司政宮の事情
この国は世界樹によって守られている。
そして、世界樹は杖持つ王によって守られる。
だから、王様は杖を持っている。
世界樹を守る王様が、世界を守っている。
この国の王宮には、司政宮・騎士宮・魔法宮の三宮があり、三宮の長である各金位の三官が中心となり、この国を、国王を支えている。
中でも、司政官トップの金の司政官は、常に国王の側近くに控え、国王を補佐する重要な職であった。
「だから、何でお前が銀位なんだ?」
この国の国王、青流は玉座にふんぞり返って、実に不満そうに目の前に控える司政宮銀位、輝理に不平を言った。
王の間には、青流は輝理の二人だけしかいない。
そうでなければ、新米の王様の青流が玉座にふんぞり返ってなどいない。
一応、まだ大人しい王様を装って、王宮内の様子を探っている最中なのである。
年若い王である青流は、まだまだ王宮内で信頼を勝ち得ていない。
幸い、前国王は賢王で(世界にとってではなくこの国にとっての賢王という意味であったが)、その臣下についても、特にひどい悪官がいるというわけではないらしい(輝理談)。
だが、世界樹が枯れかけている今、今後の世界は各地で天変地異が襲い、世界は荒れてしまうのだ。(あくまで輝理談)
だからこそ、これから、徐々に人物を見極め、仲間を、信頼できる臣下を集めていかなければならない。次に就くはずの新しい王のために。
そう、青流はあくまでも臨時の王。
世界樹を守る、杖持つ王ではない。
その事実を知るのは、目の前にいる輝理と、青流本人と、彼の師匠しかいない。
そもそも輝理は、青流を王に迎えた張本人で、ある程度青流という人物がわかっている。
だから、今更輝理の前で青流が取り繕う必要はないし、第一、この王宮で彼の前くらいはくつろいでいなければ、青流の身が持たない。
自然、普段とは違って姿勢も崩れる。口調も砕ける。
「何で、と申されても? 実力ですとしか申し上げようございません」
しれっと言う輝理は、でも今持ってきている仕事も、本来であれば金位の司政官が持ってくるはずの仕事で、普段から平然と金位の仕事をこなしている。
司政宮TOPは金位。次席が銀位。そしてその下が白位となっている。
「金位」の定員は1名。金位は司政官の長である。金位を補佐する「銀位」は3名。「白位」は5名となっていて、以下一般職の司政官達が大勢働いている。
前国王の時代白位だった輝理は、青流が国王となって銀位に昇格した。
順当な昇格だろう。
だが実際のところ、同じ銀位の者達の中でも、輝理の能力はずば抜けていた。
事務の処理能力が全く違う。不要な物と必要な物との仕分けのスピードが違う。
そして、重要な事柄についての決断が早く、正確だ。それこそ、今まで白位でいたのが不思議なほどに。
青流が王位に就いたわずかの期間で、銀位の中でも、輝理の地位は皆が認めるほどに高くなっていた。
そして、今の金位は、前国王時代、同じ銀位の中でもただ長く前王に仕えたというだけの高齢な男が昇格している。
だが、それがとんでもない間違いだった、と青流は思っている。
今の司政官金位は、名前だけの官である。
青流が王位についてから、金位とは数えるほどしか会っていない。第一、顔も名前も覚えていなかった。
高齢のためか、病に伏せる事が多く、ほとんど出仕できないでいるのだ。
国の中枢を担うはずの人間が。
そんな人間ならいなくて良いだろうと青流は思っている。
ただ、国王なのに、今の青流にはまだそれだけの発言権を認められていない。
だから、本来金位の能力を持つ輝理が銀位のままなのである。
「何で金位じゃないんだ?」
納得いかない、というように青流は続ける。
いてもいなくてもどうでも良い金位なんて追いやって、さっさと輝理が金位になれば良いのに。
輝理がその気になれば、今の金位なんてほったらかしで、彼が金位になることもできるだろう。
周りの者達だって認めるだろう。現に、他の銀位達の何人かは、輝理に金位を勧めているのだ。
「私にも私の事情という物がございまして」
「なんだそりゃあ?」
楽しそうに笑う輝理に、青流は思いっきり不満をぶつける。
「司政官金位は、他の金位と違って、二代の王に仕えることはできないんですよ」
にっこりと笑いながら、輝理は答える。
司政宮と騎士宮と魔法宮。
その三宮のTOPは金位。
騎士宮と魔法宮の金位は、二代の王に仕えることができるが、司政宮の金位は、二代の王に仕えることはできない。
それだけ、司政官が王に近いからである。
国政の中枢を担う司政官の専政を防ぐためであった。
「それが?」
「あれ、言ってませんでしたっけ?
私の望みは、次代の王を守ることです」
「はいい?」
「じゃあ、何か? お前、俺を支えるだとかお前がいるから安心だとかなんだとか言って、俺を王に仕立てといて、手を抜いてるわけか?」
「えええ? そんなことないじゃないですか?
こんなに立派に仕事してる臣下に向かって、何をおっしゃるんですか?」
大袈裟に両手を広げて不満を表す輝理。それから、懐から白いハンカチを出して、目元に持って行く。
わざとらしすぎる。
だが、輝理にそれを言われると青流は詰まってしまう。
確かに輝理の仕事はずば抜けて優秀だし、文句の付け所はない。
その上で、青流の教育係までやっているのだ。
考えてみれば、(みなくてもだが)すごすぎる。
「うううん、でもなんか納得いかないぞ?」
「そうですか? 貴方だってそうでしょう?
次代の王を守るために、今、王様をやっている。
私も、次代の王に仕えるために、今は貴方に仕えている。
どこかおかしいですか?」
きりっとした表情で、輝理は青流に詰め寄る。
「うううん?」
おかしくないような気がする。でも、本当に?
何か、うまくごまかされているような。
「ま、良いじゃないですか、二人仲良く次代の可愛い王様に仕えましょう!」
うっとりとした表情で、輝理は元気よく言う。
「ん? 可愛い王様?」
青流の言葉に、あっと言うように、輝理は両手で口を押さえる。
「可愛い王様ってなんだ?」
「えっと、あれ? そんなこと言いました?」
ふんふんふん、と鼻歌を歌いながら、輝理はそっぽを向く。
完全にごまかしモード。もちろん、こんなんでごまかされるはずもない。
「ちょっと、待て! いや、そうだよ、そうだよな。俺は例外なんだ。
例外だから、王の崩御と同時に剣が現れた。
だけど本当の王様は、次代の王は、産まれた時から杖を持ってるんだな?
つまり、今現在本当の王様がいるってことかっ!?
しかも可愛い? 可愛いってなんだ? お前、何知ってるんだ?」
「てへっ?」
そっぽを向いたまま、小さく舌を出す輝理。
大の大人が可愛くはない。
「てへっ、じゃなあいっ!!」
「えっと、でもまだ御年5歳なんですよ。
それで国王って可愛そうでしょう?」
訴えかけるようなまなざし。
「5歳? わかっ!」
「貴方だって15歳だから、ま、私にしてみればそう変わりないですけどね。
でも、可愛いんですよお! もう、メロメロです」
夢見る乙女の如く、キラキラと光る目で輝理は言う。
はっきり怪しい。怪しすぎる。
「だ、誰が何にメロメロ? うわあ、壊れてるよこの人」
「ま、そういうことですんで、あと10年は頑張ってください」
「うへえ」
まだまだ、青流の王様稼業は止められそうにないのであった。




