王様の事情・後編
「信じてもらえませんか?」
悲しそうに、輝理が問いかける。
「信じるも何も、俺が持っているのは杖ではないし、何をどうやって信じるってんだ?」
青流は戸惑ったように言う。
相変わらず後ろを振り向いたまま、首だけ仰ぎ見る姿勢は、正直不自然すぎて苦しい。
だが、足が動かない以上、輝理を見るにはこの姿勢でいるしかない。
「この体勢辛いんだけど、いい加減放してくれないか?」
「じゃあ、王宮まで付き合っていただけますか?」
「はあ?」
「王宮に行って、世界樹を見てみませんか? それで貴方が納得できなかったら、すっぱり諦めましょう」
にっこりと微笑む輝理。
「……わかったよ」
いい加減首が痛くなった青流は、仕方なくそう答えた。
「これが、世界樹だって?」
眼前にそびえ立つ世界樹を見上げ、青流は驚いた声を上げた。
それも無理はない。
王宮の中央、そこにそびえるはずの巨大な世界樹。
その根は世界中に広がり、青々と茂った葉が、空を覆っているはずで。
でも、彼の目の前にあるのは、枯れた古木だった。
「世界樹を守るはずの王が、世界樹を枯らしてしまったんですよ」
淡々と、感情をまじえずに言う輝理の声が冷たい。
「だって、前の王は賢王で有名でっ!」
前王は、賢王で有名だった。
自国を富で潤した国王。それが、何で世界樹を枯らしてしまうというのだろう。
世界を見守るはずの世界樹が枯れるなんて、そんな事信じられなかった。信じたくない。
そもそも、王が世界樹を枯らすだなんて、信じられるはずもない。
それは、世界の理に反すことだ。
この世界は、世界樹によって守られる。世界樹の恵みが、大地を潤し、世界を発展させていく。
その、世界樹を守り育てるのが王だ。
そんな、青流の信じていた世界の理と、あまりに違う。
「前王だけではなく、歴代の王が枯らしていったんですよ。
何百年という長い時間をかけて、自国の繁栄の代償として、世界を犠牲にしていった。
もうこの世界樹では、世界を守れない。
事実、世界の端では天災が毎年のように起こり、その規模も大きくなっている。
世界樹の守りが薄れているから、やがて天災は広がり、王都にまでやってくるでしょう。
そして、世界は滅びに向かうのです」
「ちょっと待てよ! そんなのないだろう? それで俺に滅びの王になれって言うのか?」
あまりの発言に、青流は色をなくす。
いっそこの幻の剣で、世界に止めを刺せという事なのか?
「いいえ。貴方のおっしゃるとおり、貴方の持つのは杖ではなく剣。
つまり貴方は、世界樹を守る王ではない」
輝理が世界樹を眺めながら、静かに告げる。
「でも、今この時、世界に真に求められているのは、枯れた世界樹を守るための王ではなく、新たな世界樹を生み出す者を守る王なのです」
「新しい、世界樹?」
「そう、貴方には、新たに世界樹を育てる次の王を迎えるため、それまでの間、世界を王を守る剣になっていただきたいのです。
その為に、この世界樹が、最期に貴方を選んだのです。
だから、貴方が持つのは杖ではなく剣。貴方は剣持つ仮の王」
静かに告げる輝理の声が、静かに、深く青流の中に染み渡っていく。
「何だって、俺なんだよ?」
呆然としたように、青流は呟く。
輝理の言う事を信じたくはなかった。
でも、目の前の古木が、今まで世界を守り続けていた世界樹だと言う事は、何故か分かってしまった。
今まで自分も、世界の一員として、この古木に守り、包まれていたのだ。
それは、どこか自分の深いところで、すんなりと理解できてしまった。
自分は、この世界樹に、世界を守る事を託されてしまった。
あの巨大な剣が、その責任の重さを語っている。
そんな責を負うのが、何故自分なのか。
「私にもそれは分かりません。貴方を選んだのは世界の意志です」
枯れた世界樹を眺めながら、輝理は静かに答える。
「王様になっていただけませんか?」
枯れた世界樹。
信じていた王様が、これを枯らしたとは思いたくない。
自分に、この古木の代わりが勤まるとはとうてい思えない。
「だって俺は、王様じゃなくて、王様を守るための騎士になりたかったんだよ?」
諦めきれない夢がある。
毎日の厳しい稽古も、その為に頑張ってきたのに。
騎士宮をめざし、王を守る剣となるべく、頑張ってきたのに。
「何のために?」
優しく、静かに輝理は問いかける。
「王様を守って、この国を守るために」
青流は真っ直ぐに輝理を見て答える。
その為に、自分は頑張っていた。
でもそれは、王様になったって叶えられる夢。
むしろ今は、それこそが王様を守る唯一の選択。
そして、騎士になるよりずっと重い責を負う。
厳しく、険しい道だ。
「貴方は『剣持つ王』、真なる王を守るため、選ばれた臨時の王です。
今、王を、世界を本当に守るには、貴方が王になるしかないんです。
それでも、貴方はまだ王ではないとおっしゃるんですか?」
ひどい事を言っていると、輝理自身知っている。
王を守るために頑張ってきた少年が、王を守るために王になる事を拒めるはずもない。
「俺は本当の王様じゃない。これは杖じゃない、これでは世界樹は守れない、救えない。違うか?」
輝理から視線を逸らさずに、真っ直ぐに青流は問いかける。
王といっても、それは臨時の王。
本当の救いにはなれない。
「それは杖ではなく剣です。貴方の言うとおり、剣では世界樹は守れない。
この世界樹は、もう誰にも救えない。杖持つ王でもね。
貴方の剣は、ただ真なる王を守るために存在する。
それは世界樹を守る杖ではないが、王を守る杖です。
だから貴方は、王ですよ」
今この世に存在するのは、新しい世界樹を生み出す王ではなく、その王を迎える準備を整える王。
「これは剣でも、俺は王だと言うのか?」
「そうです。今この時、間違いなく貴方が王なのです。
それは、真なる王を守る剣、でも、民を守る杖でもある。」
ふう、と青流は小さく息を吐く。
「俺が王になれば、やがて世界樹を守る、本当の王様が現れるのか?」
「ええ、必ず」
「ったく、何だってこんな事に」
そう言って、青流は枯れた世界樹を見る。
「仕方ない、臨時だ。
王になれって言うんなら、なってやろうじゃないか。
次に現れる、本当の王様を守るため、俺が剣に、盾になってやるよ」
青樹歴元年白月の3日。
世界を守る、新たな王が即位した。




