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薬師チャティスと狂戦士と  作者: 白銀悠一
第二章 虚構の王と平和の王女と
8/62

魅了の導き

 街の中を一台の馬車が通っている。てっきり行商人かと勘違いしそうになるが、馬車の荷台に乗っているのは売り物ではなく、もはや廃れた奴隷という訳でもない。

 齢十六になったばかりの、快活な少女。茶髪碧眼の少女は荷馬車の幕からひょっこりと顔を覗かせた。


「ここがアリソン……ラドウェールとは全然違うね」


 同意を求めて御者席に目を移す。

 ああ、と短く、馬を御する男が応える。

 男はあくまで無関心な風体だったが、少女は特に気にした様子もなく、どこか楽しそうに御者席へと顔を突き出した。


「ねえ、ここなら降りていいよね? クリス」

「……今のところは問題ない」


 淡々と答えるクリスの顔は仮面のように無表情。しかし、少女は何の不満も顔に表さない。

 もうすっかり慣れたところだ。怖くて優しくて、それでいてどこか悲しそうな狂戦士の表情には。


「フフ……今度こそ成り上がれるよ。大陸一番の大金持ちになれる!」


 何の根拠もなく嘯く少女チャティスはフフー! と勝気に笑い、馬車の中へと引っ込んだ。

 お気に入りのホイールロックピストルを腰に付け、幼馴染のテリーから拝借した茶色い外套に身を包み、いつでも降りられるよう身支度を済ませる。

 と、丁度馬車が止まった。クリスが降りて馬の世話をし始めたのを見受けるや否や、チャティスも勢いよく降車する。

 が、勢い余って転びそうになってしまった。寸前のところでクリスに助けられる。


「あ、ありがとう……見られてないよね?」


 感謝したチャティスはすぐに不安そうに周囲を見渡した。

 クリスは大丈夫だ、と言ってすぐに馬車の正面に戻る。チャティスが転びそうになった瞬間、クリスは馬車の正面から後方へと常人では考えられない速度で移動したのだ。

 狂戦士の身体能力は人間を遥かに上回る。一騎当千と言われるのは伊達ではない。そして、狂戦士同士の戦いを目撃したことのあるチャティスはその指標すら怪しいと疑っている。

 千人の兵士を用意したところで勝ち目がないと信じてしまうほどの戦闘力を、クリスはその身に秘めているのだ。

 だが、それでも彼は人らしい、いや下手をすれば人以上の優しさを兼ね備えている。だからチャティスはクリスに怯えないし、忌み嫌ったりしない。

 こうして、クリスの旅に便乗する形で、成り上がるための冒険を続けている。


「むー。いっそのこと小説でも書こうかな。かなりの冒険談だよね。大ヒット間違いなしだよ」


 もし自分が本を書き起こせば、世界中の人間を虜にできる一冊を創り出すことができるに違いない、と根拠もなくほくそ笑むチャティスに、クリスが声を掛けてきた。

 なに? とチャティスがクリスの方へ直ると、身支度を整えたのが見て取れる。


「調査に向かう。……バーサーカーの有無について探る必要がある」

「……私は素人だから何も口出しするつもりはないんだけど、一つだけお願いしていい?」

「何だ?」


 眉根を寄せたクリスにチャティスはお願いを口にした。


「魔術師さんのところに行きたいんだけど」




 クリスはチャティスの願いを聞き届け、たまたまさすらいの魔術師が泊まっているという宿を見つけ出してくれた。

 場所さえわかれば後は大丈夫とチャティスは断ったのだが、何かあってはいけないとクリスは譲らなかった。

 過保護な両親を思い出してチャティスは苦笑し、少し切なくなる。


(まぁ二人とも悪気はないってわかってるんだけどね。……私をテリーの許嫁にしたことは絶対に許す気ないけど)


 そもそも恋愛などにうつつを抜かしている時間はチャティスにはない。さっさと偉大なことをして成り上がらなければならないのだ。

 理由? そんなものは決まっている。チャティスが優秀で聡明で、天才だからだ。

 などとチャティスがひとり物思いに耽っていると、隣を歩くクリスが口を開いて、訊いてきた。


「なぜ魔術師の元へ行く? 先日の魔術の影響が――」

「違う、違うよ。鑑定してもらうの。何か憑いてるんじゃないかって」


 チャティスが魔術師の元へ向かう理由。それは自身に呪いの類がついていないか確認するためだった。

 チャティスの素晴らしい機転と、頼れる狂戦士クリスによって見事に難を逃れているが、どう考えてもトラブルに巻き込まれ過ぎだ。

 選ばれし運命の子、チャティスに対する神様の嫉妬だと考えても、いくらなんでもやりすぎである。何か悪いモノが憑いているに違いない。チャティスはそう結論付けていた。

 という具合に神に対する冒涜をチャティスが脳内で行っていると、目的の宿へと辿りついた。

 フグラブ亭。ドアを叩き、こちらに宿泊している魔術師さんに会いたいんですけど、と受付に要件を伝える。

 受付のお姉さんは快く応対してくれ、チャティスは三階にある魔術師の部屋へと案内された。

 俺も行くと動き出そうとしたクリスに何とか待ってもらい、チャティスは部屋の戸を叩いて室内に呼び掛ける。


「すみません! 鑑定してもらいたんですけど」

「いいじゃろう。どうぞ、お入り」


 チャティスが中に入ると、魔術師のローブを着ている老人が椅子に座っていた。杖を片手に持ち、優しそうな笑顔でチャティスを迎え入れてくれる。


「さて、鑑定とな。どこか具合が悪いのかの」

「いや、そうじゃないんですけど。ちょっと最近不幸かなーって」


 チャティスは今までのことを思い出し、ため息を吐いた。


「具体的にどんな感じじゃ?」

「えっと。野盗に殺されかけたり、また野盗に殺されかけたり、剣士に切り殺されそうになったり、変なおじさんに騙されたり、誘拐されたり、二回も馬車に乗って逃走劇を繰り広げたり……ですかね」

「むむう。難儀な娘じゃのう」


 同情的な視線を注ぐ魔術師の老人。チャティスは気を良くして頷いた。


「でしょう? いくら私が才能に溢れてるからってひどい仕打ちでしょう!?」


 チャティスと老人の間に挟むテーブルに身を乗り出すチャティス。老人は微笑んで、うんうんと相槌をうった。


「なるほど。確かにお前さんは素晴らしい。見事じゃ。見事。お前さんに会えてワシは幸せじゃよ」

「ホント!? ふふ、久しぶりに褒められたーっ!」


 なぜかはわからないが褒められてチャティスはますます上機嫌になる。老人はコホン、と一度仕切り直すように咳をして、杖の先端をチャティスに向けた。

 クレストの魔術師に魔術を掛けられたことを思い出しチャティスは警戒するが、老人はそう緊張するでないとチャティスに微笑みかける。


「一瞬じゃ。あくまで鑑定するだけじゃから魔当たりの心配もない」


 魔術に慣れてない人間が発症する魔当たりの心配は、幼い頃から病気の影響で魔術に触れているチャティスにはない。

 この人は大丈夫だ。自分を褒めてくれる人に悪い人はいない――そんな風に自分に言い聞かせ、チャティスは魔術行為を受け入れた。


「……お願いします」


 緊張した声音で魔術師に頼むと、老人は一瞬鋭い視線をチャティスに向け、すぐに何事もなかったような優しい表情へと戻った。


「終わったぞ。ふうむこれは興味深い……」


 老人は白いひげを手でいじくりながら楽しそうに呟いて、


「可愛らしい子。おぬしの思っていた通りじゃ」

「え? で、では何か憑いて……」

「憑きものではないの。呪いじゃ、呪い」

「呪い……?」


 ゴクリと息を呑むチャティス。老人はわかり易いように説明をし始めた。


「まぁ単純な類ではあるのじゃが、それゆえに強力な代物じゃ。そのため解呪が難しい。……おぬしの身にかかっている呪いは魅了チャーム。あらゆる災厄を誘引によって引き寄せる、生まれながらの“天災”じゃな」

「…………」


 チャティスは黙りこくる。絶望したかのような暗い表情で。

 今までの出来事はどうやら全て自身の呪い、魅了によって引き寄せられたことらしい。

 小さい頃騎士に妾にされかかったのも、魔物に食い殺されそうになったことも、それだけでなく最近起きた最悪過ぎる事件の数々も全てチャティスが原因。


「わ、私は――」

「そうじゃそうじゃ。だからのう――」


 ここに来て老人の目つきが変わる。普段チャティスが教訓として心に刻み、警戒していた狼めいた瞳に。


「ワシがおぬしに欲情してしまうのもチャームのせいで……む?」

「……チャティスに触るな」

「く、クリス……」


 いつの間にかクリスが室内に侵入してきていた。年甲斐もなく少女に狼藉を行おうとした老人の手を抑え、チャティスの前に無表情のまま立ち塞がっている。

 老人はといえば、少し意外そうな顔をしただけで特別驚いた様子ではなかった。


「ふうむ……興味深い」

「……」


 クリスと老人が睨みあっている最中、ひとり椅子に座っていたチャティスはふらりふらりと屍の如く歩き出し、


「ごめん……ちょっとひとりにして」


 と言って部屋を出て行ってしまう。

 残されたクリスと老人はしばらく睨みあっていたが、老人の方がお手上げじゃと言って座り込んだ。


「もし付け狙うようなことがあれば」

「ワシとてまっとうな人間じゃ。そのようなことはせん。しかしちょっと惜しかったのう。傷心のおなごに付け入るチャンスだったのじゃが」


 名残惜しそうに呟く老人に背を向けて、クリスも宿を後にした。


「しかし……まだ説明の途中だったのじゃがのう。チャームによる誘引は何も災厄だけを引き寄せるだけではない。むしろ呪いにかかっている当人が善人ならば幸運を呼び寄せるのじゃが……まぁ、あの子はいい子のようじゃし大丈夫じゃろう」


 老人は再び穏やかな瞳で、嬉しそうに独りごちた。


「いいバーサーカーもいたようじゃしの。あのような純粋な子は久しぶりじゃ。バーサーカーをバーサーカーとして忌み嫌わず、素直に受け入れられるような子は」




「はぁ……チャーム……トラブルを誘引する……」


 本日何回目のため息だったかチャティスはもう覚えていない。

 ため息と嘆息を交互に繰り返し、世界の終焉ラグナロクのような顔でチャティスは落ち込んでいた。


「きっと……これからも何か起こるんだ。はぁ……やだな。また誘拐されたりするのかな」


 いくら天才と言えど、呪いに勝ち目はない。残念なことにチャティスの魔力量はたかが知れているのだ。

 魔術師になって魅了を消し飛ばそうにも、魔道の道など最初から塞がれている。


「ハハ……しかも私が魅力だからじゃないんだよ。チャームだよチャーム。ただ呪いが掛かっているから寄って集ってくる。……はぁ……もうやんなっちゃうなぁ」


 これではいくら才能があっても悉く邪魔をされてしまうではないか――。

 あくまで自分が天才であると疑わないチャティスは深く嘆息する。

 せっかく成り上がろうと村を出て来たのに、他でもない自分自身に妨害されてしまっては元も子もない。

 何とかならないかと頭を巡らせるのだが、出てくるのはどうにもならないという諦観的な結論ばかり。

 鬱々となったチャティスはあてもなく煌びやかなアリソンの街中を歩き続け、階段へと腰を落とした。

 そしてまた、ため息。悲壮感を漂わせ、ぶつぶつと独り言を漏らす。


「忌々しい、忌々しいチャームめ。どこか行ってしまえ。病気やけがの類だったら治せるのに。……そうか、いっそのこと呪いを解くための薬を研究しちゃえば――ってダメダメ! 薬師はナシ! 薬屋なんて儲からないしダメ!」


 チャティスは首を振って薬師以外の職業を模索する。本来の薬師はそれなりに儲かるのだが、村の特殊な薬師の形態を目撃していたチャティスに知り様はなかったし、そもそも薬で儲けるなどチャティスには考えつかないことだ。

 薬とは人を救うもの。チャティスは今までそう信じてきたし、これからもその考えを改めるつもりはない。


「やっぱ凄腕の魔術師さんを雇うしかないよね。そのためには金が必要で……あぁー! 堂々巡りだぁ!」


 解呪のためには魔術師が必要。魔術師を雇うためにはお金が必要。お金を手に入れるためには成り上がらなければならないので、結局魅了に妨害される未来しか思い浮かばず、チャティスは発狂しかかった。

 頭をぐしゃぐしゃとかき回し、ふーっふーっ! と興奮している猫のような状態となる。


「ああーもう! 神様ひどい! いくら私が誰もが羨む天才であり要領がよく機転が利いて、一目見ただけでチーズをあげたくなっちゃうような完成されし究極の人間だとしてもこの仕打ちはあんまりだ――むぐっ!?」


 急に口が塞がり、神に対する暴言は中断させられる。

 チャティスは背後から近づいてきた何者かに口を手で塞がれていた。一瞬クリスかともチャティスは思ったが、彼はこのような乱暴は働かない。

 もしかすると怒った神が自分に天罰を与えに来たのかもしれないと、チャティスは顔を青ざめる。


「ふぐっ! うー!!」

「失礼。お静かに……。すぐに解放いたしますので」

「む……むぅう」


 綺麗な声が後ろから聞こえて、チャティスは抵抗を止める。

 女の声。それも自分と同じくらい若い。

 よくよく考えれば口元に触れる手も男とは違いとても柔らかでいて、透き通るような白い肌。

 おとこではないと思ったチャティスは聞き心地のいい声を間近で聞いて、落ち着きすら取り戻している。


「……行ったようですね」


 安堵した風に呟いた何者かは、先程の言葉通りチャティスを解放してくれた。

 ぷは、と勢いよく息を吸い込んだ後、チャティスは後ろを振り返る。

 そして、美貌のあまり虜にされた。まるで人形と錯覚してしまうほど美しい少女だ。


「綺麗……」

「……大丈夫、ですか? どこか調子が悪いのでは?」


 怪訝そうにチャティスを見つめてくる少女。至って正常だよとチャティスは言い、改めてその美しさを目視する。

 黄金のような金髪に、澄み切った青い空のように綺麗な瞳。正真正銘の美人を前に、チャティスは口をぽかんと開けたまま凝視していた。

 当惑気味に少女がチャティスの肩に触れる。


「あの、旅のお方? 本当に大丈夫でしょうか?」

「……あ、ごめん……なさい。ちょっと見惚れてて」


 もし自分が男だったら間違いなく惚れる自信がある。

 これぞまさに純粋なる魅了だ。本物を前に呪いでできた偽物など霞む。

 頭脳に関してはチャティスの方が上だろうが、容姿に関しては間違いなく目の前の少女が上だ。

 などとチャティスが考えていると、少女が不思議そうに首を傾げた。


「見惚れる? 何にでしょう?」


 きょろきょろと辺りを見回す少女。その様子にチャティスはおかしくなって笑みをこぼした。


「ふふ、落ち込んでるのがバカバカしくなっちゃった……」

「……落ち込んでいたのですか?」

「ん、何でもない。私はチャティス。あなたは?」

「え? 私……ですか?」


 なぜか少女は驚いて困惑し始める。まるで自分が名前を訊かれる事態を想定していなかったように。

 今度はチャティスが戸惑う番だった。


「あれ? どうしたの?」

「え、えと私はですね……さすらいの旅人と言いますか……」

「そんな立派な服を着ているのに?」


 どこかのお嬢様が着込みそうな服に身を包む少女は、とても旅人には思えない。

 旅人は基本的に丈夫な服を好むはずだからだ。

 チャティスの突っ込みに対し少女は目に見えてわかりやすく動揺する。


「い、いや……わ、私はその……えっと……」

「な、何でそんなに動揺してるの……」


 何かまずいことでもしたかな? いやそんなはずはないよ、とチャティスが不安になった時、少女はがしっと勢いよくチャティスの両肩を掴み、真剣な表情で見つめてきた。


「あなたはどうやら悪人ではなさそうですし、この国の者でもなさそうですね。……信用できそうです」

「え……い、一体……」


 覚悟を決めたとばかりにチャティスを見据える少女の顔が、チャティスの目前へと迫る。

 なに、何? なんなのーっ!? と焦るチャティスに少女は自分の名前を告げた。


「私はミュール。ミュール・アリソン・クレイセンツ。この国、アリソンの王女です」

「……は?」


 何か目の前の少女が物凄いことを言ったような気がするが、チャティスの理解が及ばない。

 訳がわからない。突然後ろから口を塞いできた美少女がこの国の王女?

 ハハハ、そんなことは有り得ない。神様が堕天し、世界を思い通りにでも書き換えようとでもしない限りは。

 だがすぐにチャティスは思い出す。自分にはトラブルを招き寄せる魅了が宿っていることを。


「えー!? まさか、えー!!」

「しっ! 静かに! 見つかってしまいます!」


 ミュールは再びチャティスの口を塞ぎ、辺りを心配そうに見回してほっとしたように息を吐いた。


「先ほどもそうでしたが、あなたは少し声が大きいですね。聞いていて不思議と惹き込まれる声ではあるのですが」

「……きっとチャームのせいだよ」

「何か?」


 ボソッと呟いた皮肉に反応するミュールにチャティスは何でもない、とぎこちない笑みを浮かべる。

 深く訊ねられても困るのでチャティスは質問することにした。何でこんなところにいるのかと無礼を承知で訊いてみる。


「何で王女様がここに……いるのですか?」

「敬語も様付けも止めてください。あくまで、友達という風体を装ってください」

「わ、わかり……わかったよ」

「ええ。ありがとう。……私はこの街の本当の姿を見たくて街に出てきたのです」


 声を潜めて話すミュールに、チャティスも調子を合わせて返す。


「本当の姿?」

「ええ。残念ながら王城からでは、街の上辺だけしか見下ろせません。街が綺麗なのは城の上からでもわかりますが、中身が腐っているかどうかは街に繰り出さなければわかりませんから」

「……そういうものなの?」

「そういうものなのです。幸いにして狂化戦争に参加していない我が国では目立った暴動は起きていませんが、隣国ラドウェールがひどい状態ですし、悪影響を受けていないとは限りません」


 話すミュールの横顔はとても凛としていて、それでいて民を愛しむ慈愛に溢れていて、チャティスはまた目を奪われた。


「すごいね。うん。すごいよ」

「褒められるようなことは何も。私はただ王族として果たすべき義務を遂行しているだけです」

「私は政治のことよくわからないんだけど、立派だと思う。……あなたみたいな王族が色んな国にいてくれればいいんだけど……」


 クレストやラドウェールでの出来事を思い出し、チャティスは寂しそうな顔になる。

 ミュールもミュールでなぜか悲しそうな表情を浮かべ、頭を振った。


「いえ、それはないでしょう。世界はもうどうしようもないですから。現状では」

「狂化戦争……だね……」


 狂戦士を利用した、国と国による大虐殺ゲーム。戦争という呼び名がふさわしいかどうかすら怪しいソレを大陸諸国は連日行っている。

 今こうしている間も大勢の人間が死んでいることは明白だが、人々のほとんどはその事実を栄光だとして受け入れている。

 国を豊かにするための、必要な犠牲だと。

 また気分が落ち込んできたチャティスは、そういえば、とアリソンで気になるもう一つの事柄を訊ねてみることにした。

 正確にはチャティスではなくクリスのだが。


「この国ってバーサーカーはいるの?」

「……なぜそのようなことを?」


 ミュールが訝しげな顔になる。


「いや、ただ少し気になってね。いつ戦争の飛び火が来るかわからないから」

「……なるほど、そうですね。……アリソンに使役するバーサーカーはいません。私が知る限りは、ですが」

「そうなんだ……うん。安心した」


 ならクリスがアリソンを相手取ることもなさそうではある。

 ふとチャティスが空を見上げると、既にだいぶ時間が経っていたようですっかり夕暮れとなっていた。

 いけない、と立ち上がったチャティスにミュールが声を投げかける。


「もしよろしければ明日、ここで会いませんか? 私の調査に協力してほしいのです」

「うん、いいよ! 朝食を摂ったらすぐに来るから!」


 久しぶりにまともな人間に会えたチャティスは、とても嬉しそうに別れを告げた。

 その背中に視線を送るミュールはチャティスを眩しそうな顔をして、喜ばしそうにまた悲しそうに、複雑な感情をのせる声音で呟いた。


「ええ、バーサーカーはいません。使役するバーサーカーは」



 ※※※



「今までどこにいたんだ?」


 宿の部屋に入った途端掛けられたのはチャティスを心配するクリスの声だった。

 街を散策してたんだよ、と応えたチャティスだがどうしてもにやけ顔が収まらない。


「どうした?」

「あ、いやね。友達ができたんだよ」


 別に隠し立てしなければいけない理由はない。

 チャティスは素直に、今日あった出来事を告げた。


「友達、か」


 クリスが感慨深く声を漏らす。

 その様子が妙に引っかかり、荷物をベット脇のテーブルに置いていたチャティスは訊ねた。


「どうしたの?」

「……どういうものかと思ってな。友達とは」


 仮面のような無表情なのに、とても困った風に見えて。

 本当にわからないんだとチャティスは確信して、ふふと笑みを溢した。


「私だよ」

「なに?」

「私。私とクリスの関係。クリスから見た私がともだちってことだと思うよ」

「……そういうものなのか?」

「そういうものなの。友達ってのは自覚するんじゃなくて、きっといつの間にか傍にいる人のことだと思うよ」

「そうか……」


 クリスは納得したように頷くと、剣を持ってドアへと向かい出す。


「どこに行くの?」

「情報収集だ。バーサーカーを探さなければならない」

「ふうん。いってらっしゃい」


 ひらひらと手を振ってクリスを見送った後、チャティスはベットへと飛び込んだ。

 今までずっと野宿だったのでふかふかの毛布は魔術めいた暖かさだ。

 フレイムバードのあったかい羽毛の中でまどろむチャティスはあ、とミュールから訊いたことをすっかり伝え忘れていたことに気付いたが、すぐに睡魔に襲われてしまう。


「バーサーカーが……この国にいないって……伝え忘れたーっ。まぁ……いいや。明日……はなそ……スーッ」


 チャティスは久しぶりにぐっすりと眠ることができた。

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