ある転生侍女の日記(一部抜粋)
「ある転生侍女の一日」を読んでいないと意味不明です。
文章追加(約1年分)しております。最終追加日:2018年9月16日
〇聖歴九七九年夏中月
出仕中の旦那様から王宮に呼び出された。何事かと思ったら近衛騎士に引き合わされた。
騎士がお嬢様の好みについて聞いてくるので、いかに地位が高かろうともまだ十歳のお嬢様に関心を寄せる男は人間としてどうかと思うと旦那様に進言した。
旦那様は大変慌てた様子だったが、騎士は淡々と、王子が詫びの贈り物をお嬢様にしたいと考えているのだと説明した。
王子がわたしをわざとでないにしろ突き落として怪我させたことで勃発したお嬢様と王子の取っ組み合いの大喧嘩は、喧嘩両成敗という形で収束していると聞いていたのだが、王族の面子やらなにやらあったのだろうか。
なんであれ、なるべくお嬢様には王子と接触してほしくない。
そこで、二度とお嬢様の前に顔を出さないことが何よりの贈り物だという旨を、幾重にもオブラートに包みつつ伝えたら旦那様に泣かれた。近衛騎士は無言だった。
忌憚のない意見を求められたから答えただけだというのに、心外だ。
〇聖歴九七九年夏終月
お嬢様とわたしに王宮から贈り物(お詫びの品)が届いた。
お嬢様に贈られたのは、お嬢様が欲しがっていた植物図鑑だ。旦那様が情報をもらしたのだろうか。
わたしには王妃様からだという、普段使いにできる趣味の良いブローチ。「馬鹿息子が迷惑かけてごめん、責任とってしつけ直しておく」といった内容の手紙がそえられていた。恐れ多いことに、おそらく直筆。
今回の件で、王太后から養育権を奪取することに成功したらしい。どこでも嫁姑問題は難しいようだ。
〇聖歴九七九年秋始月
王宮から茶会へ招待したいという打診がお嬢様にあった。
お嬢様はもうこれ以上の心遣い(詫び)は不要と断って図鑑片手に母方の祖父母が隠居住まいしている田舎へお出かけになった。
さすがお嬢様!
〇聖歴九七九年秋終月
お嬢様が王子へ図鑑のお礼として、押し花を使った手づくりのしおりを贈るという。旦那様を通すと仰々しくなるので、面識のある近衛騎士を通じて渡してもらえないかとお嬢様に頼まれた。
大変不本意ながら、お嬢様の頼みを断るわけにもいかず、侍女仲間のツテを頼って騎士に接触。家族をはじめとしてたくさんいる友人に贈っているうちのひとつだと言い添えて渡した。
お嬢様は不器用なので、正直に言えば出来栄えは決して見事とはいえない。しかも、押し花といってもなぜか使ったのはシダのような植物。理由を問えば、珍しい種類だったからとのこと。
お嬢様には悪いが、これで王子の好感度が下がるのではと期待してしまった。ついでに、王子が受け取り拒否してくれたらお嬢様の王子への好感度が下がるのにと思ってしまった。
〇聖歴九七九年冬中月
子ども向けの冬祭の宴が王宮で開かれた。
子どもだけの集まりだからと王妃様に厳命され、付き添いの侍女や侍従すら席を外すことになった。
控室でお嬢様を待っているときに、件の近衛騎士が王子は大切にしおりを使っていると話した。
お嬢様の耳に入れろとはいわなかったので、もちろん、お嬢様には伝えなかった。
宴では王子を囲む令嬢たちの争いが、なかなか凄かったとお嬢様が後で教えてくれた。
お嬢様は高みの見物をしていたらしい。よしよし。
〇聖暦九八◯年 年始月
お嬢様のおともで神殿に参拝した。
ふと、この神殿が「乙女ゲーム」のメイン舞台であることに気づいた。確か、攻略対象の一人は神官ではなかったかと辺りを見回してみたが、それらしき美形はいなかった。
祭壇前でお嬢様が一生懸命祈祷していらしゃったので、何を願っていたのかお聞きしたが、恥ずかしがって教えてくださらなかった。
帰る途中、王子に遭遇しかけたので、いちはやく進行方向を変更した。
自分の視力の良さに感謝したい。
お嬢様は気づいていらっしゃらなかった。
〇聖暦九八〇年春終月
お嬢様の誕生日に王子からの祝いの品をいつもの騎士が届けにきた。
王子の好感度をあげるようなことはしていないはずなのに、なぜだろう。
祝いの品は、最近、お嬢様が習い始めた刺繍用の糸に針のセット。高価すぎることもなく突き返す理由もない。
ほかの御令嬢方からのやっかみが大変だからやめてほしいと騎士に告げると、だからこそ周囲に知られぬよう彼が届けに来たのだといわれた。
旦那様方への根回しもしっかりしているらしい。
情報漏えいしているのは旦那様かと探りを入れてみたが、旦那様はお嬢様が刺繍を習い始めたことすらご存じなかった。
犯人が旦那様なら、宮廷に出仕するといいつつ競竜場にお出かけしたことを奥様に密告するつもりだったが、やめておいた。
〇聖暦九八◯年 夏中月
今年もまた王子の誕生会にお嬢様が招かれた。
苦手を克服するのは大切なことですよねとお嬢様を誘導して用意した祝いの品は、王子が苦手だという香草入りの菓子だったのだが、王子は笑顔で受け取った。
一年前の俺様王子なら受け取り拒否、床に投げつけるぐらいしかねなかっただろうが、王妃様のしつけ直しはうまくいっているようだ。残念。
〇聖歴九八〇年秋始月
お嬢様が騎竜術を習い始めた。
竜がお嬢様を背に乗せて立ち上がるだけで、お嬢様は何度も振り落とされていらした。おいたわしい。
〇聖歴九八〇年秋終月
お嬢様が騎竜術を習うことを禁じられた。
打ち身ばかり増えて一向に上達しないお嬢様の様子に旦那様と奥様、姉君と弟君までもが泣いてお止めになった。
ご友人からも「人には向き不向きがあるので、目標を達成するには自分にあった方法を見つけるべき」という助言があったらしく、お嬢様は素直に諦めてくださった。一安心である。
それにしても、お嬢様の目標とはいったい何なのか。気になるのだが、教えてはいただけなかった。
〇聖暦九八〇年 冬中月
またも王妃様提案による冬祭の子ども宴。プレゼント交換用にそれぞれ手づくりの品を持ち寄ることになっているという。
お嬢様はハンカチに刺繍を施したものを準備した。
その出来栄えに、お止めしようかと思ったのだが、王子のお嬢様に対する好感度が下がることを期待して、心苦しいながら黙って見守ることにした。あとで奥様から叱られた。
宴から帰ったお嬢様は、入手したレースの衿を眺めながら、みなさん器用なのねとのほほんとおっしゃっていたが、間違いなく、職人技である。おそらく、準備された品は職人がつくったものが大半だろう。
〇九八一年春始月
宮廷から王妃様が月に一回、手芸教室を開くので参加するようにとのお達しがあり、お嬢様は喜んでお出かけになられた。
同じくらい不器用な御令嬢もいて、一緒に苦心しつつレース編みをするのは楽しかったらしい。一生懸命にお話ししてくださるお嬢様は大変おかわいらしかった。
お嬢様を待っている間に、控え室で王妃様付き侍女から事情を聞き出したところ、本当に自分で手づくりした品を持って来た正直者の令嬢だけを招待したのだという。
なぜうちの娘は呼ばれないのだと詰め寄った貴族に「あらあら、教える必要ないくらいお上手じゃありませんの。熟練の職人並の腕前ですからわたくしのほうが教えてもらわないといけませんわぁ」と王妃様は笑顔でおっしゃったそうな。
敵に回したくない。
〇聖歴九八一年 春終月
今年も王子からお嬢様へ誕生日の贈り物があった。これまたお嬢様が欲しがっていた刺繍の見本帳最新版。
情報源はおそらく王妃様であろう。
手芸教室に通わせぬよう、旦那様と奥様に進言したいところだが、決め手となる理由がないし、なによりお嬢様も楽しみにしていらっしゃる。仕方ないので地道に王子を遠ざける努力をしよう。
〇聖歴九八一年 夏中月
恒例の王子の誕生会。
奥様が目を光らせていたために、お嬢様の刺繍作品を祝いの品にすることは断念した。
しかし、今回は誘導するまでもなく、お嬢様が準備したのは、王子が苦手だという例の香草の鉢植え。
意地悪でも嫌がらせでもなく、「自分で育てたら苦手じゃなくなるんじゃないかしら」という純粋な親切心からである。
王子はますます磨きのかかった、きらきらしい笑顔で鉢植えを受け取っていた。
俺様王子から別の何かに進化を遂げたようだ。
〇聖歴九八一年 夏終月
旦那様の忘れ物をお届けに王宮まで赴いた際、いつもの使い走り騎士に遭遇した。
王子が鉢植えに水をやりすぎて枯れる寸前だというので、お屋敷に帰り着くなり、すぐさまお嬢様にお伝えした。
お優しいお嬢様は育て方を詳しく手紙に書いて王子へと送ってしまわれた。……無念だ。
〇聖暦九八一年 秋始月
お嬢様が手芸教室に参加している間、控室で侍女仲間とおしゃべりしているうちに、なぜ手芸教室が開かれるようになったのだろうという話題になった。
ある侍女いわく、「王太子妃候補である令嬢たちの人なりを見極めようとしているのではないか」とのこと。なんでも、その侍女が仕える御令嬢が兄君とそのような会話をかわしていたらしい。
もしそうならば、なお一層用心せねば!
〇聖歴九八一年秋終月
奥方様がものいいたげな様子をされていたので、なにか御用かとお聞きしたら年齢を尋ねられた。
十九歳だと進言したところ、「その割に色気がないわ……」とつぶやかれた。
地味に心をえぐられた。
〇聖暦九八一年 冬始月
お使いで街に出たところ、お嬢様のご友人のひとりに拉致された。
王子とも親しいようだと、お嬢様から聞いていた方だったので、王子に対しあれこれ妨害策を講じていたのがバレたのだろうかとひやひやしていたが、用件はそうではなかった。
なんと、私と同じ転生者だという。
「だから、王子の邪魔をしていたのね」とおっしゃられたので、やはり妨害策についてバレてはいたらしい。
いろいろとゲームの内容について聞かれたが、自分でもびっくりなほど忘れていた。
だが、王子と婚約させてはいけないことだけは、しっかり覚えている!
妨害はやめませんと宣言すると、周囲にばれぬよう、うまくやるようにと忠告された。
この方、いくら前世の記憶があるとはいえ、本当にわたしより年下なんだろうか。
そういえば、お嬢様に騎竜術を諦めるよう諭されたというのもこの方だった。
◯聖暦九八一年冬中月
もはや恒例となった冬祭り子ども宴。今回は「大切な人に花を贈ろう」がテーマらしく、お嬢様は花束を抱えて出席された。
宴の途中、わざわざ控室までいらして、わたしにも贈ってくださった!
お嬢様、かわいすぎます!
ちなみに王子は埋もれるくらいの花を贈られていたが、いまひとつ浮かない顔だったとか。
お嬢様はご友人たちに配って余ったら、王子にも贈ってもいいかなくらいには思っていたらしいが余らなかったようだ。ふふふ。
◯聖暦九八一年冬終月
たまには実家へ帰るように、奥様から促された。
奥様の乳姉妹であった母から根回しがあったようだ。だが、もう、休暇調整した後だったので、無理ですとお答えしたら、次は必ず帰るようにと笑顔で凄まれた。
お嬢様はどちらかといえば旦那様に似たのだなとつくづく思う。
〇聖暦九八二年 年始月
今年もお嬢様の御供で神殿に詣でた。祭壇に向かっていると、お布施をはずんだおかげか、天啓がひらめいた。
お嬢様と王子を婚約させないためには、お嬢様が王子以外と婚約すればいいのだ!
こういうことは、旦那様ではなく奥様に根回しするに限る。
早速、ご相談したらお嬢様よりも私のほうが先だろう、誰か憎からず思っている相手はいないのかと根掘り葉掘り聞かれた。藪をつついて蛇を出すとはこのことか。
〇聖暦九八二年春中月
お嬢様の異性の好みを探っているのだが、なかなかうまくいかない。
お嬢様ももうすぐ十三歳。初恋の一つや二つ、していてもおかしくないのだが、その気配もない。
ときめいたことはないかとお伺いしたら、あるツタの一種の蔓の巻き具合にときめいたとおっしゃられていた。
ツタよりも魅力のある若い殿方求む!
〇聖暦九八二年 春終月
王子からお嬢様への誕生祝がツタの模様のついた便箋セットだった。
蔓の巻き具合が絶妙だったらしく、お嬢様は喜んで、さっそく御礼状をしたためておられた。
まさに王子の思うつぼとなったのではなかろうか。
しかし、何なのだ、この恐ろしいまでに正確な目の付け所は!
王妃様の入れ知恵かとも思うが、お嬢様の刺繍ではあれがツタを表現しているとは気づけないはずだ。おそらくは、今お気に入りのツタについてご友人方に熱弁をふるったのを漏れ聞いたのではなかろうか。
王子の情報収集能力もあなどれない。 やはりもともとがハイスペック俺様王子だからか。くやしい。
〇聖暦九八二年 夏始月
王子の誕生祝を何にしようかお嬢様が悩んでおられた。
手作りの品だとどんなものでも喜ばれそうな気がするので、なにか購入するように出入りの商人たちを誘導しておいた。
〇聖暦九八二年 夏中月
お嬢様は今年の王子への誕生祝いに書き心地のよいペンをお選びになられた。
筆まめなようだからとお嬢様はおっしゃっていたが、それはお嬢様に対してだけなのではなかろうか。
ひとまず、これで手紙をくださいねという意味は一切含まれていないということを、例の近衛騎士に念押ししておいた。
近衛騎士はいつものごとく淡々とした表情で頷いていた。この騎士のスルー力の高さには毎回のことながら感心させられる。
〇聖暦九八二年 夏終月
お嬢様に異性のご友人ができた!
なんでも王子の誕生祝の宴で知り合われたそうだ。
祝宴は離宮において園遊会形式で行われたのだが、そこで庭に植えられた植物について詳しく解説してくれたらしい。
家名に聞き覚えはないが、祝宴に招待されるくらいなのだからそこそこの家柄のはずだ。調査せねば!
〇聖歴暦九八二年 秋始月
転生者のご令嬢に相談したら、あっという間にお嬢様の未来の婿候補について調べ上げてくれた。
婿候補は辺境の出身とはいえ、家格は釣り合う方だった。しかし、残念ながら次男。
将来は学者を目指すとのこと。王立学院の教師にでもなれば、そこそこの収入は見込めるもののいまひとつ不安だ。
お嬢様の持参金の一部として、土地も用意されてはいるが、十分といえるかどうか・・・。
お嬢様に苦労はさせたくない。
〇聖歴九八二年 秋中月
お嬢様がお友達を誘って王都郊外の森へキノコ狩りに出かけられた。当たり前かもしれないが、誘いに応じたのはごくごく少人数だった。例の転生者のご令嬢もつきあってくださった。
だが、なぜかそこに王子も加わった。騎竜術の訓練として遠駆けに出かけたところ、偶然、出会ったということだが、あやしい。
お嬢様は王子そっちのけでキノコに夢中だったから、まあ、よしとしよう。
〇聖歴九八二年秋終月
聖光神殿で開かれる収穫祭にお嬢様のお供で出かけた。
神殿で開かれる催しものでは、案内人として聖騎士見習いが駆り出されるのだが、今年はやたらと体格のいい聖騎士見習いが多かった。
お嬢様は供物として干しきのこを奉納した。食べ物の供物は、祈祷式が終わったあとは祭壇から下げられ、神殿内で処分されるので騎士見習いたちが喜んでいた。
聖騎士ならば次男だろうと三男だろうと収入も安定していて、お嬢様の結婚相手にももってこいだ。誰か気になる人物はいなかったか探りを入れてみたが手ごたえがなかった。
それにしても、聖騎士って何かがあった気がするのだが、なんだったろうか。
〇聖歴九八二年冬中月
奥様に無理やり長期休暇を取らされ、実家へ帰ったところ、どこぞの商家の若旦那と見合いをさせられた。
お嬢様が嫁がれるまでは仕事を辞めるつもりはない。
仕事内容について話をふられたので、延々とお嬢様のかわいらしさについて語ってみたならば、「わたしにはもったいない方ですので」と先方からお断りしてくれた。
しかし、母から延々と説教され、休みの間中、ぶちぶちと文句をいわれ、大変疲れた。
中途半端ですみません。遅筆にもほどがあるので、そーっと編集して、続きをつけたしていくという方式をとっております。確実に1万字超えそうなので、次回は②とでもつけて投稿します。