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[ログ:1136]珈琲を巡る正義(続き)

 ナルヴィクが真剣に落ち込んでいる姿を見て、イズルは気まずくなった。


 そして、マホガニーのテーブルの向こう側には、頬杖を付いて、自分に有利な状況になったことをほくそ笑んでいる魔女クロエの姿があった。


「悪かった。僕が悪かったよ。この世界の裁判官について教えるから許してくれ、ナルヴィク。」


 すると、ナルヴィクは急に元気になって、イズルの方を向いた。嘘泣きだったのだろうか。


 イズルは、最近、この2人に手玉に取られているように思えて悔しかったが、自分の負けであるので説明するしか無かった。


「僕が、ナルヴィクに出会う前。ブルームヴァルトと名付けられた都市のある、花の咲かない、荒涼としたの大地でのことだ。」


 イズルは、暖炉の前で語る老人のように、ゆっくりと昔話を始める。


「その大地は、元々、本当に何も無かった。ただ、砂漠があって、沈む夕日が美しい程度だった。でも、グリューネヴァルトという男の登場で、その虚無の地の全てが変わった。リーヴィズ社からの払い下げで、魔導機ゴーレムを5体ほど、運搬用の土龍ドリュウを2体所持していた彼は、その土地に都市の建設を始めたんだ。」


「ゴーレムや土龍ですら高いのに、よく都市の材料まで買えたな。よっぽど現実世界で余裕が有るんだな。」


 庶民派のナルヴィクが、そう漏らすと、イズルは、


「いや、グリューネヴァルトは、近くに火山地帯が存在する、この土地に注目していたんだ。」


「どういうことだ?」


「グリューネヴァルトは現実世界の歴史に詳しかった。だから、彼は自分の求めている土地を探して仮想現実世界を放浪し、そして、のちにブルームヴァルトと呼ばれるようになる都市の建設地点から、わずか数キロの地点に火山灰が積もった火山地帯を発見して驚喜した。それから彼は兼ねてからの計画通り、都市建設を始めたんだ。」


「火山灰で都市が造れるの? グリューネヴァルトという人は、魔法使いのスキルでも持ったのかしら。」


 クロエは訝しむが、イズルは事も無げに、


「いや、別にグリューネヴァルトは普通の人さ。」


 イズルはカラクリを説明し始めた。


「現実世界のローマに残っているローマ帝国時代の遺跡にはコンクリートで作られたものがいくつか存在する。このコンクリートは、火山灰に石灰を混ぜて作られたセメントに、水を加えて作られたものなんだ。」


「へー、そうやってコンクリートって作られてたのね。知らなかったわ。」


 珍しく普通に驚きを見せるクロエに、イズルは優越感を覚え、


「まあ、現代では岩石を燃やしてケイ酸カルシウムを作るところから始まるけどね。火山灰は、ケイ酸塩の岩石が超高温で熱せられてできた、いわば天然のセメントだ。グリューネヴァルトは、それを使って都市づくりを始めた訳さ。」


「その話を聞いて、家にいたときにラジオで聞いた、高層化された要塞のことを思い出したわ。高さ100メートルなんて、そんなものを仮想現実世界でどう作るんだろうって思ってたけど、なんだ、コンクリートを使うのね。」


「ああ、ヴェクタルの要塞のことか。あれを建設する連中は、種々の火龍を所持していて岩石が焼き放題だから、セメントはいくらでも手に入る。それだけでなく、火龍の炎があれば鉄筋も作れるから、コンクリートを支える構造を作って建物を高層化することができるんだ。言ってしまえば、火龍なんてのは移動可能な天然の溶鉱炉だ。それをうまく使えば、街を焼き払うのではなく、現実世界での鉄鋼大量生産を可能にしたベッセマー法のように、火龍の息で鉄を溶かして、それに空気を吹き込んで酸素と炭素を反応させ、炭素を程よい割合に調整すれば簡単に非常に堅い鋼鉄を製造できるわけ。」


「だけど、イズル。そのグリューネヴァルトの話は、その理不尽な裁判官とやらには、どう関連するんだよ。」


 ナルヴィクが不安そうに疑問を挿むと、話を逸らそうとしていたイズルは咳き込み、


「ああ、今から説明しようと思ってたんだ。」


と言い、話を脱線前に戻した。


「グリューネヴァルトは、火龍を持ってなかったので、鉄筋を作ることができなかった。だから、圧縮される力を使って崩れることが無いドーム上の建物や柱を使った古代ギリシャ的な建物を、作業員としてのゴーレムたちと足場としての土龍を使って、たくさん作って行ったんだ。そうして、白っぽい色の無味乾燥とした建物が次々と荒野に出来上がって行ったんだ。」


「それで?」


 知りたい結末にたどり着かないので、不機嫌気味のナルヴィクがイズルに問う。


「その状況を知った若手の芸術家が、一心不乱にドームとパルテノン神殿みたいな建物を作り続ける阿修羅のようなグリューネヴァルトに声をかけたんだ。何の装飾も無い建物に絵を描いてやるってね。このとき、この芸術家はグリューネヴァルトに嘘をついた。自分は現実世界では有名なデザイナーだと伝えたんだ。それをグリューネヴァルトが信じたかどうかは分からないけど、この芸術家は建物の装飾について一切合切を任された。つまり、自由に自分を表現するための、ぬり絵帳をもらったようなもんだった。だけど、それは良い効果を生んだ。こんな無名の画家でも自由に建物の装飾をすることができることを聞いた他の画家たちが、こぞってグリューネヴァルトのもとを訪れたんだ。そして、都市ブルームヴァルトでは、グリューネ派の壁画が開花した。」


「えーと、イズル。俺たちは、ゼノテッラでの絵画の歴史を聞きたい訳じゃないんだけど…」


「で、このグリューネ派の壁画は…」


「おーい。」


 ナルヴィクは、イズルとの旅を辞めてしまおうかと思うくらい呆れていた。


 そして、クロエはいつの間にか、クッキーやサンドイッチが置かれた陳列棚の前で、人生最大の問題に対峙しているかのような顔をして、食べ物を選んでいて、明らかに他人の邪魔になっていた。


「ナルヴィク、そんなに理不尽な裁判官の話を聞きたいのか?」


「そのために話を聞いてたんだよ。砂漠の都市の成り立ちの授業を聴きに来たわけじゃないの。」


 イズルは頭を掻きながら、悩んでいたが、やっと重い口を開いた。


「それで、グリューネヴァルトの都市に…」


「いい加減にしろよ…」


「最後まで聞けって。で、グリューネヴァルトの都市に、理不尽な裁判官が舞い降りたのさ。」


 急にナルヴィクが前のめりになってイズルの話を聞き始める。


「で? で?」


「都市を破壊したんだ。たった一人で、一日で。それも、砂漠の地にはペルシャ調の都市があるべきだという、その裁判官の世界観を主張してね。それで、その跡地には現在、理不尽な裁判官たちの好む都市を造るように依頼されたデザイナーが、新しい都市を想像力イマジネーション念力サイコキネシスを使って建設中さ。僕は、その建設中の都市を訪れたんだ。庭石や鉄骨が浮いていて幻想的だったよ。」


 ナルヴィクの顔が急に曇る。


「都市を破壊? 一人で、一日で?」


「ああ、そうだったらしい。」


「冗談だろ。」


「冗談さ。」


 イズルの意地悪な言葉に、ナルヴィクは怒って席を立ち、クロエと共に菓子パン選びを始めた。その日常の光景を見ながらイズルは、


「冗談だと、いいんだけどな。」


と呟き、黒々とした珈琲の水面を見つめたのだった。


 そこには何も映らず、ただ黒々とした存在が何かへ続く門扉を開けているようであった。



***


「あんたが、ソロモン王か?」


 やっと一人になって、珈琲と見つめ合い、2人の静かな時間を過ごそうとしていたイズルのもとに、妙な黒衣の男が現れた。


「誰だい、キミは?」


 イズルの問いかけに、突然現れた黒衣の人物はニヤリとして、


「誰だと思う?」


と、つまらないことを言い始めた。


「まあ、誰もいいんだけど。」


と、興味なさげにイズルは言って、珈琲との静かなひとときに戻って行った。


「おい、無視すんなよ!」


 黒衣の男はイズルの肩に手をかけると、イズルが手にしていたコーヒーカップが地面に落ち、熱い珈琲が飛び散るとともに、深い蒼の釉薬を塗布されて焼かれていた魅力的なカップが粉々に砕け散ってしまった。


「何してくれるんだ!」


「いいだろ、お前のカップじゃないんだし。」


「僕のものになっていた珈琲も入っていたんだ。弁償しろよ。」


「ふん。金ならゼモキスさんから貰ったろ?」


 その言葉を聞いて、イズルは、類は友を呼ぶという言葉の偉大さを思い知り、頭を押さえた。


「何、あんた。ゼモキスなんて知らないわよ。」


 妙なタイミングで、クッキーを手にしたクロエと、召使いのように後ろから付いて来るナルヴィクが現れた。


「イズルの友だち? 黒い服なんか来て、暑く無いのか?」


 菓子パンに夢中になって機嫌が戻ったのか、一連の流れを全く読めていないナルヴィクが気さくな感じで、明らかに怪しげな青年に話しかける。

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