チャティスの本質
宮殿の一室から響くにぎやかな声。その声に混じるチャティスの悲鳴。
たくさんの子どもが遊ぶ室内で、チャティスは遊んでいた。否。
チャティスは遊ばれていた。
「こ、こらーっ!! 引っ張るなぁ!!」
チャティスの眼前で、男の子がチャティスの服を引っ張っている。止めようとチャティスが手を伸ばしたが、今度はその腕を別の女の子に掴まれ、弄ばれた。
柔らかい頬は両側とも別々の子たちにむにむにされて、背中には少し太めのボウヤが乗っかっている。
チャティスは人気者だった。魅了のせいかどうか定かではないが。
「ふふふ、チャティスさんは人気ですね」
「チャティスは天才だからね」
「天才は事実だけどこんなにむきゃ!!」
チャティスの顔面に子どもの拳が命中し、シャルへの返事は中断させられる。
チャティス自身、子どもは嫌いではない。むしろ好きな部類ではあるが……こうもしっちゃかめっちゃかにされると流石に不機嫌になる。
だが、これ以上すると怒るよ! と彼女が怒鳴っても、子どもたちは脅えるどころか笑みをみせるばかり。チャティスと共に過ごす時間が楽しくてしょうがないらしい。
それを傍観するシャルとノアもまた、にやにやと笑いながら彼女の奇態を見つめている。
「しかし、驚きました。こんな早く子どもたちと仲良くなれる人物は今までいませんでしたよ。ガルド様なんて、保護してしばらくは口を利いて貰えません。勉学が優れているかどうかは存じませんが、確かに人と仲良くなる天才ではあるようですね」
「そうだよ。チャティスはひとに手籠めにされる天才だからね」
「え? シャルさん、今なんて」
シャルから吐かれた言葉にノアが驚くその横で、チャティスはもみくちゃにされている。幸か不幸かシャルの声はチャティスには聞こえず、数十人はいるかという子どもの波にもまれ再度悲鳴を上げる。
「あーもうっ! 助けてっ!! 助けてクリス!!」
泣き言を大声で叫ぶが、クリスは現れない。如何に彼女に甘さをみせている狂戦士とて、子どもの前で世の物理法則を破壊しながらはせ参じるなどという無粋な真似を働くほど常識に欠けてはいなかった。
シャルもノアも静観している現状では、子どもたちの欲求赴くまま荒波に呑まれるしか道はない。
「あーくそ! わかった! ちゃんと遊ぶ! ひとりずつ遊んであげるから、もう勘弁して!! 何でもするからあ!!」
それは常勝無敗を自負するチャティスが、子どもたちの無垢なる暴力に敗れた瞬間だった。
その後のスケジュールは、天才と言えどもくたくたになってしまうほどのハードなものだった。
女の子たちに簡単な編み物や本を読んで聞かせたり、ちょっとしたお菓子を振る舞ったりした。
これも全て花嫁修業なる苦行の成果である。母親が教えた家庭における女の子らしい振る舞いはきちんと娘に継承されていた。
もっとも受け継がれていたのは技術だけであり、当の本人はしばらく嫁入りする予定なぞ微塵もなかったが。
少女たちの相手をし終わった後は、少年たちへとシフトする。
男の遊びというのは大概決まっていた。かくれんぼやオーガごっこなどの運動であり、運動神経がよろしくないチャティスは、心身共にへとへととなってしまう。
最終的には男も女も関係なく、シャルやノアも交えたチャティス追跡ゲームへと変貌し、チャティスは二度とやるものかと胸に誓った。
「あーもうダメ。私を敬わない子どもは嫌いだよっ」
そうは言うものの、チャティスは健やかな汗を掻き、顔には笑顔を湛えている。
あてがわられた寝室に入ったチャティスは、クリスに申し訳ないと思いながらも先に眠ることにした。
「もう、全く、困ったなぁ。でも天才だものね、仕方ない……か……」
倒れるように、チャティスはベッドで眠りに落ちる。
※※※
「キチュア! キチュアどこ!?」
村の中を叫びながら移動する。
だが、なかなか見つからない。どうやらキチュアはどこかへ隠れているようだ。
幼馴染でたまに遊ぶかくれんぼを思い出す。さて、キチュアはどこに隠れている……?
「ここかな!? ……いない」
自信満々に豚小屋へ顔を突っ込んだチャティスだが、聞こえてくるのは豚の鳴き声ばかり。
さてではどこかな……とチャティスは頭を回す。
「キチュアはバカじゃないし、そう簡単に見つかる場所を選ばない。……普段の状態だったら、ね」
チャティスは村の中を駆ける。生まれ育った村は目を瞑っても歩けるほどになじみ深い場所だ。
かくれんぼスポットは限られているし、精神的に不安定なキチュアが賢い隠れ場所を選択するとは思えない。
案の定、キチュアは村の外れ付近、小さな泉のほとりにいた。泉近くは見通しがいいため、隠れるには不向きな場所だ。それを逆手にとって、隠れる場合が何度かあった。ここにはどうせ隠れないだろうという心理を利用して。
小さく泣いているキチュアの傍にチャティスはそっと近づく。許可を得ずに幼馴染の隣に座り込む。
そんなものは必要ないと理解している。チャティスとキチュアは家族同然なのだ。無遠慮に振る舞うことこそ礼儀である。
「……っ……何よ……笑いに来たの?」
「……違うよキチュア。頼みに来たの」
嘲笑でもなく謝罪でもない。
謝る気も怒る気も笑うつもりも泣くつもりもなかった。
今はただ自分の一部と言っても過言ではない幼馴染の協力が必要不可欠。
だから、チャティスは要請しに来たのだ。不可思議な言葉にキチュアが惑う。
「な、何を?」
「お手伝い。私にはやらなくちゃならないことがあるからね」
それを聞き、訝しむように顔を上げたキチュアが俯く。
「村の外に出るってこと? ダメよ。あなたは自分がどれだけ大切にされているかわかってる? 本来なら死ぬさだめだったあなたを村人たち――私の両親もおじさんもおばさんも、村で一丸となって救ったの。あなたは宝なのよ、ティルミの生きる宝石」
「私は宝なんかじゃないよ。……それに父さんは私を救ったのは当たり前って言ってたし、私も当たり前だと思う」
「……それは聞き捨てならないわよ?」
キチュアが怒った顔つきになる。しかし、チャティスは動じることなく水面に幼い顔を覗かせながら淡々と告げていく。
「親が子を救うのは当たり前。なら、子どもが親に孝行するのも当たり前だよね? 自分を助けてくれた村人たちに恩返しをすることも当然だよね? なのに、父さんたちは私を村の外に出してくれない。……確かに私はまだ小さいから、外に出るなってことはわかるよ。森の外は危険だってことも。だから、今は出ないよ。でも、いつかは外に出る。誰に何と言われようとも」
「……揺るがないの? どうしても? あなたはこんなに弱弱しいのに」
「その評価が間違いだって言ってもたぶん信じてくれないよね。みんな私がすぐ倒れちゃうような虚弱体質だと思い込んでるから。お願いしたいことってのはこれのこと。私がちゃんと運動もできる健康的な人間だって証明したい」
チャティスに真摯に見つめられ、キチュアがたじろぎながらも反論する。
「私に頼むの? それを? 何で私が協力すると思うのよ」
「……友達だからね、キチュアは。私が無茶を言える唯一のひと。両親と同じくらい、私を大切に思ってくれる大事なひと。だから、私はあなたに頼むの。あなたにしか、頼めないの」
キチュアは一瞬呆けたような表情をし――そっぽを向いた。顔を背けたまま応対してくる。
「ふ、ふん! まぁ確かにあなたのようなぼっちには、私ぐらいしかいないでしょうね!」
「ぼっちではないと思うけどなぁ。あ、そうだ。後一つお願いがあるの」
「な、何よ」
ここで会った時と同じセリフだったが、キチュアの反応は先程とは違い照れている。
顔を若干朱色に染めている彼女に向かい、チャティスはもう一つの頼みごとを吐露した。
「私の性格、どう思う?」
「どうも何も、普通でしょ?」
「……だよね、やっぱり。それじゃダメ。私は天才なんだし、一目で天才とわかるようにしないと」
妙なことを口走るチャティスにキチュアは眉を顰ませる。困り戸惑うキチュアの眼前で、チャティスはしばし熟考した。
そして、思い立ったように立ち上がる。困惑するキチュアを置いて移動する。
「ど、どうしたのチャティス!?」
慌てて追いすがるキチュアにチャティスは説明しながら進んで行く。閃いた秘策を。
自分が天才だと色んな人に理解してもらうため、思いついた事柄を。
「『賢者リリティの大冒険』覚えてるよね?」
「ああ……小っちゃかったころによく読んでたお本のこと?」
「うん。あの本に出てくるリリティは文字通り“天才”だったよ。聡明な頭脳を用いて世界中のひとを幸せに出てくる“賢者”。今まで読んだ本の中で私はリリティ以上の天才を見たことがない」
熱を込めてそう述べるチャティスの感想に、しかしキチュアは違和感を拭えない。
賢者リリティの大冒険はチャティスの言う通り面白い小説だったが、リリティは賢者という表現がふさわしくないほどの大馬鹿者だ。自分が偉大な人間であると信じて疑わず、世界の救世主だと妄信して世界へと飛び出した愚か者。
リリティは、呆れを通り越して笑ってすらしまうほどのおっちょこちょいであり、何かしようとすれば必ず失敗して、最後は泣きながら周囲の人間に助けてと縋るのだ。
ただそれでも、ひたむきに世界を救おうとする彼女の姿に、キチュアは少なからず共感できた。
そしてそれはチャティスも同じだった。というより、ベッドの上で寝そべっていた彼女にとって本の中のリリティは自分の分身体と言ってもいいほどの存在だ。
「天才とはひとを救うために頑張るひとのことを言うんだよ。覚えてる?」
「うろ覚えだけど。リリティの言葉だよねそれ。でも、リリティは失敗の天才だったし、おじさんもリリティの物語は自分の力を過信するなという教訓だって言ってなかった?」
「……そう言ってたよ。でも、リリティに関しては間違いだと思う。リリティは間違いなく天才だったよ」
チャティスは頑として譲らない。父親の見解に初めて意見した時、父は心底驚いた顔をみせた。
今までずっと言うことを聞いてきた聞き分けの良い子が、あろうことかリリティの物語で文句を口にしたのだ。
何とかしてリリティは賢者という名の愚者だと教え込んだが、チャティスは見事なまでに聞き入れなかった。
今回もまた、幼馴染の見解を聞き流しながら歩き続ける。
リリティは天才じゃないわよ、とキチュアが何度言っても、チャティスは頑固に譲らない。
幾度か続いたやりとりの後、二人は目的地であるチャティスの家についた。中には両親と、ガルドがいる。
家の戸に手を掛けて、チャティスはまた同じ評価を口にする。
「それでも、リリティはみんなを幸せにした天才だよ」
そう言い残し家の中に入るチャティス。その背中を見送った後、キチュアは誰にでもなく寂しそうに独り言を呟いた。
「でも……みんなを幸せにしたリリティは……最期には――。……いや、だからこそ、私がしっかりしなきゃダメなのかも」
決意を瞳に宿して、キチュアは両頬を強く叩いた。
※※※
「ふむふむ」
虫眼鏡を片手に持った少女が小声を漏らす。
舐めまわすように肢体を観察した後は、どれ、と独り言を呟いて、被検体の衣服の中へ手を突っ込んだ。
ごそごそと様々な部位を触診する。観察対象がくすぐったいかのように身体を捩らせた。
「くはっ……! ふはははっ!! 一体何!?」
突如発生したくすぐりのせいで快眠を妨害させられたチャティスは、驚愕のままに跳ね起きる。
と、目前には如何にも学者といった風情の少女がいた。というより乗っかっていた。
無礼にも人の服をめちゃくちゃにして、である。
「あなた一体何者!?」
「……ふむ、やはりただの凡人ではないか。天才と聞いたから期待していたものを」
「失礼な! 私は天才だよ!!」
もはやなぜ自分が怒るかもわからないが、凡人扱いは耐えかねない。
チャティスは初対面の学者少女に朝っぱらから大声で怒鳴った。失礼千万にもほどがある。
いきなり人の寝込みを襲い人の衣服を乱雑にし、あげくの果てに凡人扱いとは。
しかしそのような無礼極まりない狼藉者も、ふっと静かに失笑しただけで動じはしなかった。
――想定内。そんな風に澄ました顔で、やれやれと呆れ声を出す。
「無能な人間ほどよくしゃべる。……貴君を示すにふさわしい言葉だな」
「誰が無能よ! このっ!! 妙な口を利いたこと、後悔させてあげる!!」
「おやおや、負け犬の遠吠えかい? もう少し根性があると思ったよ」
「このっ!!」
「僕に勝てると思ってるのか!」
一人称が僕である奇妙な少女とチャティスは自己紹介も行わずに取っ組み合いを始めてしまう。
運動神経がよくないチャティスが不利とも思われたが、相手も相手であまり運動が得意な部類ではないらしくチャティスと謎の少女の戦いは、物音に気付いたノアが仲裁に入る前に疲労困憊による戦闘不可という形で決着となった。
ぜはぜはと疲れ果てた呼吸の両者は震える手で相手を指し示す。
「このくそったれは誰? ノア!!」「こいつは天才じゃないぞノア!」
「とにかく、落ち着きましょうか。チャティス、ウィレム」
ノアは面白い見世物を見たかのようにくすりと微笑んだ。
ノアは客人であるチャティスに朝食を用意していた。正確にはノアというよりも領主ガルドが、だが。
同じようにシャルの分も準備されている。クリスに関しては前以て断っていたのだろう、朝食は出されておらず、また今後のためと言ってどこかへ繰り出したままだ。
クリスは頼れる人物だが、同時に危うさも感じさせる。また心配になるチャティスだが、テーブルの反対側で食事を摂るウィレムと目が合い一気にそんな感情は吹き飛んだ。
「ふん!!」
鼻を鳴らし全力で顔を背ける――途中で肘がカップにあたり、盛大にこぼしてしまう。
わわっ!! と慌てるチャティスの反対側で、全く同じようにウィレムもコーヒーをこぼしていた。
床を同時に拭き出して、またまたウィレムと目が合い、今度は大声で毒づこうとして、思いっきり頭をいっしょにぶつける。
耐えられなくなったノアが頭上で笑い出した。釣られてシャルも小さく笑う。
ばつの悪くなったチャティスは三度ウィレムと目が合って……今度は顔を俯かせた。
「ノアにはあの僕っ子が私と同じタイプに見えるの? ……こう言いたくはないけど、節穴なんじゃない? 目薬処方してあげようか?」
ウィレムは、ノアの言っていた友人であり、チャティスと似ていると彼女が評した人物だった。
チャティスは、まるで自分の生き写しかのような絵に描いた天才が現れるのではと期待していたものだ。
だが、実際には自分のような偉大なる天才とは程遠い失礼なくそったれだった。ガルドよりはマシだが、ガルドの次には嫌いな奴である。
ゆえに、急いで豪華な朝食をかっ込んで、庭園へと逃げ出してきたのだ。
そして、そこに訪れたノアに絶賛愚痴をこぼしている真っ最中である。
自分の友人に対する罵倒であるはずなのに、ノアは怒るどころかずっと笑っていた。
沸点が低いのか、それとも別の何かをチャティスに見出しているのか……。
「目薬、ですか。ふふ、私には必要ありませんよ。必要なのはむしろウィレムでしょう。ウィレムは本の読みすぎで目が悪いのです」
「あいつには毒薬がお似合いだよ! あんな失礼な人間今まで見たことないもの!」
ぷんすか、といった風にわかりやすく怒るチャティスは、腕を組んで憤慨する。
しばらく奴といっしょに過ごすのかと思うと一気に滅入ってくる。
「やだなやだなやだなーっ! あんな凡人と共に過ごすなんて天才である私は耐えられないよ!! 何とかならないのノア! ノア……?」
訝る声もまた必然。チャティスの傍に座っていたノアは、突然腹を抱えて地面へと転がり、大声で笑い叫んだ。
その声に困惑しながら、遠慮がちに訊ねる。一体どうしたの? と。
すると、ひとしきり笑い終えたノアが、目じりの涙を拭いつつ応えた。
「ご、ごめんなさい……! だって、たぶん、ウィレムはあなたのお友達に同じ愚痴をこぼしてると思うから……っ!! あははは!!」
「む」
これには聖母の如く懐の深いチャティスもむっとせずにはいられない。
が、何を述べようとも、ノアは笑い転げるので、チャティスとウィレムが似ているという決めつけを改めることは叶わなかった。
※※※
「――というわけで、アイツは天才でも何でもない! 君もあのような詐欺師に騙されぬことのないようにな!」
「は、はぁ」
何か面白い話が聞けるかも、とウィレムといっしょに部屋に残ったシャルだったが、正直、チャティスと同じくらいには退屈な内容で、そろそろ眠たくなってきた。
チャティスの話は面白い物とつまらない物の落差が激しい。面白い物は何もかも忘れて熱中してしまうほど楽しいのだが、つまらない物は眠気を抑えるのがやっとのほど退屈だ。
つまりは、この前にで優雅に語る少女はチャティスとそっくりなのである。クリスとチャティスとのそっくりとは別物で、いわば性格が似ているという言い回しが的を射ているだろうか。
自意識過剰であり、自分が正しいと絶対に疑わない。そのくせ、しょうもないことで失敗したりする面白いひと。
それがシャルから見たウィレムであり、チャティスと中身がほぼ同一であると言っていい。
「天才とはつまり、僕のような頭脳明細な人間を指すんだ。しかし何だあれは、一目で他者を分析する能力に欠けているし、本人自身に秀でている部分は何もない。行動の端々に知性の欠片も感じられないじゃないか。あれは天才を自称する詐欺師の類だ。忌々しき汚物だよ」
「汚物ではないと思うよ。おっちょこちょいだとは思うけど」
流石に汚物は言い過ぎだと感じたシャルの反論を気にするわけでもなく、そうであろうとウィレムは胸を張る。
やはり、チャティスと同じ方向の人間だな、とシャルは確信する。だが、そうなると、彼女がなぜそのような振る舞いをしているのか興味が出てくる。
もしかするとそれは、親友であるチャティスの根本を知る手助けになるのでは、とシャルは天才ウィレムに訊ねてみることにした。
「流石天才、素晴らしいひと。ひとつ訊きたいんだけどいい?」
「っ!! う、うむ! そうであろう! 何でも訊ねてくれたまえーっ!!」
嬉々とするウィレムにシャルが訊く。
「何でそんなおかしな話し方をしてるの?」
「うん? ……ふん、一般人にはおかしく思えてしまうだろうが、これこそが天才のすべき振る舞いなのだ! 今の社会、男尊女卑の考えが一般的であることは君もわかっているだろう? その煽りで僕のような天才でも女だからと侮る愚か者が現れる。そのような愚行を少しでも回避するために、僕はあえて男のような振る舞いをしているのだッ!!」
「……すごいね、ウィレムは」
「であろう! うむうむ! 君に掛かっていた邪悪な洗脳も徐々に解呪されてきたな!!」
(……やっぱりウィレムとチャティスはそっくり。褒めれば喜ぶところとか)
純粋が過ぎたゆえ、ものの本質を見抜く力がシャルに備わっている。
無口で無表情なクリスが、チャティスをかなり心配していることもすぐにわかったし、その逆も然り。
だが、そんな彼女でも見抜けないものが一つだけある。
(チャティスは優しいし、面白いひとだけど……どこか違う。あの立ち振る舞いは本当の彼女なの?)
チャティスは以前病気で死にかけていたと教えてくれた。その病気から立ち直ったからこそ自分は天才なのだと豪語していた。
だが、その病弱な時の話にチャティス自身の話は全くと言っていいほど出てこない。
騎士ガルドとの決闘までの間、話は長らく飛ぶのだ。
幼い頃の詳細なエピソードを、チャティスは絶対口にしない。その時の自分とは決別しているかのように。
過去の自分と現在の自分が別人であるかのように。
そもそも、天才を自称し、恩返しのために成り上がることが最終目標ならば、幼馴染のキチュアに言われるまで家出しないなどということがあり得るのだろうか?
「……わからない」
「む? どうした迷える子羊。何か疑問点があるのか?」
シャルが親友を理解できずに発した声音を聞き受けたウィレムが訊く。
もしかしたらわかるかも、という淡い期待を込めて、シャルは訊ね返した。
知らなくても問題ない、でも知っておきたい事柄について。
「何でチャティスを詐欺師だと思ったの? 何か引っかかることがあったんでしょ? 知性がないとかそういう意味じゃなくて」
「……無論、ある。奴が行っているのは……賢者リリティの物真似だよ」
「賢者リリティ?」
聞き慣れない単語にシャルが首をひねる。
ああそうだ、とウィレムが解説を始めた。すらすらとどこか熱中しているかのような色をみせて。
「賢者リリティの大冒険。名作だが、タイトル詐欺とも言われる物語だったな。リリティは実際賢者でも何でもなく、ただの少女だった。何の力もないのに無理をして、自分を天才だと過信して、ひたすら己の道を突き進んでいくんだ。だが、実際に彼女は偉業を成した。多くの人々を笑顔にした。困窮していた国を救ったんだ」
「……確かにチャティスに似ている、かも」
実際に偉業を成したかはともかく、チャティスは人や狂戦士を笑顔にするため努力している。
他人を幸せにする天才であるとシャルも信じているが、彼女のバックボーンに創作物があるとは思いもしなかった。
だから矛盾してるんだ、と納得しかかったシャルだが、ウィレムの話はまだ途中だった。
「でも、最終的にリリティは死ぬ。みんなを救うために、神に自分の命を差し出すんだ。僕はそんなリリティが――嫌いだ」
個人的な感傷に付き合わせてすまない、とウィレムが謝罪する横で、シャルは愕然としながらチャティスのくれた魔法の小瓶を握りしめる。
中に入っていた不可思議な花は、眩しいほどに美しかった。




