魔法宮の事情
青樹歴3年。
新たな王、青流が王位に就いてから、3年。
この年、魔法宮に新しい金位が就任した。
うわあ、美人!
青流は、眼前に凛とひざまずく彼女を見て、素直に感動した。
真っ直ぐな青みがかった銀の髪は、腰まで伸びている。
長い銀の睫の下にある、愁いを含んだ紫紺の瞳。
透き通るような白い肌に、通った鼻筋、可憐な赤い唇。
文句の付けようのない美人である。
その人物が、彼の前で朗々と忠誠の言葉を発している。
「………。
王に生涯の忠誠を申し上げる。
杖持つ王、ん?」
青流さま、と続くはずだった。
だが、その言葉が、途中で止まる。
微かに、集まっていた魔法宮の者達がざわつき出す。
「杖?」
「ぁ、やばっ」
玉座の背後で、小さく呟く輝理の声が響く。
「これ、剣じゃ……」
バタンッ
彼女の呟きを遮るかのように、突然大きな音が響いた。
「あ、冬真さま! 大丈夫ですか? 衛兵! 誰か、冬真さまを医務室にお連れしろっ!」
大きな物音は、この日珍しく王宮に出仕した司政宮金位が倒れた音だった。
すぐさま、銀位の輝理が大声で衛兵を呼ばわり、騒ぎを大きくしてしまう。
慌てて、人が動き出す。
儀式も何もあったものではなかった。
タイミング良すぎ………。
魔法宮の新しい金位就任式は、こうして見事に中断されたのだった。
「危なかったですね。あそこで騒がれたらとんだ事になりましたよ。
まさか、彼女も貴方の「剣」が見える人だったなんて、驚きです」
ふう、と大袈裟にため息をついて、それでいて、輝理は全く驚いた風もなく言った。
「何でだ? 確か即位の儀の時に言ってたよな? これで普通の人にはみんな俺の「剣」が「杖」として見えるようになるって。即位の儀というのはそういうもんだって」
即位の儀とは、世に王様の杖を披露する儀式でもある。
本来、王様の杖は万人の目に映るものではない。それを、即位の儀では、広く人々の目にも杖を見せることができるのだ。
はじめ、青流は、彼の「杖」ではない「剣」を披露することに抵抗をみせていたが、輝理が杖にしか見えないから大丈夫と強く言うのに流され、即位の儀を受けたのだ。
実際、即位して後、青流の「剣」を「剣」と言った人間はいない。
青流には相変わらず「剣」以外の何物にも見えないのに、周りには不思議と巨大な「杖」に見えるらしかった。
「正確に言うと違いますね」
「ああ?」
「即位の儀は、世界樹に王となる事を誓う儀式です。それによって、本来見えるべき者にしか見えない「杖」が、万人に見えるようになると。まあ、それも貴方が王宮にいる間の事ですがね。
じゃないと、お忍びとかで外出なんてできないでしょう? ここに王様がいますよ、って宣伝してるようなものですから」
「じゃあ、王宮にいる者は、みんな俺の剣が杖に見えるんじゃないのか?」
「私には、それが剣に見えます」
「?」
何を当たり前なことを、と青流は首をかしげる。
輝理は、儀式を行う前から県が見えていた一人である。
「つまり、それが剣に見える人は、貴方がどこにいようが何していようが、それは剣に見えるんです。
稀ですけどね」
「よく分からないが、どういう仕組みなんだ?」
「さあ? 世界の理ですからね」
大業に肩をすくめて見せる輝理に、青流はため息をつく。
「便利な言葉だよ、それ」
「まあ、はっきりと言える事は、貴方の剣が見える人は、「王」ではなく貴方に真実仕える人間か、もしくは次代の王に仕える人間か、どちらかという事ですね」
「彼女は?」
「さあ?」
「お前は?」
「私はもちろん、次代の王に仕える人間ですから!」
キラキラと両目を輝かせている輝理に、青流は投げやりに言葉を投げる。
「あー、はいはいそうですよね。聞いた俺がバカでした。
で、どうするの? 彼女?」
「まあ、とりあえず話を聞いてみない事にはね」
「そうだなあ。まあ、仕方ないよな。このまま任命式を取りやめるわけにも行かないし」
「貴方は、王ではないのですか?」
銀髪の美女は、何とも戸惑った眼差しを、青流の背後にある「剣」から逸らさないで問う。
「王ですよ、一応」
苦笑して、青流は答える。
まあ、その疑問はもっともだろう。
「一応は余計です、一応は」
青流の言葉に、微かに眉を寄せながら輝理が文句を言う。
「一応?」
案の定、銀髪の魔術師は、その端正な顔を微かに顰めてみせた。
「ほら、余計だ」
輝理がぼやく。
「あー、まあ、つまり、早い話、臨時の王様って事です、はい」
「はあ?」
その回答が気に入らなかったのか、彼女は眉根を寄せて、微かに険の混じった視線を青流に、仮にも国王に向けた。
おそらく、生真面目な性格なのだろう。
「説明省きすぎですって」
輝理のちゃかす様な口調に、困惑したままの銀髪の魔術師は、彼をきっと睨み据える。
「臨時って、王に臨時などあるのか?
輝理、お前、変な事企んでるのではないだろうな?」
険呑な雰囲気の魔術師に、輝理は肩をすくめてみせる。
「何も企んでませんよ? ね?」
「多分ね。
少なくとも、私は何も変な事は企んでないよ。ただ、ここで次の国王を迎える準備をしているだけ」
「次の、王?」
「ちょっと、少しは私のフォローして下さいよ?」
不満そうに言う輝理を、青流は無視して続ける。
「これは剣だけど、私が世界樹に選ばれた人間だという事には間違いはないんだよ。
ただ、「杖持つ王」として選ばれたんじゃないってだけでね」
「どういう意味でしょう?」
銀髪の魔術師は、青流に真っ直ぐに視線を投げかける。
凛とした、厳しい眼差し。
こんな時なのに、青流は、やっぱり彼女は美人だ、などとのんきに思う。
「世界樹は枯れようとしている。
でも、まだ新しい世界樹を育てる環境にない。つまり、新しい王を迎える準備ができていないわけ。
そのために、新しい王を迎えるために、私が臨時の王として選ばれたみたいです」
「みたい?」
「断言できないから。
私には、世界樹の意志は聞こえないしね」
にっこりと青流が笑って言うと、魔術師は考え込む。
青流が王に就いて3年。
決してこの国が平穏だったわけではない。
若すぎる王。
世界を襲う天災。
それでも彼は、決して焦らずゆっくりと、でも確実に国を治めてきた。
天災から身を守るための土地改革に励んだし、飢饉対策の備蓄庫の整備も進めてきた。
他国の災害にも、進んで援助を行っている。
「『杖持つ王』が見つかったら、どうするのです?」
「うーん。見つかってはいるみたいなんだけどね、まだ8歳だっけ?」
青流は、輝理を振り返ってみる。
「そうですね、先月8歳になられたばかりです」
「というわけなんだよね」
それでは、玉座を譲るのは早い。
国のため、ではなく、その王にとって。
「貴方は、何故そこにいるのです?」
銀の魔術師は静かに問いかける。
玉座に。
本当の王ではないのに。
そこに座るべき人物が、別にいる事を知りながら。
「次の王が、座り心地良くなる様に、かな」
彼女の問いに、青流は素直に答える。
国のため、ではない。
あくまでも、次代の王のために、青流はそこにいるのだ。
その答えに、初めて魔術師は笑う。
「良いでしょう。貴方のその目的のために、私も尽力を尽くしましょう。
青流殿」
「……剣持つ王、青流様」
青流にだけ聞こえる様に、小さな声で彼女は誓う。
真実の誓いだから、嘘は言えない。
彼女にとって、彼は「杖持つ王」ではなく、「剣持つ王」。
「そなたに金の位を許す。
世界樹のために、国のために、王のために尽くす様に、紫蘭」
青樹歴3年。
剣持つ王に仕える、魔法宮の金位が誕生した。




