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王様の杖  作者: りく
6/11

少年の事情

「俺、王宮に行く事にした」

 村の中心にある、古い古い大木の下にたたずむ少女に向かって、少年は、親にもまだ告げていない決意を、真剣な面持ちで告げた。

「王宮?」

 目を瞑ったまま、大木を見上げるようにしていた少女は、ゆっくりと少年を振り返る。

「うん、しばらく会えなくなるけど」


 それだけが、少年には本当に気がかりだった。

 この小さな村で、天涯孤独の少女の味方が、自分しかいない事を少年はよく知っていたから。


「………淋しくなるね。でも、頑張って」

 それでも、少女はにっこりと微笑む。

 心配性の少年を、安心させるために。

「ああ」


 王宮に行って、金位になって、きっと、強くなるから。

 強くなって、守ってみせる。


 ――誰からも、どんな事からも。


 少年は、王宮を目指して旅立った。






「俺は、金位になりたいんです!」

 真摯な瞳で、少年は言った。


「それは頼もしい、頑張りなさい」

 青みがかった銀色の髪、紫紺の瞳の女性は、柔らかく笑って答えた。


「なら奪い取ればいい。いつでも受けて立とう」

 淡々とそう答えたのは、炎の髪に、深紅の瞳の女性だった。


 

 少年は、騎士宮を選んだ。






「おかしい。間違ってる。何でこの女の所なんかに」

 ぶつぶつと恨みをこめて呟いたのは、いつもクールで冷静なはずの魔法宮金位、紫蘭だった。

「彼の自由意志だ」

 騎士宮金位の朱夏は、カップにたっぷり入った酒を一気にあおると、あっさりと返す。

「そうですよねえ、彼なら司政宮でも十分に通用すると思うんですけど、残念だなあ」

 さして残念でもなさそうに、司政宮銀位の輝理が口を挟む。


 各三宮のトップ会談の会話である。(ただし輝理は金位の代理出席だ)

 話題になっているのは、今年の入宮試験で騎士宮、魔法宮の2宮に合格した少年についてであった。

 どちらに入るのか、少年の意思を確認したところ、せっかくトップ合格を果たした魔法宮を蹴って、騎士宮を選んでしまったのである。

 紫蘭が拗ねるのも無理はない。


 少年は、過去最高点を記録したと聞いている。

 がばがばと酒をあおる3人を前に、ただ一人ちびちびと酒を口にしていた国王青流がため息をつく。

 ものすごい勢いで減っていく酒樽に、微かに目眩を覚えた。


「間違ってるでしょう! 青流様! 何で、よりによって、この女なんて!」

 うっ、と、感極まった様に、紫蘭は涙を浮かべる。


 はっきりきっぱり、この女性の酒癖は悪い。

 朱夏と輝理は、いくら飲んでも顔色を変えない、脅威のザルだ。

 ちなみに青流は、人並みにしか酒は飲めない。

 彼らに付き合って飲んでいたら、青流なんてすぐに灰人と化してしまう。

 酒癖の悪い紫蘭も、他の二人と同じペースで飲めるのだから、やはりザルなんである。


「何かちょっと論点ずれてるよ、紫蘭」

「ずれてなんかいませーんっ!!

 何でこの女なんだー! うううっ。魔法宮は毎年人手不足だというのにーっ!!」


 それは、紫蘭が厳しいから。

 使えない人材は、切り捨てちゃうから。

 その代わり、魔法宮は過去最高の少数精鋭部隊、エリート宮だけど。

 対して騎士宮は、特に変化はない。

 トップがこんなんだから、代わりに銀位の騎士達が頑張って、騎士宮のレベルを維持しているのだ。


「で、その期待の少年は?」

 輝理に問いかける。理性が完全にぶちぎれた状態の紫蘭や、そもそも人事に全く興味のない朱夏に聞いたって、実のある話が聞けるはずもない。

「昨年夏に、洪水で被害を出した小さな村の出身で、なかなかの逸材ですよ。

 本人は、騎士宮か魔法宮を希望という事だったので、試験を受けさせましたが、合格最年少記録更新です。12歳といってましたが、まだ11歳だったみたいですしね。

 しかも、魔法宮はトップ合格で」 


「11歳!?」

 声をあげたのは紫蘭だった。知らなかったらしい。朱夏は面白そうに笑っている。

 朱夏が笑うのも珍しい。酒のせいだろうか。

 青流にも、それは初耳だった。


「受験資格は、12歳からだったよな?」

 それでも、かつて12歳で合格した人間はいないと聞いている。


 国中の者達が、一度は王宮を目指す。

 それは、この国が豊かで、安定しているからでもある。世界樹の存在が、王の存在が、国中に認められている事の証だ。

 だから、若くして各宮に入ることは難しい。


「まあ、良いんじゃないか? 面白いから」

「うわあああああ! もったいない、ホント、もったいない! 何でうちに来ないんだー!?」  


 いや、注目するところはそこではなくて、受験資格のない者を受けさせて良かったのかとか、入れちゃっても問題ないのかって事ではないのか?


「ま、私しか知らないことですしね。昨年の水害で、資料も紛失、役場も混乱。立証するのは困難かと」


 それを何でお前が知っているんだ、と思うのはいつもの事だから、青流は知らんふりをきめこむ。


「そこで、何でお前が知ってる?って突っ込み無いんですかー?」

 輝理が、不満そうに頬をふくらませる。


 酔っているのかも知れない。もちろん青流は、輝理を無視する。


「金位になりたいんだと」

 朱夏が面白そうに言う。その言葉に、青流は反応する。

「ええ? それは俺がもらうんだよ!?」


 いつか、朱夏を倒して堂々と金位を奪い取り、そして新しい王を迎えるのだ。

 それが、青流の望み。


「知らん。11歳も下の奴に負けたくなければ、腕を磨け」

「ううう、優秀な人材よこせーっ!!」

 紫蘭の叫びが響く。


 国の中枢を担うはずの金位によるトップ会談、その実態はただの酔っぱらいの集いであった。






「俺、騎士宮に行く事になったから」

「おめでとう!」

 少年の言葉に、少女は晴れやかに笑って祝いの言葉を贈る。


 少女に、少年の才能の有無は分からない。でも、彼の努力を、彼女はよく知っている。

 朝も昼も晩も、それこそ寝る間も惜しんで勉強に励んでいた事を知っている。

 だから、淋しくても、悲しくても、素直に少年の成功を祝う事ができた。


「必ず、迎えに来るよ」

 少年の言葉に、少女は驚いた様に目を大きく見開いて、微かに首を振る。

「迎えに来るよ。そのために、俺は騎士になるんだから」

「萌葱……」

 少年の名前を口にして、少女はその先を続けられずに、黙り込む。

 萌葱は真剣な眼差しで、少女を見つめた。


 彼は、少女に嘘をついた事はない。約束を違えた事など一度もない。

 笑って少年を送り出すつもりだったのに、それはもう難しい。

 目が熱い。

 何か口に出してしまえば、一緒に涙もこぼれ落ちてしまいそうだった。


「ずっと、どんな事があっても、守るから」

 その言葉に、少女は耐えられずに涙を流す。


 一人で頑張ろうと思っていたのに、泣かないと決めていたのに、少女の決意はあっさりと破られる。


「だからごめん。しばらく待ってて」

 泣きながら頷く少女に、少年は決意を新たにする。


 彼は、知っていた。

 少女が、まだ小さい、でも確かな「証」を持っている事を。


 それが、「杖」であることを。


 それは、王の証。――彼女は王なのだ。

 だから少年は、金位を目指す。


 王を守るために。

 いや、大切な少女を守るために。

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