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リオとジョセフ  作者: saiT
3/3

ジョセフ・シルヴィア・オルコットという十六歳

暑いですね三話です。

今日は、弟視点でお送りします。

小さい頃から兄はよく頭の働く人物だった。だからなのかもしれない。

鹿狩りをした時、ジョセフはいつも兄に先手を取られていた。罠を作って、獣道に仕掛けおく。そんなに難しいことじゃないのに、ジョセフの罠はいつも上手く作動しない。しかし兄の作った罠はいつもの如く、狩りに使用したあとは血生臭かった。

剣の試合でも、ジョセフは兄にはかなわなかった。元々、筋力も無いジョセフに剣を振り回すなんて大変なことを強いるまわりもまわりだったのだが。

馬を扱う技術でも兄との差は歴然だった。手綱を握っていて、足首を固定しても落馬するジョセフとは違う。

座学でもそうだった。他クラスの上流貴族から妬まれるほど、兄は優秀だった。

他人を惹きつけるカリスマさえも、兄だけしか持ち合わせてなかった。

様々な点で兄のリオの方が優秀だった。弟のジョセフはいつも二番、目立たない二番だった。

それがコンプレックスだった。

正装に身を包んだジョセフは、遠目から国王の謁見式を眺めていた。

シャンデリアがいくつもぶら下がり、あまりにも明るすぎる広間はジョセフの性には似合わない。甘い赤ワインを口の中で転がしながら、つい溜息をついてしまう。

誰もジョセフに注意を向けるものはいなかった。皆、今回の戦の立役者の武勇に聞き入っていたからだ。

わざわざ王宮に招かれた吟遊詩人は、興奮した面持ちで(うた)っていた。

「――彼が戦場を舞う姿は、かつて、我が国が内乱で混沌の極みにあった時代に、人々に平和と永久の安寧をもたらした三英雄の一人、『リヴィアーニアの騎士』、そのものでした。騎士の生き写しである彼が一度(ひとたび)剣を振るうと、その倍の数の敵の胴体が切って落とされ、そのもとには静かな微笑を浮かべた死神が訪れます。また、彼が一度(ひとたび)声をあげると、忠実な部下たちは目の前の障害を退け、主人に敵軍の大将……かの悪名高いアヒム・バーデンを討ち取る道をつくりだしました。彼自身も言っています、『これは、自分ひとりの力ではなく、家族のような存在の兵士たちによるものだ』と。つまり彼は、ただ、武勇伝を立てた若者ではなく、まさに人の上に立つことを義務付けられた、歴史に残る英傑となるべき人物なのでしょう――」

この戦は、二年前に始まったイムリス・リヴィアーニア戦争のほんの一つの勝利に過ぎない。

しかし、兄がここまで讃えられるのは、二百弱という少数の手勢だけを率いて、単身敵の本陣に切り込み、電撃的に手柄を打ち立てたからだろう。敗色続きだった東方戦線においてこの勝利は、数にしては一つだけだったかもしれないが、東方戦線全体として大きな意味を持ったらしい。

王宮には、そんな英傑と呼び声高いリオをひと目見ようと、様々な土地の貴族たちが足を運んでいた。つい最近まで、同じ貴族からは蔑んだ目で見られていたのに、一週間と経たずにこれだ。ジョセフは歯がゆさを感じてしまう。

僕なんて、まだ何もしてない。

全てにおいて先をいっている兄は、また僕とこうして距離を離した。

「珍しく、酔ってらっしゃいますな」

執事筆頭のアルベルト・ヨナタンが、背後からジョセフに優しく声をかけた。それに対して、ジョセフは小さく応える。

「顔が赤いのは、怒りのせいかもしれないけど」

ジョセフは寂しそうに笑顔を見せた。

こんな発言はアルベルトにだから言えることだった。他の使用人には、自分が兄に対してこんな醜い感情を持っていることは告白していない。当然、兄本人と父上にもだ。

手に持ったワイングラスを傾け、遠くに見えるシャンデリアに重ねる。

ここは広間の上階に位置する、広間を一望できるベランダだった。ここに続く唯一の出入り口には、兄の計らいでジョセフとアルベルトしか入れないよう人払いをしてもらっている。

兄はお人好しだった。

「こんな吟遊詩人の誇張した話に貴族が簡単に乗せられてしまっても良いと思うか?」

アルベルトは答えた。

「これは余興ですよ、ジョセフ様。貴族ならば、それぐらいは知っておりましょう」

どうしても、ジョセフは物事を卑屈に捉えてしまう。

多少、表情を歪めた。

「それは僕も含めてだろう?」

「はい、もちろんでございます」

申し訳なさそうな素振りを見せることもなく、アルベルトは続ける。その表情は微笑んでいた。

「大丈夫ですよ、ジョセフ様。あなた様にはしっかりと真実が見えているはずです」

たしなめているような口調に聞こえ、ジョセフは少し苛立った。

その感情を隠しもせずに、背後のソファーにどかりと腰を落とす。赤ワインを少し強めにアルベルトに押し付けて、そのまま溜息をついた。

ふと、眼前の小机に置かれた小説に目がいった。その瞬間に思わず、顔を手で覆ってしまった。

「あぁ、どうしてこんなにも腐った人間に育ったのかな」

「そのようなことはございません。ジョセフ様は、自分の欠点を直視できる人間です。素晴らしいお方です」

ジョセフが救いを求めている時に、アルベルトは手を差し伸べてくれる。だからこそ、彼が好きだった。

そんな彼に、ついつい甘えたくなってしまう。

「アルベルトは……そうだな、僕の良い点はどこだと思う?お世辞はやめてくれよ」

そうは言うものの、主人が感傷的な気分の時の従者は、主人のそれが上向きになるように努力を尽くすものだ。それをわかってて尋ねる僕は、やはり小物だった。

そして思い出した。

そう言えば、主人は僕じゃなかった。お父上だった。

従者は口を開く。

「ジョセフ様は優しいのです。そして、知っています。弱き立場の者たちのことを。それが、ジョセフ様の良い点では、ないのでしょうか?」

ジョセフは、他の従者が言っていたものと同じ答えだっただけに少しだけ失望した。

弱き者の立場を知っている……これは何も大層なことなんかじゃない。ただ、自分が弱いだけ。

彼らの、裏を見れば侮蔑と取れる発言に憤慨しないのは、まさしく自身の欠点を認めているからだ。というか兄のせいで、常に見せつけられてきたからだ。

皆が口にする、当たり障りの無いだろう長所を当てられても、まだジョセフは黙って聴いていた。

そして、とアルベルトは続ける。まるで、ジョセフの気持ちを汲み取ったようだった。

「さみしがり屋です」

それが嬉しかった。まだ、誰もそう言ってくれた人がいなかった。父上でさえ、兄でさえ。

「ありがとう」

はい。アルベルトは、ただ頷く。これがお世辞だとしても嬉しかった。その寂しさをアルベルトが薄々なりとも知っていることが、嬉しかった。そして、長所と言ってくれたことも。

それからは、自然と落ち着いた気持ちで兄の武勇伝を聞いていられた。



兄本人が国王直々に勲章を授与される儀式の時間帯には、まだ少し早い。もう小一時間も待たされていて、さすがにうんざりさせられてきた頃だ。

こちらに断って席を外していたアルベルトが、戻ってきてジョセフに耳打ちをした。

「ラファエーレ様です」

「父上が?」

思わずオウム返しに訊いていた。

アルベルトが頷く。

「確かにラファエーレ様で間違いございません。顔色は優れないようですが」

「わかった、すぐに入れてくれ」

ジョセフが言うと、蝶番の戸が開き、そこから杖をついて、脇を使用人に抱えられた父が姿を現した。

弱々しいその姿は、二、三年前までのオルコット家当主の立派な面影は無く、ただの老人のように見えた。それでも、ジョセフやおそらく兄にとっても敬愛すべき存在だ。

思わず席を立ち、父に駆け寄った。

「大丈夫ですか。お体の方は」

無用な優しさだというように、父はジョセフの差し伸べた手を振り払った。それよりも使用人に指示を飛ばして、自身のための椅子を用意させた。

そこに座ると、深く息を吐き出した。

「あぁ、大丈夫だ。だいぶん、楽になった」

ジョセフは父にソファを勧めたが、話はすぐに終わると言われ、拒否された。仕方なく、ジョセフは父と同じような簡素な背もたれ椅子に腰を下ろす。

アルベルトが、ワインを注いだグラスを父とジョセフに渡す。父はすぐにグラスに口を付けるものの、すぐにむせ返ってしまう。

数日前よりもさらに病状が悪化した。ジョセフは『敬愛していた』父の動きを観察しながら、そう思った。

少しして、父が口を開いた。

「リオを見て、どう思う?」

ジョセフは答えた。

「誇りに思います。素晴らしいことです」

これは、真実でもあり嘘でもある答え。

しかし父は口元を緩めた。もしかしたら、もうすでに父は人を見る眼を失っているのかもしれない。

「ジョセフなら、そう言うと、信じていた」

かすれた声だ。ひとつひとつの単語を言うたびに、引きつった息をしている。

「見ればわかるとおり、私の先は長くない。それでも、ここに来たのは、リオの栄光を褒め称えるためと、お前に対して、道を示すためだ」

なんとなく、意識はしていた。この瞬間に、ここに来るとも思っていた。

家族同士での殺し合いは、昔からあらゆる人間に好まれない。自分もしたいとは思わない。

しかし、こうもあからさまに言われてしまうと、怒りも湧いてくるもので。

兄は確かに天才であり、自分は非凡だ。それを覆すには、正攻法では無理だろう。

「……王都に、ある学院がある。そこで学ぶつもりはないか」

父も気づいているのだろうか。語尾が若干、震えている。

「あちらでは寮生活を送ってもらうことになる。しかし今通っている学院より、いくらか学ぶものも高度だ。もし、お前が描いているビジョンが明確で無いのであれば――」

ジョセフは立ち上がった。上から父を見下ろす体勢になる。笑顔を作った。

「父上。いつから明確なビジョンが無いなどと、僕が言いましたか?」

父が身震いをする。手から杖が転げ落ちた。

「僕のビジョンは、今も昔も変わっていません……それをお気づきだったのでは」

広間の方で、喝采が聞こえる。目は向けていないが、たぶん兄が現れたのだろう。

兄上、おめでとうございます。

兄上、ありがとうございます。

「殺し『合い』なんか誰も望んじゃいない。確かに、そうです。だからこそ、今回は大人しく王都の学院に身を置きましょう。才能に劣っている僕は、努力をするしかない。これを気づかせてくれたのは、兄です」

だったら、なぜこんなことをするのか。

父は目線だけで訴えてきた。

口の端からワインが垂れていますよ。だらしない。おや、鼻からも。

「置き土産です。兄上は、僕を疑いもしないでしょう。彼は僕のことを信じているようなので」

いままでどこにこの残虐さが潜んでいたのか、ジョセフ自身にも分からなかった。

だだ――。ジョセフは溜息をついた。

「寂しい」

その器に入っていた感情だったことは確かだ。

瞳をこちらに見据えたまま、父は絶命した。半開きの口から赤の液体が滴っていた。

「アルベルト」

「はい」

名前を呼ばれた従者は冷静だった。さきほどまで主人を抱えていた従者も同じだ。俯きはしていたが。

「身体を綺麗にし、ベッドに寝かせておけ。父上は、突然亡くなられたようだ。僕たちは、何も知らない」

「かしこまりました」

もうひとりの従者の肩に手を置いた。彼ははっとしたように、こちらを振り返る。

ジョセフは爽やかな笑顔をみせた。

「僕たちの側へようこそ」


……兄上を超えたところ。もしかしたら、見つけたかもしれない。

そう、謀略だ。




初期の設定とだいぶ変わってしまった……。弟さんは、げすいね笑

まぁ、どうにかなると思います。

アドバイス、感想、評価お願いいたします。


相変わらず、ある程度反響があったら次の話を投稿することにしますー

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