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王様の杖  作者: りく
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世界樹の事情・後編

「私が、王様? これが、世界樹なの?」

 胸元の苗を見つめながら、雪白は呆然としたように呟いた。


「そう、その苗を貴女に育ててもらいたいのです。そして、世界を救って欲しい」

 輝理の言葉に、びくんと雪白は肩を震わせた。萌葱に視線を向ける。

 その、すがるような視線に、萌葱は雪白に近づいて、安心させるように手を握った。


「で、再生の儀をやって、新たに雪白を王に迎えたい、と?」

 凛とした銀麗の言葉が響く。

 再び、雪白の肩が震えた。


「ええ。再生の儀を行うには、貴女の力が必要ですから」

「私、王様なんて、……」


「ごめん、雪白。

 無理してならなくて良い、なんて言えない」

 すぐ横で、萌葱がきっぱりというと、ぎゅっと雪白の手を強く握る。


「今この世界に、君以外に王はいないから。他に代わりなんていないから。

 だから、頑張って、としか言えない。俺たちみんな、君のために出来るどんなことでもするから、だから、王になって」


 ぎゅっと、握りしめられた手が熱い。

 周りの視線が集まっているのを感じていたけれど、彼女はじっと俯いたまま世界樹の苗を見つめていた。


「それは、「苗」という名の未来。貴女の「杖」は未来を指し示すしるべ。

 どうか、王になって世界を未来へ導いてください」

 輝理の穏やかな声が、しんと静まる部屋に厳かに響いた。






 枯れてしまった世界樹の前に、青流が立つ。

 輝理が何事かを呟きながら、彼の背後の巨大な剣に触れる。きらきらと光る粒子が舞い、幻の剣は、ゆっくりと実体を現した。

 剣が実体化を始めると、輝理は青流から離れる。


 世界樹の前には、青流と、精霊族の長である銀麗の二人が並んでいた。

 少し離れたところに雪白と萌葱は立ち、二人をじっと見つめている。青流から離れた輝理が、雪白の横に並ぶ。

 彼らのすぐ後ろに、三宮の金位の3人である、冬真と朱夏と紫蘭が立ち、儀式の始まりを見守っていた。


 青流が、実体化して、浮かんだままの剣の柄に触れる。

 一瞬かっと眩い光が室内を包み、雪白は思わず目を閉じた。光が収まったのを感じ、目を開くと、一筋の光が剣を包んでいた。優美な剣が、彼の手に収まっている。

 それは巨大な杖でも、巨大な剣でもない。

 彼の手に合った、ごく普通の大きさの剣だった。


「さて、行きます」

 宣言するように青流はそう言って、剣を構えた。

 銀麗が、一歩世界樹に近づく。

「今まで、ありがとう」

 優しい口調でそう呼びかけてから、銀麗は古の精霊語を用いて、祈りの言葉を紡いでいく。


「朱夏、紫蘭、お願いします」

 輝理が、騎士宮、魔法宮のトップである二人に呼びかけると、二人は頷いて、雪白にはやはり耳慣れない、不明瞭な言葉を銀麗の言葉の上にのせる。

 司政宮金位の冬真は、ただ静かな眼差しでそれを見守っている。

 3人の声が重なり、調和し、やがてそれは一つの音楽を奏でていった。


 雪白の持つ苗が、その歌に反応し、淡く光を発する。

 青流が世界樹にゆっくりと剣を立てると、枯れた世界樹が勢いよく燃え上がった。鮮やかな赤い炎が、世界樹を包む。

 不思議と、熱の感じられない炎だった。

 赤い光の中で、世界樹が溶けていくようだった。


「雪白さん、お願いします」

 輝理が呼びかけ、萌葱が雪白の肩を優しく叩いた。

 彼女は一歩踏み出し、燃えさかる炎へと歩み寄る。

 銀麗が雪白に手をさしのべた。戸惑いながらも、雪白は胸元にある苗にそっと触れる。幻のはずの苗の、確かな感触があった。


 目の前には、赤い炎が燃え立っている。

 安心させるように、銀麗が小さく頷くと、雪白は思い定めたように、淡く金色に発光する苗を炎の中へと差し出した。

 炎は、あっという間に小さい苗を覆い隠した。

 枯れた世界樹が炎に変わり、小さい苗を包み込んでいた。力強い、けれども暖かな火だった。

 炎がゆっくりと収束する。まるでその炎を養分としたかのように、小さかった苗が、ゆっくりと大きくなっていく。

 苗が大きくなるとともに、金の光が力を増す。

 赤い炎は、金色の光に溶けて、やがて力を失っていった。部屋の中を、暖かくて優しい、金の光が覆い尽くしていく。

 炎が完全に姿を消した時、もう苗とは言えない大きさに育った新たな世界樹が、部屋の中央にしっかりと根付いていた。天井を突き抜けて、太く大きな枝が空へと広がっている。

 柔らかな金色の光が、世界樹を優しく包んでいた。

 きらきらと光る粒子が、まるで雪のように舞い降りる。

 一際大きな光の玉が、ゆっくりと雪白に降り注いだ。

 彼女の差し出す両手の上に降りたそれは、ゆっくりと形を変え、金色に輝く枝となる。

 30センチほどの長さの、世界樹の枝。


 それが、彼女の「杖」だった。






「私、本当は全然自信がありません」

 まだ明け切っていない空は薄暗く、城門の前に立って青流を見上げる雪白の顔に、不安の色が濃い。

「大丈夫だよ」

 不安そうに告げる雪白に、青流はにっこりと笑って答えた。彼の腰には、かつて「杖」だった剣がある。


 枯れた世界樹を滅し、その役目を終えた剣は、いつ現れたのか鞘の中に収まり、そのまま彼の手にあった。


「俺でも何とかなった。それに、君には萌葱も、輝理も、朱夏も紫蘭もいる。

 俺も、落ち着いたら戻ってくる」

 王位をスムーズに移行するため、青流はしばらくの間姿を消す事となった。王になった当初、若さ故に侮られていた青流は、今では誰もが認める賢王となっていて、いくら世界樹の王だと言っても、その跡を雪白が継ぐのは大変だろう。青流が側にいては、尚更だ。

 旅立とうとする青流に、雪白は困ったように笑いかけた。

 王になるしかなくて、それ以外の選択肢は、彼女に許されていなかった。


「俺は君を守る騎士だから。どんなことがあっても、これから先ずっと、君を守る。

 俺を、みんなを信じてくれないか?」

「……はい」

 しっかりとした口調で、雪白は頷いた。


 萌葱を信じている。

 そして、優しく笑いかける青流を信じている。

 二人が信じる、他のみんなも、だから信じられる。


 青流が嬉しそうに笑い、雪白の前に膝をついた。彼女の手を取り、その甲に自分の唇を寄せる。


「この剣にかけて、生涯貴女に忠誠を誓います」






 雪白が王となって3年。

 世界樹は、ゆっくりと成長している。当初、王宮を覆うくらいでしかなかった世界樹の枝は、今では国中にまで広がっており、世界樹の根は、国境を越え、もっと遠くにまで広がっていることだろう。

 世界樹の成長と共に、各地で起こっていた天災の数は減り、今年の農作物は各地で豊作を迎えたという報告を受けている。

 国はゆっくりと、だが確実によい方向へ向かっている。


 王としては未だ未熟な彼女も、徐々にではあったが、王として認められつつあった。


「失礼いたします」

 雪白の執務室に、輝理が入ってきた。休息時間にはまだ早く、雪白は訝しげな視線を彼に送る。

「謁見の間に、騎士宮に入りたいと言っている者が控えているんですが、いかがいたしましょう?」

 輝理の言葉に、雪白は顔を上げた。


 通常、司政宮金位でる輝理が、王に取り次ぐような内容ではない。

 物問いげな彼女の視線に、輝理はにっこりと笑顔を返す。


「銀色の髪の生意気そうな青年です」


 輝理の言葉に、はっとしたように雪白は席を立つ。


「すぐに会うわ!」

 そう言って駆け出す王の後を、のんびりと輝理が追う。

 勢いよく開け放たれた謁見の間には、既に魔法宮金位の紫蘭と、銀位の萌葱、騎士宮顧問の朱夏の3人が待っていた。

 騎士宮の金位は、現在空位。

 雪白の即位とともに、朱夏は金位を退いたまま、その地位を埋める者は現れていない。

 雪白は一通り室内を見渡してから、玉座の前に跪く青年の上で視線を止めた。


「さあ、どうぞこちらへ」

 輝理の言葉に、雪白は高鳴る胸の鼓動を感じながら、ゆっくりと玉座に着いた。


「顔を、上げて」

 微かに、声が震える。

 目の前の青年の髪は、流れるような銀色の髪。

 彼女の記憶にあるよりも、少し、長くなったようだ。

 ゆっくりと顔が上がる。

 真っ直ぐに向けられた瞳は、明るい空色。


「王様、騎士宮に入り、貴女をお守りするお許しをいただけますか?」

「ええ。

 貴方をずっと待っていました、青流さん」




 白華暦3年。

 王就任後ずっと空位だった騎士宮金位に、前国王と同じ名を有する若者が就任した。

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