[ログ:1117]アリと共に去りぬ
まず、昨日、ナルヴィクから質問されたことの回答を。
ストップの呪文について、極めて小さいものというと、相手の生物の心臓のペースメーカー細胞でも良いんじゃないかとのこと。
それについては、この世界の統治原理〈ソースコード〉として、「個体判定」なるプログラムが存在し、個体の一部か否かによって成功が決まるというのがあるから無理なのだ。まあ、言ってしまえば、ゲームバランスを崩さないための設定である。
しかし、もしかするとサーバーの処理能力が高まれば、もっとこの世界も現実に近づくかもしれない。
何十年も前にGoogleがD-waveと呼ばれる量子コンピューターの実用化に成功して以降、コンピューターの処理速度は格段に高まった。
D-wave実用化のときは、一説によると従来のコンピューターの1億倍の処理速度になったらしい。
しかし、量子コンピューターは記憶媒体ではないので、その処理能力に見合った記憶媒体を作る必要があった。
僕は、専門家ではないので、ルビジウム原子の蒸気を使った記憶媒体よりも新しい媒体のことは分からないので、今のものはどれくらい能力が有るのだろう?
まあ、頭を使うと眠くなるので、技術の話はそれくらいで。
で、今日は、ナルヴィクが引き受けた建築についての依頼を達成するために一日中冒険した後、森の中で焚き火をした。
折角、全てを記録可能な仮想現実世界にいるのだから、たまにはブログではなく、このときの主観ログをそのまま動画としてブログに乗せることにしたい。
決して、書くのが面倒だからじゃないよ。
あと、僕は首が据わっていない子だから、画像がブレるのはご容赦を。
自分もチェックしたけど、パパが気合いを入れて撮ったホームビデオ並みに世界が動揺しています。
〜〜〜
(焚き火のパチパチという音が聞こえる)
僕:「今日の二足歩行の蟻さんたち、なんて名前だったっけ。」
ナルヴィク:「サメミテス族だよ。蟻なんて言ったら殺されるぞ。」
僕:「そうね。樹を食べるんだからシロアリだよな。」
ナルヴィク:「へえ、俺は見た目からして黒いカミキリムシかと思ってた。」
僕:「カミキリムシは、樹に穴はあけるけど消化はできない。シロアリは、体内にいるバクテリアが、なんと細胞壁のセルロースを分解して糖にできるのね。このバクテリアの動きが、抽象化して動きが速くなった象みたいで面白くて。動画あるけど視るか?」
(僕は、宙に四角を書いてウィンドウを開こうとする。)
ナルヴィク:「いいや。楽しめる自信無い。」
(ナルヴィクは、そのまま焼いている干し肉の方に戻る。)
僕:「ですよね。でも、サメミテス族とやらの建築技術には驚いたな。サンジバルの大樹をくり抜いて高層マンションみたいにしちゃうなんて、どんな前衛建築家も負けだよ。究極のエコ。くり抜く作業も食事だし。」
(ナルヴィクは、それを聞いて笑いながら、肉をヘッジホッグの頭蓋骨で作った皿に乗せる)
ナルヴィク:「これでキスカルデの市長も喜んでくれるな。あそこの都市の中にはサンジバルの大樹がいくつか残っているから条件としてもぴったりだ。」
僕:「でも、建築作業に来たサメミテス族に町を乗っ取られちゃうかもな。」
ナルヴィク:「縁起の悪いこと言わんでくれ。でも、そうなれば助けを求めに来るだろうから、さらに報酬もらえるな。」
(卑劣漢であるナルヴィクが、無邪気な笑みを浮かべる)
僕:「しかし、今日一番怖かったのは、蟻さんが樹を昇り始めたことだな。しかも、頭が爆発するなんて。ありゃ、一体なんなんだ。」
ナルヴィク:「寄生虫みたいなもんさ。現実世界〈リアル〉にもいるだろ。オルフィオコルディケプス属の菌類。あれが脳に到達しちゃった蟻は、洗脳されて樹に昇るんだ。そいで、菌は頭を破裂させることで胞子を遠くまで広げる。でも、感染率は、そこまで高く無いようだ。」
(字幕:僕は、一般の昆虫のことは知らないのに、寄生虫には詳しいナルヴィクにちょっとひいたので、悲しくなって視線を下げた。だから、地面の方が映ってます。自分の股間を見てるのではないのでご注意を。)
僕:「ナルヴィク。そんなこと知ってるから、一層モテないんだ。」
ナルヴィク:「それは、お互い様だろ。」
(ふてくされるナルヴィク。僕の視線は上がり、遠くを見る。赤い点が見える。)
僕:「しかし、よく見えるよな。“孤独の竜〈ドラゴン〉”の炎。」
ナルヴィク:「世界の灯台〈ファロス〉だからな。現実世界ではあり得ない生物。大きさは、富士山の2倍以上。ヒマラヤ山脈で採った環境データを参考にして、周囲の気流や天候などの計算もしているらしい。」
(仮想現実世界でのリアリティーを追及する“写実主義者”たるナルヴィクが、満足げな表情を浮かべる。)
ナルヴィク:「明日は、鼻〈ナズース〉の方角に向かわないと。」
僕:「了解。今は、鼻翼〈ナズーラ〉の方角だから、まだ遠いな。」
(孤独のドラゴンに一枚だけ残された左側の翼があるはずの暗闇の方を見つめる。微かに翼の一部分が炎に照らされて見える気がする。)
ナルヴィク:「森から出れば、アンテロを呼べるさ。奴に乗れば、すぐだろ。」
僕:「うーん。」
ナルヴィク:「人懐っこい、可愛い奴じゃないか。レイヨウみたいでカッコいいし。」
僕:「臭くて、人懐っこいのは、犯罪だす。」
(僕の視線が、ナルヴィクの向こう側に映る。ナルヴィクの後ろからは、翠水晶色の光の波が押し寄せて来る。)
僕:「ナルヴィク!鬼火蟻だ。」
(ナルヴィクは、顔が引きつり、後ろを振り向くや否や、炎の後ろに廻った。僕は、砂泳ぎの海竜の胆汁を瓶に詰めていたので、蓋を開け、一文字を描くように撒いた。火の粉が、地に着いた胆汁に舞い降り、その情熱が一気に広がり、一文字の炎の壁〈ファイアウォール〉が現れた。一息ついた僕の横を向くと、ナルヴィクが肩で息をしている。)
ナルヴィク:「今日は、蟻の日だな。何だって、こんな常緑樹の森に、熱帯の亡霊が漂ってるんだ。」
僕:「環境の変化だよ。火刑の呪術師〈シャーマン〉が、気温を上げてるんだって、尾腕の方角から来た賞金稼ぎが言ってた。自分の作りたい世界を、炎で彩られた世界を、創造しているんだって。僕たちも訪れたことがある学術都市カルナックスに。だから、尾腕の風が熱いんだ。」
(死の光が辺りを包んでいく。樹影が、岩影が、大地の形が、朧げな光で浮かび上がる。そして、鬼火蟻に補食された大小の動物たち。まず脚が、胴体が、最後に頭が光に包まれ、徐々に動きが止まり、大地に倒れ込み、形が削れていき、最後には骸骨が闇に浮かび上がって見える。死は彩られる。幻想の中で生きているのは、蟻だけである。)
〜〜〜
ごらん頂いて分かったと思うが、鬼火蟻のイルミネーションは本当に美しかった。これに包まれて死ぬのも、選択肢の一つとしてはアリなのかもしれない。蟻だけに。