リオ・シャルネ・オルコットという十八歳
はい、ぼちぼち進めていきますのん。
不定期ですよ、そこだけ気をつけて読んでくださいー
イムリス国との国境、母国リヴィアーニア王国からすれば辺境とみなされる地域に父は領土を所持していた。
広大な領土に似合わず土地はやせ細り、そのせいか人口も集まらない。そんな不毛な地域を管轄している貴族の立場が高いわけがない。
リオ・シャルネ・オルコットは、それが不満でたまらなかった。
学院に行けば周りからは蔑んだ目で見られるし、剣術ではいくら強くても評価はされない。むしろ、試合では八百長を持ちかけられる始末だ。当然、そんな状態では結婚の話も出ない。
十八といえば、男女ともに結婚適齢期だ。相手の爵位は高ければ高いほどいい。
だが、自分にそんな出会いはもたらされない。舞踏会にはまず呼ばれず、それに必要なコネもない。
どれもこれも父のせいなのかも知れない。しかし、長男である自分が父を裏切ってはならなかった。
この家を守りきるために、自分は全力を尽くさなければならない……。
その信念のもとに生きていた。
遠くに見えていたカラス達は、リオたち一団の馬車が近くを通るとこれでもかと騒ぎ始めた。
どうやら、死体を貪っていたらしい。あちらこちらで死体は転がっているものだから、見ずとも自然と察しがつく。
「不吉で、不気味だ」
「まったくですな。これでは、我が軍の士気も下がるというものです」
となりのアメーテ男爵将軍が、こちらの横顔を確認しながら繋げた。
リオは正面の小窓を見つめたまま、頷きもしなかった。
アメーテ男爵将軍が言った。
「リオ様はこのような遠征はお初でしょう。病弱のお父上に変わっての出陣だということですが、今まで、出陣のご経験は?」
相手の口調で何を言わんとしているかは察することができる。
今まで一人も人間を殺めたことが無い人間が戦場でくれぐれもでしゃばるなよ、と、こう言いたいのだ。
相手はこちらをからかって楽しんでいる。それに乗るだけ、無駄だ。
この将軍は、軍人から領土を保有する貴族へと華麗なる出世を遂げた人物だ。俺のような辺境でくすぶっている貴族を見下すのもわかる。しかし、今回共闘すべき相手に、ここまであからさまな差別を向ける必要はまったくない。となると、この成り上がり者の本性が顕になってくる。
……これだから差別主義者は。リオは内心、悪態をついた。
正式な爵位だと、こちらの方が上だという事実が分かっていないのか。
リオがいつまでたっても返事をしないでいると、アメーテ男爵将軍は腕を組み始めた。
「今回の作戦は、国王陛下の直々のご勅命です。指揮官二人が親睦を示すのが、最善の策だと思うのですが」
「初陣です。これでいいですか?」
バッサリとした言い方で答えた。相手は満足するや否や、今度は自慢話を始めた。
「私の齢は、三十二を数えますが、これまで三十回は場数を踏みましたぞ。当然、その殆どが前線に立って敵を斬り伏せてきたものばかり。前回の戦では国王陛下から、直々に銀勲章をいただきました。あの銀勲章ですぞ」
「それは素晴らしいことです」
感情のこもってない賛辞を送る。相手はムッときたらしい。
「リオ様。嫉妬はよろしくございません。すぐに功績は稼げますよ。なに、戦場で死ななければ、ですが」
最後の方で、小さく笑った。
なんだ、ただのナルシストじゃないか。
リオは呆れて、返す言葉も無かった。
こんなのと共同戦線を組まなければならないとは、勘弁してくれよ……。
確かに周りの言う通り、彼は優秀な将軍なのかもしれないが、それは一人の戦士としての話だ。指揮官がここまで天狗のようなやつだと、部下も思いやられる。
将軍が自慢話を再開するのに合わせて、リオは視線を小窓に送った。小窓の下半分は御者の後頭部で埋まってしまっているが、上半分では、近づきつつある戦場で幾本もの煙が昇っているがわかった。作戦通り、先頭の火花はすでに切り落とされているらしい。
我が軍が近くにある丘の頂上から、侵攻を続ける敵に対して火砲を加えているということだろう。
「このあとの手筈は理解していますか、将軍」
話の腰を折るようで申し訳ありませんが、とセリフを入れるのも忘れない。
「あぁ、わかっている」
自己に対する賛辞をさっきから続けていたためか、将軍の態度はいくらか大きくなっていた。儀式的とは言え、貴族間の会話で敬語を忘れるとは……やはり貴族生まれじゃない奴は礼儀知らずの者が多い。
しかも、俺を年下で、人間の血さえも触れたことがない骨なしと思って、舐めている。
将軍に向かう嫌悪感を抑えながら、リオは、アメーテ男爵将軍参謀としてあてがわれた役を全うしようとした。
「我々は、別働隊の左翼を担います。本隊は、あの様子ではまだ接敵していないようですので、別働隊右翼のダミアン子爵隊、ドニス将軍隊と合流したあと、待機となり――」
「わかっている。全て、わかっている」
ぞんざいに将軍は手を振った。
「リオ子爵。あなたは、私についてきたまえ。私の武勇を聞いたのだろう?」
「……では、そういたしましょう。父上からはあなたの指示に従えとの命令がありましたので」
こう答えておけば、まず安心だろう。ただ、父から授かった部下たちには、くれぐれも俺の命に従うようにと伝えておこう。こんなのにくれてやる部下の命はない。
あちらが実戦経験だとすれば、こちらには近々三百年の軍事書を読み漁り、研究した知識と、後は自分の剣の腕がある。
どちらが優れているか、この初陣で試してやろう。
別働隊は付近の森林に身を潜めていた。馬車の轍がいく筋も続いている道を選び、進んでいく。運の良い事に味方の死体はどこにも転がっていない。敵の斥候に見つかることも無かったようだ。
死体の代わりに迎えてくれたのは、ランタンをもった現地の農民だった。
「ダミアン様、ドニス様はこちらにいらっしゃいます。馬車からは降りていただけますか?野営地には、全将兵分の馬をご用意させていただいていますので」
真っ先に馬車から下車すると、他何台かの馬車の荷台にすし詰めにされた状態の兵士たちに声を掛けに向かった。
「楽しい移動、とは行かなかっただろう?すまないな」
リオが言うと、疲れた表情の兵士達を押しのけて一人の男が荷台から飛び降りた。部隊長のひとり、メディ・ブリュッセルだ。彼はまっすぐにこちらを見つめると、静かに敬礼した。
「いえ、リオ様。日頃の鍛錬に比べれば、当然たいしたことはございません。それより、リオ様こそお体の方は大丈夫ですか?なにより――」
「なにより、初めての遠征だから?」
次に言う言葉を先読みして、当ててみせた。メディが目を見開いた。
「あの、アネーテとかいうおっさんにも同じことを言われたよ。全く」
「失礼しました」
再び敬礼をしなおす彼に、少しだけ笑いがこぼれた。
「別にいいさ。あちらは皮肉、メディは俺に対しての心配だ。同じ言葉でも中身は百八十度違う」
十ほど年上の仲間の肩を叩き、他の仲間たちにも目を向けた。
「お前らもメディの余裕を見習え。こいつはまだお前らみたいに死んだ顔してないぞ」
そう言うと、兵士達の視線がメディ本人に集中した。彼は照れる素振りもなく、声を荒らげた。
「貴様らは、人の顔でも覗いている暇があったらさっさと点呼でも始めろ。ラファエーレ親父様御子息の初陣をそんな体たらくでどうするというのだ!」
一人の部隊長が声をあげると、もうひとりの部隊長も立ち上がり、荷台から降りた。リュドヴィック・マンセルジュだ。
「メディ!お前は、さっきまででっかいイビキかいて寝てただろうが。だからそこまで元気なんだ!よくあんな男臭い中で眠れるな!」
リュドヴィックの背後の兵士たちがそうだそうだと、はやし立てて笑った。そして、もうひとりの部隊長も、こちらに敬礼をする。流石に最低限の礼儀は忘れない。
「黙れ、リュドーとその兄弟ども。兵士たるもの万が一に備えてどこでも休養できるようにするのは、当たり前の技術だ。ママの膝枕で寝てるお前らは、もう兵士でも何でもない!」
おぉー、と今度はメディの兄弟が反応した。
一色触発じゃないか。これぐらいの元気があれば、問題ないだろう。
二つの部隊が殴り合うよりも先に、リオは鶴の一声を発した。
「並び、点呼をとれ」
そこからの行動は実に早かった。先ほどの掛け合いで元気を取り戻したのだろう、キビキビとした整列と点呼の掛け声が森林にこだました。
「勇ましいな、我が兵士とは比べ物にならんな」
アメーテ男爵将軍は、やり取りを大木に寄りかかりながら観察していたらしい。馬車の中にいた時に羽織っていたマントを脱いでおり、その姿は漆塗りの鎧に覆われていた。
リオが振り返ると、将軍は馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「しかし、こうも田舎者臭いと戦いにくかろう?」
メディとリュドヴィックは突如言い争いをやめ、将軍に寒い視線を寄越した。他の兵士たちも同様だ。
「すでに、我が方の兵士は野営地に向かっている。しかし、貴軍の兵士がここでいつまでも道草を食っていたのでは、あなた方が腰抜けと思われても仕方がないな」
「お言葉ですがね……」
リュドヴィックが足を一歩踏み出した。それをメディは目の前に腕を突き出すことで制す。しかし、メディ自身も小さく「クソ野郎……」と呟いていた。
リオは部隊長二人の意思を汲み取り、静かに反論する。
「これは道草を食っていたのでは無いと、あなたならばはっきりと分かっていたはずです。過去、数百年の歴史において、将校が兵士の士気を上げるという行為をするのはいささか普通のことだとは思いますが」
「それが『士気を上げる行為』?ハハ、笑わせるな。どう見ても、田舎者の田舎者らしい口喧嘩では無いか!」
いちいち人の神経を逆撫でにする言い方だった。思わずリオは、腰にぶら下げた長剣を引き抜いて、将軍につきつけていた。
「おいっ……」
将軍もさすがの身のこなしで、鞘に手をおいて、いつでも戦闘に入る体勢を作り上げていた。
だが、これで相手は何も言うまい。
「……お忘れですか。あなたに今、剣を向けている貴族はあなたより一つ、爵位が上なのです。辺境とは言え、ここ数年で地位を築き上げてきたあなたとは中央とのコネクションの数も違う。軍法会議になれば、どちらが処刑に値するか、あなたも無能では無いでしょう?そして、我がオルコット一族はこの国家の建国以来、四百五十二年に渡り、大国ひしめく東方からこの国家を盾として守り抜いてきた。この重みもあなたとは違う。わかるかっ!」
最後に目の前で剣を振るってみせる。もはや、相手に抵抗する意思は無かった。将軍が怯えた顔になったのは、瞬間的に理解出来た。
「と、とにかく。リオ様は私の参謀であります……さ、作戦に支障のないよう」
それだけ言うと、足早に去っていった。
十分に距離が離れ、こちらの声が聞こえないと判断すると、背後の兵士たちは沸き立った。
「将軍のあの表情見ましたか?してやりました!さすがですな、リオ様!」
メディが満面の笑みでリオを褒め称える。リュドヴィックもまた同じだった。ただ、少し冷ややかな様子。
「確かにオルコット一族、さらには私のリュドヴィック家もこの国家の勃興当時から存在しますが、中央に生まれ落ちない限り、または中央に相当なコネクションがない限り、国家の風当たりは厳しいままですね」
そう。あの将軍は確かに貴族階級の新参者だったため、こんなハッタリが効いたが、実際のオルコットは弱小貴族だった。
長らく隅に追いやられてきた辺境の者。父上も祖父もそんな中、失意の中、過ごしていた。父上はこの地位から這い上がろうと努力したが、それを他の貴族に踏みにじられた。今の体調不良もそれが原因だろう。
しかし、この戦から全て変えていく。父上のように計略を食らってもいい、泥水を飲んだっていい。
俺は、この一族に忠誠を誓った。それを貫き続ける。
「コネクションを築く財力がなければ、それを国王から頂ければいい。名声を得たければ、奪い取ればいい。他の者達の手柄は全て俺、リオ・シャルネ・オルコットが新たな武勇で塗り替えてやる」
「……大砲が」
兵士のひとりが呟いた。
「大砲の音が止みました」
確かにあたりは異様なほどに静まり返っていた。すぐに敵本隊とリヴィアーニア王国軍本隊との戦闘が始まるだろう。
まだ、オルコット家の出番は無い。しかし、もうすぐだ。
「いいか、この戦いは俺と同じくオルコットに忠誠を誓ったお前たちの戦いでもある。ここから俺は始めるぞ。いつか……本当にいつか……俺はこの国家の国王の座をもらう。それまでは、オルコットを辺境だと名乗ってやれ。相手に油断をつくりだせ。すぐさま、逆襲は始まるのだから」
「はっ!」
リオは長剣を胸の前にかざした。家の刻印が刻まれたその剣。この剣が、真っ赤に染まってこそ、オルコットの栄光は日々近づいてきていると納得できた。
なんか反響あったら、次の話も頑張っていきますー
反響なかったら、そのままフェードアウトするかもですー
追伸 これで最低限ノルマ達成しましたよね部長!?