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薬師チャティスと狂戦士と  作者: 白銀悠一
第八章 薬師チャティスと狂戦士と
51/62

進撃開始

 クリスは崖の上から、その集団を観察していた。

 軍隊、という印象は受けない。どちらかというと荒くれ者の寄せ集めという雰囲気に近い。

 荒野の真ん中で集う彼らの目的は戦争ではなく、ある狂戦士の誘き出しだ。

 そして、その狂戦士を始末することでもある。男を斃すためならば同士討ちすら厭わない。

 そんな連中を高所から見下ろして、クリスは独り呟いた。


「真なる忠誠か。主のためならば自分の命すら捨てられる」


 愚かな行動に美しさを感じてしまうのはなぜだろうか。クリスはつくづく疑問に思う。

 なぜ、道理に逸れた者の方が綺麗に想えてしまうのだろう。

 道を違えた人間が、眩く見えるのはなぜなのか。

 わからない。クリスは思考を止めて、敵を見据えた。

 自分はその輝きに目を背けた。自分がその煌めきに触れてはならないと自覚している。

 美しいものは美しいまま、存在していればいい。穢れてしまわぬよう大切にしまうのだ。


「だがあの子は動くだろうな」


 そうとなれば、ここで悠長に構えてはいられない。

 クリスは崖下へ飛び降りた。着地の衝撃で砂埃が立つ。砂が流され、狂戦士ベルセルクが姿を現す。

 背中に掛けてある二つの長銃マスケットとラッパ。両腰に差してある新型拳銃が二丁。

 背面にもピストルは備え付けられている。左腰には、ホルスターの邪魔にならぬよう差し込まれた剣がある。

 傷ついていた鎧は、あらゆる箇所に改造を施し暗器が装備されている。

 改造を請け負った銃器店の主人はこう言っていた。これは対狂戦士用殲滅装備だと。


「――行くぞ」


 クリスはマスケット銃を手に取り構えた。クリスの存在に気付いた狂戦士たちも動き出す。

 狂戦士同士の戦いが始まる。人数こそ少ない小規模の戦いだ。

 しかし規模の大小に関係なく、人はそれを狂化戦争と呼ぶ。



 ※※※



「フフフ……これでいい。これで」


 水晶で戦場を俯瞰していたミーリアは、誰もいない執務室の中でほくそ笑んでいた。

 眼下にある球体の中では、同志たちと忌々しい外敵との激しい戦闘が行われている。

 狂戦士ベルセルクであるクリスに狂戦士が単騎で立ち向かうのは愚かしい。

 だが、こちらの数が五十もいればどうか。いくら理性を保持し的確な対応を取れる狂戦士ベルセルクとも言えども、苦戦を強いられることは間違いない。


「斃せれば御の字。少なくとも、怪我を負わせられればそれでいい……」


 今戦場で狂化しつつある彼らは捨て駒だ。勝てても負けても、結果は同じ。

 クリスに殺されるか同士討ちで果てるか。二つに一つ。だが、彼ら全員が命を賭すこの博打に自ら志願してきたのだ。

 全てはオリバーのため。我ら狂戦士の希望のために。


「……チッ。あの男……まさかそんな方法を」


 ミーリアの舌打ちも必然だ。

 当初の予定では、攻め込んできたクリスを同志たち全員で袋叩きにする予定だった。

 だが、クリスは狂戦士に対して効果の薄い銃器を用い、自分から遠い位置に立つ狂戦士から狂化させたのだ。

 クリスの目論見通り、そしてミーリアの目論見は崩れ去り、多くの狂戦士たちが仲間同士で戦い始めている。狂化という本能を目覚めさせ、戦い狂っていた。


「く……。しかし、私には奥の手がある――」


 ミーリアは杖を取り出し、水晶に向ける。

 だが、術式を行使する前に頭痛がし、わずかによろめいた。

 そんな彼女の体を、後ろから誰かが支え直す。


「お、オリバー様……」


 オリバーが、いつの間にかミーリアの背後に立っていた。


「このような命令は下していない」


 オリバーが淡々と言う。心なしかミーリアを追及しているようにも受け取れた。

 ミーリアは慌ててオリバーに向き合い、言い返す。


「これは……言わば、私たちの恩返しです!」

「……恩返しだと?」


 訝しんでオリバーが訊き直す。

 そうです、とミーリアは語調を強めた。水晶を手を向け力強く応える。


「皆、あなた様に感謝しているのです! 人間に利用されるか、自身の呪いに滅ぼされるか! 二択しかなかった我々に、あなたは第三の選択肢を提示してくれました! あなたがいなければ、私たちは死んでいたのです! ……あなたを守るためならこの命、惜しくはない!」


 ミーリアも、戦場の狂戦士たちも決死の覚悟で戦っていた。

 魔術で戦場を俯瞰するミーリアも、狂化抑制の魔術でゆっくりとだが確実にダメージを受けている。

 だが身体がどれほど傷つこうと、ミーリアは譲るつもりはなかった。もしこの場でオリバーに止めろと命じられても、今回ばかりは聞けなかった。

 あの男の危険性は皆一様に理解している。狂戦士ベルセルクであるオリバーを間近で見ていたからこそ、あの男とオリバーが戦えば如何様な結果になるのか、重々承知していた。

 だからこそ、このような愚策にも等しい突撃を講じたのである。例え僅か一撃だったとしても、クリスに手傷を負わせるために。

 だが、ミーリアの決意を見ても、オリバーは無表情のままだった。

 いや、瞳は達観している。ミーリアから目を離し、オリバーは水晶の中の敵を目視した。

 不思議なことに、クリスも水晶からオリバーを見つめ返したように見えた。


「不必要な犠牲だった。俺と奴が戦えばそれで済むものを」


 オリバーは一言そう残し、踵を返す。

 どこに行くのかとわざわざミーリアは問わない。ただその背中を見つめて小さく呟く。


「なぜ私を見てくれないのです、オリバー様」


 その理由もまた、ミーリアにとってはわざわざ口に出すことでもない。



 ※※※



 クリスが狂戦士の軍勢と戦闘を行っている頃、チャティスは仲間たちとともにアカラバスの荒野に向かうため、平原を越えようとしている最中だった。

 大草原の中で馬を走らせるチャティスは、隣を並走する父親に改めて問いかける。


「ここを真っ直ぐ行けばいいんだよね!?」

「ああ。後は北上するだけだ」


 ティロイに頷き返し、チャティスは前を見据える。なぜか、クリスはもう戦っている気がしていた。

 彼は、敵を殺す。敵を殺したくないと心の奥底で思いながら。

 クリスがよく他者に贈る眠れという言葉。それは相手を尊び、愛しみ、悼むためのものだ。

 死すれば苦しみから解放されて安らかな眠りにつける。自分の与える死で、せめてもの安らぎを得てくれというクリスの優しさから出たものだとチャティスは了承済みである。

 クリスは自分の考えを口に出さない。自発的に自分の気持ちを説明してくれはしない。

 ならば、こちらから意図や想いを汲み取るしかない。

 チャティスはクリスの代わりにクリスの想いを代弁し、彼が何を望むのか、何を想うのか、何を成そうとしているのか。クリスの感情と思考を読み取り、推察する。


「結末がどうなっても、彼を赦せるのは私だけ――」


 意を決したようにチャティスが声を出したその時、キャスベルが叫んだ。


「右横!! 大量の……人が!!」

「……な、なにあれ?」


 シャルが不可思議そうにキャスベルの示す方向を見る。

 シャルはよくわかっていないようだが、チャティスとティロイ、そして警告を飛ばしたキャスベルには彼らが何者であるかわかっていた。


「……エドヲンの軍勢と鉢合わせたか!」


 ティロイが馬を巧みに動かしながら怒鳴る。

 チャティスは思わず歯噛みした。普通このような偶発的遭遇は起こりえない。

 原因はつまるところ、自分にある。自分の中に宿る魅了のせいだ。

 自身の呪いに邪魔をされる。チャティスには頼まれたお願いがあるのに、神様が無作為に与えた呪いのせいで約束を果たせない。


「ふざけないで……!」


 チャティスは自分の中に潜む呪いに文句を飛ばし、ホイールロックリボルバーを握り絞める。

 構えは両手ではなく片手だ。騎乗中に両手で構えれば、馬が制御不能な状態となる。


「チャティス!」

「ッ!!」


 シャルが警句を投げた瞬間、銃撃が轟いた。

 チャティス狙いの射撃。チャティスと彼女の乗る愛馬は寸前のところで回避する。

 もはや軍の体を成していない軍隊が、目についた敵に無策のまま突撃する。

 追いかける大量の敵集団。いくらチャティスのリボルバーが特別製でも、抗うことは叶わない。


「私が足止めを……!」

「左目がないのに無茶しないで! 方法を考えるから……!」

「……方法だと? 逃げるしかないぞチャティス!」


 キャスベルを諭したチャティスに撤退を促すティロイ。

 数が数だ。チャティスたちは四人、敵は数百人ほどいる。

 多少射撃ができる自称天才の薬師と、動物と話ができる狂戦士、片目を喪った暗殺者、そして射撃の名手でもある薬師だけでは太刀打ちできる人数ではない。

 ティロイの提案通り、逃げるのが得策だと思われた。だが、ここで逃げれば、クリスの元へは辿りつけない。

 自分がいないところで全てが終わる。それほど恐ろしいことはない。


「やっぱり強引に突破するしか……!」


 と手綱を強く握ったチャティスの耳に響くシャルの絶叫。


「チャティス、危ない!!」

「え?」


 その叫びに呼応して、銃声が鳴り響く。



 ※※※



「一対一では勝利を見込めない。そう考えたお前たちによる集団戦は想定内だった」


 クリスは銃剣でボロボロの服を纏った男の剣を受け止める。

 男の後ろ……クリスの視線の先では、狂化した男と女が槍とナイフで切り合いをしていた。

 クリスの周囲では似たような争いが勃発している。クリスは男の剣を弾き飛ばし、ベヨネットの先端で心臓を刺し貫くと、左手で腰に差してあるピストルを抜いた。

 水平二連ダブルバレルピストルの銃口を遠くで苦悶の表情を浮かべている魔術師の男に向ける。


「……援護するには近すぎた。人間の武器を舐めすぎだ」


 銃身が跳ね上がり、魔術師が狂化する。後ろから放たれるトマホークの一撃を躱し、別の弓兵へと連続で次撃を穿つ。

 弓兵が咆哮を上げ、得物である大弓をへし折った。


「……」


 次に狂化させるべき敵をクリスは見定める。だが、クリスがピストルの交換をしている最中、鉤爪を装備した半裸の狂戦士が飛び掛かってきた。

 横に転がり、鋭い爪を回避する。右手のマスケットを別の敵へと投擲し、もう一つの長銃を背中から取り出した。


「オオオオオッ!」

(……バーサーカーに銃器は効かない。単一である銃弾は人にとっては速くとも、バーサーカーにとっては躱すことが容易だからだ。だが……)


 腰だめに構えたソレを、クリスは鉤爪男に突きつける。


「――至近距離の散弾ラッパ銃ならどうだ?」


 引かれる引き金、放たれる散弾。

 近距離から穿たれた散弾の雨を躱し損ねた狂戦士は、剥き出しの腹部をズタズタに撃ち裂かれ一瞬の苦悶の後に絶命した。

 散弾を放出したラッパ銃を抱え、クリスはその殴打で邪魔をする敵を打ち砕く。

 クリスの周囲は乱戦状態となっている。前も後ろも右も左も敵だらけ。

 いくら同士討ちが行われているとしても、このまま敵集団の真ん中で戦闘を続けるのは賢い選択ではない。

 ゆえに、クリスはラッパ銃を背中に戻し、跳躍した。一度集団の外へと移動するためだ。

 だが、クリスを追尾するように飛躍する狂戦士が二人。さらに行く手を阻むように飛んだ双剣使いが一人。


「……ッ!」


 クリスは使い慣れた剣を抜き、双剣使いと空中で交差した。一閃。双剣使いを片手剣使いへと変化させ、

クリスは敵の少ない安全地帯へと着地する……が。


「ロープか……!」


 足を地面に付けた瞬間に、縄に右足を巻き取られた。クリスが縄を切断するよりも早く、ロープ使いはクリスを乱闘地帯へと引き戻そうとする。

 斬るには遅い――そう判断したクリスは、空いた左手でロープを掴み力比べをした。

 右手の剣を足場に突き刺し、綱引きの要領で大男を手繰り寄せる。その隙に切迫する狂戦士の追手。

 二人の敵は互いに攻撃し合いながらもクリスに降りかかる。クリスはその瞬間、大男を宙に浮かせることへと成功した。

 そのまま自分を拘束するロープを振り回し、落ち来る敵を迎撃する。


「グノォ!!」


 悲鳴を上げる大男はロープを手放し、斬り合いの激しい場所へと転落。残りの敵もロープによる鞭打ちを食らい吹き飛んだ。

 その間にクリスはピストルを取り出す。これまたラッパ。長銃ではなく短銃タイプだ。

 ロープを斬り落とし、自分へ向かってきた敵へ斬りかかる。頭部にラッパピストルを突きつけて、頭がぐちゃぐちゃに破裂する音を聞く。

 あちこちから聞こえる斬撃音と咆哮。

 狂戦士たちの狂った宴。ゆっくりと積み上がっていく屍たち。

 だが、これはあくまで前菜だ。メインディッシュは他にある。


「早く来い」


 クリスはラッパピストルを投げ捨て、死者の増産を再開する。



 ※※※



 反射的に頭を抱えたが、その行動は無意味である。

 銃弾を前に、人が、ましてやただの少女が素手で防御したところで意味はない。

 弾丸は正直に、理不尽に、人の命を刈り取るからだ。

 だが、今回チャティスの咄嗟な守備が意味を成さない理由は別にある。


「――大丈夫か、天才のお嬢さん」


 声を聞いて抱えていた頭を上げる。視線の先に立つ馬に跨った伊達男に驚く。


「ダニエル……!?」

「よぉ、久しぶりだな」


 伊達男改めダニエルは、服装こそ汚れていたものの五体満足でマスケットを構えていた。

 チャティスは驚愕していたが、それよりも瞠目していたのはキャスベルだ。

 敵にピストルを撃ちながら、何であなたが生きているのと問う。


「そうか、あんたは事情を知ってるんだな。……自分の兄貴のことぐらい、わざわざ聞くまでもないだろ」

「……そうか、兄さんはあなたを殺さなかったのか」


 突然前で繰り広げられる殺伐とした会話だが、それよりも敵の銃撃が喧しくてチャティスは口を挟めない。

 それに、あくまでもチャティスの目標はここを通り抜けることだ。ダニエルの助力は心強く嬉しくもあったが、狂化ができない彼の援護は人がひとり増えただけに相違ない。

 く……と行き先を眺めて苦心するチャティスだが、ダニエルは笑う。


「いまいち事情を把握してないが、あんたたちが困ってることはわかってる」


 と笑いながら応えるダニエルと、エドヲンの暴徒軍とは別方向から聞こえる馬のひづめ音。


「だからよ、チャティス。あんたを助けてやってもいいって言う奴を連れてきた」


 チャティスたちを守るかのように、兵士たちの一団が突撃する。

 フストの兵士たちだ。少数精鋭の親衛隊である。


「な、なんで……」

「ノア様のご命令によりあなた方を援護する! ウィレム殿の忠告通りであった!!」


 という親衛隊長の言葉通り、此度の出兵はウィレムの気遣いからだった。

 というよりも、チャティスを小馬鹿にしていたという表現がふさわしい。ウィレムはチャティスがトラブルの温床だということをよく理解していた。

 フスト軍の助勢を得たチャティスたちは、逃げの姿勢から一転、攻めの姿勢へと転換する。

 チャティスもホイールロックリボルバーを構え、手近な敵兵の肩を撃ち抜いた。足を撃たなかったのは、落馬による衝撃で敵兵が死んでしまうと思ったからだ。


「……フストの親衛隊が動いたってことは――」


 とほくそ笑むキャスの予想は的中する。

 フードを被った怪しい集団が敵軍の一角を攻撃し始めた。見るも鮮やかな動きで敵を刺殺し、なぎ倒していく。

 彼らの正体こそ、キャスベルの兄が守ろうとし、彼女がその役目を引き継いだアサシンたちである。


「遅いくらいね」


 キャスベルは笑みを絶やさず敵集団へと馬を走らせる。

 まともな訓練も行っていない素人が、玄人である暗殺者に勝てる道理はない。

 キャスベルは馬上からの斬撃で、みるみると敵の数を減少させる。

 好機到来かとも言える状況変化だが、チャティスはそこまで楽観視していなかった。

 チャティスの魅了はとても強力で凶悪だ。彼女を天災とまで言わせる強固な呪縛がそこにはある。


「新たな人影……」


 シャルが声を漏らした方向には、チャティスの予測通り略奪者たちがチャティスに惹かれて現れていた。

 トランド山脈の方向。以前クリスが脅した山賊たちが逆襲に来たのだ。

 新たな敵を目の当たりにしたシャルは、口笛を久方振りに吹いた。すると。


「く、熊、狼!?」


 略奪者を襲撃するように動物たちが出現。息を呑みつつ動物たちの猛攻を見やっていると、その中に聖獣が混ざっていることにチャティスは気付いた。

 援軍はそれだけではない。また別側から侵攻してくる敵の増援は、新しい勢力によって妨害を受けている。


「我らヤクドの戦士、フォーリアス殿に救われた恩義に報いようぞ!」

「……生き残りがいたの……!」


 風変わりな民族衣装に身を包む彼らは、フォーリアスの転送術式で難を逃れたヤクドの生き残りだ。

 かの偉大な魔術師は、チャティスだけではなくできるだけ多くの人間を救おうと尽力していた。

 彼らの姿を見て、チャティスの心は温かいものに包まれる。

 戦場の真ん中だというのに、優しい気持ちでいっぱいとなる。

 彼らは助けてくれている。自分を。

 自分の日ごろの行いがいいから、などとは口にしない。

 たまたまや偶然。運命の糸がぐるぐるに絡み合って、このような状況となったのだろう。

 しかし、感謝の気持ちは揺るがない。偶然か必然か。そんな差異などどうでもいい。

 チャティスは感極まって、言葉を溢した。


「みんな……っ!」

「これも全部、あなたのおかげ」


 隣のシャルがチャティスに笑いかける。

 そうだよと胸を張って肯定しないし、違うよと首を振って否定もしない。

 ただあるがままを受け入れる。自分のなすべきことのため道を見据える。


「――行け、チャティス」

「父さん」


 ティロイはチャティスをカバーするように彼女の後ろへ躍り出た。

 新調したフリントロックピストルを構え、もう一射。予備のマッチロックピストルを取り出し、ライターで火縄に火を点ける。


「親離れする頃合いだ。親の目も必要ないだろう。……自分のやりたいことを、自分の力で行いなさい」

「……そうだね」


 と呟いたチャティスが見つめる父の背中はとても大きく温かい。

 少々寂しい想いが胸をかすめながらも、チャティスは馬を転回させた。

 行き場所はわざわざ言うまでもない。シャルとキャスベルがチャティスをフォローする。


「ありがとう父さん。……ありがとう、みんな」


 お礼を言いながら、チャティスは馬を走らせる。後方では、ティロイがダニエルと共に個別に戦っている友軍をまとめ上げているところだった。

 その姿を最後に一目見て、チャティスは進む。

 みんなにまた助けてもらった。温かい想いをいただいた。

 感謝してもし足りない。謝辞を述べても言い足りない。

 だから、チャティスは動く。

 みんなに、クリスに、恩返しをするために。


「クリス……あなたが嫌だと言っても、私はあなたの元に行くよ。今度こそあなたがくれた想いに報いるために」



 ※※※



「十六体目」


 カウントと同時に、女の首が千切れとんだ。


「十七体、十八体目」


 男を斜めに両断し、別の男の心臓を撃ち抜いた。


「……十九体」


 拳で敵の顔面を打ち砕く。二十体目、と別の敵に目を移し、敵がメイスで撲殺されたことを知る。


「……無用な犠牲だったな」


 クリスは敵と戦いながら、恐らく戦場を俯瞰しているだろう狂魔術師に言葉を送る。

 現状、狂戦士の集団はクリスを斃すどころか一撃も与えられていない。

 それもそのはず、元々戦闘能力が低い狂戦士の寄せ集め。戦い不慣れな連中の集まりだ。

 オリバーがわざわざ彼らを古城に閉じこめ保護していたのは訳がある。これもその理由の一つだ。

 単騎で敵わない敵には、集団で応対するという単純な作戦が効果を発揮するのは人間までである。

 狂戦士はおろか、その上位者である狂戦士ベルセルクにそのようなシンプルな戦術が通用する道理はない。

 数を揃えたところで同士討ちを誘発されるだけ。むしろ狂戦士を狩るという使命があるクリスでなければ、狂化させたまま放置していたところである。

 だがそれはミーリアとて織り込み済みだったらしい。


『――余裕ね、ベルセルク。忌々しい男』

「お前は焦っているな、バーサーカー」


 クリスの応答を聞き、ミーリアは嘲笑する。今まさに仲間が命を散らしている中、クリスに対して憎しみを募らせる。


『焦る? 私が? これらも全て計算付くよ。……あなたこそ、バーサーカーを舐めすぎだ』

「……これは」


 クリスが動じた声を出したのは無理からぬこと。

 先程まで身内同士で争っていた狂戦士たちが急に動きを止めたのだ。

 刻印らしきものが身体中に浮かび上がり、完全に停止している。

 殺しやすく動きを止めた、などという短絡的な考えには至らない。


「何をした」


 クリスの問いかけに答えず、ミーリアはますます語気を強めた。だが、クリスは見抜いている。

 そう嗤う彼女も、今まさに血涙を流しているということを。


『アハハハハ! 私が何の考えもなしに仲間を犠牲にするとでも? 違う! 私たちはお前を殺すため自身の命すら賭している!! 全てあの方のため!』

「狂愛か。盲目的な忠誠……歪んでいるな」

『狂っているお前に言われたくなどない! お前は……ここで……殺す!』

「なるほど……」


 クリスは感心しながら、剣を構え直す。

 同時に固まっていた狂戦士たちも動き出した。

 虚ろな赤い瞳を一斉にクリスへ向ける。


「――第二回戦、と言ったところか」


 ミーリアの高笑い響く中、統一のとれた動きで連携する狂戦士たちがクリスに襲いかかった。



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