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薬師チャティスと狂戦士と  作者: 白銀悠一
第五章 守護騎士と邪悪な野心と
33/62

突発的変化

 地下室へと戻ろうとしていたチャティスは、廊下でばったりクリスと出くわした。

 言いつけを破ったことでばつが悪くなり、チャティスはう、と視線を逸らす。


「……なぜ地下で待っていなかった?」

「ちょっと……空気を吸いに出ただけだよ。埃っぽかったから。それに、戻ってきたってことは何もいなかったんでしょ?」


 クリスは不服そうな声でああ、と答える。無表情の中でもそう感じるのだから、やはり納得してはいないのだろう。

 だが、それを言うならチャティスだって同じである。ことの大きさが違うため、直接口にはしないが。

 しかし、表情にはばっちりと出ていた。


「……機嫌が悪いのか」

「別に、悪くなんてないよ。……まず、傷の手当てをするからさ。どこか部屋に行こう?」


 正直なところ、クリスを地下室で一目見た時から、薬師としての内面が治療したいとうずうずしていた。

 とはいえまだ敵がいるかもしれない中で、治療という隙をみせるわけにもいくまい……と、我慢していたのである。

 色々あってそこまで至らなかったというのが本当なのだが、そんな無粋なことを思っている時間はない。


「ほら、早く」


 チャティスは手近な部屋の中へクリスと共に入室。

 クリスを椅子に座らせると、ポーチから薬を取り出してテーブルの上に並べていく。


「ねぇ」

「何だ?」

「……何でもない」


 自分から声を掛けておきながら、何でもないと素知らぬ顔をする。

 訊きたいことはたくさんあるが、訊いて相手が気を悪くするのではないかと邪推して、結局何も聞き出せない。

 クリスの方も何も語らないので、無口に、静かに治療を続ける。

 保存瓶や密閉容器のふたを開ける音。

 鉢の中で薬品を磨り潰す音。

 薬師が薬を準備する音だけが、室内に響いていく。

 薬を調合しながら、ふとチャティスはこんなことを思う。

 まるで、初めて会った時のようだ、と。


(クリスが私を助けてくれた後――。クリスの強さを知って、バーサーカーだとわかった時。彼は何も説明してくれなかった。……話してはくれたけど、最低限だった)


 自画自賛は抜きにしても、チャティスじゃなければクリスとここまで来ることはなかっただろう。

 チャティスとクリスと。自称天才と変な狂戦士と。

 この組み合わせだからこそできた旅路。

 発見までかなりの年月を費やすことになっただろう、狂化抑止薬の発見。

 きっと相性がいいのだ、とチャティスは考える。

 なのに、どうしても悲劇が付きまとう。上手くいきそうなところで失敗する。


「……っ」


 チャティスは、クリスに顔を見られないようにしながら、肩の傷を洗浄し、塗り薬を塗っていく。

 泣いてるわけではない。怒っているつもりもない。

 だけど、笑顔でもない。

 悔しさはある……が、悔やんでもいない。

 ただ、悲しい。

 今更何を言っている、と文句を言われるかもしれない。

 守られることが多いくせに、何を上から言っているのか、と。

 だが、それでもだ。

 それでも、チャティスはクリスに人殺しを、狂戦士殺しをして欲しくない。

 しかし、それを願った瞬間、この旅は終わるのだ。

 目に見えない強い絆で結ばれていながらあまりにも儚い関係だった。

 相手を想うばかりに、チャティスとクリスの距離は近く、そして遠い。

 だから――言わない。

 勝手に想って、ついていくのだ。自分勝手に我儘に。

 もうそうすると決めている。いや、だいぶ前からそうだと決定していた。


「終わったよ、クリス」

「……ああ、助かる」


 傷口への処置を終わり、後は薬草をいくつか服用するだけ。

 飲み薬を準備し始めたチャティスの背中越しに、クリスが鎧に着替える着用音が聞こえ出す。

 クリスはずっと同じ鎧を着ている。彼なりのこだわりがあるのかどうかは知らないが。

 銃器が発展していた昨今、ガルドのように鎧を身に着ける兵士というのは段々減ってきている。

 ガルドが着込む特注性の騎士鎧ならともかく、従来の鎧では弾丸が防げないからだ。

 銃撃を防げる装甲にするとあまりの重量に行動が鈍重となってしまうか、ガルドのように領主クラスの貴族や王族が身に着ける超高級品となるかの二択だ。

 もっとも、狂戦士に殺されるのが一般兵の仕事になっている現状では鎧の有無などどうでもいいことなのだが。

 とにかく、クリスのような狂戦士なら、鎧をつけたままでも普段通りの動きが取れる。銃弾の雨に晒されても、その身体能力で軽々と回避できる。

 防ぐべき近接攻撃等も避けたり剣で防いだりも可能なので、正直鎧の恩恵を受けているとも思えない、というのが本音だが、クリスにも何か考えがあるはずだ。

 と、そこまでだらだらと思考したチャティスは違和感に気付く。


(わざわざ鎧を着込む意味……こだわりかと思ってたけど、もしかして、違う?)


 クリスは一部の事柄を除いて、合理的に判断する男だ。

 その一部の事柄には――甚だ遺憾ではあるが――自分の護衛も含まれる。

 クリスのよくわからない行動。それは少ないように見えて、意外と多い。

 狂戦士を殺し歩く意味だってそうだ。

 何をするか、したいかについては教えてもらった。だけど、なぜそうするのかについては曖昧な回答しかもらっていない。


(気にならないと言ったら嘘になる。けど――)


 ちら、とクリスの顔を見やる。が、クリスは何か引っかかることがある、とでも言いたげに壁に寄り掛かって熟考していた。

 顔を正面へと戻し、チャティスは作業に集中する。



 ※※※



 その少女に呼ばれて来た場所は、村はずれの森の中だった。

 危険だ、と男は忠告したが、少女はここじゃないとダメなんです、と譲らない。


「あまり村の外から出してもらっていないと聞く。……何かあっても遅いぞ」

「大丈夫です。私は天才ですから。……あ、っと」


 淡々と天才、という単語を口にした後、すぐに感情を込めたようにふんぞり返る。

 演技、と一目でわかってしまうほど、芝居がかった動きだった。ただ、もし言動と行動が重なって、何事にも自信満々に取り組めるようになればあの過保護な父親とて外部への奔走を赦すのではないか。

 そう思ってしまうぐらいには魅力的に感じた。


「じゃあ、説明しますね。この森で私とオーガごっこをしてもらいます。オーガはあなた。逃げる子羊は私。日が暮れるまでに私を捕まえられなかったらあなたの負けです」


 今は昼をとうに過ぎ、もうしばらくすれば夕刻だ。

 ルールに疑問はなかったが、ふと頭をよぎった問いを男は投げかけた。


「なぜそのようなことを?」

「……そうする必要があるから、です」


 少女から語られた理由は、先程男の頭を巡ったものと一致している。

 ゆえに男は口を挟まず、少女の説明を聞き続けた。


「私が勝ったら、あなたには帰ってもらいます。私は村の外に出たいと思っていますが、あなたの元で庇護下におかれるつもりは毛頭ありません。そして、あなたが勝ったら」

「私が言った通り、我が国へと供に行く……ということだな。承知した」


 男は納得し、少女に頷いた。

 茶髪が映えるその少女は、幼い体躯ながらやる気をみせて、入念に準備運動を開始した。

 男は追いかけっこに不相応な装備を外すことなく、むしろ落ちないように確かめる。

 これはハンデだ。大の男が幼い少女を追いかけることに、男は後ろめたさを感じていた。

 とはいうものの、勝負を断るつもりはない。これは男にとって好都合だったし、恐らく少女にとっても都合が良かったからだ。

 勝てば男が得をする。この少女を、自分の宮殿に招き入れることができる。

 負ければ、少女が騎士である男を打ち負かした、という客観的事実を手に入れられる。

 要は、彼女は両親や村人たちを安心させる材料が欲しいのだ。

 自分は儚いだけではないと。守られるだけの存在ではない、という証明が。


「幸運か不幸か、悩ましいところだな」

「……何です?」


 背伸びをしていた少女が訊ねるが、男は何でもないと答える。

 男が少女の父から聞いた話から、間違いなくこの少女は幸運であると断言できる。

 本来死ぬさだめだった少女が、奇跡の復活を遂げたのだ。これを幸運であると言わずして何という。

 だが、その奇跡は、少女にとって呪いでもあった。

 少女は――自分を何かを果たすべき人間だと定義した。

 偉大なこと、崇高なこと。

 自分にしか成しえない、素晴らしいことをしなければならない。

 少女に掛かった呪いは、一生解けることはないだろう。

 何かを成すまで。もしくは志半ばで斃れるその時まで。


(そのためならどんな危険に晒されても、歩みを止めることはない。自滅型、天性の大馬鹿者か。だが――)


 その姿を魅力的に感じてしまうのは、少女独自の特性か。

 それとも、ひたむきな姿勢に同情や共感をしてしまうからだろうか。

 あるいは、この世界がお世辞にも素晴らしいと言えないからか。


(そのいずれか……いや、全てか)


 準備を終えた男の視線に、少女の不服そうな顔が目に入る。

 何ごとかと視線を辿ると、先には男の剣があった。

 どうやら、男の気遣いが不満らしい。これには幾度も少年少女を救ってきた男も苦笑せざるを得なかった。


「もう少し狡猾になりたまえ。……この程度、私にとって荷物の内に入らん。不平等などと思うのなら、体格差や年齢、経験等も踏まえるべきだ。私は領主だが、日々研鑽を続けているのだぞ。対して、君はロクに村の外も出歩いたことがないではないか」

「……そうですね、はい」


 そう応えた少女の顔には、不満しか張り付いていない。どれほどまでに無垢なのか。

 だが、その意固地な表情に、やっと男は少女らしさを見つけられた。今までの少女は少女らしからぬ雰囲気を……まるで精巧な人形のような感覚を漂わせていたのだ。

 両親や友人の前とでは態度が異なるのも致し方ないが、それでも少女の対応は異常だった。

 自分が嫌われている、という自覚はあるにはあるが……。


「……私はいつでも行けるが」

「私だってもう行けます。……始めましょうか」


 そういうや否や、少女は駆け出した。

 男はしばらく間を空けて、木々の中を進む少女を追いかける。

 意外と少女は速かった。というより、あらかじめ通る道を決めていたように思える。

 途中、罠と思われる仕掛けがいくつか散見していた。

 罠、と聞けば恐ろしく聞こえるが、所詮は子どもが作った罠だ。本気の殺意はなく、足止めとしても程度が低い。

 実際に敵と戦い、殺してきた男にとって、少女とその友人が拵えたであろうトラップの数々は妨害にならない。

 いとも容易く潜り抜け、先を進んで行く。

 と、少女の背姿が見えた。髪と同じ、茶色い服に身を包んだ少女が哀れな子羊よろしく逃げている。

 男は、大人げないと胸中で呆れながらも、全力を出して追いすがる。


「待て!」

「きゃっ!?」


 慌てた少女が、木の根に足を取られて転ぶ。歳相応の悲鳴を上げて。

 男は少女を案じながら接近し――してやられたと苦笑いを浮かべた。

 眼下にいたのは、優秀な人材であると自分が目を付けた少女などではなく……。

 黒髪の、愛らしい少女が痛そうに顔をしかめていた。

 茶色いウィッグを拾い上げ、男は嘆息する。

 子どもだと侮っていたためが失策。向こうが策士、というよりは自分の不手際である。

 いや、むしろ自分の心理状態を考慮してでの作戦だったのかもしれない。

 あの少女は、自分について自分よりも理解していた。

 

 あなたのような人間は人を全力で守ります。ですが、それがゆえに、守る対象である人間を侮っているのです。

 自分の中で庇護する子どもたちを弱き者だと、定義しているのです――。


 そう暗に告げられている気がした。


「……ノアたちが私に反発するのはもしや……。そういう理由なのか?」


 男は独り言を呟きつつ、目下の少女を立ち上がらせる。

 放っておけなどおけない。黒髪の少女は私は大丈夫です、と頬を赤らめさせながら答えた。


「……でも、私に構っていると負けてしまいますよ、騎士様」

「私に勝って欲しいのか?」


 不自然な少女の問いかけに男が訊くと、いいえ、と少女は首を振る。


「私は……あの子に、幸せになって欲しいだけです。友達として」


 話す少女の顔はどこか不安げだった。

 きっと、今も心配しているのだろう。友達のことを。

 男だって案じている。もしや、この合間にもあの子の身に何か起こるのではないか――。

 それほどまでに弱弱しい少女だ。

 だがそれは、独りよがりな考えなのだ。

 だからこそ、こんな単純な手口に騙された。

 こうしている間にも、男の勝率は下がっていく。敗北が濃厚となっていく。


「向こうは私に手抜きを望んでいない。私は、勝つつもりで行く」


 男は少女と別れ、本命を探す。

 囮に掛かりはしたが、本命もそう遠くへは行っていないはず。

 果たして、男の推測は当たっていた。

 少女は坂を横に真っ直ぐ奔る獣道を転ばないように慎重に進んでいる。

 同じように細い獣道へと入った男が、少女の背中に声を掛けた。


「見つけたぞ」

「っ!!」


 男の声で、少女が焦る。

 考えるに、少女はこの道をもっと早く突破するはずだったのだろう。

 だが、歩きにくさが予想よりも上で、途中で手間取ってしまったのだ。


(しかし、もし仮にこの先へ行かれていたら……私は見つけられなかっただろうな)


 このルートは危険である、と男は端から探さなかったに違いない。

 男の性格を理解した上でのルート設定。男はますます少女に興味が沸いた。

 そして、もう一つの感情も。

 男は既に結論を導き出していたが、それでも挑まれた勝負をふいにするわけにもいくまい、と少女を追って行く。

 男と少女の距離が、あと数歩というところまで切迫した。


「待ちたまえ。もう君の負けだろう」

「……っ!! 負けるわけには、いかない……! あっ……」

「っ!!」


 男の先で、少女が足を滑らせる。

 急な坂だ。木々も生え、草草は鬱蒼と生い茂っている。

 男でも危ないというのに、少女が受け身も取らずに転落すればただでは済まない。


「このっ!!」


 男は、危険を承知で少女へと飛び込む。

 少女を抱きかかえ、守るようにして坂を転がっていった。



「く……っ。私も、まだまだか」


 痛さに苦悶の声を出しながらも、男は立ち上がった。

 どうやら左手が折れているらしい。

 しかし、少女は無事。かすり傷が少しあるぐらいで、目立った怪我は負っていない。

 男が安堵していると少女が目に涙を溜めて、今にも泣きそうな様子になっていた。


「あ……、ごめんな、さ」

「言うな」


 男は少女の謝罪を止める。

 深い意味はない。ただ、この少女にこんな女々しい謝罪は似合わんな、と思っただけのこと。


「私の敗北だ。この勝負は、君の勝ちだ。私は君のことを諦める」

「え、でも……」

「空を見ろ。もう黄昏時だ。夜の守護者が世界を照らす頃合いだ」


 坂下から見える、木々の葉の間を縫うように降り注ぐ光は、確かに暁色だった。

 少女はしかし、その前に掴まりました、と納得していない顔で……申し訳なさそうに言う。

 少女の受け答えを聞いて男は今一度、自分の負けだと強調した。


「私の負けだ。君は……騎士を見事打ち負かした勝者だ。勝利の証を授けよう」


 男は――腰に差してあったホイールロックピストルを少女に差し出した。

 少女は、不可思議な物を見るかのように警戒していたが、やがて恐る恐るピストルを手に取る。

 なぜこれを、という少女の問いかけに、男は優しい笑みのまま解説した。


「君は、天才だ。……広義の意味通りではないが。しかし、そんな君にも足りないものがある。それは……自衛力だ」

「自衛力……」

「私が言わなくとも、君は気付いていたな。だから、私と勝負して自分がしっかり自衛できると証明しようとした。……銃は、武器は人に力を与える。無条件に。使い方を覚えれば、簡単に敵を倒せるようになる」

「……私は人を倒したくなんて、ないです」


 ピストルに目を落としながら答える少女に、男は言い聞かせていく。


「だが、相手がそうだとは限らない。この世界は君が思っているよりずっと酷いものだ。各地で戦争が起き、戦いが日常となっている。大陸内の人口は急速に減っており、今こうしている時にも大勢の人間が死んでいる。身を守る力が必要だ。カタチだけでもな。……もう少し成長し、その銃で自分の身を守れるようになれば、君の両親とて赦すだろう。君の旅立ちを」

「私は……あなたが嫌いです」

「構わんさ。また会えることを祈っているぞ、チャティス」

「私は祈っていませんが、会えるとは思います。……私は天才、ですから」


 はにかみながら、少女……チャティスは答える。

 男は……ガルドは、チャティスと共に村へと帰って行った。

 それが、片田舎での騎士と天才少女との、出会いだった。



 ※※※



 ガルドが執務室の椅子の上でひとり、懐かしい思い出に浸っていると、いつの間にか部屋に入ってきていたノアに突然声を掛けられた。


「ガルド様、どうかなさいました?」

「いや、回想に耽っていた。初めてチャティスとまともに会話した時のことを思いだしてな」

「……初めてチャティスと出会った時」

「ああ。あの子は、今とは全く違う性格をしていた。長い年月を経て、だいぶ社交的なものにはなっていたが、その本質は昔と何ら変わらない」


 ガルドの言葉を受けて、ノアがフフフ、と笑い声を漏らす。

 不思議そうにガルドがノアを見つめると、彼女はガルドの隣へと歩み寄って、口を開いた。


「チャティスは、ガルド様のことを自分を妾にしようとした変態騎士だ、と言っていましたよ? 彼女はあなたのことを思い違えているようですね」

「……変態なつもりはないが、今思い返せばなかなかにあくどいことをしようとしていたな。恨まれても当然だ。それに、人の記憶は変容する。あの子が言った過去の私は、今現在のあの子なりの解釈なのかもしれない」


 人は忘却する生物だ。さらに変貌する生物でもある。

 過去の自分と現在の自分が合致するとは限らないし、現在に至るまでの変移を覚えていることも少ない。

 だが、ガルドは別にチャティスの変化を否定するどころか、むしろ受け入れていた。

 当時に比べれば今の方がずっといい。少々改変されていたとしてもだ。


「あの子は変わった。私もあの子を見習って、少し自分を変えるべきかもしれんな」

「ガルド様……?」

「……いや、何でもない。とにかく、今後について話し合いたいから、庭園へいっしょに来てくれ。……クリスたちも招集する」

「はい……!」


 自分も話し合いに参加できると知ったノアの顔は、とても嬉しそうだった。



 ※※※



「……何だ?」

「別に、庭を見ていただけだよ」


 どうも鎧のことが気に掛かって、チャティスはクリスによそよそしくなってしまう。

 今後の予定について話し合いたいとするガルドの要請でチャティスたちは呼び出された。

 近くにはシャルやウィレムやノアがいる。ガルドは今向かっている最中らしい。

 庭園への道すがら、チャティスは何度もクリスに尋ねようとしたが、後ちょっとのところで躊躇ってしまうのだ。

 なぜだかははっきりとわからない。

 理由が曖昧のまま、チャティスは同じ躊躇いを繰り返していた。


「チャティス、クリスと喧嘩したの?」

「そんなことはないよ、たぶん」


 クリスの方をちらりと見つめたが、クリスはまだ考え事をしている。

 一体何をそんなに考えているのかさっぱり不明だ。

 色々聞きたいことがあったのに、チャティスに話掛けさせまいとするクリスの態度は正直好ましくない。

 無論、意図してやってるわけではないだろうが、それでもチャティスは拗ねてしまう。

 声には出さないが、顔には出ている。しかし、クリスは気付く様子が一切ない。

 いや、気付いているのかもしれないが、何かしらの思索を続けるまま動かない。

 そんな彼が、小さく反応した。庭園へガルドが従者を連れてやってきたからだ。


「待たせた。……今日皆に集まってもらった理由は、リベルテとエドヲンについて早急に方針を立てねばならんからだ。さて、これから――」

「待て。腑に落ちないことがある」


 と、話を続けようとするガルドにクリスが口を挟む。

 いつも通りの無表情だが、チャティスは気付いた。

 クリスがどこか焦っているような表情をしていることに。


「……どういうことだ?」


 ガルドは不快に思うこともなく、クリスの声に耳を傾ける。

 そして、次に発したクリスの言葉に眉根を寄せた。


「戦いは本当に終わったのか?」

「……貴様も感じていたか。確かに今回、リベルテにしては詰めが甘いと思ってはいたが」


 クリスとガルドが感じた危惧。

 それは、リベルテが何の成果も得ずに敗走した、ということだ。

 今回の戦では、リベルテの大敗北で終わった。

 フストに送り込んだ軍勢は倒され、二体も放出した狂戦士も討ち取られ、アサシンたちもロクな成果を上げず撤退となった。

 これぞ敗北、というほどの見事な負けっぷり。二人が気にかけているのは、リベルテの作戦が本当にこれだけだったのか、という疑念から来ていた。


(クリスもガルドもリベルテを危険視している。……でも、実際に何も起きてないんだし、もう大丈夫なんじゃないかな)


 それは杞憂だよ、とチャティスが発言しようと前に進み出たその時。

 全くの唐突に、驚くほど突然に、それが杞憂でなかったことが証明される。

 チャティスは、いきなりクリスに抱きかかえられた。

 剣が彼女を守るように掲げられる。

 え、とチャティスが呆ける暇もなく。

 ワンテンポ遅れて、銃声が鳴り響いた。


「な、え? う?」

「アサシンか……!」


 動揺するチャティスを守りながらクリスが呟く。

 クリスの視線の先、石廊下の屋根上には、銃を構えるアサシンがひとり立っていた。

 チャティスの隠れた洋服棚を開けようとしていた男だ。

 すぐに、別方向から少女が男に向けて駆け寄る。

 何やら口論しているようだ。


(で、でも何事もなくてよかっ……)


 た、と安堵の息を吐こうとしたチャティスは気付いた。

 クリスがチャティスを守ったのと同じようにノアを守ったガルドが、不意に、よろめく。


「ぐ……結局、狙いは……私、だったか……っ!」

「ガルド様!?」


 騎士の証である剣を取り落とし、苦悶の声を上げて。

 ガルドは、地面へと倒れこんだ。


「ガルド様!! ガルド……!!」

「ガルド様……っ」

「そ、そんな……」


 驚愕するチャティスの前で、ノアとウィレムのガルドの名を呼ぶ叫び声がこだましていた。


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