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薬師チャティスと狂戦士と  作者: 白銀悠一
第五章 守護騎士と邪悪な野心と
36/62

魅了の力

 睨みあう二人の男。

 殺気立つ狂戦士と暗殺者。

 クリスは時間があまりないにも関わらず奇怪な暗殺魔術を用いるアサシンの脅威を見逃せないでおり。

 ギムネスもまた突然現れた第三勢力に対し、警戒を色濃くしている。


「目的は何だ?」


 時間に追われるクリスが問う。


「リベルテの暗殺。……キャスベルの……妹の救出」


 妹の命が懸かっているギムネスが答える。

 瞳を交差させた瞬間に、両者は理解した。

 互いの目的、互いの行動理念。

 それらは対象こそ違えど、本質的に変わりはない、ということを。


「……敵には優先順位、というものがある」


 クリスが呟くとギムネスが賛同するように頷いた。


「同意見だ。ただ闇雲に殺せば良いというわけではなく、殺す時期を吟味する必要がある。だが――俺はその判断を誤ったがな」

「……俺も大差ない。殺すのを見送った者が何人かいる。しかし、その判断は正しいものなのか謎のままだ」

「答えは何の前触れもなく突然に突きつけられるものだ。……俺を悪い手本として利用しておけ、バーサーカー」

「……どちらを殺す」


 クリスとギムネスの会話は最低限度だった。

 お互い、踏み込んだ応対は必要ない。今重要なのは、どちらがどちらを殺すのかだ。

 ここでいう“どちら”はクリスとギムネスであり、悪君リベルテとキャスベルに刻印を施した魔術師の両名である。


「確実を期すためには、俺がリベルテを暗殺した方がいい。魔術師という奴は時に奇奇怪怪な魔術を行使してくる場合が多々ある。殺せなくはないが、今は時間が惜しいからな。正面から堂々と突破し、敵を粉砕できるバーサーカーこそ魔術師の相手に相応しい」

「異論はない。敵の場所はわかるか?」


 クリスの質問を受け、ギムネスは王城横に立つ鉄塔を指さした。


「あれは魔術工房も兼ねた鉄塔だ。結界魔術によって侵入は困難となっている、が、それはあくまで人間相手の話だ。人間にとっては厄介な罠もバーサーカーにとっては足止めにすらならないだろう」

「承知した。……お前はリベルテを頼む」

「任されたバーサーカー。……最後にひとついいか?」


 ギムネスから投げられた問いに、クリスは詳細を聞く前に答える。


「お前の妹なら、天才が看ている。無問題だ」

「そうか……安心した」


 安堵したギムネスだが、また皮肉めいた思いに囚われる。


(まだ敵の方が信用できるとはな。しかし、敵の敵は味方とはよく言ったものだ)


 だがしかし、今は利用できるものは何でも使う。リベルテと考え方は似通っているが、本質的には違う想いを秘めて、ギムネスは真なる敵の元へと向かう。


「無問題……いや、問題しかない、か」


 クリスも鉄塔へと視線を移し、魔術師を始末するため動き出した。



 ※※※



 苛立ち気に響く足音。爪を甘く噛みながらチャティスは魔術書と睨みあっていた。

 土台無理な話であったといえばその通りだ。チャティスは所詮一介の薬師でしかない。

 ……違う。その評価誤りだ。チャティスは天才を自負する薬師である。


「刻印は無理に剥がそうとすると魔力器官ごと持って行かれる。それすなわち死。そんな低度な方法じゃあ私は凡人にしか成り得ない。キャスを生かしフストも救う解呪方法は……」

「えいくそ! この魔術は一体どんなくそったれが創ったんだ!! これほど強力な魔術は見たことがない! ……っ、つまり禁術か!!」


 なんと迂闊な!! とウィレムが叫ぶや否や、脱兎の如く部屋を飛び出していく。

 何やら思い当たる節があったようだが、チャティスはチャティスで思索を続けていく。

 空は綺麗な黄昏色に染まり、夜の守護者が自己主張し始めている。

 砂時計もまたゆっくりと時間が押し迫っていることを教えてくれている。


「……無理なら無理でもいいわ」

「そんなことをおっしゃらないで。ガルド様だったら絶対に諦めたりしません。すなわち、ガルド様の妻である私も、諦めることはありません」


 弱気になるキャスベルにノアが優しく語りかける。

 名称未定の不可思議花の効果によってキャスの容体は先程よりも落ち着いているが、時間が経つにつれ刻印の黒光が増している。

 すぐまたしゃべることすら難しくなることは明瞭。一刻も早く解呪方法を確立しなければならないのだが……。


「クリス頼み……いや、ここは私が何とかしないと」

「あまり根を詰めないで、チャティス。いつもの調子を維持してて」

「それはちょっと難しい……う?」


 突然シャルがチャティスの手を握りしめる。困惑したチャティスだが、ミュールの声を思い出してハッとする。

 同時に父親の声も脳裏に鳴り響く。

 薬師は常に堂々とあれ。

 治す側よりも治される側の方が不安なのだ。治すはずの薬師が弱気になってはならない。


「うん、ありがとうシャル。さて、この世唯一の才覚者、チャティス様がぱぱっと治しちゃうよ!!」


 チャティスが元通りに戻ったところで、ウィレムが分厚い本を抱えて戻ってくる。

 禁術が記されたそれをウィレムは一心不乱に読みふける。そして、大声で叫んだ。


「見つけたぞ!!」

「え、本当なの!?」


 驚きを隠さずにチャティスが書物を覗き込む。

 魔術用語が羅列されたページの中に、対狂戦士用兵器などと謳われた項目があった。


「人は人なりに、バーサーカーへの対抗策を模索してきた。現状を見るとそんな方法はないように見えるが、実際には存在するらしい。高密度の魔力をぶつければ、バーサーカーを斃すことができる。いや、そもそもそんなものすら必要ないんだ。斃そうと思えば素手でも斃せる。……あくまで理論上は」

「……理論上は可能でも、狂化したバーサーカーの戦闘力は凄まじいよ。一騎当千……それ以上。だから、結局は机上の空論でしかない」


 間近で狂戦士の狂乱を見てきたチャティスにはよくわかる。何が効くのかどうか吟味する意味がない。

 当たらないからだ。当たっても防がれる。撃とうとしても不発に終わる。

 アーリアの飼い主であったカフラも狂戦士への対抗策を会得していたが、クリスから放たれた驚異的な速度の投剣になす術もなく斃されていた。


「……リベルテにはそんなこと関係ないわ。何でも使うもの、あの男は」


 ベッドから漏れるキャスベルの呟きにノアが肯定する。


「ガルド様が言っていた通りです。実際に殺せるかどうかはどうでもいいのかもしれません。ただ打てる手を打つだけ」

「とにかくだ。ここに載っていることはさっき僕が解説した通りのことだ。流石僕だな。褒め称えてもいいぞ!」

「ウィレム……」


 威張ろうとしたウィレムだったが、シャルから注がれる冷めた視線にう、と言葉を詰まらせた。

 すぐに肝心の解呪方法へと目を走らせる。が、最後までページを読み切ってはたと止まった。

 愕然とした表情で硬直しているウィレムの視線を辿り、チャティスもまた顔を驚愕に染めることとなる。


「そんな……」

「どうしたの? チャティス、ウィレム」


 二人の様子に戸惑うシャルの質問に、チャティスは動揺を隠すことなく打ち明けた。


「……この禁術には、解呪方法が存在しない」



 ※※※



 鉄塔昇りに、クリスは意外にも苦戦を強いられた。

 鉄塔内に配置された罠の数々に苦しめられたという意味ではない。むしろ、力があり過ぎるからこそ、鉄塔を崩壊させぬように加減をしなければならず、想定以上に時間が掛かってしまった。

 だが、やっと頂上に辿りつき、目前には魔術師がぶるぶるとみっともなく震えている。


「く、来るな!! 全てリベルテ殿の策略!! 私はただ命令に従っただけのことだ!!」

「盲目な従順か。……お前はある意味、バーサーカーよりも哀れだな」

「そ、そうだ!! 私は哀れなのだ!! だから慈悲を!! 慈悲をくれえ!!」


 魔術師らしい気品かつ傲慢さが窺える魔術工房だったが、男にはその欠片が一片たりとも感じられない。

 恐らくはこの男も利用されただけなのだろう。しかし、下で奴隷のように扱われるエドヲンの領民たちに比べれば魔術師が高待遇だったことは火を見るより明らかだ。

 慈悲などくれてやる義理はない。しかし……。


「対応如何によっては、見逃してやる。――フストにいるアサシンに仕掛けた魔術を解除しろ」

「あ、ああ!! もちろん、もちろんだとも!! ただ、今ここでは不可能だ!! 今すぐフストのアサシンの元へ――あ、おぉおおおお!!」


 魔術師が狂声を上げたのは気が狂ったからではなく、左太ももに剣が刺さったからだ。

 クリスは魔術師の嘘を見逃さなかった。生きようと必死な人間はできもしない虚言を言い放つ。


「無理だな。お前に魔術を解くことはできない」

「そ、そんなことはない、私は、私はぁ!!」


 目を泳がせながらも見苦しく訴える魔術師を常なる無表情で、だが普段よりも冷酷な瞳で見下ろしたクリスは魔術師の太ももから剣を抜き取った。


「ならば、より確実な方法を試すしかない」


 音よりも速く、魔術師の首が宙を舞う。

 この方法が確たる解決方法だと自負はできない。しかし、可能性が高い方に賭けること。

 それが今クリスが取れる最良の手段だ。

 剣を鞘へと仕舞い、鉄塔の壁を蹴り割って、クリスは真横にある王城へと目を移す。


「次はリベルテ、か」


 夕日はもう沈みかけていた。



 城内では銃撃戦が繰り広げられていた。

 ギムネスは上下二連のピストルと衛兵を暗殺し回収したピストルで、物陰に隠れながら大広間の反対側に立つリベルテと撃ち合いをしている。

 リベルテの方は近くに立つ護衛にピストルの装填を任せ絶え間なく次から次へとギムネスに向かって射撃をしていたが、アサシン特有の身軽さになかなか捉えられないでいた。

 両者共に拮抗している状態ではあったが、弾数に限りがあるギムネスの不利。

 そのため、クリスは広間横の壁を斬り壊し、敵の注意を引き付けながら侵入した。


「ッ!? バーサーカーか!!」


 瞠目するリベルテ。その隙を見逃すギムネスではない。

 回り込んだりせずに、堂々と正面からナイフを片手に突撃する。

 一瞬クリスに気を取られたリベルテとはいえ、真正面からの突撃を黙って見過ごすはずはない。

 豪奢なピストルを構えて、撃つ。瞬間、当たって外れたことを理解する。


「残像か!!」


 別方向から姿を現したギムネスがリベルテへと跳びかかる。

 反射的に剣を抜くリベルテ。宙を舞うギムネス。

 交差する剣とナイフ。


「リベルテ!!」

「アサシンめ!!」


 互いの肉を裂いた両者が、大広間に倒れ伏す。


「……終わったか」


 クリスはまだ敵が残っているというのに警戒することなく二人に近寄った。

 城内に残っていた兵士は、クリスの破壊を目視し戦意を喪失している。主を喪った時点で、彼らに命を投げ出してまで戦う理由は残っていなかった。

 逃走を図る兵士たちを後目に、クリスはまず息も絶え絶えのリベルテへ目を落とす。


「傲慢な領主の愚かな末路か」

「……ふん。お前もそんな風に思うのか。どうせお前はこう思っているのだろう? 私は気が狂っていると。ガルドの奴もそうだった……。だが果たして本当に気が狂っているのは私なのか?」

「何?」


 リベルテは野望が潰え、自身の命も消えかけているというのに邪悪な笑みを浮かべたままだった。


「気が狂ってるのは私ではなく、お前たちの方ではないか? 人とは常に争いを求める者だ。バーサーカーなどという化け物が存在している時点で、賢しい人間が戦争に利用することは目に見えていた。操作性に難はあるが……上手く利用すれば小国でも大陸を征服できる。自分の思い通りに世界を染め上げることが可能だ。……人間とは傲慢な生き物なのだ。だが、お前たちは違かった。無欲に、平和に暮らせればいいなどと、綺麗ごとをのたまっていた。……狂人の戯言だ」

「俺に関してはその評価で問題ない。だが、あの子は違う」

「あの子……ああ、チャティスとか言ったか」


 リベルテは顔を苦悶に歪ませながらも、高らかな笑い声を響かせた。


「あの少女。あれこそ、一番の狂人だ……。だからこそ、お前などという化け物とつるんでいた。……お前を利用していたんだ。自身の目的のために。……よもや、バーサーカーを受け入れる人間が存在するなどと思っていたのではあるまいな? ……まぁいい。夢を見てればいい。その夢も儚く消える」

「どういう意味だ」


 口調こそ静かだったが、その無に近しい表情には焦りが窺える。

 リベルテは血を吐きながらも、心底愉しそうな表情で嗤っていた。


「キャスベルに仕掛けた魔術。あれは誰にも解呪できん。……私が安易に回避可能な方策を取るとでも思っていたか?」

「……」


 予想できていたことではある。

 クリスも。今なお解呪しようと努力しているチャティスにも。

 それでも可能性がまだあるとして動いたがやはり、誰かを犠牲にせずに皆救われるなどという都合の良い展開は起こりえないようだ。

 キャスベルが死ぬか。もしくはキャスベルと共にクリスが自爆するか。

 人数の観点から言えば、前者の方が良い。しかし、そうなればフストは消滅。

 ガルドというリーダーを喪い、さらに国まで失うとなればフスト領民は露頭に迷うことになる。

 それは避けねば。それに、キャスベルだけを死なせようとチャティスが思うはずはない。

 黙考するクリスをリベルテは嗤う。愉快に。愉悦を感じさせながら。

 同じ笑顔ながら、クリスにはチャティスの笑い顔の方が綺麗に思える。

 不思議な青い、魅力的な花畑で愛らしく笑っていた彼女の顔が脳裏に浮かぶ。


「もはや、お前の苦悶する顔だけが愉しみだ。……それとも、お前は自死するか? どちらでも構わん。……地獄で待っているぞ……ぉ……」


 リベルテの瞳から生気が抜け落ち、動かなくなった。


「――時間がない」


 早々に立ち去ろうとするクリスは、待て、と呼びかける声を聞き立ち止まる。

 リベルテと同等に重傷を負っているギムネスだ。チャティスがこの場にいればギムネスを治療することが可能だったろうが、クリスには傷ついた人間を治療するスキルはない。


「俺にはお前を助けられない」

「……構わない。元は俺のせいだ。ここで死ぬのも道理というもの」


 達観した様子で言うギムネスは、苦しそうに息を吐く。

 クリスは近づいて、なるべく彼の負担を減らそうとする。


「俺は多くの罪を犯した。お前も俺を憎んでいるだろう?」

「俺は感情が……希薄になっている。誰かを恨んだことはない」

「嘘をつけ。……酷く取り乱しているではないか」


 クリス自身に動じていたつもりはないが、ギムネスもチャティスと同様彼の僅かな感情を見抜いたらしい。

 死にかけるアサシンは、ナイフをクリスへと手渡し、こう言った。


「もしノアに会ったなら伝えてくれ。ガルドを殺して済まなかったと。そして、キャスを恨まないでくれとも。全ての責は俺に。アサシンたちに罪はない」

「伝えておこう」


 アサシンナイフを仕舞い、クリスは踵を返す。

 もう少し話しに付き合いたかったが、これ以上ここで時間を浪費するわけにはいかなかった。

 最期に誇り高き暗殺者は、もう一つだけ頼みごとを述べた。


「キャスベルを……頼む。図々しい願いかもしれないが」

「……任せておけ」


 クリスが振り返って告げると、ギムネスは安堵し、安らかな表情となる。


「すまない、バーサーカー。ありがとう……」

「――眠れ。お前の無念、無駄にはしない」


 クリスは、悲しい決意を秘めてフストへと駆け戻る。



 ※※※



「解呪ができない術式なんて欠陥だよ!!」


 本を投げつけながらチャティスが叫ぶ。その行いを見てノアが残念そうに首を横へ振った。


「リベルテにとっては都合の良い術式だったのでしょう。あの男は確実にここを吹き飛ばす算段だったようです」

「無茶苦茶だな、くそっ。このくそ術式を組み上げたのは一体どんな奴だ!! 出てこいぶん殴ってやる!!」


 憤慨したウィレムが壁を殴り始めた。

 皆が冷静さを失っている様を見て、シャルも当惑するしかない。

 刻印をその身に受けた本人であるキャスベルだけが、冷静さを保ち続けていた。

 あるいは、花のおかげかもしれないが。


「やっぱり、私が死ぬか、出て行くしかない……」

「っ、そんなことはさせないよ!!」


 よろよろと立ち上がり、部屋から出て行こうとしたキャスをチャティスが制す。

 だが、キャスベルは凛然とした態度でその手を振り払った。


「でも、他に方法がないでしょう! ……気持ちだけで十分よ。あなたたちの努力だけで、私は十分救われた。……これ以上何かを望むと罰が当たる」


 瞬間、チャティスの中に怒りが湧き起こる。

 キャスベルに対してではない。今回は、自分に向かってでもない。

 神様だ。またまたくそったれな不幸を振りまきやがったくそ神である。


「ふざけないでよ!! 罰が当たる? 人が生きたいと願って罰が当たるって一体どういうこと!?」

「な、ちょっ」

「今世界を守護している神様は神様なんかじゃない!! 邪神よ邪神!! 神の皮を被った悪魔!! 違うって言うなら少女のひとりくらい救ってみせなよ!!」

「ちゃ、チャティス……?」


 とうとう気が狂ったのか、と茫然する一同を差し置いて、チャティスは怒号を上げ続ける。

 チャティスは幼少期から神に対して、かなりの不満を抱いていた。

 自分に完治不能の病気を掛けたこと。

 両親や優しい村人たちに気苦労を掛ける羽目になったこと。

 自身に魅了なんていうくそ極まりない呪いが宿っていること。

 狂戦士が争い、人が死ななければならない世界を創り上げたこと。


「一体何なの!? なになに、これも私のチャームのせい? 私が天災だから? 全ては私がフストに足を運んだせい? 私がみんなに不幸を振りまいてるの?」

「おい本当にいかれたのか?」

「あ、いや、チャティスにはチャームっていう呪いが掛かってて」


 補足するシャルを無視し、チャティスは胸にたくさん詰まっている不満をぶちまけ続ける。

 そう、魅了だ。この呪いはあらゆる災厄を引き寄せるという。

 そんなふざけた効果が本当にあるのならば――。


「――ならさ、せめて、私以外の人には幸運を宿すとかにしてよ!! 不幸なのは私なんでしょ!? 私が嫌な目に遭うのなら、その分他人に良い思いをさせてよ!! キャスベルを、みんなを、一度くらい助けてみせろ――ッ!!」


 涙ぐみながら絶叫したチャティス。だがしかし、神様はうんともすんとも言わず、部屋には沈黙が流れるばかり。

 うぅ、とチャティスは力なく座り込んだ。

 今度こそは誰かを救おうと思ったのに。

 また、誰かが死ぬ姿を見なければならないのか。

 チャティスの眼前には、絶望が溢れている。

 だが、忘れることなかれ。絶望が存在するということは――。


「――希望も必ずある、ということじゃな。どれ、ジジイが人肌脱ぐとしようかの」

「なっ!?」


 急に現れた老人が、杖を取り出し、キャスベルに向けて魔術を行使した。

 すると、キャスベルの身体から刻印が抜け落ちていく。突然の救いに、救われた本人であるキャスベルも、傍に佇む皆も困惑するしかない。

 理解が追い付かない状況に、チャティスはあ、と小さく声を上げた。

 見覚えのある老人だ。


「アリソンで私を鑑定してくれた……」

「うむうむ。野暮用で近くに来てのう、どうも以前診た少女が近くに居るらしいと聞いての。暇つぶしがてら、寄ってみたというわけじゃ。すると何やらワシが昔に創った術式が悪さしているらしい。それは魔術師としては見逃せない」

「創ったって……え?」


 ますます謎が深まり、頭がぐるぐるしてきたチャティスの横で、今度はウィレムが声を荒げた。

 魔術書をパラパラめくりやはり……! と何かを確信する。


「あなたは、昨今の魔術基礎を構築した……大陸最高の……!!」

「のうのう、ワシはそんな大層なものではないわい。ただのごくごく平凡な魔術師じゃ。……しかし眼福じゃのう」

「え……眼福……?」


 意味不明な老人の言葉にチャティスの頭は追い付かない。

 一歩下がったところで冷静に事態を把握していたシャルだけが、老人の意図に気付いていた。


「おじいさん、キャスの裸に興味があるの?」


 その一言で、少女たちに衝撃が奔る。

 キャスベルは年相応の少女らしい悲鳴を上げてしゃがみ込み、ノアは慌てて服を取りに走る。

 ウィレムは顔を真っ赤にし、キャスを庇うように立ち塞がった。

 老人に一番近い位置に立っていたチャティスが、老人の目を手で覆う。


「むぅ、減るものでもあるまいし、もう少し見せてくれてもいいんじゃないかの」

「そんなふざけた発想をしてるからクリス以外の男は嫌いなんだよ!! もっと女の子の気持ちを考えて!! ケダモノ、ウルフ――!!」

「みんな、変なの。誰も裸で生まれてくるのに」


 シャルには、なぜチャティスたちがこうも妙な反応をするのかさっぱりわからない。

 だがそれでも、先程の雰囲気よりはこっちの方がいいな、と密かに思い、不思議そうに微笑んでいた。

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