂澱種とそれに追われている馬車のことを告げてくれていた。
馬車を止めたのは迎撃するため。本当なら脇に避けるべきなのだろうけれど、今いる道は幅こそ広いものの、道が外れれば凹凸と雑草が激しく、簡単に移動できそうもないから諦めたのだ。避けるぐらいであれば、自分の体で魂澱種を釣って道を外す方がいい。
「『エクスマキナ』が早速役に立ったようで何よりです。どうですか?」
荷台から顔を出してきたシリウスさんが聞いてきた為、もう一度、視線を対象に向ける。
「あと1.3キルメルドぐらいかな?」
「そんなことはどうでもいいので『エクスマキナ』の使い勝手をおおおおお!?」
「研究馬鹿はほっといて行ってこい。とりあえず、釣ってルート外すぐらい簡単だろ?」
シリウスさんが突然悲鳴を上げたと思ったら、ロンさんがシリウスさんの後頭部をわしづかみしていた。よく見れば、口にはしていないもののニフィルさんまでウキウキしているではないか。
あと、弟よ。『類友か』とか呟かないで。聞こえてるから。
「まっ、極上の餌ならここにあるからねっ!んじゃ、行ってきまっす!」
剣をしっかり握って馬車から降り、ずっと纏っているローブの留め具を確認しつつ、私は向かってくる魂澱種と馬車に向けて駆け出した。
↓ ↓ ↓ ↓
「くそったれえええ!今日はなんて日だああああ」
その馭者は今朝からの不幸に叫ばずにいられなかった。
朝はベッドから落ち、
乗せたお偉いさんはやたらと身内自慢をし、
道に出れば野盗に襲われ、
死に物狂いで逃げたら魂澱種に遭遇し、
乗せたお偉いさんは緊張感がない。
人生で一番の不幸と言えるだろう。一部は苛立ちによる愚痴が入っているが。
「はっはっはっ、そう焦りなさんな、馭者さん。ちゃんと距離は保てているよ」
「アンタ魄式とか幻法とか使えねぇのか!?」
「ふむ。使えれば良かったのだがね。それは妹と弟の領分なのだよ」
「使えねぇええええ!」
のほほんとする客に苛立つ馭者。ちゃんとした金額を前払いで貰い、さらには相手が貴族だということも忘れ、ただただ馭者は不幸に嘆いていた。
「俺なんか悪いことしたか!?盗みも騙しも恐喝もしてねぇぞ!?」
「ふむ。それは良い心がけだね。一般人の鏡だよ。君はそれを誇りに生きるといい」
「今にも死にそうだよこん畜生!」
馭者はそう叫んで長年付き添う2匹の馬を見る。アクディーホースという荷台を引くのに良く使われる馬で、馭者との付き合いは5年と長い。馬を餌にすれば馭者と客は逃げれるかもしれないが、馭者は愛着のある馬を手放したくなかった。
「頑張れアストラ、アクシス!お前たちなら逃げ切れる!」
応援する飼い主に、2匹はひたすら全力で走り続ける。2匹の馬にとっても、長年連れ添う馭者のことが好きであり、見捨てる気など毛頭なかった。つまりは、この1人と2匹、固い絆で結ばれているのだ。
「おや?」
そんな熱い絆など気にしない客は1人そう呟いた。
「なんだ!?」
馭者は魂澱種がペースを落としたのか、と期待をしたが、客は馭者、つまりは前方を向いていて魂澱種の方など一切見ていなかった。そして、マイペースな客は言う。
「愛しい妹の気配がする」
と、同時に、
「≫イーセ」
魂澱種の周りに氷が咲いた。
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戦闘ひっさびさ!




