謁見狂乱
次の日の朝、チャティスはまたミュールに会うべく彼女と最初に出会った場所へと急いだ。
階段に腰かけているミュールを見つけて、ほっと一息つく。
会えて良かったと安堵しながら、チャティスはミュールに声を掛けた。
「ミュール」
「あ、チャティス。今日も来てくださいまし……」
「昨日はごめんなさい!」
急に謝罪するチャティスにミュールの目が丸くなる。
「何が……一体どうしたのです?」
「色々面倒ごとに巻き込んじゃったし迷惑かけちゃったし……」
「それなら、むしろ謝らなければならないのは私のせいです。あのような揉めごとは我が国アリソンの不徳。国を代表してあなたに謝罪しましょう」
ミュールが、アリソンの王女が直々に頭を下げようとしたので、チャティスは慌てて頭を上げさせた。
「い、いいよ! じゃあお互い様ってことで」
「……、そうですね。その方がいいでしょう」
困惑したチャティスを見つめ、頷くミュール。
昨日の件についてはこれで終わりにし、今日はどこを視察するかという話になった。
チャティスはまだまだ行きたいところが山ほどある。村の外は危険だが、危険を冒す価値ある魅力がいっぱいあるのだ。
ミュールに出会えたこともそうだ。例え成り上がるための方法が見つからなくとも、とうにアリソンに来た意味は大いにあった。
だが、ミュールはあまり乗り気でなかったようで、座ってくださいと自分の隣の石階段をとんとん叩いて、着席を促してくる。
チャティスは不思議に思いながらも従った。
「どうしたの?」
「まだ互いの身の上話をしていませんでしたね。ふふ、初めての友達ということもあって舞い上がっていました」
「……初めて」
チャティスは決して友達が多い方ではない。
田舎で生まれ田舎で育ち、田舎の小さな村と隣というには少し遠いところにあった小さめの街しか知らなかったチャティスには、似た境遇の幼馴染たちしか友達はいない。
それでもチャティスは楽しく……少々ロマンに欠けてはいたが、生活することができていた。
いくら王女だとはいえ、本来なら友達のひとりもいておかしくはないはずだが、きっとミュールはチャティスいたところよりも狭い場所から来たのだろう。
そう思うとチャティスは寂しくなってしまうのだった。
「ミュール……」
「そのような顔をしないでください。これも王族としての務め。誇りに思うことはあれど、嘆き悲しむことはありません。……すみません、嘘です。少し強がりました」
その言葉を皮切りに、ミュールは自身を取り巻く環境について語り始める。
「私はずっと、城の中にいました。お母様が死んでから毎日、まいにち、部屋の中。外とは窓から見える景色のことをさし、自分が足で歩いていける場所ではありませんでした」
ごめんなさい、チャティス。私はまた一つ嘘をつきました。もう一度謝った後も、ミュールの話は続く。
「本当は私にも友達はいました。本と、人形です。本は色んなことを教えてくれて、人形は私の遊び相手となってくれました。チャティス。あなたはもしや私を可哀想だと思っているのかもしれませんが、ひとり遊びも案外楽しいものです。部屋の中の王国は、私にとって居心地の良い国でした」
でも、とミュールの顔が暗くなり、チャティスの胸がちくりと痛む。
「結局、そこは偽りの王国でした。人とは恐ろしいものです。いずれ、飽きてしまうのです。部屋の本を全て読み終わり、ひとりで考え付いた人形遊びを一通りこなしてしまうと、部屋の中が退屈で仕方のないものになりました。だから、私は遊ぶことを止め、外に関心を向けることにしたのです。色々な資料を取り寄せ、こっそり国の内政を覗き見して、この国について考えました」
すると、恐ろしいことがわかりました――。ミュールは一旦間を空けた後、口を開いた。
「アリソンの周りではひどい戦争が起きていました。チャティスも知っているでしょう、狂化戦争です。バーサーカーを使役し、生贄のための兵士を集め、腐海が発生しないよう戦力を調整し、バーサーカー同士の戦争をさせる。国についての資料やバーサーカーについての資料を漁っているうちに、私は気づいたのです。このままではまずいと」
「まずい、って」
「人の命が急速に喪われつつあります。この調子で戦争を続けていけば、いずれこの大陸は黒く染まり、死体と魔物が跋扈する暗黒大陸へと様変わりするでしょう。ラグナロク……世界の終焉です」
真剣そのものの表情で、本気で世界の終末を心配しているミュール。チャティスも実際に狂化戦争を目の当たりにし、人類の終末について考えたことはあったが、いくらなんでもそれはないとチャティスは反論する。
「人はそこまでバカじゃないよ。滅びそうになってもすぐに生存本能が働いて、戦争を止めるようになるよ」
「……もし、人類を滅ぼそうと画策している何者かがいるとしたら、どうですか?」
「え?」
ミュールの深刻な面持ちを見て、チャティスは訝しむ。
人類を滅ぼす何者か。歴史の変わり目になるとよく囁かれる陰謀論。
チャティスは村に訪れる行商人がよくキチュアを陰謀論でからかっていたことを思い出した。
そのたびに笑い飛ばしたものだ。人類が滅ぶ? そんなことは有り得ない。
なぜなら、自分がいるから、だ。
むしろチャティスは自分に対する神による妨害について危惧しなければならない立場である。
天才とは辛いなぁ、と改めて思い直し、チャティスはミュールに言い返す。
「そんな人たちいるかなぁ。だってさ、滅んじゃったらチーズ食べられなくなっちゃうし、誰かに褒められ羨まられることもないし、成り上がることもできないんだよ? 絶対損だよ!」
チャティスが自分の想いを正直に告げる。と、ミュールの顔が少し柔らかくなった。
「ええ、そうですね。滅ぶのは損です。人にはもっと素晴らしい行いができるはずですから」
「うん、うん! だから、ミュール、あなたの心配は杞憂で」
「ひとつ、訂正させてください。私は何者かであると言っただけで、人であるとは言ってませんよ?」
「え……でも、それって」
凛とした表情で言い放ったミュールに対し、チャティスは困惑を抑えきれない。
人を堕落させるという悪魔の類か? いや、それはない。
そのようなものが出現したのならすぐに魔術師たちが一丸となって退魔しているはずだからだ。
悪魔ではないとすると、チャティスが思いつく存在は一つしかない。
戦いになると気が狂い、周囲のもの全てを破壊する一騎当千の怪物。
「聡明なあなたのことですから、もう思い至っていることでしょう。バーサーカーです。我が国にはバーサーカーがいます」
「……でも、使役しているバーサーカーはいないって」
「ええ、嘘はついていません。――本当に使役しているバーサーカーはいないのです。……なぜなら、国王自身がバーサーカーなのですから」
「…………え」
チャティスは呆けて、凍りつく。
この国の王が狂戦士? そんなことがあり得る?
有り得ないと否定しようとするチャティスだが、目の前の人物がそれを許さない。
王女の口から出た言葉。これ以上の証言があるのだろうか。
いくら違うと叫びたくとも認めざるを得なかった。国王が狂戦士であるという、最悪の事実を。
「……そんな……じゃあ」
「人々は騙されているということになりますね。人でないものを人であると思い込み、それが正しいと信じて、国のために働いている」
淡々と呟かれるミュールの言葉には、悲しみの色が乗っていた。
でも、とチャティスは反論する。クリスという心優しき狂戦士を知る彼女は、狂戦士というだけで忌避するつもりはなかった。
「バーサーカーだから悪いって決まったわけじゃ」
「ええ、私もそう思います。ただバーサーカーであるというだけなら、私も不干渉を決めていました。しかし、もう手遅れ。私の父は待っているのです。人類を滅ぼせる絶好の機会を」
「証拠は――」
「あります。物証もあります。ただの言いがかりでないことを信じてください、チャティス」
真摯に見つめられ、チャティスがう、と後ずさる。
だが、すぐにその手を掴んで頷いた。そうだとも。ミュールは私の友達だ。
そう自分に言い聞かせて。
「ありがとう、チャティス。あなたに出会えて本当に良かった」
ミュールは眩いばかりの笑顔をみせ、すぐに凛とした……王女の顔つきへと戻った。
「チャティス。私たちはまだ出会って二日程度。ですが、過ごした時間は関係ありません。不思議とあなたは信頼できるのです。絶対に裏切ることないと、確信しています」
「……う、それは、まぁ」
チャティスとて裏切るつもりは毛頭ない。
しかし、ミュールの想いは少しばかり重すぎた。チャティスもミュールを信頼しているが、ミュールからは頼れる人があなたしかいないという想いがひしひしと伝わってくる。
そうやって頼られたからには、チャティスとしても人肌脱ぐしかない。それが選ばれし人間の務めなのだ。
「うん。私は絶対に裏切らないよ、ミュール」
誓いの言葉を口にして、チャティスはミュールの肩に手を置く。
ミュールはありがとうと、若干涙を漏らしながら呟いて、チャティスの瞳を見据える。
「では、チャティス。私の友達。あなたにお願いがあります。私の父を……殺してください」
そう頼むミュールの瞳には一切の悲哀がのっていない。父を殺すのは当然の義務である、と覚悟をした顔つきだった。
チャティスは何か言おうとしたが、何も思いつかずに黙りこくる。
「引け目を感じる必要はありませんよ、チャティス。父は私を愛していませんし、私も父を愛していません。温かい家庭とは縁遠い、冷え切った関係なのです。ただ血が繋がっているだけの他人。だからチャティス。あなたの友達に王殺しをお願いしてください」
「……で、でも家族ってのは……」
何とか言葉を捻りだし、ミュールの考えを改めようとするチャティス。
だが、念を押されて告げられたミュールの言い分にチャティスはだんだん追いつめられる。
「チャティス。私はあなたのように恵まれた人間ではないのです。あなたが人に愛されていることはいっしょにいればわかります。ですが……断言します。私の父に愛などというものは欠片も存在しない。正真正銘の怪物、バーサーカーなのです。……もし、自分の判断に迷いがあるならあなたの友達、クリスに委ねてみてください。彼ならきっと最良の答えを導き出してくれるはずです」
「な、何でミュールがクリスのことを――」
「……秘密を隠し通すことは難しいのです。どんな秘密もいずれ露見します。でも、安心して。私はクリスを敵だと認識していません。味方だと考えています。それに、あなたもです。もう一度言います。私に頼れる人はあなたとあなたのお友達だけ。私はどうしても父を討ち取らねばならないのです、チャティス」
そんな風に言い切られたならば。
チャティスにはもう反論する理由は残っていなかった。
※※※
まず最初に、クリスにとって人探しとは容易なことではない。
人との交流が不得意な彼にとって情報収集は昔から不得意な分野だった。戦い壊すことしかできなかったかつてのクリスは正面切っての突撃しか脳のない化け物だったのだ。
しかし、今のクリスは諜報も隠密もお手の物。これもひとえに“彼女”のおかげである。
「…………」
また無用な感傷に浸ってしまった。
クリスは眉根一つ動かさず、それでいてどこか嘆きを含んだ瞳で王城を見上げた。
(これが一番単純かつ効果的な方法だ。しかし、リスクが高い)
だが、それ以外の手は全て打った。残された手段は、狂戦士が潜み紛れていると思われる王城に侵入し、それらしいと思われる者に剣を振るうという強硬手段のみ。
クリスは予想される展開を推測しながら王城の門をくぐる。
敵を見つけ出すのは至極簡単。しかし、城内の人間に被害が発生する可能性がある。
それだけではない。クリスはある少女に思いを馳せていた。
チャティス。
狂戦士を狂戦士だと認識しながら、忌避せず受け入れ、笑いかける少女。
彼女には魅了なる呪いがかかっていると、あの老魔術師は言っていた。あらゆる災いを誘発し誘引する、生まれながらの天災だと。
そう考えれば、自分が近くにいること自体が誤りであるとも考えられるが、どうしても見捨てておけない理由がある。
「放ってはおけない……」
なぜだかはわからない。
ただ、放っておけない。
危うさを感じたからか。無邪気な姿に心惹かれたか。
いや、恋愛対象として彼女を見ていないことはクリスも自覚していた。
元より人を愛する、恋するという感覚がどのようなものであったか忘却している。
喪った、というべきか。彼女を殺したあの時から、彼の中から様々なモノが剥がれ落ちた。
砕けて、割れて、壊れて、死んだ。
もはやクリスは目標を成すという事柄以外、なぜそのように行動するのか自分でも理解できていない。
ただ思うままに行動する。正しいかどうかはわからない。
張り付いて残っていた何かがそうした方がいいと命じるまま、クリスは動いていく。
「通してくれ」
門を通るまでは特に問題なく通行できたが、城内はそう都合よくいかなかった。
こちらは立ち入り禁止です。国王との謁見には特別な証書が必要です。
揉め事は避けなければならないが、この程度ならば問題ないだろう。
そう判断したクリスは番兵の制止を振り切って、謁見の間の扉を強引に開いた。
「……何者だ?」
国王らしき男の、年老いた声が響く。
クレストと同じように赤い絨毯が伸びた先には国王が座る豪奢な椅子が設置されている。
奇妙なのは部屋の大きさだ。クレストの倍くらいは広い。
部屋の中には城を支えているであろう柱がいくつかあるのが見受けられる。
建築の知識はクリスにはないが、頑丈な造りであることが推測できる。
狂戦士が少し暴れたくらいでは、そう簡単に崩れ落ちないぐらいには。
「国王か?」
無礼な質問に、近くにいた兵士や政務官たちが殺気立つ。
ひとり冷静な国王だけが、口元に笑みを浮かべて頷き返した。
「いかにも。私がアリソンの王、ソダスだ」
「失礼いたしました、我らが王。今すぐこの者をつまみ出し――」
「よいよい。このままで構わん。そんなことをしても無駄だろうからな」
ソダスの眼光が鋭くなり、兵士たちが困惑する。
クリスとソダスだけが、平静を保っていた。
「お前、バーサーカーだろう?」
※※※
はぁはぁと息荒く、やっと王城に辿りついた時には昼を過ぎていた。
ぐう、と腹の音が鳴る。お腹が減って、疲れて、散々な目に遭った。
しかし、まだチャティスの役目は終わっていない。
クリスを探してあちこちを走り回ったが彼はどこにもいなかった。
残すは城の中だけ。でも、入れるのかな、とチャティスが不安そうに門へと近づく。
「あれ? 誰もいないや」
拍子抜けして独り言を漏らす。
なぜか門を守護するべき門番はひとりもいない。来る者拒まず、といった風に城門は開いたままだ。
「は、入っていいのかな?」
きょろきょろと辺りを見回すチャティス。だが、誰も見咎める者はいない。
目を瞑って意を決したチャティスは、堂々と城内へと侵入した。
なぜだか盗みでも働いているような背徳感に襲われる。
早く出てきて、クリス。
そう念じながら廊下を進むチャティスだが、不幸なことに兵士へと出くわした。
「あ、あう、別に不法侵入したとかではないです!」
「何してる! 早く逃げるんだ!」
てっきり捕縛されるものとばかり思っていたチャティスは、番兵の意外な警告に目を白黒させる。
「え?」
「城内にバーサーカーが現れた! 我々では対抗できん!」
「バーサーカー……!」
はっとするチャティス。チャティスが知る狂戦士はたったひとりしかいない。
クリスであると信じて、チャティスは駆け出した。
「クリス!」
「っ!? 待ちたまえ、君!」
兵士の制止を振り切って、チャティスはクリスの元へと急いだ。
※※※
「で、如何な用かな、バーサーカー。何かしら思うところがあり参ったのだろう?」
ソダスの失笑混じりの問いかけにクリスは頷いた。
「城内にバーサーカーがいるという噂を聞きつけた」
「ほう? では何処かの国の刺客か? だとすれば随分間抜けな刺客だが――」
ソダスは今一度笑みを漏らし、
「なかなかに効果的だな。使役するバーサーカーがいない我が国を占領する上では」
狂戦士に立ち向かえるのは狂戦士のみ。国家の要である王城に狂戦士の侵入を許した時点で、アリソンは詰みに等しい状態である。
だというのに余裕の笑みをソダスは崩さない。揺るぎない自信が、国王にはあった。
「脅しか? 言うことを聞かなければ国を滅ぼすと。しかし、良いのか? ここでお前が暴れれば、この国はもう占領することができなくなるぞ。腐海がどれほど邪悪なものなのかわからない訳ではあるまい」
大量の人間が死ねば、腐海が発生し、とても接収できる状態ではなくなるというのは自然の摂理。
ゆえに、ソダスは理解している。余程のバカでもない限り、国に直接狂戦士を送ることはない。
仮に送ってきたとしてもそれは、狂化させるためではない、と。
だがそれは、あくまでクリスが一匹狼ではなかった場合の話だ。
「俺の目的はこの国を征服することでも交渉することでもない。……バーサーカーだ」
「ほう? 妙なことを言う男だな。使役するバーサーカーはいないと先程言ったはずだが?」
怪訝な視線をクリスに浴びせるソダス。だが、確信を持っていたクリスは臆することなく反論する。
「そうだな。戦争用のバーサーカーはいないだろう。だが、俺はこの城の中にバーサーカーが紛れ込んでると確信している」
多くの者が戦略的撤退を行い、数名の兵士と政務官しか残っていない謁見室に緊張が奔る。
これがただの人間の世迷言ならば彼らとて嘲笑うだけだっただろうが、クリスは狂戦士なのだ。狂戦士が単騎で現れそのようなことを言い放ったからには、疑うに足る証拠か何かがあると勘ぐっても致し方ない。
動揺が広がる中、ただひとりソダスだけはずっと同じ表情のままだった。丁度、クリスが入ってきた時からずっと無表情だったのと同じように。
ソダスは呆れたように息を吐き出すと、クリスを見つめ口を開いた。
「ならば教えてくれ、バーサーカー。どいつがバーサーカーだ? そこの男か?」
手近にいた兵士にソダスが指をさし、兵士がひっと悲鳴を上げる。
「そいつか? それともあいつか? 一体誰なのだ?」
「…………」
王の問いかけにクリスは答えない。
結局、狂戦士が誰であるかは不明のままだ。誰かしらボロを出すのではと淡い期待を抱いていたクリスだったが、どうやら当てが外れたらしい。
こうなっては、もはや強引に狂戦士を狂化させるしか方策はない。チャティスに迷惑がかかるかもしれないが、狂戦士を屠り彼女と合流することができれば、あらゆる災厄や襲撃を振り払い脱出できる自信が彼にはあった。
いや、果たしてそれは本当に自信なのだろうか。サーレすら守れなかった自分に本当に彼女を守り通すことができるのか?
答えのない問答を反復し、クリスは押し黙る。
それ見たことか、とソダスの高笑いが広間へと響き渡った。
「この男はありもしない幻想を思い描き、我が国に疑いをかけおった。……お前をバーサーカーだと言ったのはこの私だが、このようなバカバカしい嘘をついたところを見ると、バーサーカーかどうかも疑わしい。……者ども、この男を捕らえよ」
「ハッ!」
兵士たちがクリスの周りを囲うように駆け込む。
万事休す、という訳でもない。全力で応じれば、この程度の兵力はクリスにとって敵とすらカウントされない。
しかし、なるべく無用な戦いを避けたかったクリスにとっては、無意味な殺生は敗北したのと同じことだった。
歯噛みせず、冷や汗も掻かず、だがしかし、心の奥底でクリスは焦りらしき感情を沸き起こす。
と、突然、勢いよくドアが開かれた。勢いのあまり走ってきた何者かは絨毯の上を転げまわってしまう。
その人物を見つめて、クリスはわかりやすく目を見開いた。ここに来て、クリスはやっと感情を表へと表出する。
それほどの衝撃を現れた人影――チャティスはクリスに与えていた。
「クリスっ!」
「チャティス」
声こそ荒げない。しかし、クリスは驚愕している。
やっと会えた。そんな風に小さく笑うチャティスの姿に。
「バーサーカーが誰だか、私、知ってるよ!」
「なに?」
ソダスの目が険しくなった。クリスとは正反対にウソもホントもわかりやすいチャティスの顔が、これ以上なく自信に溢れていたためだ。
自意識過剰なチャティスの、確信的な笑み。よろよろと床から立ち上がったチャティスは、無礼を承知で指をさす。
指先は、ソダスへと向いている。
「王様! ミュールが言ってたんだもの、間違いない!」
「ミュールだと! ……城を抜け出して、あやつめ……!」
ミュールの名が出た途端、王が豹変した。目に見えて狼狽し、恨み言を言い放つ。
「私がいなければ自分がどうなるのかわかっているのか! くそ! こうなっては……」
「お、王様?」
政務官のひとりが困惑したように尋ねる。
王は玉座から立ち上がり、この者たちをつまみ出せ! と怒鳴ったが、兵士たちは命令に従わない。
疑惑に次ぐ疑惑。狂戦士という未知数の怪物がいるかもしれないという不安を前に、兵士たちは動けなくなっていた。
必要なのは確証のみ。進展しない状況に一石を投じるべくチャティスがピストルをクリスへと投げ渡す。
「クリス、使って!」
「ああ……!」
ノーチェックで門を通過していたチャティスはずっと懐にホイールロックピストルを忍ばせていた。
昨日と同じ過ちは繰り返すまいと既に装填済みだったピストルをキャッチして、クリスはソダスへ狙いを付ける。
ホイールが回転、種火に着火し、銃口から弾丸が迸った。
「ぐ――」
ソダスが苦しそうに胸を抑え震え出す。ソダスへと撃ち放たれた弾丸は、彼の頭へと吸い込まれたが、当たる寸前のところでソダスは銃弾を叩き落としていた。素手で。
その時点で、ソダスが狂戦士であることは明白だ。すぐさまさらなる証拠が追加される。
ソダスが、耳をつんざくほどの咆哮を口から発したのだ。
「グオオオオオオオッ!!」
「チャティス、下がっていろ」
ソダスが狂化したのを見て取り、クリスがチャティスを自身の後方へと下がらせる。
驚き、不安そうな瞳を覗かせるチャティスを改めて目視したクリスは、斬れないモノは何もない剣を腰の鞘から抜き取った。




