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薬師チャティスと狂戦士と  作者: 白銀悠一
第二章 虚構の王と平和の王女と
9/62

市場騒乱

 そそくさと朝食を摂ったチャティスは身支度を整えると、ふふんと鼻歌混じりに宿を出た。

 魅了の呪いで気落ちしていたとは想像つかない足取りで、待ち合わせの場所へと急ぐ。

 クリスは今朝すぐに調査と言って街に繰り出してしまい、また狂戦士の件については伝え忘れていた。


(でもクリスなら大丈夫だよね。なんたってバーサーカーだもん)


 そこで安心してしまうのがどこかズレているのだが、るんるん気分のチャティスは気付かない。

 今彼女の頭の中はミュールに会うことでいっぱいだった。

 キチュア以来の女友達である。楽しみでない道理がない。

 それにキチュアはいちいち母親のように小言を言ってくる。自分の素晴らしさに嫉妬しているのはわかるが程度を考えて欲しいものだ。

 と、キチュアが怒り心頭になりそうなことを思っていると、丁度待ち合わせの階段へと辿りついた。


「お、おお」


 あまりの眩しさに声が漏れ出る。

 チャティスの視線の先には煌びやかな太陽が立っていた。否、朝の守護者ではない。

 ミュール・アリソン・クレイセンツ。異性だけでなく同性ですら感嘆の息を吐いてしまうほどの美貌を持つ少女だ。

 自意識過剰な井の中の蛙、チャティスでさえも容姿では負けていると実感している。

 ただまぁ頭の方はどうか。王女と天才ならば、やはりチャティスの方が優れている気がする。

 などと悦に入っているチャティスにミュールは輝かんばかりの笑顔をみせて、嬉しそうに挨拶してきた。


「チャティス。来てくれたのですね」

「王女様のお願いとあらば聞かない訳にはいかないよ」


 声を潜めてミュールに応え、チャティスは金髪の少女へと接近する。


「で、どこに行くの? 歩きながら話そうよ」

「ええ。そのつもりです。まずは市場を視ようかと」

「市場……! お魚や野菜、お肉が並んでいるところだよね!?」

「え、ええ。聞いた話ではそうらしいのですが……存じてない?」


 旅人だとチャティスを勘違いしているミュールが不思議そうに訊いた。

 う、と言葉に詰まるチャティスだが、見栄を張っても仕方なし、と正直に無知を白状する。


「じ、実は田舎から出てきたばかりでよくは……」

「ふふ、ならいっしょに楽しめそうですね。……願わくば」


 嬉しさの中に不安を滲ませて、ミュールは歩み始めた。



「おお……」


 本日二度目の感動。

 チャティスは大量の人が行きかう市場に心を奪われていた。

 クレストとは違い、人が多い。出店が立ち並び、主に女性が魚や野菜などの食料品を購入している。

 これぞ田舎とは違う大都会。自分で芋ほりを行ったり、畑から直接食べたくもない野菜を取ってくることもなく、金品で売買をする都会的ロマン。

 きらきらと人のやり取りを見つめるチャティスへ、ミュールが意外そうに声を掛ける。


「そこまで興味深いものでしょうか……。私には、理解し難い行為ですが」

「ええ? そんなことないよ! 自分で働いて自分の食べたい物を買うことってとても素晴らしいことじゃない?」

「……すべての国民がその仕組みを享受できてれば、ですけどね」


 意味深に呟かれたミュールの言葉を訝しんだチャティスは、彼女の視線を辿る。

 と、盗みを働いた不届き者が店主にのされているところだった。

 だが、殴られているのはどう見ても子どもであり、後ろには妹らしき小さい女の子もいる。

 ミュールは悲しそうに、そしてとても苦しそうに胸元を押さえて、背中を向けた。


「すみません……辛くて」

「うん、わかってるよ。ミュールは関与したくてもばれたら大変だからできないもんね。私に任せて!」

「チャティス……?」

「私は人心掌握の達人なんだよ。近所のおじさんおばさんに自分の好きな物を持ってこさせることだって簡単なの!」


 無論、それはただの好意なのだが、チャティスは自分にとって都合の良い事象は自分の日ごろの行いが素晴らしいゆえ起こると思っている。

 そのため、今回も自信満々に、樽爆弾を踏むため足を動かした。


「ちょっと! いくら盗みを働いたとは子どもに乱暴しちゃダメだよ!」

「あ? んだとテメエ……いきなり現れて何様のつもりだ?」


 男の威圧的な口調に少し肩を震わせながらも、ミュールにいいところをみせようとチャティスも譲らない。


「天才様だよ! 人道的に問題あるでしょ!」

「盗んだガキを殴って何が悪い? 向こうが犯罪を犯したんだ。……むしろ感謝してほしいな。俺がコイツを痛めつければ他の店に被害が出ないだろ?」

「……む! このわからずや! そんな態度だから盗まれるんだよ!」


 すぐに諫められると高を括っていたチャティスだったが、店の男はなかなかチャティスの言い分を聞いてはくれず、とうとう怒り出してしまった。

 女の子は泣き喚いているし、男の子も男の子で血を流していたので、チャティスとしてはさっさと治療したかったための失策だったのだが、男からしてみれば脇から出てきた少女にいちゃもんをつけられただけである。

 男が怒り、チャティスの腕を乱暴に掴んだのも必然だったと言える。


「わっ! 何するの!」

「それはこっちのセリフだクソガキ。お前もコイツと同類だろ。汚らしい盗人だ」

「ふざけた言いがかりだよそれは! 私はね、人類史上最高の秀才で――」

「ああ、頭もイカレてやがる。が、女としては悪くない。……代金は身体で払ってもらう」

「って、この人も狼なのね! 男ってホントクソだわ。ッ! 離して! 痛い、痛いってば!」


 チャティスの抵抗も虚しく、非力な彼女はいとも簡単に店の奥へと引っ張られてしまう。

 最初こそ威勢よく怒鳴っていたチャティスだが、実はかなりまずい状況ではないかと考え至り、顔を青く染め上げた。

 ミュールは立場が立場のためチャティスを助け出せないし、かといってクリスが何度も都合よく現れるはずもない。

 冗談抜きに慰み者にされてしまう可能性が頭をよぎり、ううと情けない声を出す。


「へっ。仕事が終わるまでここでじっとしてやがれ」

「う!」


 倉庫らしき場所に放り込まれ、チャティスは悲鳴を上げた。

 すぐに男の子と女の子の兄妹も投げ入れられ、ガチャリと倉庫のドアが閉まる。

 楽しく市場を見ていたはずが瞬く間に捕まってしまい、チャティスは自身の魅了を呪う。


「くそ、くそ! 忌々しいチャーム……」

「ご、ごめんね、お姉ちゃん」


 男の子が申し訳なさそうに謝る。

 君のせいじゃないよと言いかけて、ちょっと違うかなと言葉を言い直す。


「……何か事情があるとは思うけど、盗みはダメだよ。捕まったのは君のせいじゃないし、暴行されたのは怒ってもいいけど、盗みはダメ」

「ご、ごめん……でも、お腹が空いてて……」


 悲しそうに顔を俯かせる男の子。

 チャティスはついたままのポーチを探り、携帯食である乾パンを差し出した。


「とりあえずこれ食べて元気出して。お姉ちゃんが何とかするから」


 ポン、とそれなりに発育した胸を叩いて、兄妹を励ます。

 今まで聞いたことのない甘美な響き、お姉ちゃん。そんな風に頼られたからには、偉大なるチャティスが一肌脱ぐしかあるまい。

 チャティスはあの男が迂闊にも回収し損ねたホイールロックピストルを取り出し、倉庫の寂れたドアへと向けた。


「私ほど運に恵まれている人間はこの世に存在しない。私が撃てばきっと反対側にある鍵穴だって見事撃ち抜けるはず」


 その自信は一体どこから湧き出るのか不明瞭のまま、チャティスは火薬と弾薬を探すためポーチを漁り――思い知る。迂闊なのはチャティスも同じだったということを。


「ま、まずい……火薬と弾丸置いてきた」


 如何にピストルが手元にあろうとも、銃弾がなければ鈍器としてぐらいしか使えない。

 観光気分だったがための確認ミスにチャティスは顔を青く染める。

 残念なことにチャティスにはもう打つ手はない。

 聡明な頭脳を必死に巡らせ、何か手はないかと思索する。が、役に立ちそうな物は何一つ見つからず、チャティスの筋力ではドアを蹴り破ることも不可能だった。

 こうなれば、女という武器を行使せざるを得なくなるが、チャティスとてあのようなむさくるしい男相手の色仕掛けなどごめんである。

 そもそもそんな方法は有り得ない。チャティスはまだまだ清い身体でいたいのだ。

 例え、今のところ誰かと相思相愛になる予定が一切なかったとしても。


「ど、どうしよう……誰か来てくれないかな」


 このままでは本当に人肌どころか裸を披露する羽目になる。

 早くも他力本願になりつつなる袋の鼠チャティスの耳に、ガチャガチャという鎖の音が聞こえてきた。

 誰かが鍵を開けている。この場合、一番考えられるのが店の関係者だ。


「……っ」

「お兄ちゃん……」「だいじょうぶだ、セラ。おれがまもってやるから」


 チャティスが息を呑み、背後に兄が妹を守るように抱き寄せる。

 後ずさろうにも、後ろには食料が詰め仕込まれた麻袋のみ。逃げ場はなく、立ち向かうしか手立てはなかった。

 ピストルを持つ右手に力を込め、すぐにでも動けるように気合を入れる。

 が、意志に相反して足はがくがくと震え、手はぶるぶると狙いが定まらない。

 ガチャリ、とドアが開いた瞬間、チャティスは上ずった声で侵入者を恫喝した。


「え、えいえい! コイツは天下無敵のホイールロック! 旧式銃なんかじゃ一切相手取ることなど不可能で――」

「しっ! チャティス、こっちです!」

「みゅ、ミュール……?」


 口元に指を当ててチャティスを誘う侵入者は、アリソンの王女ミュールだった。



 ※※※



「……」


 酒場で情報収集に勤しんでいたクリスは何気なく出入り口を見やった。

 正確には店の戸口ではなく街……その中にいるであろう人物へと目を向けている。

 チャティス。魅了というあらゆる災いを引き寄せてしまう呪いを持つ少女へと。


(呪いのせいでトラブルを招いているのだとすれば、別行動は危険である可能性が高い。しかし、自分の目的の性質上、関わることが間違いとも考えられる)


 チャティスのことが気にかかり、上の空といった風にクリスは出口を見つめている。

 そのせいか、バーの店主が少し音を立ててカウンターにグラスを置いた。


「お飲み物は?」

「……ああ、これで頼む」


 最高級金貨を数枚差出すと、店主はクリスの前に置いた空のグラスへと身を乗り出して注ぎ始める。

 そして、小声で囁いた。


「何の情報がお望みで?」

「バーサーカーだ。この街にいるか?」

「……おわかりかと思いますが、我が国に狂化戦争用のバーサーカーはいません」


 グラスへ注ぎ終わり、クリスが一気に飲み干す。

 また店主は注ぎ始め、


「しかし、ある噂が立っております。城の中に幽閉されているバーサーカーがいるとかいないとか」

「……妥当だな。いつ襲われてもいいように、か」


 クリスは納得し、もう一度注がれた飲み物を飲み干すと、店を後にした。



 ※※※


 

 ミュールの助けによって倉庫から脱出したチャティスたちは、気取られぬように市場をこそこそと移動している最中だった。

 クリスに教わった隠密行動を取りながら、小さな声で方針を囁く。


「残念ながら私は市場のことについて詳しく知りません。人混みに紛れて脱出するのが最善だと思いますが」

「俺ならよく知ってる。……いつもぬすむから」


 男の子が申し訳なさそうに呟いたが、チャティスもミュールも咎める気はさらさらなかった。


「今はいいよ。まずは何とかして出ないとね。問題は……」


 と人と人の間を縫うように進むチャティスが不安そうな顔になったその時。

 ドン! と彼女は誰かにぶつかってしまい、倒れそうになってしまった。


「きゃ! すみませ――あ」

「クソ女! どこ見てやが――あ!?」

「チャームのバカヤロー!」


 チャティスが思わず大声で毒づいたのも無理はない。

 チャティスがぶつかったのは他ならぬ彼女を捕まえた店の主人だった。運悪く外へ品物を運んでいたのだ。


「逃がしてたまるか!」

「みんな逃げてえ!」


 チャティスが叫びと同時に皆走り出す。

 チャティスとミュールと兄妹はそれぞれ別の方向へと逃げ出した。

 だが不幸にも――ある意味幸運ともいえるが――なぜか店主はチャティスだけしか見ておらず、ずっと彼女を追いかけてくる。


「子どもたちの方に行かないのはッ! 幸いだけどッ! 私は何もしてないでしょ!?」


 これまた魅了の仕業で、チャティスはいつの間にか多数の男たちに追いかけられていた。

 全員が全員、同じ目をしている。野獣めいたチャティスを犯す気満々の瞳。

 チャームチャーム。これもまたチャームのせいだ!

 チャティスは涙目になりながら無我夢中で走る。


「やだ! 理不尽! 神様なんてぶっとばしてやるーっ! いくら何でも嫉妬しすぎ羨みすぎぃ! そんなに私の成功を邪魔したいの!?」


 神様に八つ当たりをしながら逃げるチャティスだが、神が憤ったのか袋小路へと逃げ込んでしまった。

 逃げ場がなくなり、万事休す。泣きそうになりながら何とかして切り抜けようと思案するのだが、パニックになってしまい全く頭が回らない。

 自称天才といえど、冷静さがかけてしまえば哀れなネズミ同然である。


「う、うう……」

「おい女。店の物を盗ってタダで済むとは思ってないよな……?」


 男が下衆のような声で嗤う。

 そもそもチャティスは物など盗っていないので、涙声で言い返す。


「わ、私は盗んでないよ!」

「あー……そうだっけか? もうこの際どうでもいいさ。要は盗まれた分の損益を取り返せばいいだけだからな。一回娼館に行った分だと思えばこの程度、全然安上がりだ」


 ぐへへという絵に描いたような悪人の笑みがひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……いつつ?

 ひっ、と悲鳴を上げるチャティスだが、よく見るとその中にひとつだけ変わった顔が混じっていることに気付いた。

 仮面のような無表情。一見しただけでは感情の読めない、でもとても優しさに溢れている、狂戦士の顔。


「……何をしている?」

「く、クリス~~」


 腰が抜けてストンと座り込んだチャティスは、助かったと安堵の息を吐いて彼を見上げた。

 突然現れた珍客に怪訝な顔をみせる男たち。すぐに邪魔すんなと声を荒げてクリスの肩へと手を伸ばしたが、その声音はすぐに身の毛もよだつようなおぞましいものへと変わった。


「うッ! うわああああ! 腕がぁ!」

「あ、兄貴の腕が折れた! クソ! コイツやべえぞ逃げろ!」


 散り散りになって逃げていく狼藉者。チャティスは安心して、立ち上がろうとした。

 が、立てない。すっかり腰が抜けて足腰に力が入らない。


「うっ……! た、立てない……!」

「……手を貸すか?」

「う、ん」


 赤くなりながらクリスに背負われるチャティス。恥ずかしさで顔から火が噴く勢いの彼女は気づかない。

 物陰から思いつめたような表情でミュールが見つめていたことに。


「まさか……いや……」


 ミュールは顎に手を当てて熟考する。

 よもや今のは狂戦士か? いや、それは有り得ない。

 あの男が狂戦士だった場合、あのような争いごとに巻き込まれた時点で狂化して然るべきである。


(でも……もし、もし理性を保ちながら狂えるのだとすれば……)


 もし例外中の例外が存在するのならば――。

 利用できるかもしれないと、ミュールは考え笑みを浮かべた。

 しかし、その笑みはどこか寂しく、悲しみを含んだ笑みだった。



 ※※※


 

 いい歳になりながら幼子の様におぶられて宿へと帰ったチャティスは、気恥ずかしさからすぐに自室へと閉じこもった。

 ダブルルームである部屋には男用と女用二つの寝室がある。


「うー……! 全部、全部チャームのせい!」


 自分の迂闊さを棚に上げ、チャティスは魅了を罵倒する。

 あの忌々しい呪いのせいで無用なトラブルに巻き込まれたばかりか、辱めさえ受けてしまった。

 すごく、物凄く恥ずかしい。腰が抜けて歩けなくなる天才など聞いたことがない。


「私が有名になって今日の出来事を噂されたりしたら……! ~~っ! あー最悪!」


 寝具の上で一通り足をバタつかせた後は、食事のために寝室を後にする。

 居間に戻ると、おいしそうな匂いがチャティスの鼻孔の中に漂ってきた。

 クリスが食事を運んで来てくれたのだ。


「ありがと……いただきます」

「……」


 クリスは何も言わずチャティスが食事を摂るのをじっと眺めている。

 鎧の類は外し、街歩き用の服に着替えている彼は、また感情の読めない顔を浮かべて黙々としていた。

 今までの道中ずっとこの調子なのでチャティスはもう慣れっこだったが、やはり静かな食事というのは寂しいもの。

 チャティスはパンを頬張りスープを飲み込む合間にクリスへ話題を吹っ掛ける。


「今日ずっとどこにいたの?」

「バーサーカーを探していた」

「はむ……見つかった?」

「いや。まだ確証はない」


 チャティスはスープを飲み干して、伝え忘れていたことを教えてあげた。


「実はミュールに……友達に訊いたんだけど、この国に使役しているバーサーカーはいないってさ。探しても見つからないと思うよ」

「……ああ。使役しているバーサーカーは、な」


 クリスが意味ありげに呟いたが、鈍感なチャティスは気づかない。

 今度はパンを口の中に放り込み、


「だから、この街で戦うことはないよ。……ちょっと安心したなー。友達に迷惑かけずに済むし。……今日は散々だったけどね。ミュール、怒ってないかな~~?」

「……チャティスのせいではないのだろう?」

「もちろん! 私に非なんてあろうはずがないよ! あ、でもあの子たち大丈夫かな……。結局探しても見つからなかったし。怪我してたからなぁ。応急処置はしたけど……」


 食事を食べ終え、ミュールと子どもたちを心配したチャティスは、腕を組んでうーんと唸る。

 そこにクリスが短く訊ねてきた。あまりにも短い物言いだったので、チャティスは何について訊かれたのかわからなかったぐらいだ。


「君は?」

「え? なに?」

「君自身は大丈夫なのか?」

「え、あ、私? 大丈夫だよ! チャームなんて神様が私に嫉妬してるだけだしね。私ほどに完成された人間ならば神のいたずらといえど全て切り抜けられるよ!」


 自信満々に言い放つチャティスは、自分が何でもできるこの世最も優れた人間であると自負している。

 どのような問題も、どのような最悪も、自分がいれば何とかなる。チャティスはそう信じてきたし、実際に今までどうにかなっている。

 例えそのほとんどが幸運であったとしても、チャティスは自分のおかげだと疑わない。

 運も実力のうちである。つまり、全てチャティスの実力である。


「……でも、今日はありがとう。クリスが居なければ私は――」

「……必要ない」

「え?」

「礼なら必要ない。前も言ったはずだ。俺は自分勝手に君を救出し――」

「――私も自分勝手にお礼する、だよね?」


 にひひ、と一本取ったという風に笑顔となるチャティス。クリスは再び口を閉ざす。

 だがその顔は不満げという訳ではなく、ほんの僅かに微笑んでいるような優しい顔だった。


「明日はミュールを探して今日のことを謝らなきゃ。うん。そして今度こそこの国の内情を調査して成り上がるよ!」


 フハー! フハハ! と上機嫌に笑うチャティス。

 クリスはその笑顔を見て、一瞬だけ安堵しているような表情をみせる。

 だが、すぐに壁に立てかけられている剣に目を落とし、元の無表情へと戻った。

 アレを使わずに済めばいいと、クリスは心の底から思っていた。

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