表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王様の杖  作者: りく
7/11

少女の事情

「世界は、滅びを迎えようとしている」


 嘆く様に、憂う様に、少女は呟く。


 世界の西で、激しい嵐に襲われる。

 東は渇水で、水不足に悩まされている。

 北で大地震が起こり、南でハリケーンが吹き荒れる。

 世界は不安定に揺れ動き、ゆっくりと病んでいく。


 彼女の故郷は、世界樹に守られた、豊かな森だった。

美しい緑を誇っていた森は、今やゆっくりと枯れていこうとしている。

 世界樹に、何かあったのだ。

 世界を守り、安定を図る世界樹。 

 それ以外に、彼女の森が枯れる理由はない。


彼女は白銀の瞳を縁取る美しい銀色の睫を伏せて、小さくため息をつく。

 銀の髪、白銀の瞳。

 彼女は、精霊の森に住む、既に滅んだとされている純血の精霊族。






 精霊の森は、清浄な空気に包まれていた。

 森の外の外気は、純粋な精霊族には毒だった。

 それでも彼女が外に出たのは、森への浸食が進んでいるからだった。森の緑が、徐々に、だが確実に蝕まれている。

 このままにしておくことは出来なかった。

 放っておけば、精霊族は完全に滅亡するだろう。世界の終わりを待たずに。

 だから、彼女は旅立った。

 けれどもいくら探しても、彼女の求めるものは見つからない。

 体は、徐々に毒に冒されていく。






 森の中で、少女は疲れた様に大木に寄りかかっていた。

 森の奥深く。

 ここまでやってくる物好きな人間はいない。

 なぜならここは迷いの森。

 うかつに入ったら、出られない場所だったから。




「貴方、具合が悪いの?」

 だから、声をかけられるとは思ってもみなかった。

 彼女に声をかけたのは、まだ幼い少女だった。外見だけなら、彼女と同じ年頃。

 その少女は、眩しい金色の光に包まれていた。


「お前、何を持っている?」

「? 何って?」

 少女は何も持っていない自分の両手を見やってから、木にもたれかかった銀色の少女を困ったように見つめた。

 銀の少女も、声をかけてきた少女を見つめ返す。


 豊かに波打つ黒い髪に、新緑を思わせる緑の瞳。

 年の頃は12、3歳前後。

 やせっぽっちで貧相な顔をしている、っと瞬時に眼前の少女を値踏みして、先程の眩しく懐かしい光は錯覚かと、銀の少女は目を瞑って小さく息を吐いた。

 疲れた。

 本当に疲れて、このままどうなっても良いと思っていた。

 滅多に出ることのない故郷の森を出てまで、ずっと探しているのに。

 森を、世界を救う光が見つからない。

 何年も何年も、彼女は探し続けていた。

 少女は、ゆっくりと重い瞼を落とした。



 



 銀色の少女が目を開くと、そこにさっきまでいたはずの黒髪の少女の姿が消えていた。

 深く、静かに息を吸い込む。

 清々しい空気が肺に入ってくる。

 ここの空気は、故郷の森と同じく清浄だ。体が安らぐ。


「え?」

 再び眠りに落ちようとしていた彼女は、はっとしたように起きあがると、辺りを見渡した。

 どうして、だろう。

 何故、ここの空気はこんなにまで澄んでいて、心地よいのか。

 どうして、ここの木々はまだ青々としているのか。


 そして、何故、自分はここに来たのか。


 彼女は立ち上がって、ゆっくりと辺りを見渡した。

 若々しい木々がそそり立つ。それは、故郷の木にも負けるとも劣らない、力強い生命力を持っている。

 体が、軽い。

 毒に冒されたはずの自分の体が、嘘のように楽に動かせた。

 少女は一歩、前へと足を踏み出す。

 惹かれるように、その足は森の奥にある湖へと向かっていた。






 森の奥にある湖は、煌めく宝石のように輝いていた。

 そこに黒い髪の少女が立ち、その周りをたくさんの動物が囲んでいた。彼女の肩には、たくさんの鳥が留まり、留まりきれない鳥たちが、上空をくるくると、回っている。

 中には、決して人には慣れないと言われる動物もいる。

 彼女がゆっくりと静かに近づくと、その気配を察して一瞬動物たちに緊張が走るが、彼女を認め、再び何事もなかったかのように少女に戯れる。


「ぁ、気がついた?」

 振り向いた、大きな緑の瞳が目に入った。

 なんて綺麗な瞳なんだろう、と、彼女は魅入られたようにその瞳の奥の奥までも覗き込む。


 新緑の瞳。


 優しく懐かしいその色は、彼女に故郷の森を思い出させる。


「大丈夫?」

 心配そうに、黒髪の少女が問いかけてくる。

 少女の足元にいた鹿は、足に怪我をしているようだった。甘えるように頭をこすりつけると、少女は優しくその頭をなで、ゆっくりと怪我をした足に手をかざす。

 暖かい金の光が、その手から発せられる。

 それは、優しく懐かしい光。全てを包み込み慈しむ光。


 やっとの事で、銀の少女は気付く。

 何故、自分がここに来たのか。

 ここが、何故こんなにも心安らぐ場所なのか。


 少女を包み込む、暖かい光。

 まぶしいその光に一瞬目を瞬かせ、彼女は、その光の元を確認するようにじっと少女を見つめた。


 先ほどは気づかなかった。

 金色の光。その中心にある、小さな小さな苗に。

 それは、銀の少女が探していたものだった。


「……世界樹」

 彼女は、呆然としたように呟いた。


 それは、世界樹の苗。世界を守る、ただ一つの希望。


「ねえ、本当に、大丈夫? 顔色が悪いよ?」

「私は、大丈夫です」

 再度の問いかけに、彼女は優しく微笑む。

 故郷の森を出て、初めて、自然に笑顔が浮かんだ。


「私の名は、銀麗。精霊族の長です」

 きょとんと自分を見つめる少女に、銀麗は苦笑する。


「貴方を、ずっと捜していました」


 世界を滅びから救える唯一の存在、新しい世界樹。


 それを持つ、世界の新しい主。


 彼女こそが新しい王、彼女の探していた癒しの光だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ