表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王様の杖  作者: りく
2/11

王様の事情・後編

「信じてもらえませんか?」


 悲しそうに、輝理が問いかける。


「信じるも何も、俺が持っているのは杖ではないし、何をどうやって信じるってんだ?」

 青流は戸惑ったように言う。

 相変わらず後ろを振り向いたまま、首だけ仰ぎ見る姿勢は、正直不自然すぎて苦しい。

 だが、足が動かない以上、輝理を見るにはこの姿勢でいるしかない。


「この体勢辛いんだけど、いい加減放してくれないか?」

「じゃあ、王宮まで付き合っていただけますか?」

「はあ?」

「王宮に行って、世界樹を見てみませんか? それで貴方が納得できなかったら、すっぱり諦めましょう」

 にっこりと微笑む輝理。

「……わかったよ」

 いい加減首が痛くなった青流は、仕方なくそう答えた。






「これが、世界樹だって?」

 眼前にそびえ立つ世界樹を見上げ、青流は驚いた声を上げた。


 それも無理はない。

 王宮の中央、そこにそびえるはずの巨大な世界樹。

 その根は世界中に広がり、青々と茂った葉が、空を覆っているはずで。


 でも、彼の目の前にあるのは、枯れた古木だった。


「世界樹を守るはずの王が、世界樹を枯らしてしまったんですよ」

 淡々と、感情をまじえずに言う輝理の声が冷たい。

「だって、前の王は賢王で有名でっ!」


 前王は、賢王で有名だった。

 自国を富で潤した国王。それが、何で世界樹を枯らしてしまうというのだろう。

 世界を見守るはずの世界樹が枯れるなんて、そんな事信じられなかった。信じたくない。

 そもそも、王が世界樹を枯らすだなんて、信じられるはずもない。

 それは、世界の理に反すことだ。


 この世界は、世界樹によって守られる。世界樹の恵みが、大地を潤し、世界を発展させていく。

 その、世界樹を守り育てるのが王だ。


 そんな、青流の信じていた世界の理と、あまりに違う。 


「前王だけではなく、歴代の王が枯らしていったんですよ。

 何百年という長い時間をかけて、自国の繁栄の代償として、世界を犠牲にしていった。

 もうこの世界樹では、世界を守れない。

 事実、世界の端では天災が毎年のように起こり、その規模も大きくなっている。

 世界樹の守りが薄れているから、やがて天災は広がり、王都にまでやってくるでしょう。

 そして、世界は滅びに向かうのです」


「ちょっと待てよ! そんなのないだろう? それで俺に滅びの王になれって言うのか?」 

 あまりの発言に、青流は色をなくす。


 いっそこの幻の剣で、世界に止めを刺せという事なのか?


「いいえ。貴方のおっしゃるとおり、貴方の持つのは杖ではなく剣。

 つまり貴方は、世界樹を守る王ではない」


 輝理が世界樹を眺めながら、静かに告げる。


「でも、今この時、世界に真に求められているのは、枯れた世界樹を守るための王ではなく、新たな世界樹を生み出す者を守る王なのです」

「新しい、世界樹?」

「そう、貴方には、新たに世界樹を育てる次の王を迎えるため、それまでの間、世界を王を守る剣になっていただきたいのです。

 その為に、この世界樹が、最期に貴方を選んだのです。

 だから、貴方が持つのは杖ではなく剣。貴方は剣持つ仮の王」


 静かに告げる輝理の声が、静かに、深く青流の中に染み渡っていく。

 

「何だって、俺なんだよ?」


 呆然としたように、青流は呟く。

 輝理の言う事を信じたくはなかった。

 でも、目の前の古木が、今まで世界を守り続けていた世界樹だと言う事は、何故か分かってしまった。


 今まで自分も、世界の一員として、この古木に守り、包まれていたのだ。


 それは、どこか自分の深いところで、すんなりと理解できてしまった。

 自分は、この世界樹に、世界を守る事を託されてしまった。

 あの巨大な剣が、その責任の重さを語っている。


 そんな責を負うのが、何故自分なのか。


「私にもそれは分かりません。貴方を選んだのは世界の意志です」

 枯れた世界樹を眺めながら、輝理は静かに答える。


「王様になっていただけませんか?」


 枯れた世界樹。

 信じていた王様が、これを枯らしたとは思いたくない。

 自分に、この古木の代わりが勤まるとはとうてい思えない。


「だって俺は、王様じゃなくて、王様を守るための騎士になりたかったんだよ?」


 諦めきれない夢がある。

 毎日の厳しい稽古も、その為に頑張ってきたのに。

 騎士宮をめざし、王を守る剣となるべく、頑張ってきたのに。


「何のために?」

 優しく、静かに輝理は問いかける。


「王様を守って、この国を守るために」


 青流は真っ直ぐに輝理を見て答える。


 その為に、自分は頑張っていた。

 でもそれは、王様になったって叶えられる夢。

 むしろ今は、それこそが王様を守る唯一の選択。

 そして、騎士になるよりずっと重い責を負う。

 厳しく、険しい道だ。


「貴方は『剣持つ王』、真なる王を守るため、選ばれた臨時の王です。

 今、王を、世界を本当に守るには、貴方が王になるしかないんです。

 それでも、貴方はまだ王ではないとおっしゃるんですか?」


 ひどい事を言っていると、輝理自身知っている。

 王を守るために頑張ってきた少年が、王を守るために王になる事を拒めるはずもない。


「俺は本当の王様じゃない。これは杖じゃない、これでは世界樹は守れない、救えない。違うか?」


 輝理から視線を逸らさずに、真っ直ぐに青流は問いかける。


 王といっても、それは臨時の王。

 本当の救いにはなれない。


「それは杖ではなく剣です。貴方の言うとおり、剣では世界樹は守れない。

 この世界樹は、もう誰にも救えない。杖持つ王でもね。

 貴方の剣は、ただ真なる王を守るために存在する。

 それは世界樹を守る杖ではないが、王を守る杖です。

 だから貴方は、王ですよ」


 今この世に存在するのは、新しい世界樹を生み出す王ではなく、その王を迎える準備を整える王。


「これは剣でも、俺は王だと言うのか?」

「そうです。今この時、間違いなく貴方が王なのです。

 それは、真なる王を守る剣、でも、民を守る杖でもある。」


 ふう、と青流は小さく息を吐く。


「俺が王になれば、やがて世界樹を守る、本当の王様が現れるのか?」

「ええ、必ず」


「ったく、何だってこんな事に」

 そう言って、青流は枯れた世界樹を見る。


「仕方ない、臨時だ。

 王になれって言うんなら、なってやろうじゃないか。

 次に現れる、本当の王様を守るため、俺が剣に、盾になってやるよ」






 青樹歴元年白月の3日。

 世界を守る、新たな王が即位した。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ