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王様の杖  作者: りく
9/11

世界樹の事情・前編

 東から昇った太陽の光が、優しく部屋の中に降り注ぎ、中央に座す世界樹の木を暖かく包み込んでいた。


 いつもの祈りの時間。

 青流は一人、世界樹に祈りを捧げる。

 国の、いや世界の平和を願い、祈る。

 だが、枯れている世界樹の前では、もはやこれは単なる儀礼的儀式に過ぎない。

 それでも、彼は真摯に祈りを捧げ続ける。




「お前、この世界樹をどうするつもりだ?」


 本来王しか入れないはずのこの部屋に、耳慣れない凛とした声が響き、青流はゆったりと背後を振り返った。

 流れるような銀色の髪、輝く白銀の瞳を持つ美しい少女が、青流を真っ直ぐに睨み付けていた。

 彼女の背後にある大きな扉は閉じられたままである。重い扉が開閉する音は、全く聞こえなかった。

 不法侵入した銀の少女の態度は、非常に高圧的だ。


「どう、といわれても」

 どうといわれても、青流にはどうにもしようがない。

「その剣を持って、どうする気だ?」

 少女の視線は、真っ直ぐに、青流の背後に浮かぶ、実体のない巨大な剣に注がれている。


 それは、剣であり「杖」。

 この国の王たる証。


「どうにかできる物ならどうにかしたいけれど。

 --君、誰?」


 銀の髪、白銀の瞳の、純血の精霊族。

 精霊族は、滅多に人の前に姿を現さない。


 青流は初めて見るその姿に、微かに驚きの表情を浮かべた。


「このまま世界を滅ぼす気なら、私がお前を滅ぼしてやる」


 彼の問いには答えず、少女は呪いの言葉を残し、現れた時と同様、忽然と姿を消した。

「おやまあ、性急な」

 苦笑を浮かべ、青流は再び世界樹に向き直ると、意味をなすとも思えない祈りの儀を続ける。

 ふと、先刻の少女の言葉がよみがえる。


 「その剣を持って」、と少女は言った。

 成る程、と青流は笑う。大声で笑いだしたい気分だった。


 この剣を使う、という選択肢が、自分にあるのか。






「なあ、輝理」

 執務室で、処理済みの書類にひたすら確認印を押していた青流は、横の机で猛スピードで次々と書類を片づけていく、優秀な事務官に声をかけた。

「何でしょう、陛下?」

 鼻歌交じりにご機嫌で書類を繰っていた輝理は、中途半端なフレーズで中断されたことが不愉快だとでもいうように、ぶすっと青流を見上げた。


 国の内政を取り扱う司政宮で、実質トップとして仕事をこなしている輝理は、膨大な書類の山にも不平は漏らさないのに、こんな些細なことで怒ったりする。

 10年以上の付き合いになるが、未だによく分からない人物だ。

 多分おそらく気のせいではないが、彼はここ10年で年をとった様子さえもない。


「おまえ、これに触れたよな?」

 背後に浮かぶ巨大な剣を指さして、青流は続ける。


 王の証である、彼の「杖」。

 やっぱり10年以上の付き合いになるこの巨大な剣は、相変わらず青流の背後に浮かび続けている。幻であるそれに、青流は触れることができない。

 しかし、実体の無いはずのこの剣を、かつて輝理だけは掴んだことがあるのを、青流ははっきりと覚えていた。

 だから輝理になら、何とかできるだろうと確信を持って聞く。


「俺にも触れるようにならないか?」

 輝理はちらっと背後の大剣に目をやり、眼鏡を一度押し上げた。

「触ってどうするんですか?」

 探るような視線の中に、好奇心の色が見える。それを受けて、青流はにやりと笑って答えた。


「世界樹を、切ろうと思う」




「それ、剣ですが」

 小さく息を吐いてから、輝理はまじめくさった顔で青流に言った。


 青流の持つ「杖」は、杖ではなく剣だ。


「うん、知ってるけど?」

「剣は、木を切るものではないでしょう?」


 それは剣で、斧ではない。


「でもこれは、きっとそのためのものだろう」

 青流は不敵に微笑み、断言する。

 自分の発言に。疑いの片鱗も見せない青流の態度に、輝理は一瞬呆れたように見やり、もう一度眼鏡を押し上げた。

 けれども次の瞬間には、輝理の顔にも同じように不敵な笑みが浮かぶ。


「で、いつやりますか?」






 王様は「杖」を持っている。

 世界樹を守り、育てる「杖」を。

 

 青流は「杖」を持っている。それは終わりを告げるしるし

 彼女も「杖」を持っている。それは始まりを示すしるべ




 「杖」を持つ彼女は、暖かい金色の光に包まれていた。光の中心にあるのは、彼女の「杖」。

 それは、まだ小さい苗。


 彼女の持つ「杖」は、新しい世界樹そのものだった。






 青流は、王都にある中央駅ホームに降り立った彼女を見つけた。

 王都を中心に、東西南北へ4本のレールが敷かれていて、2つの汽車が走っている。それぞれの駅から中央駅へは、半日以上の時間がかかる。東西南北の4つの駅から、王都にある中央駅には、4日に1回しか汽車は走らない。

 しかしそれでも、国の外れから王都に来るには、この汽車を使うのが一番速かった。

 彼女が住む国外れの村から、乗り合い馬車で近くの一番大きい町へ出て、また馬車を乗り継いで、もっと大きな南の街へ行く。

 そこから汽車にのる。南の駅から王都までは、汽車で約半日。

 だから、ホームに降り立った彼女は、とても疲れていたのだと思う。

 15才になるはずの彼女は、あまり背が高くなく、痩せていて、もっと幼く見える。その様子は儚げで、彼女を王に迎えることに、青流は微かに良心の痛みを覚えた。

 もう少し自分が王として頑張っていられれば、とも思う。

 やはり15才で王位に就いた彼は、若くして王となることの苦労を、他の誰よりもよく知っている。


 だが、世界樹はもう限界に近かった。いや、とうに限界を超えているのだ。


 彼女は、きょろきょろと辺りを見渡す。その度に、彼女の黒い長い髪が揺れる。

 不安に揺れる彼女の瞳は、新緑の緑。まるで世界樹の瞳だと、青流は眩しそうに瞳を細めた。

 彼女が探しているのは、幼なじみの青年だ。青年の代わりに彼女を迎えにきた青流は、彼女が青年がいないことに気付く前に、彼女へと歩み寄った。


 彼女は、柔らかな光に包まれている。

 青流はその光の中央にある「杖」を見て、安堵の息を吐いた。

 ずっと、ずっと、彼女に仕え、彼女を守ると決めていたのに、彼女の姿を見たのは今日が初めてで、だから本当は、青流は少しだけ心配していた。

 彼女の持つ「杖」を、自分は見えないのではないかと。自分は、彼女に仕えるに相応しくないのではないかと。


 正式に王位につく前の王の「杖」を見ることができるのは、ごく一部の者だけだ。

 実際、彼の「杖」も正しく見ることができたのも、青流が知っている限り4人だけだ。

 彼女の持つ「杖」を見ることができる事が、すなわち王に仕えるに相応しいと言う証明だと、青流は思っていた。

 それを見ることができなければ、今までの全てが無になってしまうのだと。





 

「雪白さん?」

 自分の名前を呼ばれて反射的に振り向いた彼女は、しかし見知らぬ顔に会い、訝しげに首をかしげた。

 長い汽車の旅を終え、王都にたどり着いた彼女を待っていたのは、懐かしい幼なじみの萌葱ではなく、彼女の見知らぬ青年だった。

「初めまして、青流です。

 萌葱くんの代わりに貴方をお迎えに上がりました」

「あ、どうもありがとうございます」

 一瞬、言葉が遅れる。

 彼女の目線は青流を通り越し、彼の背後の巨大な剣に注がれている。青流はその視線に気付き、微かに眉を寄せた。

 世界樹のある王宮を離れてしまえば、本来見えないはずの彼の「杖」が、おそらく彼女にも見えているのだろう。


「さあ、参りましょう」

 青流の手がすっと伸び、彼女の荷物を手に取る。

 その一瞬、二人の手が触れあった。


 ふわりと、金色の柔らかい光が、二人を包み込む。


「え?」

「あ」

 雪白は驚きに目を見開き、青流は小さく微笑む。

 金の光が、空からゆっくりと舞い降りる。

 まるで、新しい王の到着を歓迎するかのように。


「ようこそ、雪白さん。

 我々は貴方を歓迎します、この国の新しい王」


 人々が行き交う中、青流は優雅に跪き、彼女の右手を取ってその甲に唇を落とした。

 遠巻きに、興味深げな視線があちらこちらから二人に寄せられたが、青流は微動だにしなかった。


 金色の光が、きらきらと舞う。

彼女は慌てて手を引こうとするが、しかし、しっかりと青流に手を握られていていて、それは適わない。真っ直ぐに見上げる青流の瞳から、目を逸らせずに、ただただ彼を見つめることしかできなかった。

 青流が立ち上がると、彼女はやっと硬直が解けたように口を開く。


「あ、どうもありがとうございます。って、は? お、王!?」

 驚いたように彼女は大声で叫び、後ろに数歩飛びさった。

 彼女は、幼馴染みに招かれて、王都見学にきたはずだった。ただそれだけのはずだったのに、どうにも様子がおかしい。

「あの、人違いではありませんか?」

 慌てる雪白に優しく微笑みかけながら、青流はゆっくりと首を横に振る。


「いいえ。雪白さん、貴女をお待ちしておりました。

 世界樹の王」


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