境地転落
「チャティス。お前は腐海が何か知ってるか?」
幼いチャティスが居間で本を読み耽っていると、突然父親が訊ねてきた。
もちろん、とチャティスは答える。腐海は狂戦士や狂化戦争という単語が出てくると、必ずと言っていいほど付随してくる話題だったからだ。
「たくさんのひとが死ぬとワルイまりょくがあふれでて、黒い海ができちゃうんでしょ? わたし、知ってるよ。てんさいだからね」
そも当然といった風に応じる。その知識を与えたのは訊ね人である父親だ。要は復習である。
教えた知識がきちんとチャティスの中に蓄積されているのか否か。その点に関して心配は無用だった。チャティスは物覚えが良い子どもだったからだ。
病弱のため浪費してしまった時間を取り戻すかのように彼女は知識を溜め込んでいる。好奇心に溢れ、新しい物に興味を惹かれずにはいられない。
だが、好奇心旺盛というのは、同時に危うさも孕む。ひとつの物事に集中すると周りが見えなくなってしまうのだ。
先にある花に惹かれて、目の前にある落とし穴に落ちてしまわないとも限らない。
「もっと具体的には?」
父親は質問を続けた。うわべだけでなく、中身までしっかりと娘に教え込むために。
「ぐたいてき? んーと」
チャティスは人差し指を顎に押し当てて考える。せっせと溜め込んだ知識の泉を探し泳ぐ。
腐海についての詳しい情報を見つけ、チャティスは満面の笑みをみせた。
「思い出したよ。喰らう者っていうマモノがいるんだよね?」
「そうだ。バーサーカーが一騎当千だという話は覚えてるな?」
コクンと頷いたチャティスを見て、父親は羊皮紙に絵を描き始める。
「そんなバーサーカーすら屠る危険がある魔物だ……。人のようで人でない奇怪な容姿……この世のものとは思えない狂気な鳴き声……」
紙にはどんどんおぞましい何かが描きあがっていく。人のように見えて確実な違和感を感じさせる化け物。
これは屍人の成れの果てだという。理不尽に殺された人間から湧き起きた強烈な怒りは世界の形すら歪ませて、残った人の抜け殻である亡者が生を追い求めて彷徨い狂う。
表情のない顔らしき部分にぽっかりと空いた穴。ドロドロとしたものに包まれたどす黒い体表……。
形としては間違いなく人間なのに、明らかに人間ではないその絵は幼いチャティスを震え上がらせるには十分だった。
怖くて恐ろしくて、チャティスは父親にすがり寄る。不治の病だった自分を救ってくれた薬師に。
「こわいよ……おとうさん」
「……そうだ。こいつは恐ろしい。バーサーカーの次に警戒しなくてはいけない存在だ。だからチャティス、危険なものには近づくな。村の中でじっとしてるんだぞ」
父親の身体は温かく声も優しかったが、チャティスははいと返事をしなかった。
※※※
「……また懐かしい夢を見ちゃったな」
朝日が眩しい早朝、地面に敷いた簡易式ベッドで横になっていたチャティスは、木漏れ日に目を細ませながら呟いた。
狂戦士ハンターであるダニエルと別れたのがつい先日。しかしトランドの山々はとても長くそして高い。
まだ彼女たちは山脈を越えている最中だった。チャティスは馬車の中でシャルとおしゃべりしてればいいだけなのだが、馬車を引く馬と御者をするクリスには休憩が必要だ。
とはいえ、クリスは休息など必要ない、といつも言う。さっさとこの山脈を抜ける方が先決だと。
そのたびに、チャティスは頑として首を縦に振らなかった。クリスには何が何でも休んでもらう。
狂戦士だから体力面で問題はないのかもしれない。だが、精神面は?
それに、丈夫だからと言って酷使していいものでもない。クリスは狂戦士であると同時に人間なのだ。
例え本人が認めなくても自分勝手にチャティスは認定する。そして、チャティスは天才だ。
天才が言うことに間違いなんてあろうはずがない。つまり、クリスは人間なのである。
世界中の人々が異論を挟んでも絶対に揺るがない。揺らいでなんてやるものか。
私の常識が世界の常識だ、と自意識過剰さを発揮しながら、チャティスは背伸びをする。
「すぅ……す……」
微かに聞こえる心地よさなそうな寝息。隣ではシャルが気持ち良さそうに寝ている。
「起こさないように……っと」
一度失敗しているので、チャティスは慎重に床を出る。
まず朝食を作らなければならない。野生児であるシャルはいつも食材を調達してくるが、文明人であるチャティスの口に合うものはほぼないと言っていい。
いや、口には合う……むしろ絶品のなのだが、使っている材料はイモムシや蛾、はたまたゴキブリなどの虫のオンパレードなのだ。
いくら田舎生まれとはいえ虫料理は受け入れ難い。田舎暮らしだからと言っても文化的な料理を食しているのだ。
(ポコレさんのチーズが食べたい……)
チーズを思い浮かべただけでよだれが溢れてくる。
チーズはチャティスの大好物だ。もしたくさんのチーズが手に入ったならば毎日食してもいいと自信を持って豪語できる。
特に村で牧場を営むポコレのチーズは最高だ。ポコレが丹誠込めて育て上げた乳牛から作られるチーズはまさに国宝級ものと言っても過言ではない。
王が死んで大混乱に陥っているクレストの救世主になるのではないかとチャティスは本気で思う。
(ハッ! それで私が国を建てなおしたら――国王も夢じゃない!?)
王の資格に血筋が必要だったのは狂化戦争が起こる以前の話だ。今や立派な人物であれば国民はあっさり王足り得るとして受け入れてくれる。
天才である自分ならば案外簡単に国王になることができるかもしれない。身近に転がる――少なくとも当人はそう思っている――成り上がりのチャンスに心を躍らせながら、チャティスは朝食の準備に取り掛かった。
と……。
「あれ、クンシ草がない」
馬車の中で荷物を漁っていたチャティスはパンに挟もうと思っていた薬草がないことに気付く。
クンシ草は栄養価の高い長旅のお供の代名詞だ。これさえあればどんな過酷な環境でも数日なら耐えられる。
一流の冒険者は身を守るための武器ではなくまずこの草を用意するという。本当かどうかチャティスは知らない。これは幼馴染であるキチュアが旅商人に聞いたという嘘くさい話だ。
真偽はともかく、クンシ草は朝の活力に欠かせない。
だが、そのような大事な品をそう易々切らすはずもない。何で切れたんだろ、とチャティスが唸っているともしゃもしゃという咀嚼音が。
「あーっ! あなたたち! 一体どうやって……!!」
チャティスが驚くのも無理はない。馬車の前に立つ二頭の栗色馬が、もしゃりとクンシ草を食していた。
馬車の構造上荷台部分からつまみ食いするのは不可能のはずだが、どうやらこの馬たちは相当にずる賢いらしい。
狡猾な馬たちを恨めしく睨んだチャティスは、ん、と少し考え込む。
(でも、クンシ草は入手難度は高くない。こういった山なら近くに生えてるかもしれない)
ちらり、と気持ち良さそうに眠っているシャルを見る。
シャルはチャティスにとって妹のような存在。お姉ちゃん、などという甘美な響きでこそ呼んでくれないものの、シャルが旅の仲間に加わってくれたことでチャティスの旅路は一気に楽しいものとなった。
それにシャルは自分を守ってくれている。戦うことができない自分を、戦いが好きでもないのに守護してくれている。
チャティスはクリスと同じくらいシャルに感謝していた。そんな彼女にできる恩返しは、おいしい料理を振る舞うことだけ。
それに、クリスだって食が細い。なら、少量で栄養の摂れる食事を食べさせてあげたい。
「クリスは……見回り中か。ん、どうせすぐに戻って来れるよね」
チャティスはピストルをポーチに突っ込むと、クンシ草を探しに森の中へと入って行った。幼い頃に彼女の父親が危惧していた危うさを振りまきながら。
森の中はシャルと出会った狂戦士の森とはまた違く、鬱蒼と草木が生い茂っている場所だった。
腰に付けていたポーチから念のためにピストルを取り出す。クワア、と人食いカラスらしい鳴き声が奥から響いた。
「う、大丈夫。怖くない怖くない」
先に進めば進むほど、薄暗くなっていく。
このような薄暗い森をチャティスは経験したことがない。今は間違いなく早朝なのだ。木漏れ日が煌びやかに輝く時間帯。
だというのにここは暗く狭く怖い。
「お化けが苦手なのは私じゃなくてキチュア。肝試しの時おもらししていたし……」
幼馴染の赤裸々話を誰にでもなく暴露しつつ、チャティスはクンシ草を探す。
しかし、目に写るのは奇妙な草木ばかり。なかには毒キノコらしい物体まである。
どうにも探す場所を間違えている気がして、チャティスの背中を冷たいものが伝う。
大丈夫私は誰しもが羨む天才少女! チャティスは自分を励ましながら目を凝らす。
「クリスに頼ってばかりじゃいられないし」
今日に至るまで、チャティスはトラブルあるごとにクリスに助けられるといった展開が続いている。それは天才あるまじき失策であり、戦闘は無理でもせめて薬草の調達ぐらいは自分でできるようにしておきたい。
(誰かに助けられるってのはありがたいこと。だからこそ、次は私が誰かを助けたい)
その助けたいという想いが常人よりも強すぎることをチャティスは自覚していない。
無自覚な強迫観念に囚われる天才チャティスは時折聞こえる魔物の鳴き声に飛び跳ねながらも、必死に草木を掻き分け続けた。
しかし、本来クンシ草は歩けばすぐに見つかる旅のお供のはずなのだ。どう考えたって時間が掛かり過ぎている。
やっぱりここじゃなかったか、と嘆息したその時。
視線の先……木々の向こうにクンシ草が生えていたのを彼女は見つけた。
「あった……! やっと見つけたよ……」
どっと溢れる疲労感。だが、休んでいる暇はない。
朝食には少し遅めの時間になりつつある。さっさと手に入れ朝食を作らなければならない。
「よいしょ、と。早くしないと」
鬱陶しい木々の間を潜り抜けてチャティスは進む。途中身体の色んな部位が枝に引っかかり、ふっ、ひっ、ふん! と声を出しながらどうにかして押し通った。
そして、少し離れたところにあるクンシ草を掴もうと足を歩ませて、
「あれっ……ぁ」
足元に空洞が広がっていたことに気付いた。
「うあ、あ!」
片足でバランスを取ろうとチャティスは踏ん張る。が、身体能力に優れていないチャティスにはそのようなアサシンめいた軽業など望めるべくもない。
いとも簡単に、びっくりするほどあっさりと、重力に引かれるまま転落していく。
「うわあああああああああッ!!」
薬師の悲鳴を聞き届ける狂戦士は、近くにいない。
※※※
「チャティスはどうした?」
偵察から戻ってきたクリスの開口一番がそれだった。
先日襲ってきた山賊たちはクリスの正体を知って怯え隠れている。山賊たちの遺した痕跡から追跡しアジトを突き止めたクリスは、警告がてら略奪品の一部を接収し帰ってきたところだ。
“頂戴品”の中にはチャティスの好物でもあるチーズが含まれている。大量の金貨ではなく生活用品と食糧、そしてチーズを奪っていった狂戦士に山賊たちは目を白黒させて慄いていた。
正直なところ、クリスはなぜチーズをわざわざ手に取ったのかわからない。栄養源としては十分であり長期保存も利くため……と自分に言い聞かせてみたが違和感が拭えない。
ただはっきりと言えるのは、そのような行動を取った自分に不快感はない、ということだけ。
「……わからない」
「どういうことだ?」
頭を振るシャルにクリスが訊き返す。
しかし、シャルの困惑も必然だ。てっきりいつもと同じくおいしい料理を作ってくれているとばかり思っていた友達は、神隠しにでもあったのではと勘ぐってしまうほど綺麗に姿を消した。
突然いなくなってしまったチャティスにシャルはどうしていいかわからなくなり、ただただ戸惑っていたところへクリスが帰還したのだ。
「……」
人探しのスキルを会得しているクリスはまず馬車へと移動した。チャティスの荷物を見やり、新しく手に入れたフリントロックピストルと火薬・弾薬入れがないことを確かめる。
次に何かなくなっていないか点検していると、シャルが馬の元へと寄り添った。
「教えて、チャティスはどこに行ったの」
ヒヒン、としょうがないと言わんばかりに馬が鳴く。と、わかったとシャルが声を上げた。
「……なに?」
「このお馬さんが言うには、へっ。あのちっせえくせに態度がデカい哀れで愚かでどうしようもないくそアマは、この俺様が喰らったクンシ草を探しに一人で森の中へ入って行きやがったぜ。どうせ今頃道に迷ってわんわん泣きわめいてんだろ。全く、バカでアホで間抜けな残念女だぜ。……だって」
チャティスなら色々と突っ込んだかもしれないが、クリスはあくまで推理を行う。
(クンシ草……入手難易度はそう高くなく、すぐにでも発見できるような薬草か)
そうこうしている間にもクリスはこの場で二、三本見つけている。近くに生えているような薬草を探しにチャティスは一体どこへ向かったのか?
もしチャティスと出会って日が浅い頃だったのならば、クリスは見当違いの場所を探していた可能性がある。
だが、しばらくの間同じ時を過ごし、クリスは学習している。チャティスは無知ゆえの危うさを孕み、何もないところで転び、様々なトラブルを誘引してしまう人間だ。
恐らくは近くにあったクンシ草を見落として、迂闊にも森の中へと入ってしまったのだろう。
普段ならば後はチャティスを捜索するだけなのだが、そう悠長に構えていられない理由がクリスにはあった。
「クリス?」
「……俺はチャティスを捜索する。シャルは馬を見ていてくれ」
そう言うや否や、クリスは森の奥へと駆けだした。無表情の顔にどこか焦りような感情を感じさせながら。
その後ろ姿を見つめてシャルが呟く。
「チャティスがクリスを心配するように、あなたもチャティスが心配なんだね……」
その関係性は家族というものをほとんど覚えていない彼女にとって、微笑ましいと同時に羨ましいものだった。
※※※
――フフ……フフフ……フフフフフッ。
「う、なに……」
笑い声で起きる。
起きて、ここはどこだと困惑する。
――チャティス、あなたは世界のはじまりを知っていますか?
「ミュールの声……」
四方八方からこだまするミュールの声音。
チャティスは暗い場所にいた。というより、浮かんでいた。
黒塗りに塗りつぶされた場所にポツンと。
――世界のはじめに光あり。光が世界を照らし、世界は創世されました。美しい木々が溢れ、生命の源であるたくさんの水、温もりをくれる豊かな大地。生きとし生けるものたちが過ごせる場所を神はお創りになりました。
「創世神話……」
聞こえてくるお話は創世の物語だ。神がどうやって世界を創ったかが綴られ、チャティスも幼い頃に読んだことがある。
まだ、外の世界というものを知らず、ベッドの上が全てだった頃の話だ。
「ミュール?」
チャティスは問いかける。聞きたいことはたくさんあった。
なぜあなたの声が聞こえるの? ここはどこ?
私は、もしかして死んでしまったの?
だが、ミュールは答えず変わりに語る。
世界の在り方を。古き時代から語り継がれている世界の法則を。
――神が創りたもうた大いなる大地に住む者たちよ。常に心に刻みたまえ。世界は危うく儚く脆い。ほんの僅かな綻びが、世界を破壊する歪みとなる。ゆえに子どもたちよ、争うな。争いは怒りを生み、怒りは破壊を生む。破壊の先には闇があり。悠久に続く“狂しみ”があり。
「狂しみ?」
ミュールの言の葉は、声だけではなく文字として現れている。
苦しみではなく、狂しみ。狂戦士だけが苛まれる胸の内から湧き起こる呪縛。
――人の子よ。怒りに我を忘れるな。怒りは他者に悲しみを与え、さらなる怒りを生むだろう。己が欲に囚われた者は、自身の欲望に討ち滅ぼされるであろう。人よ、愛を忘れるな。他者を思い遣る心を捨て去るな。“狂しむ”者こそ愛しみたまえ。さすれば力与えられん。さすれば希望与えられん。
「どういうこと? ミュール!」
チャティスは黒い世界で叫ぶ。
だが、ミュールは一方的に話を続けるばかり。生前の関係とは立場が逆だった。ミュールが生きていた頃は、主にチャティスばかりが話していたのだ。
それとも、これは罰なのだろうか。チャティスが自分の武勇伝ばかりに気を取られ、楽しく過ごすことしか考えていなかったがための当然の報い。
ミュールの本質を見抜けなかった自分への天罰なのか。
――人よ、“狂しむ”者に悲しみを与えるな。さすれば静かなる怒り降りかからん。世界を滅ぼす災い現れん。人の子らよ、世界を歪ますな。深淵を呼び覚ますな。世界が黒く染まった時、創世の光は消失す。
「意味がわからないよ、ミュール!!」
もう一度大声を出した。
だが、返ってくるのは自分の声だけ。う、と不安に包まれたチャティスの耳元に優しい声が、見知った声が囁いた。
「つまり、あなたはあなたらしく生きればいいのです。バーサーカーに希望を与える天才として」
※※※
「う……」
何やら不思議な夢を見ていたらしい。
どうも旅に出てから夢を見る頻度が多い気がするなとチャティスは頭を擦る。
次に目を擦った後、状況を振り返りながら身を起こす。
「そうか……私……落ちちゃって、それで……う?」
上半身を起こしたチャティスは固まった。
狼である。
灰色のふさふさとした毛並みが特徴的の野生動物。口元から微かに覗く牙が猛々しい。
人肉を喰らう肉食獣と、至近距離で見つめ合っていた。
「…………」
恐らく、たぶん、絶対に、これは夢だ。
そう思って……そう信じたくて、チャティスは仰向けにばたりと倒れた。
「ああもうやんなっちゃうなぁ。夢から覚めたと思ってたらまた夢でした、なんて」
現実から全力で逃避する。
ああ、奇妙な木が見えるなぁ。葉っぱの色が影色だ。一体ここはどこかな。
きっとロマンチックな夢の世界なのだろう。たくさんチーズがあって、みんなが私を崇めてくれる、甘く優しいファンタジー。
たぶん素敵なお城に案内されて、天井高く積み上がる大量の金貨とご対面するのだ。
「どうせ夢だったら、楽しいこといっぱいしたいよね。金貨風呂とか……ごりごりして痛そうだけど、夢だから痛くないんだよ? みんなに分配する前に、少し私が金貨浴びしても罰は当たらないよね。私が成り上がった証だもん。あー、早く精霊さんとかに道案内されないかなーっ」
ちらちら、と狼の様子を窺いながらのたまう。これは決して狼に期待をしている訳ではない。
どちらかというと、さっさとどっかへ行けの意。自分に構わず、もっとおいしそうなエサを探しなさいという願い。
だが非情にも、狼はチャティスの左足をくわえた。がぶりと。
「あ、いたいっ!! あああああ離して!! 今なら赦してあげるから!」
チャティスの叫びも虚しくずるずると狼はチャティスを引きずっていく。
間違いないとチャティスは顔を青ざめる。このままでは金貨の王城どころか、狼の巣穴にご招待されてしまう。
そうなれば、チャティスの命はない。大勢の狼たちに八つ裂きにされおいしく頂かれてしまうのだ。
それは何としても避けなければ。意を決してチャティスは腰に差してあるピストルポーチに手を伸ばす。
が、
「ああっ!」
ああ哀れなチャティス。丁度ピストルを抜き取ったのと同時に身体が木の根に乗り上げて、チャティスはフリントロックピストルを落としてしまった。
慌てて掴もうと奮闘する。しかし、狼が引きずる力の方が何倍も強く、ピストルはどんどん小さくなっていく。
「ああ……ああああ! 食べられる!! 狼に喰われるーっ!!」
チャティスの悲痛な叫びが響き渡った刹那、彼女の姿は森奥へと消え失せた。




