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[ログ:1134]山の上のおっさん

「なんでも請け負えば良いってモンじゃないだろ。」


 ナルヴィクが不満そうに文句を言う。


「幻獣医だろ、なんで、逃げた幻獣を捕まえる仕事を請け負うんだよー。」


「前にも説明したけど、幻獣医には治療の仕事も舞い込む。だけど、ただのハンターだとそうはいかない。でも、逆はオッケーだから都合がいいわけ。ナルヴィク君、分かってないな。」


 イズルが淡々と説明する。


「やっぱり、お前ってインチキだな。まあ、百歩譲って仕事内容は受け入れるとしても、金額をちゃんと確認したのか。中の下くらいの奴でもできるレベルのことだから、そこまで大した金額じゃないぞ。」


「仕方ないだろ。ナルヴィクが、こないだカーペンターズを熱唱してくれるカエルを捕まえたからって、どんちゃん騒ぎしたせいで、まだ来月分のプレイ料金すら貯めれてないんだから。」


 金銭についてはシビアなイズルが、毒づく。


 一般的なRPGゲームというのは、魔物も花金はなきんに飲みに行き、週末は街で彼氏・彼女とショッピングを楽しむものなのだと言わんばかりに、なぜか魔物の分際で人間が使用する貨幣を後生大事に所持しているが、この世界は魔物を倒せば金が手に入るほど甘い世界では無かった。


 お金を得るためには、現実世界と同じ手段に訴えるしかなく、鉱石や魔物の牙や骨など、この世界に存在するものから売れそうなものを探し出して市場で安く買いたたかれる、もしくは、人から与えられた仕事をこなして対価を得るという形となる。


 イズルとしては、オアシスやデヴィッド・ボウイなどのロックではなく、緩やかなポップスであるカーペンターズを熱唱するカエルなんてものは、耳障りなので早く売り払って欲しかったが、ナルヴィクが見知ったプレイヤーに会っては、このカエルの自慢するので、どうやら手放すつもりは無いようであった。


「その幻獣、逃げたんじゃなくて、きっと誘拐されたのよ。」


 クロエが、ピーコちゃんという高みの上から、涼しげに語る。


「なんで、誘拐だと思うんだ。」


 イズルの疑問に、クロエは不満げに、


「じゃないと、面白くないじゃない。」


 イズルはため息をついた。クロエの基準は面白いかどうかであり、彼女の世界観では面白い事象の発生確率は、常に極めて高くあるべきなのだ。


 ゆえに、クロエは、面白そうであれば魔物の群れに突っ込むし、面白そうであれば初めて訪れた街の一隅で怒鳴り合っている爺さんたちにも突っ込む。


 だが、飽きてしまうのが早く、事態を収集するのは、イズルたちの仕事なのだった。


「仮に誘拐されたとして、何のために誘拐するんだ?」


 ナルヴィクが余計なことを訊き始める。


「ナルヴィク。あなた、バカなの? 誘拐の理由なんて一つしか無いじゃない。身代金よ。きっと、この世界で一生遊んでくらせられるだけの大金を要求するはずだわ。」


 イズルは、再びため息をついた。こうなったら、もう遅い。クロエの頭の中では、ただの迷子のラプトル探しが、壮大な誘拐事件に変換されてしまっている。


「身代金目的の誘拐なら、なんで依頼者のところに身代金の要求が来ていないんだ。」


 イズルが呆れた声でクロエに問うと、


「隠れ家に隠れてから犯行声明を出さないと、逃げ切れないかもしれないじゃない。だから、犯行声明を出すまで時間がかかってるのよ。」


 その説明を聞いたところで、イズルにしてみれば、誘拐事件なんてあり得ないことのように思われた。


 だが一方で、幻獣の誘拐を含め、人の所有物を奪う行為が仮想現実世界で多発していることを、毎日『ゼノテッラ・ヘラルド』紙を読んでいるイズルは知っていた。


 そんなに犯罪が多発する理由は単純で、この世界には警察というものが存在しないのだ。モノを盗まれたとしても、仮想現実空間を運営しているリーヴィズ社は知らんぷりである。


 なぜなら、このXenoTerraと呼ばれる世界は、そこも含めて自由にしているというのがリーヴィズ社の見解であり、言ってしまえば、運営会社公認の“自力救済世界”なのである。


 もちろん、殺人があったとしてもリーヴィズ社は関与しない。仮想現実世界で分身アバターが死んだとしても、現実世界にいる生身の人間が死ぬわけではないからだ。


 しかし、これだけリアルになっている世界で殺される瞬間を体験すると、精神的外傷トラウマを形成しかねないので、痛みは基本的に打撃系の中程度の痛みまでしか無く、鋭い痛みを感じたり、身体が押しつぶされたり、首が飛んだりという現象は生じない。


 もし、そういった殺人などの事象が生じた場合は、殺された側のプレイヤーが衝撃的なシーンを体験する前に仮想現実体験が中断される。


 そして、一定額を払うことで所定の位置から、このリアルなゲームを再開することができるのだ。


 だが、近年、復活する際の支払額を上げてもプレイヤーがゲームを辞めてしまうことは無いことに気付いたリーヴィズ社が、復活に必要な金額を釣り上げ、さらに所持金に応じて累進課税的な措置を取っているため、プレイヤーの間で反対する署名活動が行われているのである。


「でも、既に3日間も探してるが、現に犯行声明は出て無い。そんなことがあったら、依頼者が教えてくれてるはずだろ。」


「それはそうね。」


 そう言って、クロエは空を見上げ、


「だから、ほら、連絡便が来たじゃない。」


 彼女が指差した先には、セキセイインコのような姿をした郵便鳥〈バド・メール〉が、郵便局員の帽子を被り、郵便マークの付いたカバンを首からぶら下げて飛んでいた。そして、段々とその姿は大きくなり、最終的には、イズルめがけて封書を落として、どこかに飛んで行ってしまった。


 まさかクロエの予想が的中したのだろうか? 


 これでは、ますます彼女の発言権が増してしまうと、イズルは恐怖に打ちのめされながら封を開けると、そこには一枚の紙切れが入っていて、依頼人であるアルフォード・ゼモキス氏のサイン入りで、『解決しました。ありがとうございました。』と簡単に書かれていた。


「なんだ、これ。あんまりだな。」


 ナルヴィクが手紙に憤慨して、


「イズル。ちゃんと、手付金はもらったんだろうな。」


 イズルは、手紙に視線を落としたまま、


「いや、払ってもらってない。口頭では手付金として3日分、成功報酬として6日分の通信料その他を約束していたんだけど、今見たら支払いが確認できない。」


 イズルが手にしている端末には、手にした報酬の一覧が表示されていたが、ゼモキス氏なる者からの支払いは一つも確認できなかった。


「バカね。あんたたち、ほんとバカね。」


 クロエが、ピーコちゃんの上から2人を見下す。


「俺も含めるなよ。」


 ナルヴィクは、自分のせいでは無いと言わんばかりにクロエに訴える。


「ふざけやがって。」


 端末を持ったまま、手を震わせているイズルの顔を覗き込もうとクロエが近づこうとすると、ナルヴィクが彼女を制し、耳打ちした。


「悪いこと言わないから、この状態のイズルに近づかない方がいい。一円単位で金にうるさい奴だから、未払いに相当頭に来てるんだ。」


「ふーん。普段は、自分が人を騙しているのにね。」


 2人がヒソヒソ話していると、アンテロのいななきが聞こえた。


「イズル。ひとりで、どこ行くんだよ。」


 ナルヴィクが叫ぶと、アンテロに乗って駆け出しているイズルは、「決まってるだろ。奴のとこに行って払わせるんだよ!」と叫び返し、振り向くこと無く、そのまま行ってしまった。


「まずいな。早く止めに行かないと、ゼモキスとかいう奴が、あの世行きだ!」


 ナルヴィクは、もう一頭のアンテロに飛び乗り、その後に、クロエを乗せたピーコちゃんが続くのだった。



***


「見てみて、向こうの山の紅葉が綺麗よ。なんだか、秋の行楽地って感じね。」


「本当だ。イズル、なんだか行楽シーズンの箱根に似てないか。」


 ゼモキス氏の家の近くまで来て、やっとイズルに追いついたナルヴィクとクロエだったが、ゼモキス氏が住まう街に行くには、どうやら山を登らないとならず、そこで一向は一直線に目的地を目指すため、麓に用意されていたロープウェイのようなものを利用したのだった。


 ロープウェイのようなもの、というのは、具体的には、中がふかふかの新幹線の車両のようになっている巨大なナマケモノだった。この山は、麓から頂上まで等間隔で巨木が生えており、その枝から枝へナマケモノが移動するのだ。


 なぜ、ロープウェイを異世界的に変換するとナマケモノになるのかは謎だったが、先を急いでいるイズルには、このナマケモノの鈍さが非常に挑戦的に感じられ、イライラが深山の落ち葉のように降り積もっていた。


「まあ、イズル、そんなにイライラしないで。もし相手が支払い拒否したら、殺されたく無ければ手付金とキャンセル料を払え、って啖呵を切ればいいじゃない。」


 クロエの言葉に、イズルは頷きそうになったが、


「いや、それじゃ脅迫だろ。」


「でも、さっきからイズルはイラつきっぱなしだから、むしろゼモキスとかいう人を、本当に殺してしまわないか心配だけど。」


 イズルは、ナルヴィクの方を見たが、ナルヴィクはさっと目を逸らした。どうやら、クロエの主張は本当のようである。


「そういえば」


 ナルヴィクが思い出したように言う。


「このナマケモノって、枝から枝へ移る時、どうするんだろう。」


 3人は一斉に窓の外を見た。すると、ナマケモノが次の枝に移ろうとして前足を伸ばしている。


 前足を伸ばすということは、懸垂をする様な姿勢になるということであり、それは天地が反転するということに他ならず、つまり、ただ穴があいているだけの窓や入り口から外に投げ出されるかもしれないということだ。


 3人は、必死にシートベルトなどの身体を固定できるものを探した。しかし、窓にガラスも無いのだから、そんなものがあるはずは無い。


「ここで死んだら、生き返るのにさらに金がかかる。何としても落ちないで済む方法を探すんだ!」


 イズルの叫びに、ナルヴィクもクロエも、論点がズレていると思ったがツッコミを入れている場合ではない。


「でも、これだけ時間が経過しているのに何も無いのなら…」


 ナルヴィクが外を見ると、ナマケモノは前足でしっかりと隣の枝を掴んでいた。そして、後ろを見てみると、後ろ足も隣の枝を掴んでおり、身体を地面に水平にしたまま、隣の枝に移っているところであった。


「にぶいか、ハラハラさせるか、どっちかだけにして欲しいな。」


 地面に落下せずに済んだことを知らされたイズルは、ますますイライラを募らせていた。ナルヴィクもクロエも、これが爆発した時、ゼモキス氏がどうなってしまうのか気が気で無かった。


 そして、窓の外に広がる火山湖の街と、その後ろに聳える、煙がモクモクと上がる活火山を見て、嫌な予感が増すのだった。



***


「はあ、私がゼモキスですが。」


 火山湖の周辺にできた街のど真ん中に、そこそこ大きい屋敷があり、そこにゼモキス氏はいた。姿は小太りで色白の中年男性であり、禿げかかった頭は脂汗でテカテカしていたが、身なりは小綺麗だった。


 しかし、昔の貴族宜しく、鮮やかな緑のスカーフまで巻いていたので、イズルには、ゆで豚の塊にレタスが添えられているように見えて仕方が無かった。


「イズルです。」


「イズル? はて、どなたかな。」


「ソロモン王と言えば分かっていただけますかね。」


「ああ、あなたが! いや、今回は骨を折っていただいてありがとうございました。」


 ゼモキス氏は態度を一変させたが、その口から屋敷の中に招く様な発言は出ない。


「いえ、仕事ですから。お気になさらずに。」


 イズルとゼモキス氏の間に、暫しの沈黙が流れる。ナルヴィクとクロエには、イズルだけでなく、ゼモキス氏も次第にイラついているのが感じられた。


「で、何の用ですかな。もしかして、私からの郵便が届いてない?」


「いえ、お手紙は頂きました。お宅のラプトルが見つかって良かったです。」


「おかげ様ですよ。しかし、案件が解決したのをご理解いただいたなら、なぜ、ここまでご足労を?」


 イズルは相手に言わせたかったが、埒があかないので、仕方なく自分から切り出した。


「報酬の件なんですがね。」


 それを聞いたゼモキス氏は小さく舌打ちし、


「は、報酬。でも、今回は無事解決しましたので。」


「いえ、手付金を頂いてないのです。」


「では、皆様の1日分の通信料を…」


「話が違いますよ。手付金3日分、成功報酬6日分だったはずです。」


「いえ、そんな額で約束しませんよ。」


「いや、約束しました。」


「証拠は?」


「音声通信で行ったじゃないですか。」


「しかし、契約なら、通常メッセージで行っているんですが。その文面が残っているんではないですか。それを見せてもらえば思い出せるんですがねえ。」


 ゼモキス氏は、わざと語尾を伸ばし、嫌らしい性格の持ち主であることがひしひしと伝わって来た。


「ええ、そうですね。普通はメッセージでやりますね。しかし、今回は、ゼモキスさんが掲示されていた依頼文に、応相談と書いてあったために音声通信で決めたんですよ。」


「はて、そうでしたかね。」


「そうですよ。覚えてないんですか。」


「ええ、覚えてません。なんらかのやり取りをして仕事を請け負っていただいたのは覚えているのですが、金額は決めてなかったと思いますよ。だから、私は、それをどうしたらいいかと思っていたのです。」


「なら、どうされるおつもりなのですか。」


「先ほど申した通り、1日分の料金を…」


「ここまで足労した人間に、たったそれだけですか?」


「なら、2日分払いましょう。」


 イズルは、そこが妥協点だと思い、悔しいがそれで飲むことにした。


「では。」


 そう言って、ゼメキス氏が扉を閉めようとするので、イズルはその場で支払うように命じた。


「全く、自分のミスを人のせいにして…」


 ゼメキス氏は、そうぶつぶつ言いながら、振込の操作をし始めた。


「ほら、振り込んだぞ。」


 ゼモキス氏が言うや否や、振込の履歴が一つ増えた。


「確認しました。どうも。」


「じゃあ、帰ってくれ。さよなら。」


 そして、扉を閉めようとしたゼモキス氏は閉め切る前に、隙間から顔をのぞかせて、


「あと、言い忘れたけど、ラプトルを探すのに3人もいらないと思うから、2人分だけ払ったから。じゃ。」


 そう捨て台詞を吐き、ゼメキス氏は、イズルが扉のノブに手をかける前に扉を閉めた。


 そして、間髪を入れずにカチャリという音がして、重々しい木彫の扉は永久に閉ざされた。



***


「焼き討ちよ。」


 3人揃って、しょぼくれて、“ナマケモノ・ロープウェイ”へと向かって歩いていると、クロエがそう宣言した。


「おかしいじゃない。なぜ、私の分が払われないのよ。」


 イズルもナルヴィクも、2人分の支払いが用意されているだけなので別にクロエの分が払われないことが決定した訳ではないのだけれど、と思ったが、それは支払いのシステムをよく理解していないクロエが犠牲になることが決定した瞬間であった。


「そうだな。なんでクロエにだけ払われなかったんだろうな。」


「そうだ。許せないな。」


 イズルは、クロエに支払われていないことを強調し、ナルヴィクはそれに相づちを打って共犯となる。


「そうよ。許せない。あっ、そういうことだ!」


 クロエは、思いっきり手を叩き合わせ、その音が人のいない観光地に似た街に、こだまする。


 その音は、クロエの閃きの音であり、ろくでもないことが起こる予兆でもある。


 とっさにイズルたちは身構えた。


「ど、どうした、クロエ。」


 ナルヴィクの問いかけに、クロエは、2人の前に立ちはだかって、


「さっきのオヤジ、偽物よ!」


「どうして、そう思うんだ…」


 イズルは、クロエに2日分の通信料その他の権利を譲るべきだったと深く反省した。だが、もう遅い。


「イズル。あなた、今回の依頼を受けた時点では、ゼモキス氏の顔は見てなかったのよね。」


「ああ、音声通信を一回して報酬額を決めただけで、あとはメッセージのやり取りだったから、顔を見たのは今日が初めてだ。」


「となると、ゼモキス氏も、イズルの顔を見るのは初めてだった訳ね。」


「そうだな。」


「で、思い出して欲しいのだけど、この仕事を請け負ったってことは、音声通信をしたときは、あんなに感じの悪い人ではなかったんじゃない?」


 クロエの言葉に、イズルは遠い過去のようになってしまっている数日前のことを思い出そうとした。


 確かに、クロエが言う通り、あんなに感じが悪い人間だったら、仕事を請け負わなかったように思えた。


「まさか、クロエ…」


「ええ、そのまさかよ。さっきの感じ悪いオヤジは、どこからかこの依頼の情報を聞きつけて、私たちより先にラプトルを捕まえて、それを本物のゼモキスさんに渡したんだわ。そして、喜んでいる本物のゼモキスさんを縛り上げて、入れ替わったのよ。だから、さっき私たちが会ったのは偽物で、だから、あんなに感じが悪くて、悪人面だったのよ。きっと、今、屋敷中を物色してるんだわ。」


 クロエは、これでもかと言わんばかりに興奮して、自説をよどみなく述べた。


「でも、それなら、支払いがゼモキス氏以外から振り込まれているはずだよな。本物になりきっても、アカウントまでは取得できないだろうから…」


 慎重派のナルヴィクが懐疑論をはさんだが、それをイズルがかき消す。


「いや、さっきの支払い、プリペイドのカードから支払いになっていて、振込人が登録されていない!」


 その言葉を聞いて、自信満々だったクロエは何か意味不明な言葉を叫びながら、麓に置いて来たはずのピーコちゃんに跨がり、それに乗ってゼモキス氏の邸宅の方向へ駆け出した。


 一方で、残された2人は考えていた。仮に、本物のゼモキス氏が偽物に縛り上げられて牢にでも閉じこめられているとしたら、本物は一旦、仮想現実世界からログアウトして、金を積んで傭兵でも雇って、立派な屋敷を取り戻すために復讐しに戻って来ているはずである。つまり、クロエの推理は間違っているかもしれないのだ。



***


「泥棒! 金払え!」


 非常ベルが鳴り響く屋敷の一室。


 窓ガラスを蹴破って屋敷に突入した野性味溢れるピーコちゃんの後ろに、クロエが堂々と立ち、屋敷の持ち主であるゼモキス氏を泥棒呼ばわりする。


 まもなく、息を切らせたゼモキス氏が、粉々に砕け知ったガラスが散乱している部屋に駆けつけて来て、クロエと蛇付きのニワトリを睨みつける。


「警察呼ぶぞ!」


 と言い終わってから、ゼモキス氏は、この世界に警察など無いのだということを思い出し、凄まじい威圧感を湛えて近づいて来るニワトリと狂った女から全力で逃げ出した。


「待ちなさい、泥棒!」


 現実世界ではあり得ないことを叫びながら、クロエは、ピーコちゃんに乗ってゼモキス氏を追いかける。


「さて、どっちが泥棒なんだろうな。」


 ピーコちゃんが蹴破った窓から侵入しながら、脱力しきったイズルは相方にそう問うと、問われた相方ナルヴィクは、


「きっと、現実世界の定義から言えば、この世界は泥棒だらけだ。日々、土地を造成するために魔物から住処を奪ったり、来月の支払いに充てるために宝物を巻き上げたりの繰り返しだからな。もしかすると、泥棒であることは、この世界では何の意味も持たないのかもしれない…」


 そんなナルヴィクの言葉は、妙に哲学的な残響を残し、2人はもの思いに耽ってしまった。


 しかし、2人は、このままぼんやりしていると、この屋敷が滅茶苦茶になってしまうことを思い出し、クロエの歓声とゼモキス氏の絶叫が聞こえて来る方へ急いだのだった。



***


 イズルたちが、叫び声が聞こえて来る部屋にたどり着くと、そこは寝室のようであり、ベッドの上では、ゼモキス氏がピーコちゃんの尻尾ともいえる大蛇に締め上げられていた。


「さあ、本物のゼモキスさんは、どこにいるの。白状なさい。」


 クロエの言葉に、ゼモキス氏は反応しない。


「なに無視してるのよ。さっさと白状なさいよ。」


「おい、クロエ!」


 イズルが叫ぶ。


「何なのよ。うるさいわね。今、取り込み中よ。」


「おい、ピーコちゃんの蛇が首を絞めてる。マズいぞ、チアノーゼになってる。」


 クロエはチアノーゼが何なのか分からないのか、イズルの言葉を聞いてもぽかんとしていたが、ピーコちゃんはクロエよりも言葉がわかるのか、すぐさま締め上げる力を弱めた。


「この女、殺す気か…」


 ゼモキス氏は、肩で息をしながら、クロエを睨みつけているが、クロエは一向に介すること無く、


「で、本物はどこなの。」


と質問を続ける。


「反省は無いのか…」


「ある訳ないでしょ。反省すべきは、あなたよ。」


 その不条理な言葉に、ゼモキス氏はクロエとの対話を諦めたようで、


「もういい。でも、ゼモキスは、この私だ。何を探しているのか意味が分からん。おい、ソロモンさん。この狂った女を、どうにかしてくれ。」


 だが、クロエがそんな主張を取り入れるはずが無く、


「嘘おっしゃい。どうせ、地下牢の中に閉じこめてるんでしょ。」


「地下牢なんて無い! 何を言ってるんだ。もう勘弁してくれ!」


 ゼモキス氏は半狂乱になりながら、クロエの主張を押し返そうとしたが、クロエは「泣いても喚いても無駄だから。見つかるまでピーコちゃんに縛り上げられてなさい」と言いながら、地下牢を探し始めた。



***


「地下牢はどこなの。いい加減に教えなさい。」


 イズルとピーコちゃんにゼモキス氏の見張りを任せて、家宅捜索を実行したクロエが、ゼモキス氏の寝室に戻って来て、相変わらずピーコちゃんに締め上げられているゼモキス氏を尋問する。


 クロエの決めつけに、ゼモキス氏は、こんなことなら地下室を作っておけば良かったというような後悔の表情を浮かべ、「申し訳ないが、地下室は無いんだ。無いものは無いんだ」と魂が抜けたように説明を繰り返していた。


 その光景を見てイズルは、シリアスな戦争映画でスパイが敵軍に捕まって拷問を受けるシーンを思い出した。


 そして、不条理さでいうと眼前の光景の方が上であることに、うっすらと寒気を覚えた。


「クロエ。」


「なあに。」


「必要なのは、本物のゼモキスさんを見つけることだろう。地下牢を見つけることじゃないんじゃ。」


「でも、閉じこめられるとすれば地下牢じゃない。他にどこがあるというの。」


 イズルは、いっそ地下室を作ってしまった方が早いのではないかと思った。


 そして、本物のゼモキス氏などいないことを証明するために全ての部屋を見てこようと思って部屋を出て行こうとすると、ナルヴィクが部屋に飛び込んで来て、妙な部屋があるから来るようにと告げた。


「地下牢が見つかったのね!」


 心ときめかしているクロエに、空気の読めないナルヴィクは一言、「地下牢を部屋とは呼ばないだろ」と告げ、さっさと行ってしまった。



***


 ナルヴィクが案内した先は大広間とでもいえる広い部屋だったが、テーブルなどは無く、大量の兜と鎧がセットにされて並べられていた。


 その不気味な部屋の中心にゼモキス氏は連行され、ピーコちゃんから解放されたと思いきや、床に倒れ込んでいるゼメキス氏に、クロエが馬乗りになった。


 そして、その周囲には、それをぼんやりと見ているイズル他1名と1羽が配置されていた。


「ここにある兜とか鎧は、弱いプレイヤーから奪ったんでしょ。知ってるのよ。」


 クロエが、ハッタリなのか決めつけて問うと、ゼモキス氏は頭が悪いのか、


「なぜ、それを知っている?」


と、あっさり罪を認めてしまった。


「どうせ、そんなこったろうと思ったのよ。大方、雑魚なプレイヤーでも捕まえられるラプトルを離して、それを捕まえてくれたプレイヤーに報酬は渡すけど、ここから程よく離れた場所で、ソイツを襲って、何もかも巻き上げてんでしょう。」


「なぜ、そこまで知っている? さては、お前、誰かに雇われた復讐者リベンジャーか?」


 イズルは心の中で、そんな追いはぎビジネスをやっているゼモキス氏もゼモキス氏だが、そのビジネスを瞬時に見抜くクロエもクロエだと言いたくなってしまった。


 これでゼモキス氏を私的処罰したあと、クロエがそこそこ上がりの良さそうなこのビジネスをやろうと言わないか不安で、イズルは胃痛が込み上げてくるのを感じた。


 しかし、ハッタリと当てずっぽうとは知らず、自分の中で勝手に恐怖を拡大しているゼモキス氏は、


「お嬢さん。お願いだから、命だけは勘弁してくれ。復活するための費用が、ここんとこ値上がりしてるから!」


と悲痛な叫びをあげている。


「嫌よ。冒険者掲示板を運営してる『ゼノテッラ・ヘラルド』にでも情報を渡して、ここら辺の追いはぎ事件の被害者の情報集めて、そいつらに連絡して被害者全員で焼き討ちしてやるわ。私、知ってるのよ。あなた、ここらの施設の権利をリーヴィズ社から買い取ったんでしょ。」


 クロエは、どこから持って来たのか数枚の書類をゼモキス氏の頭の上に降らせる。


 イズルが、床に落ちたものを見てみると、それは土地の権利証などであり、確かにリーヴィズ社とゼモキス氏との間で仮想現実世界の土地や施設に係る権利を売買する契約が締結されていた。


 そして、クロエは勝ち誇った魔女のように高らかに笑いながら、


「焼き討ちしたら面白いでしょうね。闇夜に街が燃え盛って、炎の明かりで朧げに山が浮かび上がるのは、さぞかし美しいと思うわ。そこに、あなたを十字架にでもはりつけにした一行が行進するの。ハロウィンに代わる新しいお祭りとして採用したらどうかしら。」


「許してくれ! 金は払うから。」


「いくら?」


 ゼモキス氏は、右手の指2本を突き立てた。


「たったの20日分? それとも指2本?」


 そう言ってクロエは、いつも手にしているステッキを器用に使って、近くにある鎧の側に置いてあったサーベルを取り、それに持ち替えて、刃をゼモキス氏の右手の指に押し当てた。


「ほら、いくらか言いなさいよ。」


「おい、やめろ、やめてくれ!」


 ゼモキス氏は、クロエの方を向いて懇願した後、立ち尽くしているイズルたちの方を見て、


「おい、お前ら! なにぼんやり眺めてるんだ。この猟奇的な女をどうにかしろ!」


 はり倒されているのに、まだ尊大な態度をとるゼモキス氏に、イズルは呆れながら、


「我々も、指を2本ずつ頂いても良いんですよ。別に誰が咎める訳でも無いし。それに、もし今あんたが、仮想現実から離脱したら、この街は全て灰燼に帰しますから。」


 イズルは、そう吐き捨てて、やっと優越感を覚えることができた。


「お前らは、俺よりも悪党だ。最低だ。」


「何とでも言えよ。悪党で何が悪い。ちゃんと手付金を支払わない奴の方が、よっぽど悪党だ。」


 と言ってから、イズルは、手付金の1日分が足りないからと言って実行したことにしてはやり過ぎかもしれないと思った。


 しかし、これもクロエと出逢ってからおかしくなったのであって、自分のせいではないと己に言い聞かせ、


「で、どうするんです。彼女が言うように、追いはぎビジネスの犠牲者全員で焼き討ち祭りを実行しても良いんですよ。そうしたら、あなたも晴れて有名人です。仮想現実世界の小物の犯罪者としては、最高峰でしょうから世間も注目するでしょうし、そうなったらリーヴィズ社も味方はしてくれないでしょうね。」


 ここで、呼んでもいないのにナルヴィクのカエルが出てきて、『トップ・オブ・ザ・ワールド』を熱唱し始めた。


 そして、力の入ったカーペンターズの曲が流れるシュールな空間で、ゼモキス氏は全面降伏したのだった。



***


「結局、最初約束した分と同じ、合計9日分の通信料とかしか払わせなかったわね。あなた、欲というものが無いの?」


 “ナマケモノ・ロープウェイ”を降り、3人で歩いていたとき、クロエが、先を行くイズルに向かって不満そうに文句を言う。


「あんな奴から金をもらったところで、汚れた金だからな。それに追いはぎされた連中に、こっちが恨まれても困るから、必要以上にはもらわない。」


 最後、ゼモキス氏が白状したところによると、今回の一連の犯行はリーヴィズ社から買った土地や施設などの借金に充てるためだったという。


 兜や鎧を転売して、リーヴィズ社が組んだローンの返済に充てようとしたとのことであった。


 彼は、大枚を叩いて作った観光地に人が大挙して押し寄せるだろうと考えていたが、世の中そんなに甘くは無く、ほぼ誰も来なかった。


 それもそのはずで、仮想現実世界にいる人間には、一緒に観光地に行くような友だちなんていないのだ。


 そう考えて、イズルは現実世界に存在する、ぼっちの自分を思い出して笑えて来た。


 だが、観光地経営には失敗したゼモキス氏であったが、代わりに新しいビジネスモデルを思いついてしまったのだ。


 そして、彼には悪事の才能があったのか、そのビジネスモデルは見事に成功した。


 ただ、軌道に乗って来たちょうどその時、追いはぎなどできないほどにレベルが高いソロモン王一行が仕事を請け負ってしまったので、いつもと手法を変えて、すぐにラプトルが見つかったことにしたのだったが、それが仇となってしまったのだ。


「イズルって、詐欺師のくせに、偽善者でもあるのね。まあいいわ。でもね。」


「何だよ。」


「医療の旅なんかより、犯罪を取り締まった方が儲かるんじゃないかしら。どう?」


 本気にしている感じを漂わせているクロエに、イズルは、


「モノは言いようだが、それは泥棒が泥棒から強奪しているだけのことじゃないか。嫌だね、そんなことは絶対にやらない。別に俺は詐欺師でもないし、偽善者でもないから、正義なんてどうでもいい。」


「正義じゃないわ。正義ビジネスよ。」


 この後、イズルはしつこくクロエから同じ提案を受けて心が折れそうになるのだが、そんな悪いことばかりの今回の旅で、イズルにとっては良いことが一つだけあった。


 それは、あの耳障りなカーペンターズ熱唱ガエルが、いつの間にか逃げ出してしまったことである。落ち込んでブルーになっているナルヴィクには悪いが、何度考えても、やっぱりカーペンターズは、そんなにりきんで歌うものでは無い。


 こうしてイズルは、その日ログアウトして現実世界に戻るや否や、『いつの日か現実世界でナルヴィクと会った時に一緒にやることリスト』の中から、カラオケを綺麗に抹消した。そして、やっぱりカラオケは一人カラオケに限ると、現実世界のイズルは心の底から思うのだった。

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