必要だから殺す
「やったよキチュア! 私、お金持ちになったよ!」
大量の金貨をバックにチャティスはふんぞり返った。辺りには最高級金貨の山ができている。
そこらじゅうに積み重なっているのは全てチャティスが稼いだ金である。今や街の人間はチャティスを見るや否やひれ伏し、第二の王とまで呼ばれていた。
「わぁ~~! すごい、チャティス! あなたは天才で優秀でこの世で最も完璧な人間ね!!」
キチュアがパチパチと手を叩く。隣にはテリーもいてチャティスを祝福していた。
もちろん、両親もチャティスを褒め称えている。
「でしょうでしょう! 私は最高の人間でしょう!」
ふははー! と上機嫌なチャティスは目の前に運ばれてきた豪華な料理に目を輝かせた。
滅多に食べられない分厚いステーキやたっぷりの新鮮な魚介類で作られたスープ。一口噛めば小麦由来の自然な甘さがにじみ出るふかふかのパンに、食べれば口の中でとろける大好物のチーズもたくさん盛られている。
チャティスはやったー! と大声で喜んで、減っていた腹にこれでもかとごちそうを詰めし込む。
「おいしいー! おいしい! 見た目も味も量も満足だよ! ……ん?」
一品一品が極上で、無我夢中で口の中に放り込んだチャティスは、食事の中に妙な風味が混じっていることに気づく。
もはや遠い昔に決別した、なじみ深い香り。薬の独特の臭いだ。
「夜月草……睡眠薬……う?」
ばたりとチャティスは倒れてしまう。何とかして起き上がろうとするが、身体に力が入らない。
なぜ……!? とチャティスが愕然としていると、キチュアが見下ろしてきた。
薄ら笑いを浮かべて。ぞっとするような冷たい瞳で。
「あなたを亡き者にすれば、私達がお金を貰えるわよね?」
「……! ――!!」
声を出そうとするが出ない。チャティスは助けを求めて必死に目を動かした。
だが、どの顔もキチュアと同じだった。チャティスを殺して全てを奪ってしまおうという。
文句を言いながらも大好きだった両親も。昔から遊んでいた幼馴染のテリーも。
「残念ねチャティス。あなたは完璧だけどいい人すぎる。だからこうも簡単に裏を掻かれるのよ」
嗤いながら、キチュアが。
チャティスの胸をナイフで、一突き。
※※※
「うわあああああああああ! 止めてえええええええええええ!!」
これほど大きな声が人から出るものなのかと聞く者を驚愕させるほどの声量で、チャティスは絶叫を上げ跳び起きた。
はぁはぁと荒い息を漏らしながら辺りを見回す。すると、見慣れない部屋にチャティスは寝かされていた。
「どこ……ここ」
自分のいる場所がいまいち把握できない。そもそも、寝る前の記憶自体も曖昧だ。
なぜ自分は寝ていた? 確か親切なおじさんに食事をごちそうになっていたはずなのに……。
とそこまで考えたチャティスは思い至る。自分がまんまと騙され、薬を盛られたということに。
「ってことは、もしかして」
ここはあの連中のアジトか何かなのでは?
チャティスの顔から血の気が引く。冷や汗がダラダラと滝のように流れ落ちる。
急いで脱出しなければまずい、ということは理解できる。だが逃げるための算段が思いつかない。
「何とかしないと……ッ!?」
必死に頭を巡らせて逃走手段を考えていたチャティスがびくりと震える。
ドン、ドン、ドン。階段を誰かが昇ってくる音。
「誰か来る……ッ!!」
ここに来る誰か。それすなわち敵であること間違いなし。
わかりやすく慌てながら室内に目を凝らす。だが残念ながら隠れられそうな場所はない。
立ち上がって窓を覗き込んでも、ここは三階だ。意を決してダイブしてもチャティスの運動神経ではどうしようもないということがわかる。
とすると、取れる方策はひとつのみ。
チャティスがポーチに手を伸ばし、ピストルを掴んだと同時にドアが開いた。
「動くな! 撃つぞ、ホントに撃っちゃうぞ!! コイツは世界最強のホイールロック式よ! 最新式でマッチロックなんか目じゃない!!」
息荒く、声高らかに侵入者を恫喝する。だが、相手はチャティスの警告を気にも留めず室内へと入ってきた。
おいしそうな匂いの料理を持ちながら。
ゴクリ、と唾を飲み込むチャティス。
昨日のアレは夕食を摂ったとは言えない。夕食と朝食を食してないチャティスにとって、焼き立てのパンの香りは魔術めいた誘惑だった。
「パンで釣ろうなんて無駄――あ、あれ?」
パンから何とかして視線を逸らし、トレイの持ち主へと目線を戻したチャティスはようやっと気づいた。
「クリス……?」
なぜかチャティスを殺さず助けてくれた狂戦士が目の前にいたことに。
はむはむと喉に詰まってしまうのではと不安になるくらい、チャティスは一気にパンを頬張った。
歯ごたえのある食感が生きている実感を与えてくれる。シンプルな味は単純にチャティスに元気をくれた。
ごちそうさまと元気よく食事を終えたところで、チャティスの関心はパンから現状へ移る。
食事の終わりは現実逃避の終了を意味していた。チャティスの中を疑問が巡る。
なぜここにいるのか。というよりここはどこなのか。
そして、自分は一体どうなったのか。
「何で私はここで寝ていたの?」
「俺が運んだ」
順当な答え。チャティスが寝ぼけて移動したということもないだろうから、その回答は妥当と言えた。
「……私を助けてくれたの? というか、私……」
言いづらそうにチャティスは目を伏せる。
訊かなければならない事柄。しかし、問うには勇気がいる。
もし自分が乱暴されていたら。そう思うと真実を知ることが怖ろしくなる。
理不尽な暴力ほど恐ろしいものはない。何かしらの理由があるならわかる。
だが、ただそこにいたから。魔が差したから。
そのような動機の暴行など恐怖以外の何物でもなかった。
正直なところ、チャティスはクリスからも少し距離を置いて椅子に座っていた。
十中八九恩人だろう、とは思う。しかし、心のどこかでクリスが怖ろしいとも思っている。
というよりも、人が恐い。人間不信になってしまいそうだった。男というより故郷の人間以外信用できなくなりかけている。
「案ずるな。君は何もされていない。その前に俺が助け出した」
淡々とした喋り方だったが、チャティスの不信感を緩めるには十分だった。
だが、まだ足りない。まだ謎が残っている。
チャティスは最後の疑問を口に出した。なぜ、自分を助け出したのか、と。
自分勝手な物言いなのは承知の上だが、訊かずにはいられなかったのだ。
「助けてもらってこんなこと言うのは悪いとは思うんだけど、聞かせて。何で私を助けたの? 赤の他人なのに」
「放っておけなかったからだ」
「え?」
「君の後ろ姿に一種の危うさを感じた。何も知らない無知ゆえの危険さだ。知識の無さは悪ではないが、悪に狙われる危険を孕む」
図星であって、チャティスは言い返せない。
否、いつものチャティスならそんなことないと言えただろう。
しかし、今のチャティスは脅えている。元気よくパンを頬張っていたのが嘘のようだ。
父親がなぜあれほど村から出るなと言っていたのか身に染みてわかった。外は、街は危険が一杯だ。
チャティスの日頃の行いがなければ今頃悪党どもの慰み者となっていたところだ。
「ごめんなさい」
チャティスはクリスへと頭を下げた。素直に。
表情こそ変わらないモノの、クリスはその行為を意外に思ったのかチャティスの身を案じてきた。
「……気落ちしてるのか?」
「そう……だね。うん。ちょっと横になりたいや」
悲しみから、というよりも安心感に包まれたせいで油断すると泣き出しそうだ。
この男は自分を助けてくれた。三回も。お礼を求めず手を差し伸べてくれた。
まるで田舎に戻ったようだ。村人たちが如何に優しかったのかその身を持って知れた。
(帰ったらみんなに恩返ししなきゃ)
その前にクリスへの感謝が必要だ。
思い立ったらすぐ行動。チャティスは椅子から立ち上がりポーチから何かいい薬がないかと探し始めた。
「礼なら必要ない。一方的に救い出しただけだ」
「なら私も自分勝手にお礼する。助けてもらったんだから、ちゃんとお礼しないと私の気が済まないよ」
滋養効果のある薬が良さそうかな、とチャティスが目当ての薬を取り出したその時。
背筋が凍るような絶叫が外から聞こえてきた。
「ひっ!! 何っ!?」
危うく薬を落としかけたチャティス。その後ろをクリスが駆ける。
クリスは勢いよく窓を開き、もう一度響いた咆哮で声の主を悟った。
「バーサーカーか……!」
「え、えっ? どういうこと?」
混乱するチャティスにクリスは向き合い、
「ここでじっとしていろ」
と言って棚に立てかけてあった剣を取って窓から飛び降りた。
「ここ三階! あ……」
叫んだ後に杞憂だったことに気付く。
クリスは見事着地し、常人とは比べ物にならないスピードで走る。
その姿を見つめながら、残されたチャティスが呆けながら呟いた。
「ホントに……狂戦士なんだ……」
※※※
クリスは逃げ惑う人々の中を掻い潜りながら目的地へと急いでいた。
必死に逃げる人の波が、クリスの行く手を阻んでいる。強引に突破することもできたが、クリスが取った方策は屋根の上を伝うというものだった。
見る者を驚嘆させる跳躍力で、見事に屋根上に着地。レンガ屋根を踏みしめながら目的地へと駆けていく。
家屋と家屋の隙間を飛びながら進んで行く。クリスはあっという間に音源へと辿りついた。
「来るな! くるなくるな来るなぁ!!」
中央に噴水がある街中の広場では様々な音楽が鳴り響いている。
人々の悲鳴。狂戦士の咆哮。そして……血しぶきが上がる音。
番兵らしき男がクリスの眼下で血を迸らせながら斃れた。
男の前にはもうひとり、ボロボロの鎧を着た男が立っている。若い。青年と言ったところか。
だが、その行動原理は若さゆえの衝動でも憎しみに駆られている訳でもない。狂化したからだ。
「戦闘で敗北し、街に帰還する最中で何かにあてられ狂化したのか」
クリスは冷静に分析しながら男を見下ろす。目に見える武装は剣のみ。一見したところ、魔術を扱うタイプではなさそうだ。
ひどくダメージを受けている様子だ。左腕を喪失している。狩るなら絶好の機会である。
「……」
そうとわかればむざむざ静観している理由はない。クリスは常人なら骨折間違いなしの高さから迷いなく飛び降りた。
地響きが鳴る。鎧が軋めく。
クリスの派手な着地により、狂戦士は番兵を千切るのを止めた。彼の殺戮対象がクリスへと移行したのだ。
赤い血のような瞳。獣のような唸り声。敵を戦慄させるほどの殺気。
凶悪な敵意を前にして、しかしクリスは眉根一つ寄せることなく狂戦士を見据えた。
無言で、剣を抜く。相手は咆えながら剣を振り上げ突撃してきた。
足で床を踏みしめるたび、石床に穴が空く。床を砕くたび、轟音が広場に響く。
(直線的な攻撃。威力は高いものの)
瞬間、衝撃が奔る。
クリスが難なく狂戦士の斬撃を受けたせいだ。狂戦士の攻撃は人の振るうそれではない。
何気ない剣戟も衝撃波を伴うほどの凄まじい威力となる。
地響きが鳴り、周囲の窓ガラスが耐え切れず割れていった。
「……軽いな。やはり手負いでは」
傍から見れば重いはずの一撃も、クリスから見れば軽い。本調子の狂戦士の剣戟がこの程度であるはずがないことをクリスは経験から知っている。
(厄介なのはこの男に手傷を負わせたバーサーカーか。傷口を見たところ魔力の残滓を感じられる。魔術師か)
つばぜり合いの最中、クリスは男の傷口から新たな敵の存在を認知する。クリスの興味は目前の敵ではなく、遠く離れた近国の狂戦士へと移っていた。
「グオオオ!!」
「ッ!」
接敵中に別の敵へと想い馳せたクリスに怒ったのか、狂戦士は剛腕で剣を無茶苦茶に振るい彼を吹き飛ばした。否、そうではあるまい。ただ暴れ狂うままにクリスに攻撃を加えただけのこと。
クリスは宙を舞い民家に激突した。いや、違う。
民家の壁に“着地”をし、足場にして跳躍した。空を舞いながら剣を構える。
直後、狂戦士の脚力に耐え切れず民家の横壁が崩落。
狂戦士とクリスが最接近した刹那、一閃。風が唸る斬撃と共に手負いの狂戦士の首が飛んだ。
「……眠れ。お前はもう狂うことはない」
クリスは狂戦士を安息に導いた後、宿へ戻ろうとした。
が、広場の先から走ってきた人影を見るや立ち止まる。駆けてくる人物には見覚えがあった。
待て、と命じた少女だ。
「クリス! 大丈夫!」
「……待てと念を押したはずだが」
「無理だよ。心配だったし。……怪我とか、してない?」
チャティスは不安そうな眼差しでクリスの周りをぐるぐると回った。
だが、目に見える怪我はない。今回の敵は負傷していたためいとも容易く撃破することができたからだ。
もしこれが万全の状態だったならば、ここまで上手くはいかなかっただろう。
「……」
「大丈夫そうだね……うっ!?」
「……?」
急にチャティスが小さな悲鳴を上げる。何か、とクリスがチャティスの視線を辿ると広場の真ん中に斃れている狂戦士の死体があった。
首なし死体。例え歴戦の戦士であっても見るに堪えない代物であっただろう。
案の定チャティスは顔を真っ青にして噴水へと走った。一度首なしの野盗を間近で見たはずだが、一度見たからといって慣れるものでもない。
「ふーっ! ふーっ! ……吐いてないからね?」
青ざめ息が荒いチャティスが念を押す。特に興味もなかったクリスは何も言わず宿へ移動し始めた。
「え? 行っちゃうの? これ放置して……って待って!」
チャティスは慌ててその後を追いかける。遥か離れた見張り台から男が彼女に向け鋭い視線を送っていたのだが、チャティスは微塵も気づく様子がなかった。
※※※
「え? じゃああなたの目的はバーサーカーを倒すことなの?」
パンを頬張りスープを啜り、食事を満喫していたチャティスが尋ねる。
チャティスとは対照的にさっさと昼食を済ませたクリスはああ、と短く答えた。
「へぇー。何で? 同じバーサーカーなのに」
チャティスは何も考えず、素直に疑問をぶつける。狂戦士を好きな人はいない。彼らが狂化すれば最後、周りには誰もいなくなってしまうからだ。
だが、狂戦士が狂戦士を狩るなどという話は聞いたことがない。狂化戦争では狂戦士同士で戦うが、チャティスは無理強いされていると考えていた。
だが、案外そうでもないのかもしれない。狂戦士とて人なのだ。例え、思考以外の全てが化け物じみていたとしても。
「……必要なこと、だからだ」
「必要? 何で……クリス?」
さらに追及しようとしたチャティスだが、突然立ち上がったクリスに眉を顰める。クリスは剣を掴んで腰に付けるとチャティスに向き直った。
「ここでの目的は果たした。俺はもう行く」
「……そう、なんだ。うん、そうだね」
少し寂しそうな表情となったチャティスだが、クリスを止めるようなことはしない。
元より、二人の目的は別のものだ。たまたま通る道が同じだっただけの、赤の他人なのだ。
引き留めるのは間違っている。どれだけ心細かろうと。
そのため、チャティスは立ち上がって渡しそびれた薬を手に取った。
「はい、これ。あなたには本当に感謝してる」
「……すまない」
「すまないじゃなくてありがとう、だよ。むしろ私が謝らなければいけない方。もし何かあって戻ってきたら教えてね。たくさんお礼をするから」
にっこりと微笑んで、チャティスはクリスを送り出す。
その間もクリスはずっと無表情だったが、不思議とチャティスには喜んでいるように感じられた。
「では、神のご加護があらんことを」
「うん。導きの神の祝福を」
別れを告げて、クリスは部屋から去って行く。
残されたチャティスはふう、と少し憂鬱になった。
街には危険が一杯だ。一度村に帰り、もう少し学んでからでも遅くないかもしれない。
(いや……! もう少し調査してからだね! まだ私は一攫千金を諦めてないよ!)
お得意のポジティブ思考で行動力を獲得したチャティスは、街へ繰り出す準備を始めた。
すると、誰かが階段を昇ってくる音が聞こえ、直後に扉がノックされる。
(あれ? クリスが戻ってきたのかな)
と、チャティスが相手を確認しないままドアを開けると、入ってきた何者かに口元を塞がれた。
「ふぐっ!?」
「黙れ。死にたくなければな」
「…………!」
誰か、助けて――。
反射的に念じるが、祈りが届くはずもない。
彼とチャティスの進路は別たれた。クリスが戻ってくることは万に一つもない。
チャティスは抵抗虚しく、悲鳴すら上げられず、恐怖を顔に張り付けたまま気絶させられた。
「これでバーサーカーを捕らえられるぞ」
男たちはほくそ笑み、ぐったりとしたチャティスを何処かへと運んだ。
※※※
「……う」
ぐわんぐわんと痛む頭による、最悪な目覚め。
何か嫌なことがあった気がするが、記憶が曖昧でハッキリと思い出すことができない。
「あれ……どこ、ここ」
目の前は暗がりだった。暗くて陰湿でとても狭い。
小さな部屋にいるな、と何となくチャティスは理解する。
肝心ななぜここにいる、ということがわからずチャティスは確認しようと立ち上がろうとした。
ジャラン。
鎖が唸り、チャティスが拘束されていることを教えてくれる。
「え……え?」
一瞬、我を忘れそうになる。
自分の足に繋がっている枷を見つめ、チャティスは茫然としていた。
訳が、わからない。
なぜ自分がこんなことになっているのか。
「起きたか。忌々しい咎人め」
「と……とがびと……? あなたは一体?」
前方から声を掛けられて初めて、チャティスは前に人が立っていることに気が付いた。
いや正確には前ではない。無機質な鉄格子がチャティスと男を隔てている。
「ふん。人の身でバーサーカーとつるむからそうなる。バーサーカーは忌むべき存在であり、関わった時点で死罪が通例なのだ」
「……っ!? そんなの聞いたことない!!」
チャティスが大声で反論する。それはそうだろうと男は応えた。
「バーサーカーと共に生きた者は皆、死んでいるからな」
「……っ。何で……あの人は悪い人じゃない」
チャティスが本音を漏らすが、男はチャティスの妄言を失笑する。
「何をバカな。バーサーカーに善いも悪いもない。奴らは魔物だ。忌むべき化け物だ。もし可能ならばバーサーカーなど一匹残らず殲滅してしまうところだが、幸いなことに奴らは利用できる。鎖でつなぎ、猛獣使いのように使役することが可能だ」
男は嗤う。チャティスをゾッとさせるような笑みで。
震えながらも頭を巡らせるチャティスは、男の言うことに納得できなかった。
魔物や化け物と言い現わした部分もそうだが、その先。使役することが可能というくだりがわからない。
「どうやって……」
操るのか、と問おうとしたチャティスに、男は行動で示した。
「こうするんだよ」
「う……?」
チャティスに向けて掲げられる一本の杖。魔道の知識がないチャティスでも既知の魔具。
魔術触媒――。
男が詠唱を行うと、杖の先端から光が放出。正体不明の光が自分の中に入っていくのをチャティスは間近で見ていた。
「う……く! うあ……!」
「喜べ。お前はこの国を守るための生贄となるのだ……」
「うあ……あああ……あああああああ!!」
チャティスは叫ぶ。誰も応えてくれない地下牢で。
彼女を守るべき両親は遥か遠くの村の中。孤立無援なチャティスの運命は決まっていたようなものだった。
……本来ならば。
※※※
「…………」
嫌な予感がして宿屋に戻ってきたクリスが目撃したのは、ドアが無造作に開かれ、荒らされた形跡のある客室だった。
やはり早急過ぎたかもしれない。自分が出立したのは。
こうなることを予期していたからこそ部屋から出るなと言い聞かせたのだが、チャティスは無防備にも部屋から出てきてしまった。
あの戦闘の後、共に歩くチャティスを見て、クリスの関係者だと誤解した国の者がいてもおかしくはない。
「……考えられるのは」
クリスは既に敵地を見定めていた。窓に向かって歩き、外へ顔を出す。
そびえ立つ王城に向けて、鋭い視線を送る。
「……やはり、放っておけない……か」
クリスは窓を閉めて、部屋に放置されていたチャティスのポーチを背中に付け、ホイールロックピストルを仕舞うと、部屋を後にした。