想いが全て
話し合いというには遠すぎる。しかし、殺し合いというにも離れすぎている。
クリスの後ろから眺めるチャティスは、ただ黙ってオリバーの話に耳を傾けていた。
クリスも同じように傾聴している。オリバーの話はチャティスはもとよりクリスも興味を惹かれる内容だったからだ。
「……ベルセルクになった所以、か」
オリバーの提示した話題をクリスが言い直すと、オリバーは無表情ながらも頷いた。
「まぁわざわざ語るまででもないと思うが。薄々気が付いているのだろう?」
「……否定はしない。自身の記憶を顧みれば、何となく原因については察せる」
二人は互いが了承済みだという風に話す。だが、チャティスは困惑を隠せない。
何のことだかさっぱりわからないのだ。どうして二人はもうわかっているのだろう?
「――わからないという顔をしているな、チャティス」
オリバーが言う。クリスが敵の言葉を引き継ぐ。
「気にすることはない。こればかりは、実際に経験してみなければわからない」
「どういうこと……?」
問いかけるチャティス。狂戦士同士の会話は、いつの間にかチャティスへの問答へと様変わりする。
「具体的な理由に関しては俺も知らない。だが、自分の情念が希薄になった瞬間はとてもよく覚えている」
「……まさかそれって」
はっとしたチャティスにオリバーが呟く。
「思うところがあるか? 人間」
「は、はい。ですが」
躊躇いがちにクリスを見つめ、チャティスは言いよどんだ。
間違いなくクリスに教えてもらったあのことがきっかけだと思う。だが、だからこそクリスの前で口に出すのは躊躇われた。
チャティスの困惑を後目で見たクリスが代わりに答える。
自分が狂戦士へと為った謂れを語る。
「俺がサーレを殺した時だ。……やはりそれが条件だったか」
「その解釈は間違っていない。言わばベルセルクとは、心を抑え込むことで理性を保っている状態のことを指す。……起因となる条件は大事な人間を殺すことだ。もしくは殺されること。細かく言えば、自分の目の前で死ぬことも重要となってくる」
「…………」
推測した通りの文言がオリバーの口から放たれてチャティスは呆けた。
呆然とクリスとオリバーを交互に見つめ、溢れ出る疑問点を口には出せなかった。
「……にしてはベルセルクの数が少ないな、と思っているか? 不可思議に思うかもしれないが、バーサーカーという在り方を振り返れば、自ずと結論が付く。バーサーカーを愛する人間など稀有だということがな。化け物に好き好んで近づく人間がどこにいる?」
大陸、いや世界中の現実だった。
下手をすれば狂戦士だらけになり得るかもしれない起因条件だったが、実際にそうなっていないのは現状を鑑みれば明らかである。
それに、チャティスは狂戦士に成り得、結局狂戦士のままだった存在を知っている。
ミュールだ。ミュール・アリソン・クレイセンツ。チャティスが外で初めてできた友達。
平和を愛し、狂戦士がこの世で不要なものだと自殺してしまった大事な人。
彼女の父親は彼女の前で死んだ。正確には死んだ後の姿を目視しただけだが、時間差はそこまで重要であるとは思えない。
要は、心の在り様なのだ。恐らく、人間か狂戦士かも関係ないのだろう。
死んだ人間、ないしは狂戦士を自分が愛しているか。
愛しい人が死んで、自分の心が砕けるのか否か。
クリスとオリバーは、条件に当てはまっていた。
だから心が砕かれ、感情が希薄となって、圧倒的な力を……狂化を制御する方法を会得した。
(……ある意味、狂化戦争をなくす方法だと言えるかもしれない。だけど……)
チャティスの脳裏に浮かぶのは、トランド山脈腐海の谷。そこに転落した時、ミュールの幻影が言っていた創世神話だ。
――人よ、“狂しむ”者に悲しみを与えるな。さすれば静かなる怒り降りかからん。
(これがベルセルクに至る条件だったってことなら……私は到底受け入れられない)
クリスはもはや泣くことだってできやしないのだ。
いや、心の奥底では泣いているのかもしれないし、チャティスがまだ見抜けない心の変化は生じているかもしれない。
だが、クリスは一度も泣いていない。悲しくても、涙を流してはいない。
笑いはした。ぎこちなくも微笑んでくれた。だけど、涙はとうに枯れているのだろう。
クリスは泣かない。オリバーも恐らくは。
薄い感情で、かつての在り方のように振る舞って、生きているように装っている。
二人とも死んでいるのだ。死んでしまった。大事な人が死んだ時に。
「お前が悲しむ必要はない。同情する必要もな。すぐにそんな気持ちは吹き飛ぶ。……そうだろう?」
今にも泣きそうになっているチャティスにオリバーは優しく声を掛け、敵に問いかける。
クリスは敵に頷き返し、話を進めた。
「次の議題……いや、本題を言うべきか」
クリスはチャティスを一瞥し、敵に向かって問い詰める。
「――お前が人間を殺す理由を教えろ」
オリバーもまたチャティスに目を向け、回答する。
「バーサーカー同士の争いをなくすため」
「そうなった所以は?」
「……お前と大して変わらない。だが、重要なのはアイツを殺したのが俺ではなく人間だ、というところか」
オリバーは顔色一つ変えずに狂戦士になった原因を説明した。
ここで言う“アイツ”とはオリバーがかつて愛した人間のことなのだろう。
「……だから人間を害悪だと決めつけるのか」
「そういうお前こそ、自分で人間を殺したから、バーサーカーが不必要だと信じているのだろう?」
オリバーの問い返しに、クリスは首を横に振る。
「それが要因の一つであることは否定しない。だが、俺が俺を……バーサーカーを不要と感じる理由はそれだけではない」
「その理由とは」
「俺は家族に捨てられた捨て子だ。狂化戦争で戦争道具として使われていたバーサーカーでもある。バーサーカーが無用なものだと俺は身を持って実感している」
「……え?」
突然の告白に、チャティスは動揺を隠せない。
なぜそのような大事な過去が、今になって出てくるのか。いや、今だから語るに値するのか。
一瞬、自分に嫌われたくなかったがための保身ではないかと邪推して、すぐにそうではないことに気付く。
クリスはチャティスの本質を見抜いている。もしこの過去を話せば、チャティスがクリスを嫌うどころか心配してより気遣いをすると理解している。
だがための黙秘。そがゆえの開口。
クリスが紡ぐ彼のもう一つの想いを、チャティスは黙って聞いていく。
「ふん。解せんな。なぜ人間を恨まない?」
「愚かな人間は多い。それは事実だ。仮にバーサーカーが全ていなくなったとしても、人は戦争を続けるだろう。だが人は改善の余地がある。……人を思い遣れる“天才”も生まれる。だが、バーサーカーはそうはいかない。決定的な欠陥を彼ら――俺たちは持っているからだ。その機能は改善できず、仮に治癒できたとしても……それよりも先に人が滅ぶ可能性の方が高い」
言葉が口を衝いて出そうになったところをチャティスがぐっと堪える。オリバーが応じる。
「一理はある、か。だがそれだと、仮に人が生き残ったとしても滅ぶ可能性が残されると思うが」
「言っただろう」
クリスは確信を持って言い放つ。
「人は改善の余地がある、と。希望だって存在する」
自信を持って放たれた言葉をオリバーは受け止める。
どうやら彼はクリスの考え自体を頭ごなしに否定する気はないようだ。
クリスの案が一理あることを認め、その上で自分の意見をぶつけてくる。
「しかし、希望は絶望へと容易に変容する。お前の案は俺たちに……バーサーカーにとって絶望以外の何物でもない。なるほど、確かにバーサーカーは致命的な欠陥を持っている。その欠陥は自分すら簡単に貫き、仲間にすら被害を与える。だが改善できぬのなら、改善しなくても良い方法を編み出せばいいだけだ。それが人間の殲滅。どのみち、改善の余地があったとしてもそれはあくまで余地でしかない。実際に結果が出なければ人が自滅するか否かは不明のままであり、確率的には人が滅ぶ可能性の方が高い」
「その根拠はなんだ」
「アイツ……エリーシュはバーサーカーを庇って人間に殺された。同じ人間にだ。お前が狂化した時だって元はと言えば人間のせいだろう? でなければ狂化するはずがないのだから」
クリスは反論しなかった。事実だからだろう。
サーレは山賊に襲われ、そこを助けようとしたクリスが狂化し想い人を殺す羽目となったのだから。
「お前は傲慢な人間を何人見てきた。愚かな人間は? 他人を平気で踏みにじる、狂人めいた化け物は?
人は自分で滅びの道を歩んでいる。……世界の終末を自ら再現しようとしているのだ。……なら、俺が代行してやっても問題はあるまい? 案ずることはない。善い人間……他者を恨まぬ人間ならば聖獣へと昇華する。……チャティスも問題はないだろう。お前が出会った優しい人間たちは狂しまない」
オリバーの提案は良いこと尽くめのようにも聞こえる。
なんだかんだ言って、オリバーは世界を住みやすいように調整するのだろう。世界の半分ほどが黒ずむことを考えると不安になるが、腐海はいずれ回復する。
それに、善人ならば聖獣へと成ることができる。悪人や増悪を募らせる人間ならば見るもおぞましい魔物へと成り果てることになるだろうが、きっと無用な争いのない平和な世界が訪れることだろう。
皮肉と言えた。人間を救うより、狂戦士を救った方が世界は安定する。
ただし、綺麗なままではない。狂戦士を救えば、世界の大部分が黒く染まる。
しかし、人間を救っても、世界は血だらけになる。
そして、チャティスの持つ第三の選択肢を用いても世界が綺麗なままだとは、チャティスは胸を張って謳うことができなかった。
一番不確定なのが、チャティスの思い描く未来だ。
チャティスが見つけた花は、狂化戦争を苛烈化させる危険性がある。
チャティスの想う願いは、人と狂戦士の死体を増やす要因となるかもしれない。
だから二人とも聞いてくれないのだ。綺麗な想いでも、想いは穢れてしまうから。
「……やはり平行線か」
クリスの閉口を答えと受け取ったオリバーが呟いた。
「わかっていたことだ。俺とお前がすべきなのは話し合いではなく殺し合いだと」
クリスが同調するように言葉を漏らす。
その声を聞いて、チャティスは戦慄する他はない。
もうどうしようもないと諦めるしかなかった。
結局、クリスとオリバーの対話は互いに一歩も譲らず平行線のまま終了した。
オリバーは敵を見送り、クリスは敵に背中を向けた。
撤退である。チャティスを救出するという当初の目的は果たしたからだ。
チャティスを抱きかかえて進むクリスに、チャティスはどこへと問いかける。
フストだ、と彼は一言述べて、それ以上は話さなかった。
だから、代わりにチャティスはクリスの身体を強く抱きしめる。
そうしないとどこかへ行ってしまう気がした。ここではない、ずっと遠くで高いところへと。
「クリス……私はあなたに死んで欲しくない……」
疲労が溜まったのかうとうとし出したチャティスがか細く呟いた。
それからすぐに眠ってしまう。クリスの腕の中であれば安心だと無警戒に。
「安らかに眠れ」
クリスはそう囁くと、チャティスを抱いたままフストへと飛翔する。
急いで準備をしなければならない。戦いの日は近い。
自分が何をすべきかよくわかっていた。
この綺麗な祈りを持つ少女をどうするべきなのかということも。
次にチャティスが目を覚ました時は、フストの客室でベッドの上に寝かされていた。
シャル、ノア、ウィレムなどの顔なじみだけではない。致命傷を負っていたキャスベルだってそこに含まれている。
「生きてたの!!」
起きて開口一番のセリフは、キャスベルの生存に対する驚きだった。やれやれ……と肩を竦めてキャスベルが応じる。
「アサシンを舐めて貰っちゃ困るわね。大陸最強の戦闘職よ?」
そう余裕ぶるキャスベルだが、身体のあちこちに巻かれた包帯が痛々しい。
特に注目すべきは顔だ。左目を覆うように巻かれた包帯がとても目につく。
「左目、は」
「ま、生きているだけ幸運って感じね」
「……そっか」
いくらアサシンと言えども、人間と狂戦士であれば戦力差は歴然だ。
生きて帰って来れたこと自体、奇跡に等しい。左目の喪失など、命の大切さに比べれば安いものだ。
しかし、身体の一部を喪うことはかなりの衝撃だろう。いくら勝気なキャスベルとはいえ、強がっていることは明白だった。
何か気の利いた言葉を投げたいとも思ったが、チャティスは思いつかないし、下手に声を掛けてもキャスの強がりを瓦解させてしまう気がした。
ゆえに声は掛けず、方法を探してやればいいと考える。
チャティスは旅の目的リストにキャスベルの右目修復を加えて、シャルに目を移した。
「シャルも無事だったんだ」
「……私をバーサーカーだと見抜いて、見逃したんだろうってクリスが。おかげでキャスベルを助けられた」
「そう。クリスに聞いたんだ……」
「ええ。事情は全て聞きました」
フストの領主であるノアが口を挟む。そうだと横のウィレムが頷く。
「君が情けなく攫われたこともね。人騒がせなだけでなく、バーサーカー騒がせだとはどうしようもないな!」
「ふふ、ウィレムは相当あなたを心配していましたよ? クリスが連れ帰った後も何か魔術を受けたんじゃないかと大慌て。気づくとバーサーカー嫌いも克服している有様で」
「の、ノアッ! 僕は別にバーサーカーは嫌いじゃなかったし、コイツのことなんて全く全然意にも介していなかったぞ!」
腕を組んでそっぽを向くウィレム。へぇ、ウィレムがねぇ……とちょっといたずらっこのような笑みを向けたチャティスだが、すぐに関心は相棒へと移った。
「クリスは……どこ」
問いかけるように聞くと、全員が顔を見合わせる。
胸騒ぎがして、もう一度強く訊ねると、そう心配なさらないでとノアがチャティスを気遣った。
「少し出かけているようです。何やら準備がある、と言って」
「……行かないと」
チャティスはベッドから立ち上がり、寝間着から旅服へと着替え始める。
「な、何を考えてる! 君は三日も寝ていたんだぞ? 急に動くのは危険だろう」
「三日も……! なおさら急がないとダメだよ」
チャティスの着替えはますますペースアップをし、最後にテリーから拝借した茶色の外套を身に着ける。
有無を言わせず出て行こうとしたチャティスにウィレムが立ち塞がった。
「……やめておけ、君。天才である僕から言わせれば、今の君はとても危険な状態だ。肉体的ではなく精神的に」
「天才である私から反論させてもらうと、危険を承知してでもやらなきゃいけないことがあるんだよ」
普段通りのチャティスの顔。そこから滲み溢れる気迫を前に、ウィレムはう、と後ずさる。
「だが、どこに向かったのかわかるまい!」
「ううん、わかるよ。クリスはテェンソーに向かったはず」
チャティスは考える間もなく、クリスの向かった先を見破った。
行き先をいきなり論破され、ウィレムはますます押されていく。チャティスは、ウィレムに歩み寄りながらクリスの考えを述べていく。
「クリスならこう考えるはず。まずは装備の拡充だと。確かに銃器はバーサーカー、ましてやベルセルクには効果が薄いけど、物は使いようだから、接射等様々な用途がある。それに、敵がひとりで来ない可能性も否定できない。いくつか可能性が考えられるのなら、それに応じた装備を用意するのは当然なんだ」
チャティスはクリスだけではなくオリバーのことも考えていた。
正確には、オリバーを好いているミーリアのことを。彼女なら、クリスとオリバーの決闘を妨害する可能性が十分あった。
クリスがミーリアの存在を認知しているかは定かではないが、敵の増援を思慮して然るべきである。
此度の決闘は、己の理想を掛けた死闘。正々堂々である必要は微塵もない。
自分の敗北は自分が守護する種族の滅亡だと彼らは考えているはずだ。二人とも、自分勝手に人間と狂戦士の代表をしている。
そんな彼らを黙って見過ごすことなどできない。理由は簡単、放っておけないから。
「し、しかしだな」
「私は自分勝手だからね。誰に止められようと行くよ。説得は時間の無駄」
チャティスは部屋を出る前に、ウィレムの頭に手を差し出した。握手を求めて。
な、と愕然とするウィレムの手を強引に握り握手を交わす。
「でも、ありがとうウィレム。あなたの気遣いはとても嬉しい。感謝してるよ」
「な……バカな……僕は気遣いなどと……」
困惑し赤面するウィレムから目を背け、後ろでチャティスを不安げに見つめるノアを呼ぶ。
「ノア、悪いけど、まだリボルバーは渡せないや。まだ私にはやらなきゃならないことがあるから」
「……そのようですね。ガルド様の加護があらんことを。私はいつでもここで待っています。あなたはこの国に必要な人材だと確信していますから」
「もちろん。私は天才だからね」
チャティスは口癖を言い放ち部屋を出て行った。その後ろをシャルとキャスベルが当然のように追従する。
背中を見送ったウィレムが歯噛みしながらノアへ言う。
「今のは一体どういうことだ! あの顔を見たか!?」
「……興奮しないで、ウィレム。仕方ありませんよ」
「仕方なくなどあるものか。まるで……死地に赴くような顔だったぞ」
ウィレムの言葉を受けても、ノアは寂しそうな笑みをみせるだけだった。
ここで止めないとどうなるかは誰もがわかっていた。
しかし、それでもチャティスならどうにかしてしまうのではないか。
そんな予感がなぜかある。
「信じましょう。彼女は天才ですから」
「ついて来てくれるんだ」
馬車の御者席に座ったチャティスは、当然の如く馬車へ乗り込んだシャルとキャスベルに声を掛ける。
二人はもちろん、と答えた。仲間でしょ、とキャスベルが当たり前のように言う。
「私はまだまともに活躍できてないしね。そろそろ活躍させろって感じよ」
「……私はチャティスが行くならどこにでも。友達、だから」
「ありがと」
チャティスは感謝を述べながら馬車を動かす。以前ならいうことを聞いてくれなかった馬たちは今回ばかりはちゃんと指示を聞いてくれる。
ヒヒン、と馬は鳴き、馬車は走る。
目的地はテェンソー。技術の街。恐らくクリスはチャティスがフリントロックピストルを入手した銃器店にいるはずだ。
不思議とチャティスはクリスのことがよくわかった。
もしかすると、今彼も自分のことを考えてるのかもしれない。
チャティスは、そんな風に思いながら、馬車を進ませた。
※※※
「……リストの物は準備できたか?」
「もちろん。だが、本当にこれでいいのか? こんなの着たら動くこともままならねーぞ」
銃器店の店主は渋い顔をしながら品物を差し出す。
注文品がカウンターに次々と並べられ、その中でもとりわけ大きな物品を店主が店員や鍛冶屋と協力しながら運んできた。
おい、という若い店員ロードの制止を無視し、クリスは片手で掴みあげる。
大の大人が数人がかりで運んだそれをクリスは難なく身に着けると、確かめるように身体を動かした。
「嘘だろ……アホみたいに重いってのに。アンタ本当に人間か?」
怪訝な顔で訊くロード。クリスは澄ました顔で答える。
「いや、俺はバーサーカー……ベルセルクだ」
「うえっ!?」
ロードが情けない声を上げて、店の奥まで後ずさった。運んできた職人たちも困惑し困り果てている。
だが、カウンター越しの店主だけは違った。情けない顔するんじゃねえと職人たちを一喝し、
「お前らだって張り切って作ってただろうが。……作ってる時に気付けバカ共」
「し、しかしお前怖くないのかよ?」
人一倍怯えてた男が店主に問う。店主はきっぱりと首を縦に振る。
「ああ、怖くねえ」
「……なぜ?」
問い返したのはクリスだ。クリスに見つめられ、店主もまた平然と視線を返す。
「あの子だよ」
「……チャティスか」
「そうそう。あの子といっしょにいたから、アンタは大丈夫だと確信してた。不思議だよな。あの子はそうやって人を惹きつける不可思議な魅力がある」
店主が微笑ましいように笑う。クリスも釣られて、微かな笑みをみせた。
「ああ。あの子は天才だからな」
クリスが呟くと、よぉし、と店主が張り切った声を上げ、職人たちに呼び掛けた。
「コイツの最終調整をするぞ。お前らの腕を鳴らす時がきた。最高の一品を拵えるぞ!!」
「お、おお!!」
弱気の職人が声を上げると、他の職人たちも叫びだした。
なんだかんだ言って皆、注文品の作成に胸をときめかしていたのだろう。
職人気質の人間たちに再び鎧を預け、クリスは外に出た。やるべきことは累積している。
クリスが街の中心部へと足を歩ませていると、誰かが声を掛けてくる。
クリスは足を止めることなくその声を聞き続けた。止める必要がないと、わかっていた。
――なぜ言葉が必要なのかと考えたことはある?
「いいや、ない」
気付くとクリスはもう歩いていなかった。木陰で木の根元に寄り掛かるサーレを見下ろして彼女と会話していた。
「何で? せっかく時間があったのだし、色々と思索するのも一興でしょうに」
「……俺はどうやれば死ねるのかとずっと考えていた」
その答えを聞き、サーレは嘆息する。全くこれだから死にたがりの狂戦士は、と。
「私はあなたを殺すこと以外にも色々考えていたわ。今思えば、私は復讐者として出来損ないだったのかもしれない。剣を振るって、盗みを働いて、銃の撃ち方を覚えて。なぜか、そうやってあなたを殺す方法を身に着けてる時に限って、どうでもいい思考が頭を独占するの。人はなぜ争うのか。なぜ狂化戦争が起こるのか」
「狂化戦争はバーサーカーが原因だ」
「はぁ……。あなたのその決めつけは一体なぜなの。もっと色んなことを考えましょう。見方を変えるのよ。まずは自分の視点から物事を見つめる。次は一歩引いた客観視。次に相手の視点。そして、上」
サーレは上……木の葉を指さした。
「上」
「そう、上。神様の見方。それが終わったら、下。地獄に住む悪魔たちの見方をする。それを終えたら、また自分の視点に戻る。自分の考えが正しいのか、間違っているのか。もう一度考える」
「そんなことをしなくても答えは出ている」
「それを言っちゃったら何も変わらない。騙されたと思ってやる。何なら、身近な人間の見方に立つといい。例えば……私とか」
「君か」
クリスはサーレをじっと見下ろす。サーレはクリスをじっと見返す。
降参したように、クリスは首を横に振った。
「俺には君の考えがわからない」
「まぁ、そうよね。すぐにはわからないと思う。私だって、自分の心を完璧には理解していないし。でも、いつかわかる時が来るんじゃないかな。……さて、話を戻す。あなたは、なぜ言葉があると思う?」
再び哲学めいた問いを投げかけられて、クリスは熟考した。
人間となった気分になって、答えてみる。
「敵だ」
「敵?」
「そう、敵だ。魔物などの外敵。人は脆弱な生き物だ。単独の力では生きていけない。敵がいたから、敵と戦うための連携手段として言葉を獲得した」
「だったら何で人同士で戦争をする? 言葉があるのだから、互いの利益を重視し尊重し合って、協力していけばいい。争う必要は感じられない」
サーレの追及に、クリスは思いついた言葉を述べる。
「……それは、敵が人間へと移り変わったからだ。人間は人間同士で争い始めた。魔物の脅威が微弱となったからだ。だから戦争を行う。その道具としてバーサーカーを選択した。敵を大損害を与える諸刃の剣を」
「じゃあ、なぜ人が敵になったか考えたことはある?」
サーレの議題はころころ変わる。とにかく、クリスに問いを投げて彼の反応を楽しんでいるようだ。
小悪魔のような笑みを浮かべるサーレに、クリスは困惑しながらも思考する。
「……人には欲望がある。狂化戦争の主たる原因は、独占欲だ。全ての物を手に入れたい。大陸をこの手にしたい。そのような狂気が、戦争の種火となった」
「……一理あるわね。でも私はこう考えてるわ。……全ての原因は愛よ」
「愛?」
サーレは立ち上がり、クリスの前を歩き始めた。
「そう、愛。なぜ独占したいって思ったか。利益を得たいって思ったか。その理由を突き詰めると、愛に結びつく。愛とは他者に対する者だけではない。自己愛も含まれる。他者を養うためにお金を手にし、自分を満足させるために物欲を満たす。人は心を持つがゆえに争うのだ。心を持たなければ争いもなく、平和な世界だけが残される」
「それが君の考え」
サーレはすたすたと歩き、突然立ち止まって振り返る。
「考えの一つではある。でも、それじゃとても悲しいし、つまらないでしょう?」
「つまらない?」
「そ、つまらない。人は心があるからこそ感情豊かに表現し、ただの事象を装飾していく。取るに足らないことを面白おかしく表現したり、衝撃を感じれば泣いたり怒ったり、笑ったりする」
「しかし、情のせいで戦争が起こるのならば、排除するべきではないか?」
全くもう。サーレはそう笑い、不満げに口を尖らせた。
「情があるから、平和に意味があるの。感情がない人間は死人も同然よ。腐海に発生する屍人たちと何ら変わらない……。どれだけ悲しくても壊れても、心は捨てちゃダメ。辛くてもね。心があれば泣けるんだから」
「泣いた時など一度もない」
「まーた嘘ばっかり。あなたはさ、感情豊かなのに感情を隠してる。自分は人間らしく振る舞っちゃいけないと思っているのね? あなたは人なんだから、人らしく振る舞うべきなのよ。あなたは人殺しの化け物なんかじゃない。ただちょっと特殊なだけの人間なのだから」
「俺は人間などではない……」
言いながら、クリスは少し期待していた。
このまま人らしい生活が営めるのでは、と。
全て見透かしたようにサーレは微笑む。
「でも、心を持っている。もし、もしだけどさ、私がいなくなっても、あなたは心を忘れないで。人が困っていたら助けてあげて、そして自分が困ったら、助けを求めるの。私にしたように。相手を思いやり、自分も思いやる。どっちもね。片方だけじゃダメ。もしそんな風に困った発想の人がいたら、あなたが助けてあげて」
サーレはもしや、クリス以上に理解していたのかもしれない。
この生活が長く続かないことを。自分の命がいつ失われてもおかしくないということを。
それでも彼女はずっとクリスの傍にいた。復讐の対象だった男に寄り添い続けた。
なぜだ、とクリスは夜な夜な自問した。だがいつまで経っても答えは見つからない。
だから、彼女の言葉を頭の中に刻み付けた。彼女の視点を今まで出会った色んな人物の視点から顧みる。
チャティスだったらどう意見するかと、思案する。
「――愛だよ、クリス。想いが全て」
「……チャティスか」
いつの間にか、チャティスがクリスに追い付いていた。
全てを見透かした瞳で、クリスを見つめていた。




